第165話 商売繁盛への想い




「いらっしゃいませ」


「らっしゃっせー!」


 上杉うえすぎ店長の声に合わせてクラスメイトたちがダミ声を上げる。どうしてこうなるのだろう、と思いつつも俺も同じようにしているのがちょっと楽しい。


「串焼きありマスよー!」


「いかぁっすかぁー!」


 だからそのノリ。それでもまあ、ミアも滅茶苦茶嬉しそうだし、こんなノリでいいか。


 全員がメットを脱いで、なぜか代わりに頭にはタオルっぽい布を巻いている。まさに形から入るというヤツだな。

 古韮ふるにらひきさんがタオルを配り始めて、そこにミアや夏樹なつき草間くさまが乗っかった感じの流れだった。キチンと全員分が用意されてあったあたり、計画的犯行だろう。迷宮委員としては聞いていなかったのだが。

 アーケラさんたちメイド三人衆とシシルノさんのぶんまであるとは、抜かりのない連中だ。


 迷宮内でヘルメットを外す是非についてはいろいろあるが、腰にぶら下げたままにしてあるし、タオルの上からでも被れないことはない。さらにいえばこの部屋は重要拠点として警備も万全なので、まあいいかとなった。



「お前らは面白いコトをするよなあ」


「あ、ジェブリーさん。おひとついかがすか」


「おう。勇者様の手ずからだ。遠慮したら天罰食らいそうだぜ」


「いちおう【雷術師】は居るすけど」


「フジナガじゃなあ」


『黄石』カリハ隊のジェブリー隊長が海藤かいとうとバカな話をしながらも、串焼きにかぶりついている。ちょっとだけ遠慮した素振りを見せたヴェッツさんたち隊員も一緒だ。


「ん。結構イケるじゃねえか」


「す」


 大人たち、とくにジェブリーさんを前にすると海藤の口調はエセ藤永ふじながになる。

 以前、俺たち四人が滑落事件を起こした時に、二班を先導していたのがジェブリーさんだった。二層に俺たちを助けに行くと騒いだ海藤たちの同行を認めてくれたことを、佩丘はきおか夏樹なつきもひっくるめて今でも感謝しているらしい。頭を下げなきゃならないのは俺の方こそなのにな。


『俺たちが遭難した時は、頼むぜ』


 当のジェブリーさんはそんなことを言って笑ったのだ。十三階位のクセをして。

 俺たちは申し訳ないけれど、そんなになるまでこの国にいたいと思っていないのに。



「もう一本どうです。こっちはホルモンですよ」


「『ほるもん』?」


 せめてもの感謝でホルモン焼きを差し出してみたが、そういえばフィルド語には該当する単語がなかったな。ナチュラルに『ホルモン』と言ってしまったが、俺たちの脳内翻訳はフィルド語会話の中でもたまに日本の単語を混ぜ込んでしまうくらいに馴染んでいる。

 まかり間違って知識チートになるような重要単語を漏らしても普通に通じないから問題ないのだが、シシルノさんのようなタイプの人はそこから追及が始まるからな。なるべく気にはしているつもりだ。


「ウサギの内臓です。気持ち悪かったらすみません」


「いや、いいんだけどよ」


 近衛騎士団にいるからには騎士爵な人たちだが、聞いた話では全員平民上がりのはずだし、内臓と言われても抵抗はないのだろう。大した気にした風でもなく、串を受け取ってくれた。


「下町じゃあネズミの内臓を食って腹を壊すのが定番なんだがなあ」


「それは……、ちょっと印象悪いかもですね、コレ」


「うんにゃ、『迷宮の中』ってのはわかってるさ。それにお前らがこの手の悪さをするとは思えねえ」


 そう思ってくれているのには感謝だが、城下町はどうなっているのやら。

 まともに解体もしていないネズミが流れているということだろうか。しかもヤバいとわかっているはずの内臓に手を出すとか。


 いやいや今は楽しい時間を想う場面だ。

 それに俺たちがこの国をどうこうするのは、いろいろマズい。勇者と呼ばれているからといって国に睨まれてまで無償の人助けを当たり前だとは思わないからな。会ったこともない他人より、目の前の仲間たちだ。この前ハウーズたちを助けたのは黒い思惑もあったわけだし、ノーカンだ、ノーカン。



「なあカイトウ、ヤヅ」


「す?」


「美味いぞ、コレ」


「よかったす」


 ニカっと笑うジェブリーさんたちがそこにいて、海藤と一緒にホッとしてしまう。

 事前に『塩の間』とここの警備をしている人たちに食べてもらってはあるけれど、やはり知っている人からそう言ってもらえるのは嬉しいものだ。


「こんなゴツいのを持ち込んでなにしてやがると思ったが、調査が長引くなら『ほるもん』とやらもアリだな。鍋やら網は似たようなのは軍にもあるが、デカすぎてなあ」


「す」


「内臓は捨てるか腐るかだけですから、どうせなら人の胃袋に入れようと思って」


 海藤の言葉が短すぎるので、俺が補足を入れる。


 俺たちが持ち込んだ折り畳み式の鍋や鉄網はゼロからの新作ではない。日本のキャンプ用品知識も使ってはいるが、基本的には王国軍の炊事用に使われているものを小型化して流用している。

 一度作ったモノだ。工房には悪いけれど、ある程度の量産は利くだろう。



「それと味付けですね。調味料の分量とかは全部アヴェステラさんたちにも渡してあるので」


「ヒルロッドもコレを食べてるのかよ」


「たまに試食なら。でもヒルロッドさん、奥さんと娘さんがいますし」


 ヒルロッドさんの家は城下町にあるので通勤は歩きだ。家族持ちで城内に住める人はそう多くないらしいから。

 残りの担当者は全員王城住みだ。シシルノさんが婚約破棄をされた件は知っているが、ほかの人たちの話は聞いていない。あまり立ち入ると、守りたくなるものが多くなりすぎる。


「上杉の味付けす。あっちで煮物やってるすからどうぞ。佩丘もいるすから」


「おう。行ってみるか」


 串を二本食べ終わったカリハ隊の人たちに、海藤が次の獲物を伝えた。

 それぞれが片手を挙げてヒラヒラと振りながら立ち去っていく。大人の背中だなあ。佩丘もジェブリーさんのシンパだし、喜ぶことだろう。



 この時間に地上側の扉からやってきたということは、カリハ隊の人たちは『夜番』だ。

 完全二交代とはいかなくても、国は二十四時間体制でアラウド迷宮に人を入れている。慣例の都合で人員を割り振りにくい夜番は、なるべく強くて、文句を言わない人が選ばれている。夜の間は要所だけを守り、あとは偵察に留めているだけとはいえキツい話だ。


 平民上がりの近衛騎士、つまり第四近衛騎士団の『蒼雷』と第五の『黄石』は格好の的になる。

 ジェブリーさんが率いるカリハ隊はまさに、ということだな。


「ジェブリーさん!」


「どしたあ?」


 移動するジェブリーさんの背中に海藤が声を掛けた。彼らは立ち止まり、首だけで振り返る。


「俺たち明日の朝もここでやってるすから。楽しみにしてていいすからね」


「おーう!」


 これから彼らは三層に降りて、そこで昼組と交代だ。

 たぶん半刻、一時間もしないうちに帰りの通り道になるこの部屋は人だかりになるだろう。そこからこそ本格的に俺たちの戦いが始まるわけだ。


 迷宮の異変に対して本格的な調査隊が送り込まれたのはつい昨日からの話だ。

 いつまでこの体制が続くのか、そもそも魔力の異常が原因と思われる魔獣の増加はいつまで続くのか。終息してくれるような現象なのか。


 もしかしたら、本当にもしかしたら。

 俺たちさえいなくなれば、こんな事態が終わるのではないかと、ふとそう思うことがある。



 ◇◇◇



「お子さんがいるか、本人がこれをカワイイと思った人たちだけですからね。子供の人数ぶんは渡しますから安心してください」


 迷宮二層で明るい声を張り上げているのは綿原さんだ。


 一年一組が模擬店『うえすぎ』を開いてからかれこれ一刻半、いいかげん『刻』で考えるのもアレだが三時間程度が過ぎていた。

 俺たち自身も夕食の時間は過ぎていたが、そこは交代制でまかないという名の同じものを食べていたので問題はない。このあたりの仕切りは上杉さんと綿原さんなので、スムーズさに驚かされる。


 で、綿原さんなのだが、前回で味を占めたのか『特製サメブロマイド』の配布に勤しんでいるわけだ。

 今回の分はどうやら夜に女子部屋で描き溜めていたらしい。こんなこともあろうかと、というヤツだな。夜なべの方向性が間違っている気もするが、誰かに迷惑をかける行為でもないし、むしろ一部の女子、具体的にはひきさん、白石しらいしさん、奉谷ほうたにさん、そしてミアあたりも混じって好き勝手をしたらしい。綿原さんの指定でモデルはサメに統一はされたものの、一部にレアモノが混じっている様相だ。

 その結果、性格の方向性以外は完璧とも思えたミアの弱点が明らかになった。いや、俺以外のクラスメイトは全員知っていたのだけど。



「配布中止を申し渡されマシた」


 俺の横で項垂れているミアだが、あまり同情する気にはなれない。さっきまでノリノリで串焼きを配っていたクセに、綿原さんの前に列ができているのを見て急に羨ましくなったらしいのだ。ミアらしいといえばらしい。


「この世界に抽象画は早かったんだよ。百年後くらいに評価されるさ」


広志こうしはいいコト言いマスね!」


 まったく完全に心にも思っていないが、口だけならタダだ。

 そもそも俺は絵画史など欠片も知らないので、抽象画がいつくらいからあったのかもわからない。洞窟の壁画とかはどうなるのだろう。


 まてよ、迷宮の床がヤバいのはわかっているが、壁はどうなんだろう。

 配っている絵が余ったら壁に貼り付けておくのもアリかもしれない。以前にやったことがなければ、シシルノさんが喜びそうな実験だぞ、これは。吸収されればそれはそれで結果だし……、ミアのだけが残されていたら、かなり笑えそうだな。


 やったな、ミア。迷宮に初勝利した人間になれるぞ。



「とりあえず受け取るだけ受け取って、あとで粗末に扱ったりしたら、怒りますからね」


 ありもしない俺の妄想をよそに、綿原さんの配布条件は微妙に厳しい。その場合、ちびっ子たちが雑に扱った場合はアウトなのかセーフなのか。ほら、一度列に並んだ人が何人か逃げていったぞ。


八津やづよお、俺いつか、サインボール配るわ」


「異世界野球かよ」


「こっちだと超人ベースボールだなあ」


 ひっくり返したバックラーに焼きあがった串焼きを載せた海藤が通り過ぎざまに夢を語る。

 べつにボールじゃなくても色紙でいいような気もするのだが、結局は野球がしたいんだろうな。



 すでに昼番の人たちもハケてきている。前回の迷宮で出会ったミハットさんも、会議で決闘する羽目になったシャルフォさんたちもここを通って戻っていった。


 いくら異常事態とはいえ、この国の人たちがここまでの頻度で迷宮に入ることは滅多にないはずだ。疲労が残ったり、精神的な影響も出てくるかもしれない。

 今回一年一組がやったことが、そんな状況の人たちの慰めになってくれていればいいなと思う。


「これで『味方』が増えてくれるといいんだけどね」


「減るってことはないんじゃないか?」


「どこにだってひねくれ者はいるよ」


 いつの間にか俺の背後に立っていた藍城あいしろ委員長の言うとおり、なにも俺たちは善意だけでこんなことをしているわけではない。


 最初の頃よりマシになったとはいえ、この国は俺たちを一般兵に会わせようとはしなかった。披露する機会を狙って出し惜しみをしていたのか、それともそもそも平民など相手にしていなかったのかは知らない。



 そんな俺たちが広く知られるきっかけになってしまったのが、あろうことか俺も当事者になった二層滑落事件だ。


『勇者が遭難したので救出に出動しろ』


 酷い勇者デビューもあったものだ。俺が国軍なら絶対に面白いとは思わないだろう。

 噂話程度でしか知らず、見たこともない若造どもが一層でドジったから探しに行けとか、お仕事の一環とはいえ、だ。しかも俺たちを発見したのは、よりにもよって『黄石』と『灰羽』の担当者たちときた。

 結局俺たちは出動してくれたほとんどの人たちと会わずに離宮に戻ったわけで、今になって考えると恨まれていたとしても文句は言えない。


 チンピラ貴族のハウーズたちが遭難騒ぎを起こした異邦人に絡んでくる気持ちも……、いや、アイツらが捜索隊にいるわけがないから関係ないか。



 あの時はみんなで無事を喜びこそすれ、誰もそこまで気が回っていなかった。あとになって考えてみてから、これはヤバいのではという感じになったのも記憶に新しい。


「ある意味マイナススタートだからなあ」


「そうかな? ハウーズさんたちの件もあるし、調査会議で八津は大活躍だったそうじゃないか」


「勘弁してくれ委員長。ハウーズの捜索に反対した側だぞ、俺は」


 いろいろ考える要素が多かったけど反対には違いない。俺はしょせん、そこまでの善人ではなかったということだ。


「反対のための反対だったんだろ? 迷宮委員だからって」


「そういうのがあったのは認めるけど、ほとんど本音で反対だったよ」


 いまさらあの時の俺がどんな納得の仕方で反対したのかなんて、憶えていない。たしかに委員長の言うとおりで、迷宮委員として全体の安全を考えていたのはあったと思う。だけどほぼ感情だったんじゃないだろうか。


 あの時、俺と同じく反対に回った綿原さんは、心の中でどう考えていたのか。

 べつに俺は彼女に絶対の善性を求めているわけでもないし、嫌いだから見捨てようと言ったとしてもちっとも問題ない。結局最後の方では助ける方向で熱く演説をぶっかましていたわけだしな。


 そういう切り替えの良さがあるクールメガネ女子。じつに良いじゃないか。



「アレをきっかけにしようと思ったのは僕だよ。僕はどうしたって、そういうモノの見方をしてしまうんだ」


 ハウーズの救出でもそうだったが、今回の炊き出しにしても委員長は勇者の評判を気に掛けている。


「とくに今回は王都軍だ。第四と第五にしかわかってもらえない近衛とは規模が違う」


「黒いのは呑むけど、そこまで言わなくても」


「偉い人と仲良くするのもいいけどね、たくさんいる普通の人に名前を知ってもらう、アイツらはいい人だって思ってもらう、これが大事なんだよ」


「王国の町長にでもなるのかよ」


 委員長は肩をすくめてみせるけど、まさかこんなところで選挙活動まがいな話を聞くとは思わなかったぞ。


「選挙じゃなくても味方が多いに越したことはないさ。八津だって今からわざわざミハットさんの敵になりたいなんて思うかい?」


「だな」


 知ってしまえば、それが良好な出会い方なら、か。



「八津くん、委員長、そろそろ撤収よ。手伝って」


 いつの間にかブロマイドの列を捌ききっていた綿原さんが、俺たちに声を掛けてきた。


「おう、今行く。委員長、難しいこともいいけど──」


「今日はまだ終わってないからね」


 模擬店を閉めたからといって今日はまだ終わりじゃない。

 ここからもう一狩りだ。レベリングが待っている。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る