第227話 騎士たちの戦い




「いいんですか──」


「勝ったら上杉うえすぎをよこせ、とかじゃないよな?」


 ハウーズからの思わぬ提案を受けて、藍城あいしろ委員長がキャルシヤさんに確認をしようとした。

 なのにそれを遮るようにして言葉を放ったのは、俺と一緒でオタクなチョイイケメンの古韮ふるにらだ。よくもまあ、この空気の中で上杉さんの名前を出せたものだな。


「……ただの訓練さ。変な条件などありえない」


 そうやって返事をしたハウーズだが、ちょっと間があったぞ。

 やっぱりコイツ、完全漂白されていないような気がする。大丈夫なのか、この提案。


「ならいいぜ。俺はヤリたいな」


 それでも古韮はあっさりと受け入れてみせた。



「前回と同じメンツ……、先生だとさすがにマズいか。代わりは委員長でいいよな?」


「ええ? 古韮、どうした?」


 妙に戦闘モードになっている古韮に委員長が動揺している。


 周りも置いていかれたような空気になっているが、それでもキャルシヤさんは口出しをしない。同じく滝沢たきざわ先生もだ。

 なにか思うところがある、そういうことなのか?


「ちょい待てや古韮。おいアンタ、俺のコトは憶えてるのか?」


 そこにヤンキーの佩丘はきおかが割り込んだ。

 話しかけたのはハウーズではない。その横にいるヤツだった。


「あ、ああ。憶えているさ。訓練したのも……、助けられたのも」


 ミスなんとかっていう名の……、忘れた。とにかくそんな感じの名前の人が訓練という体裁で絡んだ件、迷宮で救助されたコトもわかっていると、そう認めた。そうか、訓練で佩丘と対決したのがソイツだったな。


「俺は九階位だ。それでもヤルってのか?」


「……ああ」


 少し声が震えているが、ソイツは佩丘の目を見ながらはっきりと言った。やるんだと。


「そうか……。やるぞ、野来のき馬那まな!」


「うん!」


「おう」


 振り向きもしないで言い放った佩丘のセリフに騎士グループの野来と馬那が勢いよく返事をする。なんだ、このノリは。



「こっちもあっちも本気ね。やらせてあげましょう」


「えっと、りんちゃん? それに僕も含まれてるのかな」


「当たり前でしょ、委員長。先生の代わりなんだから、無様はわたしが許さないわよ?」


「ええぇ」


 そしてどこか感じいった風な口調で中宮なかみやさんが委員長の参加を勝手に決定した。たしかにそういう流れではあったけれど、委員長は横合いから殴られたみたいな顔になっている。

 委員長が中宮さんを名前呼びする時は、いろいろ心が揺らいでいる場合が多い。ある意味わかりやすい判定方法だ。


 相手の五人に以前の訓練で対峙したのは、こちらも五人。そして先生の入れ替わりが委員長という形になる。

 ウチのクラスの騎士職たちは前回のように『予習』という名目での渋々ではなく、万全の意気込みで訓練に挑もうとしていた。ただし委員長を除く。



 ◇◇◇



「バスマンたちは木剣で攻撃役、勇者側は盾で防御に徹する。時間はこの砂時計が落ちきるまで。それでいいな?」


 キャルシヤさんの言った内容は、本当に以前のハウーズ乱入の時と同じ条件だった。

 こっち側が完全に受けで相手が攻める。制限時間は十分。


 あの時は先生以外は必死に防御して、最後はハウーズたちがヘバって終わった。馬那の覚醒や先生のぶっこわれ性能が発揮されたのだったか。



「ただし、状況次第では途中でとめることもあるかもしれない。そうならないような戦いに期待する」


 そう釘を刺してくれるキャルシヤさんだが、あの時とは条件やメンバーこそ一緒でも、その上達っぷりが違い過ぎている。当時の騎士職メンバーは三階位で、先生だけが五階位。相手はハウーズが七階位でほかは六階位だった。


 それが今では、佩丘が九階位で残り四人も八階位だ。対するハウーズたちは全員が七階位。勝負なんて見えている。それでも突っかかってきたのはあちら側だ。

 これにどういう意味があるのか俺にはよくわからないのだが、古韮や佩丘はなにかを感じているらしい。乗っかった野来や馬那も。

 当事者で相手のリーダー格になるハウーズと対峙しているというのに、置いてきぼりムードの委員長がちょっと哀れだ。


「感謝でもすればいいのか?」


「こちらもあの時のままではないさ」


 挑発するような佩丘の言い様に、ちょっと爽やかな感じでハウーズが答える。

 君たち、直接の対決相手じゃないのに、どうして代表者同士みたいになっているのかな。委員長が困った顔になっているぞ。



 妙に暑苦しい世界が展開されているが、ウチのクラスの騎士職に就いている連中は全員体育会系ではない。


 さっきから前のめりになっている【霧騎士】の古韮はオタクリーダーで【重騎士】の佩丘は家事が忙しい帰宅部。【風騎士】の野来もオタク傾向が強くて、学校にいたままなら俺と一緒に文系の部活だっただろう。【岩騎士】の馬那はガタイこそいいものの、実家の農家を手伝う筋トレマニアの帰宅組ときた。

 そしていうまでもなく【聖騎士】の委員長は委員長だ。スポーツ少年などではない。


 つまりウチの最前衛たる盾持ち連中は体格こそ佩丘と馬那がいい感じだが、運動系なメンツはひとりもいないのだ。こういうところで神授職システムからはどうにも作為を感じて胡散臭い。



 そうこうしているうちに等間隔で対峙する五人組と五人組。

 両陣営が同じ灰色の訓練用革鎧だが、ハウーズたちは両手持ちの大剣で、対する一年一組側は大きなカイトシールドだけという姿だ。ほんと、見た目だけなら最初に逢った時とほとんど変わらない。


 いや、ウチのクラスの連中が前より逞しくなって、顔つきには真面目ながらも余裕があるってところか。


「では始めろ」


 大きくも小さくもない、ごく自然に発せられたキャルシヤさんの宣言で戦いは始まった。


「りゃっ!」


「おう!」


 ハウーズたちがいっせいに木剣を振るい、委員長たちがそれを受ける。

 クラスの騎士たちは盾を斜めに傾け、木剣を逸らしてしまった。上体が突っ込んだハウーズたちだが、そこに反撃は入らない。もともとこちらは武器を持っていないからな。


 ただお互いに向き直り、同じような行為が繰り返されていく。



「上手くやるもんだ。本職にはまだまだ届きそうにないや」


 騎士たちが戦っているところを【観察】していると、サブ盾役をやっている【剛擲士】の海藤かいとうのボヤきが聞こえた。


「問題なさそうだな」


 海藤が羨ましがるのは勝手だが、俺としてはどこかにワナでもあるんじゃないかと、結構ヒヤヒヤもので見ているところだ。【観察】【視野拡大】【視覚強化】フル回転中だぞ。


「ちくしょう、サマになってるなあ」


「だな」


 そう、委員長をはじめとする一年一組の騎士たちは、きっちりナイトをしている。


「前の時とは大違いね」


 サメを泳がせながら綿原わたはらさんまで会話に加わってきた。海藤とはサブ盾仲間だもんな。


「あの時は両手で必死に盾を持ってたのにな。今じゃ左手一本で軽々かよ」


「それに、丁寧」


 海藤と綿原さんがそれぞれ感想を言っているが、そのあたりなら俺にもわかる。


 三階位だった連中が今や八階位と九階位になり、【身体強化】【身体操作】【頑強】【反応向上】、委員長はまだだけど【視覚強化】までも取得したのだ。佩丘に至っては【剛力】すら持っている。

 魔力が豊富な『勇者チート』を持っているからこその技能数だが、それを使いこなしているのはアイツらの努力の賜物に他ならない。地上での訓練、離宮での特訓、そして迷宮で怪我をしながらの実戦。



「一番痛い目にあってたはずなのに、泣き言言わないんだよなあ、アイツら」


「ああ。そうだな」


 悔しそうに呟く海藤に思わず同意の言葉を吐いてしまう。


 常に最前線で魔獣を受け止めるアイツらは、上等な装備のお陰でとんでもない大怪我をしたことはない。それでも打撲はしょっちゅうだし、骨にヒビを入れてみたり、顔に切り傷を作ってみたりで【痛覚軽減】とヒーラーの上杉さんや田村たむらが大活躍だ。【痛覚軽減】の熟練ならば、あそこの五人はクラスでも飛び抜けているだろう。


「いくら【痛覚軽減】があっても、怖いモノは怖いのよね」


 俺と似たようなことを考えていたのか、綿原さんも苦い顔をしている。


「すごいな、アイツら。わかってたけど」


「だなあ」


「そうね」


 今も丁寧にハウーズたちの剣を流しながら、油断をせずにしっかりステップを確認しているのがわかるだけに、素直にアイツらのことをすごいと口に出せた。横にいる海藤と綿原さんも頷く。



「身内ばかりに注目してちゃダメよ」


 そこに口を挟んできたのは木刀少女の中宮さんだ。

 順番に強者が会話にエントリーしてくる展開だな、これ。


「凛、どういうこと?」


なぎちゃんだってわかってるでしょう? 相手もしっかりしてる」


「……まあ、そうね」


 凪凛コンビの会話に聞き耳を立てる俺と海藤だが、すぐに中宮さんの言いたいことは理解できた。


 ハウーズたちの動きだ。ハウーズ自身は以前と同じ七階位のままだし、取り巻きの四人は六階位だったのが七に上がっただけ。こちらの成長に比べれば、誤差というのは言い過ぎでも、それでも大したパワーアップではないだろう。


 なのに、動けている。


 乱入してきた時のように荒っぽくて洗練の欠片もなかった剣はそれなりに制御されているし、上段一辺倒だった攻撃も、上中下、左右と手数が明らかに増えているのだ。

 なにより開始から五分以上が経過したのに、前回のように息が上がる様子がまったくない。受け流されて体勢を崩しながらも、それでも大きな剣を力強く振り続けている。



「バカげた上段は相変わらずだけど、あの横薙ぎや下段……。魔獣を相手にしているわね」


 中宮さんが達人っぽいことを言い出した。いやまあ、達人なのは間違いないのだけど。


「実戦経験ってすごいのね」


「そうよ凪ちゃん。二層でがんばったのでしょうね。たぶん地上でも」


 綿原さんと中宮さんの武術談義は珍しいかなと思いつつ、たしかにそのとおりだと気づかされた。


 ハウーズの取り巻きたちは遭難事件を起こした時点で七階位になっていた。たぶんだが、逃げ回り、追い詰められた際に必死に戦ったのだろう。途中まで引率していたハシュテル副長たちにサポートされた形ではなく、魔獣の群れのど真ん中で。


 しかもそのあとで下された罰は『蒼雷』への出向だ。迷宮が魔力異常を起こしている事情もあって、自動的に二層送りが決定される。

 ハウーズたちはあんなに酷い目にあった迷宮に、再び潜らされているのだ。



「アイツらも必死だってか」


「おっかないだろうな。ちょっと同情したかも」


 なんともやるせない顔になった海藤が吐き出すように言い、俺も俺で微妙な感情になってしまう。


 こっちにいきなり飛ばされて帰る手段も見つからない俺たちは、それは間違いなく不幸だ。

 ささくれだった部分は当然あるから、突っかかってきたハウーズたちに対して思うところはある。正式に近衛騎士にもなれたのだし、せいぜい『蒼雷』で苦労すればいいさ、くらいには考えていた。


 だけどアイツらはアイツらなりに苦しんで、それでも今日、俺たちに謝ってくれた。絆されるとまではいかなくても、わだかまりだけは解けていくのを感じてしまう。あんなのじゃなく無様な姿を見せてくれればざまぁで済ませていたものを。



「それにね、噛み合ってるの。ちょうどいいくらいに」


「どういうこと?」


 中宮さんの発言に、こんどこそ意味がわからないと綿原さんが聞き返した。


「わたしたちって対人戦の練習、格上ばかりとだったでしょう」


 なるほど、それはたしかに。


「ヒルロッドさん、ガラリエさん、ラウックスさん、嫌だけど総長。そんなのばかりだったから、ね」


 指折り数えていく中宮さんが出した名前は俺たちの対人訓練に付き合ってくれた人たちだ。総長だけは違うと思うが。


「今回はちょっと下を相手にしてるのか」


「そうよ、海藤くん。自分の動きを確認しながらああいうのを相手にするのも、それも経験ね」


 納得した風の海藤に肩を竦めて返す中宮さんは、やっぱり武術家的発想の持ち主だ。


八津やづくん。『紫心』と『白水』や王都軍の人たちって、アレよりちょっと強いくらいでしょう?」


「まあ、そうだろうとは思うけど」


 なんで中宮さんが俺に振ってきたのかわからないが、こっちはそれほど事情通ではないぞ。それでもまあ、七階位はひとつの境界線だ。ところでハウーズたちをアレって言うんだな、中宮さん。


 迷宮に潜り続けているとマヒするが、貴族騎士で構成された第一と第二近衛騎士団や、育成が中途半端な王都軍の多くは七階位止まりになっているのがこの国の実情だろう。

 俺たちが三層で苦労しているように、七階位から上へのレベリングは『接待』には手間がかかる。もちろん『紫心』や『白水』にだって十階位や十三階位はいるだろうし、ここにいる『蒼雷』の騎士たちなどは、ほぼ全員が十階位以上のはずだ。


 それでも総数から見れば、七階位をあしらえるということは、この国では強者の側になるだろう。

 中宮さんの言いたいことがそうならば、完全にこの国の人たちとの闘いを想定しているということか。やっぱり武術ありきの思考スタイルの持ち主だ。


「いい練習になってるわけね」


「そういうこと」


 綿原さんが納得すれば、中宮さんはちょっとドヤった感じで返事をした。



「おらー、若造同士、どっちも気合入れろー!」


「新入りどもー、声出せ、声」


 いつの間にか訓練中だった『蒼雷』の騎士たちも見物に混じり、ヤジを飛ばしている。

 平民上がりの多い騎士団の中でハウーズたちはどう扱われているのやら。


「気合ならこっちもデス!」


「がんばって、孝則たかのりくん」


「足だよ足。止まるな、意識して動かして!」


 一年一組側からも声援が飛ぶ。


 気付けば訓練場全体が十人の戦いを見守っていた。


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