第272話 迷宮モードに切り替えていこう




「昨夜なのですが、わたしにも【冷徹】が候補に現れました」


 俺たち一年一組が第三王女の王位簒奪に同意した翌朝、滝沢たきざわ先生が日本人だけのミーティングでそう言った。でちゃったのかあ、しかも先生に。


 首を傾げる連中も多い中、俺も出現条件を思索するわけだ。欲しいからな【冷徹】。


「暴露大会とかっしょ。恥ずかしいって思ったりしたらじゃない? 雪乃ゆきのもそーだったし」


「……恥ずかしいことではありません」


「ゴメンって先生、その息遣い勘弁。【聴覚強化】でなんとなくわかるからっ」


 チャラいひきさんと先生とのやり取りだが、【聴覚強化】すごいな。そういう戦闘モードな呼気まで読めるのかよ。


 疋さんも疋さんで怖いなら話を振ったり、【聴覚強化】を使うのを止めればいいのに、それをしないで口を回すあたりが彼女らしい。

 ほらほら、中宮なかみやさんも疋さんを睨むのを止めろって。


 そもそも先生がいまさら【冷徹】って、取る必要あるのだろうか。その技能。



「それはそうとして、みなさんは昨夜、重大な決断をしました。わたしもひとりの仲間として、それに同意したわけですが──」


 なにか先生が述べているが、絶対に照れ隠しだろう。


 普段は武術以外では余程のコトがない限り長台詞を言わない先生だし、王女様に協力するなんていうのは、俺たちの中ではとっくに決まっていたことだ。どう考えたってこのタイミングでのお説教はおかしい。

 だから俺たちは半笑いで先生の雑な演説を聞くことにした。べつに間違ったことを言われているわけでもないしな。



「午前中はアヴェステラさんと盾役のガラリエさんの合わせでしたね。上手く調整していただかなければ」


 そんな先生の空振りに、クラスの誰一人が逆らえるというのだろか。


 そろそろアーケラさんたちも部屋から出てくるだろうし、まずは朝風呂からかな。



 ◇◇◇



「ガラリエさんがアヴェステラさんに付くすから、シシルノさんは俺が守ることになったす」


「ほう、それをしてくれるカイトウくんは不服なのかな」


「まさか。どうすか? 手を組んで一緒に十階位を目指すってのは」


「最高の提案だよ、カイトウくん」


「うす」


 テーブルや椅子を端に寄せた談話室の一角で妙な口調でやり取りをしているのは、野球少年の海藤かいとうとシシルノさんだ。

 どうして海藤は目上の人を相手にすると中途半端に藤永ふじながっぽくなってしまうのか。



 アヴェステラさんとヒルロッドさんを迎え朝食を終えた俺たちは、軽いミーティグをしてから訓練と書類仕事をやっているところだ。


 俺は綿原わたはらさんと二人で明日からの『迷宮のしおり』作りをしている。とはいえ、最近のバージョンは内容も煮詰まって、せいぜいルート設定と最新の魔獣動向を差し替えるくらいで留まっていた。だけど、今回はちょっと違う。


 アヴェステラさんのパワーレベリングが実施されるため、ある程度の時間を二層で活動することになるからだ。ついでにフォーメーションを考える必要もある。

 五階位で【思術師】のアヴェステラさんは、二層に現れる丸太や竹は倒せない。カエルも完全に無力化しないと危ないだろうし、メインはキャベツ、トマト、ウサギになるだろう。


 掃討が進んでいる二層で魔獣を選ぶとなると、事前の情報を基に綿密にルートを決めておかないと時間をロスするばかりになってしまう。それは避けなければならない。俺たちは少しでも長く三層に居る必要があるのだ。

 アヴェステラさんの件は昨日の飛び込みだが、俺たちだってクーデターまでにひとりでも十階位を増やしておきたいという事情があるからな。両立するようなスケジュールが求められているということだ。



「模擬店と平行したらどうかしら」


「え?」


「模擬店の下拵えを済ませてから、開店中は店員を残してアヴェステラさんは別行動でレベリングするの」


「アリ、だな。得物はかき集めればいいし」


「じゃあ、メンバーを決めないとね」


 綿原さんの提案は真っ当だ。


 今の『緑山』は二層でやることがない。いや、模擬店はやるが、どれだけ魔獣を狩ったところで誰の階位も上がらないという意味で、やれることがないのだ。

 模擬店用の肉なんかは今日のうちに迷宮側に通達しておけば、明日現地に行けば山になっているはず。俺たちが狩ってくる必要はない。



 クラスを分割するリスクを挙げるとすれば、模擬店部隊が『人間』に襲われることと、レベリング隊が群れにカチあうくらいだが、両方とも問題はないだろう。


 模擬店を出すのは三層へ続く階段の傍だけに、魔獣は掃討されつくされている。警備兵もいるし人通りも多い。つまり拉致などにはまったく向かない場所だということだ。

 なんならキャルシヤさんかゲイヘン軍団長にお願いして、模擬店の時間帯だけでも信頼できる部隊を置いてもらってもいいだろう。午後にでもキャルシヤさんに話しておくか。


 遠征する方はもっと簡単だ。前衛職をメインにして、忍者な草間くさま、ルート選定の俺が揃えば予想外の襲撃には備えられる。それこそ魔獣でも人間相手でもだ。耳のいい疋さんも連れて行きたいところだけど、念のために屋台組かな。


「綿原さん、悪いけど」


「そうね。わたしは店番かしら。迷宮委員同士、お互い役割分担」


 うん、物分かりがよくて助かる。打てば響いてくれるのが綿原さんだ。

 ここでわたしも行くとか言わないあたりがわかっている証拠だよな。


 綿原さんは頭の回る人だ。俺と同じようなことはとっくに考えて、たぶん似たような結論を持っているのだろう。元々ゲーマーでもないのに、システムへの理解も深いし、各人のロールや特性をわかっているからこそできる発言だ。


「んじゃ、メンバーの割り振りだな」


 正直を言えば、昨日みたいにクーデターの計画を聞かされるより、こうやって迷宮で誰をレベリングすることとかを考えている方がずっと楽しい。誰でもか。

 いや、もしかしたら謀略を考えるのが楽しいタイプもいるかもしれない。ウチのクラスなら藍城あいしろ委員長とか上杉うえすぎさん、そして目の前の綿原さんあたりが。


「なに?」


「いや、綿原さんと組めて良かったな、って」


「そ」


 頬を赤くする綿原さんだが、ゴメン、魔王ムーブが似合うタイプだとか考えてた。



「えいっ!」


「うおわっ。ちょっとは手加減しろよ!」


 計画を練っている俺と綿原さんから離れたところでは、【嵐剣士】のはるさんが、大盾を持った【剛擲士】の海藤に襲い掛かっているのが見える。

 海藤のうしろではシシルノさんがニヤニヤしながら腕を組んでいるわけで、なんともイカした絵面だな。海藤がやっているのは、お姫様ならぬマッドな悪の女幹部を身を挺して守るという下っ端な役割りだ。


「これでも速さはウサギくらいだよっ」


「打撃が重いんだよっ!」


「じゃあ本番はもっと楽になるってことだね。スピードもうちょっとアゲてくよ?」


「勘弁してくれ、春さんよぉ」


 スピードの向こう側に覚醒した春さんは、ぶっちゃけ強い。というか速い。


 こちらの世界ではまだまだ発展していないスプリンターとしての体の動かし方と、階位や技能で底上げされた身体能力を見事に融合させ、速度に変化させることに成功した彼女は、図抜けてクラス最速の存在だ。

 それこそ先生や中宮さん、ミアといったクラスの強豪よりもかなり速い。談話室で試してみたら十三階位のヒルロッドさんに勝ててしまったくらいだ。

 力を逃がさないために、地面に顔がくっ付くんじゃないかというくらいの前傾姿勢で走る春さんは、迷宮三層に出てくるヘビを思わせる。って、魔獣に例えたら怒られるか。


 ただしメイスの扱いはまだまだなので、いっそのこと今のうちから左右のバランスを考えて、メイス二刀流とかどうだろうという話も本人から出されていたりもする。



「とうっ!」


「ひっ!」


 べつの場所ではアヴェステラさんを守るガラリエさんに草間が攻撃を仕掛けているところだ。だけどそちらは盾が本職でしかも十階位。草間が攻撃を通すとなれば、事前に【気配遮断】を掛けるくらいしか手は無いだろう。

 ちなみに怯えた声を出しているのはアヴェステラさんで、ガラリエさんは無言なままだったりする。


 草間の動きも良くなっていると思う。元々中学では卓球をやっていたらしいし、体の動かし方を知っている側なんだろうな。


 アウローニヤにやってきて二か月。

 毎日が運動系の部活動で、ずっと合宿しているようなものだ。しかも俺たちは高校一年生で、伸び盛りときている。そりゃあ強くもなるというものか。やっぱり【身体操作】が欲しいなあ。


「ほらほら八津やづくん、余所見しない」


「へーい」



 ◇◇◇



「ではわたくしはここで」


「気を付けてくださいね」


 ちょっと顔色の悪いアヴェステラさんに中宮さんが声をかけた。


 午前中に書類関係を終わらせて、午後からは一日ぶりの訓練場だ。アヴェステラさんとはここでお別れで、次に会うのは夜ではなく明日の朝、しかも迷宮の入り口でとなる。

 本当なら朝イチだけ顔を出して、そのあとは宰相やら王女様関連のお仕事だったはずのところを、ムリをして訓練してもらったのだ。【体力向上】と【疲労回復】を持っているとはいえ、申し訳ないことをした。もちろん後悔はしていないけど。


 ハシュテル一党に襲われて怪我をしたという『実績』を盾に、単独行動するときのアヴェステラさんにはガッツリした護衛が付いている。王女様から貸し出すという形で第三近衛騎士団『紅天』から一個分隊が派遣されているのだ。


「あれは精鋭です」


 立ち去っていくアヴェステラさんの背を見送っていたら、ガラリエさんがそう教えてくれた。

 なんでも王女付きの部隊のひとつで十二と十三階位だとか。


「もうちょっとでガラリエさんも階位上げができますね」


「そうですね。まさかわたしが階位を上げたいと思うようになる日が来るとは」


 周囲に鋭い視線を飛ばしながら中宮さんがそう言えば、同じく警戒を怠らないガラリエさんが薄く笑った。


 さて俺たちも移動だ。



 ◇◇◇



「キャルシヤさん……」


「な、ど、どうしたんだ!?」


 無事『蒼雷』の訓練場に辿り着いた俺たちは、さっそくキャルシヤさんを見つけたわけだが、一部のクラスメイトが涙ぐみながら声を掛けて、この有様だ。うろたえるキャルシヤさんが面白く見えてしまう俺は、黒い側の人間だな。


 原因は昨日聞かされたキャルシヤさん物語。受け止めようによってはこうなる仲間も出てくるか。親の因果がなんとやらだが、俺からしてみれば味方保証された人がいること自体が気が楽で助かる。


「昨日ですけど、経緯を聞きまして」


「ああ……、そういうことか」


 ほかの人たちに聞こえない距離に近づいてから委員長がささやけば、少しのあいだだけ顔を歪ませたキャルシヤさんはそれでも納得してくれたようだ。大人だなあ。


「本当に勇者たちというのは……。まあいい、明日からまた迷宮なのだろう?」


「はい。それでですね、お願いが」


「ほう?」


 いつも通りの不敵な笑顔に戻ったキャルシヤさんに返事をするのは綿原さんだ。

 とりあえずは俺たちの要望を伝えるところからだな。



「アヴィの階位を上げる、だと」


 訓練場の片隅でキャルシヤさんが絶句していた。


 この場にいるのはキャルシヤさんと綿原さん、それと俺だけで、ほかの連中は訓練に勤しんでいる。昨日は念のために離宮に籠りっぱなしだったが、施設がないとできない訓練もあるし、何日も勇者が引きこもったら悪い噂になりかねない。


 話は戻って、そりゃまあバリバリ文官系のアヴェステラさんをレベリングしようと言い出したのだ、友人のキャルシヤさんとしては驚きもするだろう。

 しかもだ、俺たちはこれまでもアヴェステラさんを迷宮に連れていくことができたはずなのに、今になって。引っかかるのは当然だよな。


「はい。必要が出てきたみたいで。名目としては『勇者がまたバカなことを始めた』です」


「……そうか、勇者のやることならしかたないな」


「勇者ですから」


 綿原さんの言い訳が酷いことになっているが、こういうことにするのはクラスで共有済みだ。


 シシルノさんたちを筆頭に、一度『緑山』に関わってしまえば後衛職であろうと文官であろうと、容赦なくレベリングは決行される。それが勇者ルールだ。昨日決まったばっかりだけど、そういうものなので納得して欲しい。


 こういう回りくどいことはしたくないのだが、いかんせんキャルシヤさんにどこまで情報を流していいのかを俺たちは知らされていない。匂わせがせいぜいだ。


『王女様の名代として前線に出ます』


 なんて言えないよなあ。

 まあ、レベリングをすること自体を教えていいのかだけは、アヴェステラさん本人に確認はしてあるのだけど。



「わかった。で、わたしに協力できることとは?」


 それでも怪しげな空気は伝わったのだろう、キャルシヤさんは否定することもなく、こちらの要望を聞いてくれる姿勢になった。


「アヴェステラさんは五階位ですから、まずは二層で六階位になってもらいます」


「そうだな」


「それからすぐに三層に降りる予定なんですけど──」


「ちょっと待て。あ、いや、君たちが六階位で三層に行ったことがあるのは知っているが」


 丁寧にアヴェステラさんのレベリング計画を説明する綿原さんだが、途中でキャルシヤさんの挙動がおかしくなる。


「六から七って二層だと結構大変ですから」


「それはまあ、わかっているが、三層だぞ?」


「ヘビかミカンくらいなら六階位の後衛職でもイケますよ」


 ツッコミを入れるキャルシヤさんに対して綿原さんが宙に浮かせたサメと一緒に小首をかしげた。うん、可愛いな。


 この国では二層で七階位、三層で十階位、つまり各層での限界階位までレベリングをしてからつぎの層に挑むのが常識だ。

 即席五階位を作るために文官を二層にエスコートすることはあるらしいが、三層にご案内はちょっとあり得ない。後衛系だと攻撃が通らない魔獣が多すぎるからな。


 それをわかった上で俺たちはアヴェステラさんを三層に連れていく。キーになるのは『御使い』の存在だ。『御使い』こと【奮術師】の奉谷ほうたにさんは【身体補強】を持っている。『クラスチート』の範囲外になるアヴェステラさんだが、それでも少しは底上げ可能なのだ。

 それくらいキャルシヤさんだって知っているでしょうに。


「それでですね、二層で六階位になってもらうあいだに、平行して炊き出しをやろうと思ってまして──」


 綿原さんの説明が続くわけだが、三層の話、要らなかったんじゃないだろうか。



 結局模擬店の警備とついでに運び屋の手配にはキャルシヤさんのお墨付きが出て、懸念は払しょくされた。


 さあ、明日からは迷宮だ。地上にいるよりずっと気楽になれるのだから、この国はやっぱりどうかしている。


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