第271話 成立する合意




「あれ? 王女様が気遣ってくれたのはわかるけど、国籍を無くすってのは?」


 軽く手を挙げてそんなコトを言い出したのはメガネ忍者な草間くさまだった。


 俺たちの様子を伺っている王女様を目の前にして、なかなか面白いところに気付いたな。

 けれど甘い。俺にはもうわかっているぞ、その理由が。たぶんオタグループな古韮ふるにら野来のき白石しらいしさん、もしかしたらひきさんや滝沢たきざわ先生も。


 すっかり俺は心の中で先生をオタグループに仲間入りさせてしまっているけれど、一度どこかでハッキリさせておいた方がいいかもしれないな。メガネ四天王準会員みたいに。

 六人、六人か……、良いフレーズを考えておかないと。先生シンパの中宮なかみやさんにもスジを通す必要があるか。


「アウローニヤ籍のままですと国法に縛られてしまいますから。しばらくのあいだは行政も乱れるでしょうし、法改正は急ぎますが、全てを一度にとはいきません。情けないことに無国籍の方が、当面は行動の自由が利くことになるでしょう」


 草間の投げた疑問に王女様が丁寧に説明を加えていく。


 今回のクーデターにおける目的はこの国の構造そのものを正すことだ。となれば真っ先に是正すべきなのは税と徴兵に関する部分になるだろう。

 だけどそれをするには時間がかかる。まずを持って腐敗の原因になっているのが貴族、つまり公務員だからな。


 王女様曰く、貴族であれ日和見を含めてなるべく人数を生かす方向で考えているようだが、イヤだな、死者が出ることを想像してしまうのは。頑張れ俺の【平静】。



 どこに敵方の残党がいるかわからない王城を出るのはいい。けれどそのためにはいろいろと手続きが必要だし、俺たちの場合は勇者だ、王女様が女王とならない限り外に放り出す許可すら出せない。今回のクーデターの副産物として、俺たちは自由を得るということになる。

 あとはそれなりのバックストーリーを作り、美談として勇者を送り出すわけだな。書類上は追放みたいなものだが。


 そしてもうひとつ、国籍を失うということはだ──。


「当面は『冒険者』として活動されるとよろしいのでは。ペルメッダがお勧めですね」


 王女様のその言葉を待っていたとばかりに何人かが大きく頷く。


 草間の質問のせいでネタばれみたいになっているが、国籍というフレーズの段階で俺は気付いていた。

 もしかしたら王女様としても、クーデター終了後に実は、みたいな感じで伝えるつもりだったのかもしれないな。一年一組の一部に『冒険者』に憧れている連中がいることくらい、報告書を読み込めばすぐに理解できたはずだし。



 クラスの中でも異世界で生きる手法として温度差が激しかったのが冒険者についてだ。


 この世界における『冒険者』は事実上『迷宮から素材を持って帰ってくる職業』に就く人とされる。

 さすがに国を跨ぐような謎の巨大組織、その名も冒険者ギルドなんてものはないのだが、国ごとに冒険者登録制度はあるし、なんでも五百年前に勇者が現れる前から、それこそ迷宮の誕生と同時に生まれたとかいう由緒正しい職業でもあるのだ。


 そんな彼らは基本的に国籍を持たない。理由はよくわからないがそういうものなんだとか。


「っしゃあ!」


「燃えるね」


 ああ、古韮と野来が高揚しているな。まあ、俺もなんだけど。


 だってそうだろう?

 異世界イコール冒険者だぞ、普通は。追放までにやたら時間がかかった俺たちのクラス召喚だが、ようやくテンプレ展開を迎えようとしているだよ。


 それはそうと、そろそろいい時間だし、王女様にも返事をしておかないとだな。



「返答については申し訳ありませんが、明日中にお願いいたします。わたくしはこちらに伺うことはできませんので、アヴェステラを通じて伝えていただければ」


 幕引きの雰囲気を感じ取った第三王女は立ち上がり、俺たちを見渡した。


 明日でいいのか。考える時間をくれるのは助かるけれど、王女様は俺たちに気を使い過ぎじゃ。


「わたくしの選んだ……、いえ、そうではありませんね。アヴェステラ、シシルノ、ベスティ、アーケラ、ガラリエ、そしてヒルロッド」


 それから王女様は勇者担当者たちの名前を並べる。


 ヒルロッドさんのところだけ溜めたのは、あの宣誓書のお陰だろうか。その点については大丈夫、俺たちはヒルロッドさんも信じているから。


「約定は結ばれたのです。矜持を示してください。あなたたちは第一に勇者様方の味方であって、わたくしはそのつぎで構いません。それこそがわたくしの望みでもあるのですから」


 なんというか、王女様はやることが大仰すぎではないだろうか。


 せっかくここまで綿密な計画を立てておきながら、最後は勇者のなすがままなどという形にするのはどうなんだろう。

 勇者を心から信じているから、状況的に一年一組は王女様と組むのが一番マシだから、さらには最大限配慮しているんだぞというポーズ、いろいろな要素が混じっているのはわかるのだけど、本当に大した念の入れようだ。


 こういう細かい心配りと大胆な部分、冷徹な判断やら、全部を使いこなしているのがすごいな。



「くだらねぇ。俺たちはヤルって決めた。決めたんだよ。なぁ、お前ら」


「そうね。わたしたちはとっくに決めていた。善悪じゃなしに、私たちの考えで」


 いよいよ第三王女が退出するという雰囲気になったところで、ヤンキーな佩丘はきおかと木刀女子の中宮なかみやさんが立ち上がり、それぞれに宣言してみせる。


 この場で結論を出してしまうことに、俺も異論はない。


 昨日の段階で自分たちの置かれた状況を鑑みて、ある程度の結論を出していた一年一組だが、今夜、計画の詳細や報酬を聞いてみれば、むしろ参加する動機が増えたくらいだ。

 王女様があえて二日に分けたのは、俺たちに考える時間を与えるのと、こういうオチになるという自信があったのだろうな。改めて大したお人だ。



「だな。やるしかない」


「しゃあねえだろ」


「まあ、がんばろっか」


 海藤かいとうが、田村たむらが、はるさんが。


「気合入れマス!」


「がんばろうね、あおいちゃん」


「成功させて、冒険者。孝則たかのりくんと一緒に」


「やれやれだねえ」


 ミアが、野来が、白石さんが、笹見ささみさんが。


「うん、やる」


「落ち着いてるっすね!? 深山みやまっちの【冷徹】、最強っす」


「アタシが取ったらどうなるんだろ~ねぇ、それってさ」


 深山さんが、藤永ふじながが、疋さんが。


「がんばろうね、草間くん」


夏樹なつきくんもね」


「やるぞぉ!」


 草間が、夏樹が、奉谷ほうたにさんが。


 先生と馬那まな上杉うえすぎさんは黙ったままで。


「追放されて現地で冒険者だぞ、おい、八津やづ


「最初の頃に言ってた八津くんのアレ?」


「そうだよ、古韮、綿原わたはらさん。俺がビビってた追放だ」


 古韮が、綿原さんが、そして俺も。


「『緑山』、いえ、一年一組はリーサリット王女殿下に乗りましょう。報奨は追放と美談と、当面の生活費を要相談で」


 最後に藍城あいしろ委員長が妙に生々しい条件を付けながら立ち上がった。


 一年一組全員が並ぶようにして立ち、いつの間にかそちらも立ち上がり終わっていたアウローニヤ一同と相対する形になる。



「ありがとうございます。初戦に続き二戦目もわたくしの勝利ですね」


 満面の笑みといった風に王女様が勝ちを宣言する。こんな顔もするんだな。

 初戦というのは……、ああ、担当者たちが勇者側についたって話の時か。


 なんにしてもこれで完全に俺たちと王女様、勇者担当者たちは一蓮托生だ。

 絶対に成功させないとなあ。迷宮組の俺が考えるのもアレだけど。


「では、わたくしはこれで。つぎにお会いするのは決行当日となるでしょう」


 締めの言葉を述べた王女様は明確に頭を下げてみせた。担当者たちもそれに合わせて。

 そうなれば俺たちだって日本人だ。こちらも全員が一斉に深々と頭を下げることになる。異世界でお辞儀の仕合いとか、これはどうなんだろう。


 そういえば王女様が俺たちと迷宮に入ることがなさそうな口ぶりだったのって、クーデター後ではムリっていうフリだったのか。妙な含ませ方をしてたから気になっていたけど、やっと納得できた。

 本当ならクーデター前にレベリングをしてあげたいくらいなんだけど、さすがにこの状況で第三王女が迷宮に入るとか、いくらなんでもムリがあるか。


 あっ、そういえば。



「あのっ、王女様」


「はい、どうしましたか、ワタハラさん」


「明後日から三日間、アヴェステラさんをお借りしてもいいですか?」


 俺が気付くとほぼ同時に綿原さんが王女様に声を掛けた。


「……もちろん構いません。アヴェステラ、勇者様のご要望です。最大限に貢献しなさい」


「殿下?」


 立ち去りかけていた王女様が振り向き、軽い感じで許可を出す。


 このタイミングで三日もアヴェステラさんを手放すのは、王女様としても手痛いのかもしれない。

 だけどこちらとしても引けない理由がある。たとえ本人が首を傾げていてもだ。



「アヴェステラさん、正直に答えてください。候補に出ているけど取ってない技能で、身体系ってありますか?」


「……【反応向上】と【視覚強化】なら」


「【睡眠】は出てますか?」


「それは、まあ」


 綿原さんにかかるとこれだ。まるでアヴェステラさんがアウローニヤ的には邪道に引きずられるように、もしくは生贄にされるように見えるではないか。あの綿原さんが、そんな非道なマネをするはずもないのに。


 とかそういうネタ的妄想はどうでもいいか。


「八津くん、どう?」


「二層で六階位までに半日。そこから三層で、二泊三日なら最低八階位、できれば九階位かな」


「いいわね」


「ああ。パワーレベリングなんて、この世界で初めてだ」


 ポンポン交わす綿原さんとの会話が楽しい。やる気にもなるってものだ。


 現状で五階位の【思術師】、アヴェステラさんは柔らかい。それなのに王女様の名代としてクーデターの最前線を張ることになっているのだ。

 硬くしない理由がどこにもないじゃないか。彼女が『緑山』の一員である以上、仲間として、ついでに迷宮委員として、責任を持って安全度を上げる必要がある。これは絶対だ。



「申し訳ないですけどアヴェステラさん、勇者式の階位上げ、やってもらいますからね」


 綿原さんの宣言を背に、王女様は離宮を去っていった。困惑するアヴェステラを残したままで。



 ◇◇◇



「王女様の前では聞きにくかったんですけど、王様ってどうなるんです?」


 王女様が立ち去った談話室で、委員長がアヴェステラさんに質問をする。


 その点については俺も気にしていたんだよな。

 第一王子が事実上のリタイアをした以上、王女様が打倒しなければいけないのは、大きく二人。王様と宰相だ。


 宰相に直接の恨みはないが、勇者拉致未遂に関わっていた可能性もあるようだし、そもそも金を貯め込んで自分だけでも帝国に落ち延びようなんていう考え方が気に食わない。

 ましてや王様や第一王子、果てはガラリエさんの実家を生贄にしてまでなんて。



 それに対して王様には、正直悪印象を抱けていないのが俺の本音だ。ヘタをすると第一王子より印象がいいくらいなんだよな。


 王様と俺たちが会ったのは、召喚された初日と『緑山』結成の式典の二回だけだ。

 初回では『勇者との約定』を持ち出し、本人に自覚があったかどうかはわからないが、結果として俺たちを宰相たちから守ってくれる形になった。二回目の時は式典としてだけど『緑山』を認めてくれたわけで、こちらも俺たちにとっては都合がいい話だ。


 俺たちは王様に直接悪さをされたことがない。


 もちろん宰相や近衛騎士総長、官僚貴族たちをのさばらせたり、ワケのわからない法律を認めたりと、アウローニヤを腐らせた責任は負うべきだとは思う。だけどなあ。



「王族の皆様方ですが、王妃殿下と第二王子殿下はすでに王都を離れています。ラハイド侯爵家にいらっしゃる第二王女殿下を訪ねているという体裁ですね」


「もう手を打っていたんですか」


 アヴェステラさんの説明に委員長がちょっと驚いた顔になる。そうか、状況はとっくに動き出していたのか。


 どうやら王妃様と幼い第二王子は、コトが終わるまではラハイド侯爵の家でお世話になるそうだ。クーデターがどちらに転んだにしても、ウニエラ公国に脱出を図るらしい。帝国が怖いからというのがその理由だ。王妃様はどうでもいいが、第二王子は傀儡にちょうどいい存在という話だったからな。


 なるほど、だから王妃様は『緑山』の式典に出ていなかったのか。


「相応の金品を持ち出されたようですが、王女殿下は黙認されたようです」


 苦笑を浮かべるアヴェステラさんだが、そういうところが王女様の優しさで、ついでに狡猾さだと思う。


 一度ウニエラ公国に行ってしまった第二王子は安全を得る代わりに、そう簡単にはアウローニヤに戻ることはできなくなるのだろうから、王女様にとってはそちらの方が都合がいいのだろう。


「動乱を向かえるアウローニヤを離れられるのです。幼い第二王子殿下の身を考えれば、むしろ……」


 アヴェステラさんの言葉が本当なのだから、現状は深刻だ。俺たちはなんでこんな国に召喚されてしまったのだか。


 これで王都におわす王族は三人。王様と第一王子、第三王女だけということになる。



「コトが上手く進められれば第一王子殿下はウニエラへ、王陛下には……」


 なんか北のウニエラ公国を王族の流刑地みたいな扱いにしているけれど、それよりアヴェステラさんはなぜそこで口ごもるかな。ドキドキするじゃないか。


「病死していただき、メルファールの王家離宮にて余生をお過ごしいただきたいと、王女殿下はそうお考えです」


「病死してから余生、ですか」


 アヴェステラさんの言葉に委員長がホッとしたように息を吐いた。


 ワケのわかっていないクラスメイトもいるが、要は死んだということにして、というパターンだな。

 今の王様には退位してもらわないと、王女様が女王になれない。この場合は退位というよりは急死ということになるのだろう。


 メルファールというのはヒルロッドさんの家族を一時避難させる話で出てきた、王国北部にある保養地のはずだ。まあ、それなりにはいいところなのだろう。

 王家の離宮っていうくらいだから、王女様の監視下ということか。冗談でも復権させるわけにはいかないだろうからな。


「現王陛下は、祭事を好まれる方で、ここ数年は実務を控えておられました」


 簡単に王様のプロフィールを語るアヴェステラさんだけど、それってお祭りにだけ偉そうに登場して、普段の仕事は誰かに丸投げってことだろ?


 だから宰相たち貴族は勝手をやらかすし、第一王子と第三王女が割りと簡単に表に出ていたということか。


 帝国が目の前にいるというのにそんな王様と、現実が見えていない王子様、金を持って逃げる算段を立てる貴族たち。王女様の野望が燃え上がったのもわかるというものだ。


 それでも少しは罪悪感が減った気がする。今はそれで十分だろう。



「僕たちにできるのは、鍛えて、時が来るのを待つだけ、か」


 ポツリと呟く委員長にクラスメイトたちが無言で頷いた。


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