第164話 みんなで六階位




「魔獣が多いのはわかっていたけど、こうも途切れなしとはっ、ね」


「予想以上に多い、な。くっそう、まだ一撃じゃ、ムリか」


 綿原わたはらさんがこの状況をグチりながら、キャベツの頭頂部に短剣を突き刺す。

 俺は俺で、迫りくるウサギを盾で弾き返してからメイスでひと殴りだ。それでもまだトドメには至らない。せっかく【奮術師】の奉谷ほうたにさんから【身体補強】を貰っているのに、五階位の術師の鈍器攻撃では二層の魔獣を一撃とはいかないか。


「役割分担しょう? 弱らせたのを回してあげるわ」


「なんかそれも情けなくて」


 短剣をクリティカルさせればイケるだろうけれど、自分を怪我させそうなのがなあ。


 その点ではやはり、【身体操作】を持っている連中が上手い。特筆すべきは【裂鞭士】のひきさんだろう。

 鞭で相手を拘束しつつ短剣でトドメを刺すというスタイルを確立してからというもの、彼女は【豪剣士】の中宮なかみやさんや【嵐剣士】のはるさんの繰り出す連撃とは違い、飛び込んでからの一撃ばかりをやってきた。元々器用だったのに加えて運動未経験者だったからこそ、早い段階で【身体操作】を取っていたことが、ここにきて開花したという状況だな。

 今日の午前に六階位になった彼女は【反応向上】を取得した。【視野拡大】ではなく、一撃スタイルを突き詰めるための選択だという。【身体強化】の恩恵もあるし、単体の敵に限定するならかなりの戦力として計算できそうだ。たどたどしい鞭使いはもういない。



 ほかの六階位になったメンバーだが、まず【石術師】の夏樹なつきは【魔術拡大】を取った。

 俺と同じで身体系技能が出ていないので、とにかく魔術を極める方向になる。ユニークの【石術】をベースに【魔術強化】【多術化】そして【魔術拡大】と魔術系補助技能を重ねてきたアイツは、近いうちに『ストーンバレット』をモノにすることになるだろう。

 いつだか訓練場で言っていた冗談が本当になる日は近い。


【頑強】を取得した藍城あいしろ委員長は騎士系として当然だが、聖術関連と同時並行を考えるとなかなか大変そうだ。【聖騎士】という騎士とヒーラーの両取りジョブは、まさに勇者といった感じだな。悪く言えば器用貧乏。


 そしてなにより我らが聖女、【聖導師】の上杉うえすぎさんだ。

 これはもうずっと前から満場一致で決まっていた【痛覚軽減】をついに取得することになった。比較的コストは軽い技能なので後衛職の内魔力があればもうひとつくらいイケそうだが、状況に応じて次の判断をしたいから余裕を持たせると言っている。有力候補は【造血】か【聖術継続】あたりだろう。


 これでクラスの全員、二十二人が【痛覚軽減】を取ったことになる。

 全体目標が達成されてみんなも感無量だ。最後になったのが上杉さんだったというのが、これまた胸にクる。ここまで長かった。

 一年一組は【痛覚軽減】だけでなく【平静】【睡眠】【体力向上】を全員が取得している。【体力向上】以外はアウローニヤで軽視されている技能だが、長時間迷宮に滞在するという観点からしてみれば、とても有効であることを俺たちが迷宮泊で実証しているところだ。だからほかの人たちも取ってくれとは言わないが。



「あ。六階位」


「マジすか深山みやまっち。やったっすね!」


「うんっ、ありがと藤永ふじながクン」


 元五階位の連中に想いを馳せていれば、ついに【氷術師】の深山さんも六階位になったようだ。

 我がことのように喜ぶ藤永がいるが、そんな状況にツッコミを入れるような連中はいない。キッチリ伝え合っているのかは知らないが、事実上のクラス公認だからなあ。


 もうひとつの公式カップリングは白石しらいしさんと野来のきの文学農家組だが、あちらは家同士まで結託しているらしい。それはそれで怖い境遇かな。


 俺もいつかは──。



「それでそれで、なに取るっすか、深山っち」


「えっとね、【多術化】」


「いっすねえ!」


 ほらそこ、まだ戦闘中だぞ。


 深山さんは攻撃型術師女子の中で身体系技能が候補にない側だ。持っている女子の笹見ささみさんと綿原さんの方がイレギュラーだとは思うが、要は夏樹と同じタイプということになる。

 そんな深山さんが選んだのは【多術化】。すでに夏樹が取得している、魔術の発動点を増やすことのできる技能だ。【魔術強化】と【魔術拡大】を持っているので、夏樹とほぼ同じビルドになるな。違いといえば深山さんは【水術】と【冷術】の両方を使えるくらい。


 夏樹が『ストーンバレット』なら、深山さんは『アイスバレット』ということになる。もちろんそんな技能は無いが、いよいよ真っ当な攻撃魔術の片鱗が見えるところまでやってきたぞ。



「いいの? 八津くん」


「なにが?」


 顔を正面に向けたままの綿原さんが背中越しに語り掛けてきた。なんのことだろう。


 深山さんと藤永のことか? それとも深山さんの取った技能? 前者は下世話だが、どちらも了解済みのはずだけど。


「ふふっ、なぎちゃんはね──」


「ちょっと鳴子めいこ


 俺の横で戦闘の様子を記録している奉谷さんが口を挟んできて、綿原さんが慌てた声を出している。



「みんなー、あとは八津くんだけだよ! 獲物まわしてあげてー!」


「おーう!」


 奉谷さんの大声に、周りの連中が一斉に返事をした。ああ、そういうことだったか。


「でしょ? 凪ちゃん」


「もうっ」


 したり顔の奉谷さんが綿原さんの背中に話しかけるが、返ってきたのは少しむくれた短い単語だけだった。


「えっと……、綿原さん、気に掛けてくれてありがとう」


 俺の語彙などこの程度。


 彼女は六階位の最後が俺になったことに気付いていたのだろう。そりゃあ誰でもわかるか。

 ここまできてしまえば最後もなにもないし、ちょっとした誤差だ。たぶんあと一体か二体を倒せばだろう。


 なのに綿原さんが気に掛けてくれたというだけで、ちょっと胸が弾む。


「どういたしまして──」


「ウサギいったぞ、八津ー!」


「あ、僕からも」


「アタシはトマトだよー」


 綿原さんからのそこはかとない返事に被せるように、瀕死のウサギが二体と痛めつけられた上に鞭で拘束されたトマトが一体、俺の目の前に転がされてきた。なんだこれは。

 今の一年一組が結託して一人に獲物を差し出せば、こうもなるのか。


「さんきゅ。やらせてもらう!」


 これから魔獣に短剣を刺そうとしているくせに、俺の返事は軽いと自覚できている。

 慣れと【平静】、それから周りに仲間がいるからな。


 二分後、一年一組は全員が六階位を達成した。



 ◇◇◇



「どうだったの? 【反応向上】」


「んー、なんていうか一歩目が速くなるというか、すっと手が出るというか」


「曖昧ねえ」


「いわれてもなあ」


 綿原さんがしきりに【反応向上】の効果を聞いてくるが、俺に出来る返事はこの程度だ。繰り返し俺の語彙の少なさを思い知らされるハメになるとは。

 不機嫌になられそうだからあえて言わないが、そういうのの専門家がいるのだからそっちに聞いた方がいいとは思う。先生とか中宮さんとか、春さんや海藤でもいい。たぶん懇切丁寧に教えてくれるぞ。まあとっくに聞いてはいると思うけど。


 地べたに座り込んで鉄串にウサギのホルモンを刺す作業をしながら、俺と綿原さんは話し込んでいる。あくまで作業がメインで会話はもののついで程度だ。


 身体系技能が出ている綿原さんとしては【反応向上】のことが気になるのはわかる。たしかにわかるのだが、これ以上前衛寄りの技能を取ってしまうのはどうなんだろう。【身体強化】と【身体操作】を持っている術師なんて、アウローニヤにはいないと思うぞ。

 とはいえ彼女は術師としての研鑽を怠っているわけではない。【鮫術】と【砂術】に【魔術強化】を被せて、今も俺たちが作業している周りを【砂鮫】が泳いでいるくらいだ。


 そんなことをしているのはなにも綿原さんだけではなく、このホルモンだって【水術】使いの藤永、笹見さん、深山さんが総出で洗ってくれたブツになる。汚れていたわけでなく、血抜きという意味で。



「【血術】を取ったら血抜きが楽になるかしら」


「……なるんじゃないかな」


【血術】なんていう物騒な技能候補を持っている綿原さんは、目の前の白い内臓を見ながら薄っすらと笑う。メガネクール系美少女のそんな表情だ。それを見ていい感じにゾクゾクしてしまう俺も大概だ。


 ちなみに今こうして準備をしているのは俺たちの夕食ではない。



『塩の間』から魔獣の群れの外周を沿うように移動してきた一年一組は、二層から三層に降りる階段の近くに辿り着いた。予想より魔獣が多くてちょっとだけ経路は変更したものの、到着した場所は予定通り。

 三層の調査から戻ってくる人や、二層から三層に向かう人たちが必ず通る部屋がここだ。体育館くらいの広さがあって水場もある。ついでに重要拠点ということで警備もバッチリという、なかなかの安全地帯っぷりだな。


 ここに一年一組は模擬店『うえすぎ』アラウド迷宮支店を設置する。


 苦労して運び込んだ五つの大鍋はすでに部屋の片隅に設置され、火力を出すために用意しておいた木炭が赤く灯っている。鍋の番をしているのは料理長上杉さんを筆頭に、副料理長佩丘はきおか、それとメイド三人衆のアーケラさん、ベスティさん、ガラリエさんだ。そこに加えて古韮ふるにらひきさんをはじめとした助手たちが傍についている。

 そんな様子を興味深そうに眺めているのはシシルノさんだ。手伝いとかは一切していない。ただ面白そうに見物しているだけで、ちょくちょく誰かに話しかけている。


 鍋当番はあちらで十名。洗い物当番は【水術】使いを加えて五名。シシルノさんは除外するとして、残りのメンバーはといえば、串焼き担当ということになる。

 俺と綿原さんは、そっちの準備を手伝っているところだ。



なぎ広志こうし、準備はどうデスか?」


「今のところは……、これくらいよ」


「ふむふむ、デス」


 俺たちの作業場にやってきたミアが綿原さんの指さした方を見て頷く。視線の先にあるのは、ひっくり返したバックラーに乗せられた焼く前の串の山だ。結構な量になってきたな。

 すぐ近くで白石しらいしさんと野来のきも同じ作業をしている。俺たちはホルモンであっちはカエルの肉。


「まだまだデスね。どんどん準備してくだサイ」


「わかったわ。串焼き隊長さん」


「んふふん、しっかりやりたまえデスよ!」


 ワザとらしく胸を逸らしたミアは満面の笑顔でこちらに指示出しをしてから、別の場所に向かっていった。


「楽しそうよね」


「立候補してまでだったから」


「焼肉隊長で特攻隊長。隊長ばっかりじゃない」


「そういうのが楽しいんだろ。いいじゃないか」


「まあ、そうね。ミアらしいし、それでいいか」


 俺と綿原さんでミアについて意味不明の会話をしながら笑い合う。


 今回の炊き出しでは煮物と串焼きを提供することになっている。鍋の責任者が上杉さんなら、串焼きの方はミアが担当だ。直接の配下に委員長、中宮なかみや副委員長、馬那まな海藤かいとうを擁する豪華な布陣である。


 そちらはそちらで新装備として持ち込んだ鉄網を組み立てて、鍋と同じように火おこしをやっている。自分たちでも使うからとはいえ、これだけたくさん戦闘と関係のない装備を持ち込むのを知り、ヒルロッドさんは凄まじく微妙な顔をしていた。


 そんな中、あちこちうろついては炭の火加減をみたり、串の準備を確認したりで、ミアはそういうのが楽しくて仕方なさそうだ。いい性格をしている。


 俺と綿原さんだけは迷宮委員としていちおうフリー。

 今はこうして串焼きの準備を手伝っているが、兵士や騎士たちの応対は俺たちが責任を持つことになる。



「一番最初は警備の人たちかしら」


「だな。なんなら見張りを交代してもいいし」


「職場放棄とか言われないようにしてあげないとね」


「ここまできて食べられなかったら、さすがに悪いしな」


 三か所ある扉の付近には全部で二十人以上の兵士が陣取って見張りをしているが、ときどきこちらの方をチラ見しているのがわかる。迷宮の中でこれだけ大掛かりな食事の準備だ、気にもなるだろう。匂いもするだろうし。


 このあたりは群れからは比較的離れているので、魔獣の出現も散発的だ。

 実際、俺たちがここについてからは一度しか魔獣が来ていない。それにしたところで竹が三体だけだったし、もちろん警備隊がタコ殴りにして終わり。


 一年一組は魔獣が増えてからこの世界に召喚されたから、やたら頻繁に戦闘をしているが、もしかしたらこれくらいが普通の迷宮なのかもしれない。

 そんな魔獣の大量発生のお陰で俺たちのレベルアップが捗っているわけだけど。


 今日で召喚から四十四日目。ヒルロッドさんたちにいわせると、俺たちのレベルアップ速度は尋常ではないらしい。

 とはいえそれは俺たちがチートを授かっていたというよりは、魔獣の数が多いのと、一年一組がことあるごとに迷宮を望んだからだろう。決してお手軽にレベルアップしたわけではない。

 潜るのは昼から夕方までで普通は十日に一度以下なんていう、こちらのレベリング手順が甘いというのもある。比較されても困るのだ。



 アラウド迷宮の様子がおかしくなって、王国はその対応に追われている。

 もしかしたら俺たちが今やっているような炊き出しなんかも、評判次第で今後は国が主導でやることになるかもしれないな。


「できたわよ。こんな感じでいいかしら」


 カイトシールドを持った中宮さんが俺たちのところにやってきて、ソレを見せつけてくる。


「うん。いいんじゃないかな」


「悔しいけど達筆ね」


 綿原さんが唸る。これは確かに達筆だ。緻密で読みやすい文字を書かせれば白石さんが一番なのかもしれないが、ここぞの筆なら中宮さんということだ。

 俺の中でまたひとつ、クラスメイトに属性が追加された。こっちに来てから気付いてばかりだな。


 委員長が普段使いしている盾の表面には赤い筆文字で『うえすぎ・アラウド迷宮支店』と書かれていた。もちろんフィルド語で記載してあるので、こちらの人たちも読むことができる。兵士の識字率がどれくらいなのかは知らないが。

 そしてなぜか端の方には日本語で中宮凛なかみやりんと書かれていた。サインするのはいいけれど、それは委員長の盾だろうに。


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