第270話 あなたたちを追放しましょう




「生きている限りとはいいましても、時間的制限と人的な限界が存在します。二度目の失敗で再起の目は失われ、わたくしの命は潰えるでしょう。長くて三月といったところでしょうか」


 悲観的なことを言っているが、第三王女の目から輝きは失われていない。


 冷徹でありながら、むしろ生気に満ち溢れているようにしか思えないのだ。

 勝算ありという虚勢かもしれないが、それでも。


「繰り返しますが、わたくしは自ら望んで王女殿下に願い出たのです。ヒルロッドさんたちミームス隊は強力な部隊ですが……、申し訳ありません、格が」


「そうだね。これは勇者にはできない仕事だ。この国の立場ある者がやるべきことだよ」


 アヴェステラさんが自分から立候補したことを繰り返せば、ため息を吐いたヒルロッドさんまでもが疲れた顔でそれを肯定してみせた。


 真面目なアヴェステラさんと苦労人のヒルロッドさんか。ずっと良くしてくれていた二人の言葉だけに大事にしたいのだけど、それ以上に心配にさせられる。

 そもそもフラグっぽすぎて、俺などは頭を抱えそうだ。そういうのが理解できている野来のき白石しらいしペアが半泣きになっているじゃないか。


 そんな俺たちの姿を見るアヴェステラさんが報われたかのような表情をしているのが、せめてもの救いなのかな。



 ◇◇◇



「その、最初っから、ラハイド侯爵の軍隊ですか? それに来てもらうとか」


「軍を動かせば宰相側に察知されます。分散して移動させたとしても王都に入る段階で──」


「迷宮じゃなくてここに籠城するっていうのは?」


「勇者様方とわたくしが迷宮に入ることで日和見側を糾合することも重要なのです。むしろ当日の迷宮にはあえて中立派を派遣して──」


「『紫心』と『白水』はムリっぽそうですけど、『黄石』の団長さんはダメなんですか? えっとヴァフターさん」


「彼は中立派ですが、なかなかにしたたかです。確約までは、未だ──」


「暗殺とか」


「それも並行する予定はありますが、要職に就く者ほど護衛を──」


 あまりに冷徹と思える計画を聞かされて戸惑ってしまった俺たちは、最後の抵抗とばかりに第三王女にいくつかの対応策を提案してみたのの、どれもこれもがすでに想定されたものだった。相手が相手だ、俺たちがこの場で思いつく策なんてのはなあ。

 それと最後、忍者とはいえ草間くさまのソレはどうなんだ?


【平静】を強弱で調整して使うことに慣れてきた俺たちは、身内の外に対しては比較的冷静というか冷たい態度を取ることができてしまう。これが罪もない平民とかならまだしも、俺たちに悪さをしようとしていたり、金を持ち出して帝国に逃げ延びようとか考えている貴族相手ならなおさらだ。


 こういう精神が良いことなのか悪いことなのかは難しい問題だが、置かれた状況に限れば絶対に必要な技能だと思えてしまう。

 でなければクーデターに加担とか、できるわけがない。たとえ滝沢たきざわ先生の苦悩と皆の心情が一致したからとはいえ、すすんで王女様に協力したいはずがないのだ。


 王女様の気持ちに共感できる部分は多々あるし、人柄も悪いとは思わない。それでもこれは別問題だからな。



 それにしてもこうなると、軍事系知識チートを開放していなかったことがちょっとだけ惜しくなってくる。

 とはいえそっち系に強いミリオタの馬那まなだが、どうしても現代技術前提の軍事常識に偏っているし、中世における、ましてや魔力ありきの戦闘ではたまに思い付きが上手くいくことがある程度だ。こないだの騎馬戦もどきみたいな、現状に見合った戦術の提案程度だな。対人でする戦争そのものの在り方をひっくり返すようなモノではない。

 迷宮で硫黄と硝石が見つかったという記録はないしなあ。アウローニヤの近くに火山は無いし、温泉もない。硝石なんてどこにあるのやらだ。すなわち黒色火薬チートは封印されている。最初の頃に止めておこうと決まっていたのでいまさらではあるが。


 陸上少女のはるさんや綿原わたはらさん、野球少年の海藤かいとう、アネゴな笹見ささみさんが知識として持っているスポーツ科学、滝沢たきざわ先生と中宮なかみやさんの武術はヒルロッドさんとガラリエさんに開放しているから、キャルシヤさんになら伝授してもいいかも、くらいか。


 短期間で終わらせると王女様が宣言したクーデター計画だ。俺たちにできる対応など、実行までになるだけ迷宮に入る時間を伸ばして階位を上げるのと、地上での対人訓練が関の山といったところだろう。



 ◇◇◇



「最後になりますが、この計画が成功したあとのことです」


 一通りの雑談じみた質疑応答が終わったところで、王女様が表情を改めた。


 クーデターが成功したあとって、王女様が頑張ってアウローニヤを立て直して、なるべくましな形で帝国に降るってことだったはずだよな。

 まさか、俺たちになにかをやらせるつもりか?


「報酬についてですから、そう警戒なさらないでください」


「俺たちまだ、最初の給料すら貰ってないんですけどね」


 王女様の言葉に古韮ふるにらが被せて笑いを誘ってくれる。重ためだった空気をほんの少しだけでも軽くしようという姿勢は大したものだ。


「まあっ、騎士団として迷宮に入られたのですから、手当てはキチンとしておかないと」


「すみません。前回の手当ては全部『珪砂』で受け取るってことにしちゃったので」


 経緯を知っているのだろう王女様がワザとらしく驚いてみせれば、へにょりとサメを浮かばせた綿原さんが表面上だけ申し訳なさそうに返す。


 記念すべき『緑山』として初回となった迷宮だが、一年一組は換金性の高い素材を全て捨てて、ひたすら綿原さん用の珪砂を持ち帰ってきた。新発見ということもあり、本来ならば国に納めてからあとで再配分というのが筋なのだが、そこを勇者権限で押し切ったという経緯がある。

 なので前回発生したはずの各種迷宮手当は遠慮したという形だ。ちなみに基本給は月給制なので、俺たちはまだ最初の賃金をいただいていないのだ。


 バイトをしたことがない俺としては、お給料というものに興味がないわけでもないが、他ならぬ綿原さんの願いだ。もちろん喜んで賛成側に回った。俺にだってそれくらいの度量はあるぞ。



「さて、成功報酬にはなりますが、計画が上手くいった場合です。基本的には相応の金品、爵位ですね。皆様方は領地を希望されないでしょうし」


「それはまあ、はい」


 ありきたりな王女様の提案に、藍城あいしろ委員長が代表して答えを返す。


 正直なところ領地どころか爵位も要らないし、金品といわれても使いどころに困るというのが本音だ。

 そう考えると俺たちに必要な褒美って、本当に帰還のための優遇措置くらいしか思い浮かばないんだよなあ。


「ではもうひとつ、これは勇者様方の選択にもよりますが……」


 浮かない顔が多い一年一組を見て苦笑を浮かべた王女様が、真面目顔に切り替えた。

 どうやらこちらが本命になる報酬らしい。さて、何が飛び出してくるか。


「『勇者との約定』の破棄、並びに『王家の客人』待遇を撤回、『緑山』の解散、そして王国籍のはく奪、国外への追放。いかがですか?」


「なっ!?」


 意味不明な単語を羅列した第三王女に、中宮さんが絶句している。


 もちろん中宮さんだけではない、クラスメイトのほぼ全員が唖然とし、意味が分からず首を傾げているメンバーなどエセエルフのミアくらいのものだ。あのロリっ子な奉谷ほうたにさんですら大きく口を開けている驚いている。先生すら目を見開いたままだ。


 いや、二人。委員長は口元に手を当てて考え込み、聖女な上杉うえすぎさんは酷く珍しいことに、真顔になって遠くを見ている。

 王女様の暴言に意味があるということか?



「王位簒奪が叶ったとして、わたくしは全力を傾けてアウローニヤを立て直しにかかります。最期が帝国への服属というのが残念ではありますが、それは詮無きことでしょう」


 このあたりはすでに語り終わった内容だ。再確認するように語る王女様の表情に曇りは無い。


「僕たちが要らないということですか?」


「それこそまさかです」


 探るように言う委員長に対し、王女様は勇者不要を敢然と否定した。表情こそ大きく変わっていないものの、どこか寂しげに。


「アウローニヤの政権転覆はすぐに帝国に伝わることでしょう。その場合、かの国の帝位争いが加速する可能性が高くなります」


「それはなぜ」


 アウローニヤが政権交代したら帝国が荒れる。ちょっと意味がわからないけれど、合いの手を入れてくれている委員長はどこか納得し始めているようにも見える。


「アウローニヤの帰参がそのまま第二皇子、引いては第一皇子派の手柄になってしまうからです」


「あぁ、そうか。そういうことになるのか」


 つぎに気付いたのはお坊ちゃんな田村たむらのようだ。俺はまだなんだけど。


「帝国が欲しているのはアウローニヤという国ではありません。迷宮資源、各種農産物、良質な兵士たち、それらこの大地から生み出されるモノこそが目的です。統治形態などは二の次でしかないでしょう」


「戦争に頼らず、兵を使わず、外交交渉で国を墜とす。ですか」


 王女様の説明に上杉さんが静かに口を挟んだ。


 このあたりで俺を含めて何人か、先生をはじめ綿原さんや佩丘はきおか、白石さんや野来あたりも理解を示し始める。そういうことか。


「拡大主義を誇る帝国ですが、なにも戦争だけがすべてではありません。結果が達成されれば、むしろ兵を損なわずに一国を得た功績は、高い評価を受けることになるでしょう」


「だけど密約が履行されるのは二年後、ですよね?」


「漏れないはずもないでしょうし、わたくしが親第二皇子であることに気付かれないわけもありません。第三皇子派は動きを活発にするでしょう。その場合に狙われるのはわたくしと──」


「勇者」


 第三王女と委員長の噛み合った会話はきな臭さを増していく。そうか、俺たちは狙われるのか。



「味方側である第一皇子や第二皇子とて、すぐに勇者様方の優秀さに気付かれることでしょう。聡明な第二皇子ならば王位簒奪直後にでも。アウローニヤの政変が落ち着いた段階で勇者を要求してくる可能性すらあり得ます。先の拉致のようなマネもせず、表から堂々と」


「断りにくいのでしょうね、それって」


 王女様が言うには、味方のはずの第二皇子も堂々と俺たちを所望するらしい。困った顔になった委員長が確認をするが、王女様としても苦しいところなのだろう。


 二年後の約束を守ってほしければ、勇者を差し出せ、ってか。

 ズルいとしか思えないが、強い側ならアリなんだろうな。


「折衝次第でなんとか、というところですね。それに皆様は勇者であろうとそうでなくとも、近い将来、アウローニヤ有数の強力な戦士となってしまうのは避けられないでしょう?」


 俺たちはふた月程度で八階位と九階位を達成している。

 この国の基準からすれば逸脱していると言ってもいいくらいの早さだ。ここから先は難易度が上がるとしても、むしろ魔力と技能に優れ、長時間迷宮に滞在することが可能な俺たちは、規格外の速度で階位を上げることになるだろう。


 俺たちがサボらなければ、そして迷宮の魔力異常が続いていれば、ここからひと月くらいで十三階位を達成できるはずだ。そこからさらにふた月もあれば、十六階位だって。

 迷宮に適応し始めた一年一組は召喚から半年を待たずに十六階位、つまり近衛騎士総長と同格まで上り詰められるはずなのだ。もちろん技能熟練や戦闘経験という意味では歴戦の勇士たちには敵わないだろう。だけどそれ以外の要素、地球から持ち込んだ知識や技術、それをこの世界のシステムである技能とマッチさせれば、それなりに対抗できると俺たちは考えている。



「強くなりすぎるのも考えものだな、ってアレ?」


「俺は古韮の心臓に驚くよ」


 この期に及んでネタをカマす古韮に、さすがの俺もツッコまざるを得ない。


「ふふっ、面白い表現ですね」


「あ、ごめんなさい」


 俺と古韮のやり取りに王女様が小さく笑う。対して口にして謝るのは俺だけで、古韮はにこやかに頭を掻いているだけだ。ズルいヤツだな。


「皆様方が帰還のすべを求めて迷宮に入り続ける限り、階位は上がり続け、強さはどこかで露呈するでしょう。王都ではすでに知られた存在となりつつありますし、だからこそ今が機会でもあるのです。勇者が狙われ、兄様が襲われ、事態は転がり始めました。そんな今、皆様は介入するに足る力を持っている」


 リアルな状況確認をする王女様の言葉を聞けば、そのとおりと思うしかない。


 これ以上、たとえばひと月あとに俺たちが十三階位になるのを待ってから、というのは危険な考え方なのだろう。動揺している王子派閥が宰相派閥に取り込まれ、帝国に詳しい勇者の情報が伝わるにつれ、敵が増えていく。俺たちが頑張ってしまえばしまうほど、事態が悪くなっていくというジレンマか。



「だから国外追放、ですか」


 帝国に取り込まれ、対聖法国の尖兵にされる。そんな事態にならないように、クーデターが成功したらすぐに俺たちを逃がすという手段が委員長の言う『国外追放』の真意だ。そうか、王女様の言葉にはそんな想いが──。


 引っ張りすぎだろう!


 普通こういうのは召喚直後にハズレジョブを引いた段階で起きるイベントであってだな。

 それをなんだよ、衣食住を保証してくれて、サポートして、強くしてくれて。たとえそこに王女様の野望があったとしても、俺たち全員を一人たりとも引きはがしたりしないで、一緒にいさせてくれて。言葉通りに最後まで約束を守ってくれて。


 なにをいまさら追放だ。しかも全員ひとまとめで。



「少々意地の悪い表現でしたね。言い換えましょう。勇者は降り立った地で為すべきことをし、そして望んで旅立ったのです。伝承の通りではありませんか」


「殿下……」


 苦しそうに、それでも明るい笑みを浮かべる王女様を見て、痛ましいものを目にしたように委員長が言葉を振り絞る。


 勇者を逃がしたとなったら、王女様とて苦しい立場になるはずだ。手前味噌でも不安定になったアウローニヤなら俺たちの力と勇者の肩書は十分役に立てる。

 国内だけではなく、俺たちを逃がしてしまえば、帝国からの文句も来るのは間違いない。


 それでも彼女は提案してきたのだ。俺たちが欲するだろう立場を噛んで含めるように説明しながら。


「勇者の末裔たるアウローニヤは、勇者様方の意思を否定することなどできるはずもありません」


 そんなことを言ってのける王女様を見て、アヴェステラさんは普段のまま、ベスティさんはどこか自慢げに、ガラリエさんは口元をちょっとだけ嬉しそうにし、アーケラさんは微笑みのままで、そしてヒルロッドさんは深く深くため息を吐いた。シシルノさんはもちろん満面の悪い笑みだな。それでこそだよ。



「ここまでが『勇者との約定』に則り、個人的な親愛を込め、無力な国の王女としてのわたくしから勇者様方に提示できるすべてになります。残念ながらわたくしの身そのものについては、帝国の判断を仰ぐ必要がありますので」


 最後に爆弾じみたフレーズを入れてはいたが、王女様のプレゼンテーションはここで終わりのようだ。


 つくづく思い知らされた。この国の第三王女、リーサリット・フェル・レムト殿下はとても優しい化け物だと。


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