第166話 力と技と




「しゅーあっ、しゃうっ!」


 独特の奇声を上げた【豪剣士】の中宮なかみやさんが特注の木刀を『竹』に叩き込んだ。

 本来ならここで『巻き藁が真剣で切断されるように』とか、マンガ的に壁まで敵が吹き飛ばされた、などと表現したいところだが、中宮さんの場合は違う。胴体の中央部、ちょうど節目のあたりに存在している小さな急所の部分から折れ曲がった竹は、その場に崩れ落ちた。

 地味だな。だけどそのまま動かなくなったということは、見事に倒してのけたということだ。


「ついに一撃かよ」


「そうね。関節が馴染んできたかしら」


「関節って、おい」


 中宮さんの残心を見守りながら【岩騎士】の馬那まなが呟けば、前方を睨みつけたままで彼女は言葉を返した。

 それにしても、関節ときたか。実に中宮さんらしい表現とも思える。


「悔しいけど【身体操作】はすごいわね。こんな力持ちになっても、ちゃんと『技』を再現できるもの」


 階位や技能のお陰で俺たち全員は、地球基準でアホみたいな力持ちになっている。

 中宮さん的にはそれが気に食わなかった時期もあったようだが、受け入れてからはむしろそれを前提とした動きを意識するようになっている。まさに武人といった考え方だな。

 そこに【身体操作】と【一点集中】を組み合わせることで、『北方中宮流・異世界バージョン』は進化を続けているようだ。



『うえすぎ・アラウド迷宮支店』を閉店してから寝る前の時間まで、俺たちは二層を彷徨いながら魔獣を倒し続けていた。

 彷徨うとはいってもこれまた予定通りのルート選択をしているので、それほど激しい戦いにはなっていない。そこそこの数の魔獣が、そこそこの頻度で現れる感じだな。我ながら調整が上手く効いていると思う。


「こっちの騎士が使ってる剣だったらどうなるんだ?」


「使ったことがないからわからないわね。結果はあまり変わらないと思うけど」


「ズバっと斬れたりしないのか?」


 武術談義になると自衛隊志望の馬那は結構口数が多くなる。本人も自衛隊も暴力万歳な考え方はしていないのだろうが、異世界で生き残るためにも学びは必要だから。


「まさか。わたしの技は木刀が前提よ。『引いて斬る』みたいなことはしないもの。むしろ切っ先が邪魔になると思うわね」


「そ、そうか」


 木刀は鈍器である。それが中宮さんの解釈だ。

 だからこそ斬るのではなく、打撃を浸透させるのだそうで、その結果が今まさに見せつけられた光景だ。敵が吹き飛ぶようではダメらしい。本当に『通った』ならば、その体勢のまま魔獣は停止する。

 俺の【観察】で何度となく見せてもらった動きではあるが、彼女が何をしているのかがわかっても、どうしてそうするのかはわからないコトが多い。結果が結果だけに納得せざるを得ないのだが、どうやら俺にそっちの才能は無さそうだ。


 中宮さんの話が通じるのは滝沢たきざわ先生と、かろうじて【嵐剣士】のはるさんくらいで、ピッチャー経験がある【剛擲士】の海藤かいとうは首を傾げることが多い。

 どうやらジャンルによって適切な体の使い方が違っているようで、投げる時は正しくても、武術的にはそれが足を引っ張ることもあるのだとか。そういうレベルにまでいってしまうと、俺からはもう何も言えなくなるのだ。



りんはカッコいいデス!」


 そしてミアなどは、そういう理屈を全部放り投げた上で強いタイプだ。

 中宮さんの考えとは相いれないだろうが、それでも二人は仲良くやっている。十年来の付き合いというものは、俺のあずかり知らない垣根を取っ払ってしまうのだろう。


「ところで馬那くん、ミアちゃん」


「どうした?」


「なんデス?」


「わたしも七階位よ」


「おおー!」


 キリリとしたキメ顔で中宮さんは七階位到達を宣言した。

 一年一組一同アンド随行の四人が歓声を上げる。


 階位が上がる時は、自分自身でスルリと理解できてしまう。なにかが光ったり、ピロンと告知音が流れるわけもなく、ただわかるだけだ。エフェクトが足りていないぞ。

 つまり中宮さんは自身が七階位になっていたことをとっくに知っていて、それでいてタメていたというわけだ。外連味の強さは剣士の嗜みなのかもしれない。


「二人目デスね!」


 手を叩いて喜ぶミアこそ一人目の七階位到達者だったりする。

 アウトレンジからの一方的攻撃で、しかもクリティカルを連発するミアはクラスのエースだ。とくにジャンプ攻撃を仕掛けてくるカエルとは相性が良く、空中の敵を射抜く姿はもはや動画とかで見た対空兵器じみている。


『一定以上ジャンプしたら撃ち落とされるってアニメがあったなあ』


 そんなミアを見た古韮ふるにらの感想だ。なるほど同意できる。


 一年一組は近衛騎士たちと違って神授職がバラバラだ。

 一塊になった騎士が守りや攻めで団結した時のパワーはすごい。逆に俺たちの売りといえば、何にでも対応できる、となるだろう。

 たとえばジャンプ攻撃を仕掛けてくる二層のカエルが相手でも【疾弓士】のミア、【剛擲士】の海藤、【裂鞭士】のひきさんが対応できてしまう。攻撃力不足だが後衛組なら【石術師】の夏樹なつきを筆頭に【鮫術師】の綿原わたはらさん、【氷術師】の深山みやまさん、【雷術師】の藤永ふじなが、そして【熱導師】の笹見ささみさんならジャンプキャンセルくらいのことはやってのける。多いな。


 まあ十階位クラスの近衛騎士にかかれば二層のカエルジャンプなど、こちらもジャンプ攻撃でお返しだ、で済ませてしまうのだが。



 そういうメンツが揃っていてもミアがスコアを稼いでいたのは、力と素早さ、射程距離がその理由だ。全部だな。丸太や竹のように急所を狙いにくい魔獣や、ウサギのように地べたを数で迫る敵ならほかのメンバーにも活躍を譲るが、とにかくカエルにはめっぽう強い。彼女こそがカエルスレイヤー・ミアだ。


 そうやって着実に経験値を稼いでいたミアは、夜の迷宮で早々に七階位を達成した。もちろんクラス一番乗りだ。

 いたずら小僧のような笑顔でピースサインをした彼女が取った技能は【遠視】だった。



「取ったわ。【視覚強化】よ」


 ミアの【遠視】と並んでクラス初となる技能、【視覚強化】を取得した中宮さんは堂々と胸を張っている。


「なるほど、文字通りなのね。よく見える」


「それじゃわかんねぇよ。ミアといい中宮といい」


 クラスを代表したように田村たむらがそう言えば、まわりも頷くばかりだ。


『遠くまで見えるようになりマシた』


 というのが【遠視】を取った時のミアのセリフだが、どっこいどっこいだな。


「そうとしか言いようがないのよ。八津やづくんならわかるでしょ?」


「説明しにくいのはわかるよ」


【観察】持ちの俺に話を振られれば、そう答えるしかない。事実そうなのだから。


「けどちょっと違うと思うかな。【視覚強化】は【観察】の下位じゃない。視覚全般の強化だから、中宮さんなら動体視力とかで体感できるかも」


「なるほど。そうかもしれないわね」


「【観察】は視界全部が見えるようになる『だけの』技能だからね」


「ちょっと八津くん、言い方」


 中宮さんのツッコミが鋭いが、これは自虐ではない。

 これまでどれだけ【観察】に助けられてきたか、俺自身の想いだけじゃなく、周りのみんなからもさんざん言い含められているからな。これでハズレスキルだから、なんて言ったら絶対に怒られる。


「大丈夫。俺は【観察】で良かったと思ってるから」


「そう。ならいいわ」


 軽くため息を吐く中宮さんの向こう側で、モチャっと笑う綿原さんも、俺にはしっかり見えているぞ。やっぱり【観察】は良スキルだ。



 ◇◇◇



「上がりましたね。七階位です」


 そろそろ調査という名のレベリングを切り上げる直前になって、ついに先生が七階位になった。これで三人目。


 全員が六階位の段階でミアがダントツで抜けているのはわかっていた。

 ならば次点はといえば間違いなく先生で、僅差で中宮さんというところだったろう。なのに先生は三番目だった。


 うしろで【観察】していた俺にはわかっていたし、おおよそは皆も気付いていたはずだ。先生は手を抜いていた……、これでは表現が悪過ぎるな。全力で敵を弱らせてくれていたのだ。

 豪剣使いの中宮さんと違い、【豪拳士】の先生は手足が武器だ。手加減はお手の物だというのは理解できる。それをやれてしまう実力と胆力を持ち合わせているのもだ。



 本当にちょうどいい程度に弱らせた敵、あと一撃入れればという状況の魔獣がポイポイと目の前に転がってくるのだ。しかも階位を上げにくい白石さんや奉谷ほうたにさん、田村や上杉さんを狙って。

 では俺にはどうしてとなるが、そこは綿原さんが頑張ってくれたとしか言いようがない。先生はそのあたりも見切った上で行動していたのだろう。ちなみに夏樹の担当は姉の春さんがやってくれていた。


 そういったわけで、七階位レースは終盤で中宮さんが先生を追い抜いた形になったのだ。



「わたしは……、そうですね。【身体操作】にします」


 体術という分野では中宮さんの上をいく先生が、ここでついに【身体操作】を手に入れる。もっと手前で取れたはずの技能だが、先生は自分を実験台にするようにあえて別路線を歩んできた。自分の技に自信があるからこそワザと【身体操作】を遅らせていたのはわかるが、それでも俺たちはホッとする。

 これで前衛系の全員に【身体強化】と【身体操作】が揃ったことになる。ここからはジョブなりの特性が出てくるはずだ。いや【反応向上】と【視覚強化】は必須な気もするな。できれば【一点集中】も。

 ゲーマー的感覚で、こういうたぐいの欲は尽きないのだ。


「先生は意地っ張りですから」


 そんな先生に妙な言葉を贈ったのは中宮さんだった。


「ふふっ、そろそろ力に技が追い付かなくなってきていたんです」


 俺にはよくわからない世界だが、前衛の六階位ともなると外魔力によるパワーアップがむしろ技術の邪魔になりかねないらしい。

 力があって損はないが、元々の技術が崩れかねない、と。なるほど、だからこの世界の武術が荒いのかと、納得できる部分もある。神授職と階位、持っている技能によって力の差が出やすいものだから、画一的な技術体系を作り出しにくいのだとか。実感がなさすぎて、わかるようなわからない話だ。


「力を身につけるのはいいんです。ただし階位のように階段を飛ばすような力のつけ方は、技を殺しかねませんから」


 それの完成形があの近衛騎士総長かと思うと、先生に全面的賛同してしまうのが俺たちである。



「先生、もしもですけど……、わたしより先に七階位になっていたら、どれを取ってました?」


「……どうでしょう。そうはならなかったわけですし」


 俺がいろいろと考えている内に中宮さんと先生の会話がおかしな方に転がり始めていた。どういう意味だ?


「それこそミアさんと……、凛ちゃんが自発的にやってしまったじゃありませんか」


 先生があえて中宮さんのことを名前で呼んだところで、ニブい俺でも気が付けた。


 最初の頃に先生がやっていたこと。そして今回ミアが【遠視】を、中宮さんは【視覚強化】を取ったということ。全部が『クラス初見』の技能じゃないか。

 テスターという単語がふと浮かぶ。


「目の良い剣士は強いですから。そうですよね、昇子姉しょうこねえ


「買い被りすぎデス。優秀な弓術家は『鷹の目』を持つのが相場デス」


 中宮さんとミアがそう切り返す。それはそのとおりだろう。彼女たちは嘘を言っていない。

 それでも無難なのは、すでに効果がある程度わかっている【反応向上】だったはずだ。それこそ先生がクラスに先駆けて性能を実証してくれた技能なのだから。


 先生が中宮さんより先に七階位になっていたら、もしかしたら【視覚強化】を取っていたかもしれない。

 それを予想していた中宮さんは、あえてそうしたということか。


 強いだけじゃない。周りとのバランスまで考えて。こんなだからウチのトップスリーは侮れない。

 それでもミアだけは素でやっている可能性があるけどな。



「それで八津くん」


「俺?」


 中宮さんがまたも俺に振ってきた。今度はなんだ?


「これで七階位が三人だけど、明日はどうすればいいのかしら」


 こと迷宮内での行動判断については俺の意見を最初に聞くのが、クラスのルールになりつつある。もちろんリーダーシップとかそういうのではない。異論反論大歓迎で、なんなら多数決までやってしまうのが一年一組のやり方だ。

 それでも全員を一番うしろから【観察】しつつ、システムへの理解も深い方という理由で、俺の判断は重視されている。そんな責任は重たいけれど、俺はもう迷っていない。コイツらと一緒ならできてしまう確信があるからだ。


 ほかにできることが無いから仕方なくなんていう考えは、とうにない。

 俺の【観察】はこのための武器だから。



「順番からしたら続くのは春さん、海藤、草間くさま、綿原さん、笹見さんってところかな。だよね? 奉谷さん」


「うん、そうだと思うよ!」


 念のために副官の奉谷さんにも確認は取っておこう。


「春さんは間に合うとして、もうひとり。明日の午前中で七階位が五人になったらってとこでどうだろう」


「やるわ」


「気合が入るねえ」


 俺の言葉を聞いた綿原さんと笹見さんが鼻息を荒くする。キミたちは後衛職なんだけどな。順当にいけば【忍術士】の草間が続くのだろうけど、綿原さんならやらかしてしまいそうな気もする。


 今回の迷宮での裏目標、三層見学が現実的になってきた。


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