第269話 冷たい計画
「第二皇子は……、信用できる人なんですか?」
おずおずとではあるが、それでも必要だからと
王女様の話もひと段落し、全員に納得と哀愁じみた空気が流れているが、委員長の指摘はこの計画全体の重要な要素だ。あとになって知ったことか、とされてはたまったものではない。
「帝国の次代を狙う人物は大きく二人に絞られています」
「二人……」
怪しげなことを言い出した王女様に、委員長が唸るように返す。
すでに第一皇子が優勢ということじゃなかっただろうか。なのに二人の争いというのなら、まさかライバルになるのが第二皇子で、第三王女は、いわば逆張りをしたのか?
「ご安心ください。第一皇子と争っているのは第三皇子です。第二皇子は第一皇子側になりますね」
緊張しかける場の空気を察知するまでもなく、王女様はあっさりと付け加えてくれた。
つるもうとしているのは優勢の側、しかも第一と第二皇子が結託しているとか、普通には万全に聞こえる内容だ。
「あの第七皇子も第三皇子派ですね」
苦笑じみたものを浮かべながら王女様は苦くて面白い情報をくれた。
そうか、あの拉致騒動を起こしてくれたのは敵側ということか。いい気味だ。
「第二皇子は第一皇子の相談役といえる存在です。わたくしももちろん会ったことはないのですが、病気がちな方で、だからこそ帝位争いからは身を引いたと聞いています」
「フラグじゃん」
「ふらぐ?」
王女様のヤバい話に心から同意できるセリフを挟んでくれたのは、オタを知るチャラ子こと
病弱系軍師とか、絶対アレだろ。志半ばで消えるキャラ。
疋さんが言わなくても、
先日本性を明かしたばかりの
「ま、まあまあ、王女様の話を聞こうぜ」
慌てたように古韮がフラグ建設に関してはスルーを推奨してきた。さすがはクラスのオタクリーダー、頼りになる男だ。
「ここまでがわたくしの想定する謀略のほぼ全貌です。あとは詳細を詰める程度の作業しか残されていません」
にっこりと笑った王女様がだいたいのお話は終わったと伝えれば、せっかく諫めた古韮が肩を落とす。それを見たクラスメイトたちはそれぞれの笑い方でヤツを囃し立てた。
ところで『ほぼ』って付け加えたな。これだからこの王女様は。
◇◇◇
「結局は、第二皇子とやらが信用できるかどうか、か」
「それでもさあ、こないだみたいに襲われるとかそういうのが無くなるのかな」
「二年後なんか知るかよ」
「それよね。未来の話すぎてわたしにはちょっと」
大体のシナリオを聞き終えた一年一組は、ちょっとした雑談モードに入っていた。
不敬になるかとヒヤヒヤしないでもないが、むしろ王女様はそんなクラスメイトたちを微笑ましく見つめているようだ。
なんかアヴェステラさんやシシルノさんともボソボソやっているようだし、まだまだ話していないことも多いのだろう。そりゃそうか。
たった二日で合計四時間くらいしか使っていないネタばらしだ、その全て、とまではいくわけもない。
王位簒奪に成功してからの未来を熱く語った王女様だが、ではどうやってクーデターを成功させるのだろうか。どれくらいの戦力や作戦が存在しているのかも、俺たちはまだ聞かされていないのだ。
そもそもそれに俺たち一年一組を、どう関わらせようとしているのかも。
とはいえ、こちらから言い出すことでもない。
ここまでの会話で委員長は何度も、条件次第と発言しているのだ、向こうの出方と誠意を待とうじゃないか。
『状況次第ではいつでも撤回できる、判断によっては覆してもいい』
だったかな。この世界にやってきて、迷宮に入ることを俺たちが決意したときに委員長が言った言葉だ。うしろに『前向きに検討』なんていう単語もついていたかもしれない。
今にしてみれば実に委員長らしい言い方だと思うが、当時はそんな性格だとは知らなかったしなあ。
まさか王女様が明日も登場なんてこともないだろう。こちらとしても明後日からの迷宮の準備をしたいのだ。
こちらのスケジュールを知り、空気を読むだろう第三王女は、ここらで持ち出してくる。そういう微妙な信頼感だけは、王女様に抱いているのだ。
「帝国の示した猶予は二年。とはいえ、早期に現体制を打倒する必要があります」
十分ほどの雑談タイムを見届けた王女様は、ふたたび語りを始めた。
こちらとしては身構えるしかない。
向こうとしても俺たちの考え方や希望は重々承知しているだろうし、アヴェステラさんたちを信用するなら、王女様が無体なことを提案してくれば俺たちを助けてくれるはず。だよな?
「わたくしから勇者様方にお願いするのは『声明』と『護衛』です」
「護衛? ですか」
思わぬフレーズに委員長が聞き返した。
「はい。声明については、原案はこちらで用意させていただきます」
「まあ、それは、はい」
煮え切らない委員長の反応はわかる。どんな声明なのかっていうところからだからな。
そもそも『勇者の出す声明』なんていうものを、俺たち側が思いつくわけもない。いや、上杉さんと白石さんあたりがタッグを組んだら前提条件を聞いただけですごいのを作ってしまいそうだけど、それはまあいいとしてだ。
どうせ勇者がこの国を憂いてどうのこうのという内容だろう。原案というのなら、事前に読ませてもらうことになるだろうし、はたして俺たちに付け加えたり変更する箇所なんてあるのだろうか。
「今の段階ではありますが、声明の発表は『召喚の間』。その後、勇者様方にはわたくしを連れて、迷宮に入ってもらいたいのです」
「はい?」
意味不明な王女の手順説明に、委員長が間抜けた声を上げた。
ちょっと待て。ええっと、『召喚の間』で勇者たちが今の王国の在り方を批判して、第三王女に大義ありと宣言する、というのはわかる。それこそが俺たちの想定していた勇者の役割だからな。
わからないのは、なぜそこから迷宮の話になるかだ。迷宮で護衛?
「本来ならばわたくしこそが先頭に立ち、玉座を目指すべきなのでしょう。ですが止められました」
王女様はチラリとアヴェステラさんを見やる。なるほど止めたのはアヴェステラさんか。もしかしたらベスティさんやガラリエさんも。
たしかに確実を期すならば、足手まといを連れていくよりは、という理屈はわかる。なりふり構わずというなら、それもアリかもしれない。
「ヒルロッド」
「っ、はい!」
突如第三王女に名を呼ばれたヒルロッドさんが引きつった返事をしてから立ち上がった。
「立たずともよいのですよ。あなたにお聞きします。現状において、完全に信用ができ、迷宮での護衛を任せられる部隊は? コトが起きれば敵も味方も不明な状況で、わたくしという荷物を守り切ることのできる存在は」
「……『緑山』のタキザワ隊以外には考えられません」
王女様の要望に答えるヒルロッドさんの表情は苦い。が、どこか安心したようにも見えてしまう。
今回のクーデターはどこまでも秘密を貫いて実行されるはずだ。秘密がモロバレだったクーデターっていうのも物語ではお見掛けするが、ここでそれは考えないでおこう。
迷宮の入り口にあたる『召喚の間』からコトを始めれば、情報はどう流れるか。
迷宮内の部隊にはまともな情報としては伝わらないだろう。地上の敵方がまっとうに考えるなら防衛側に回るはずだ。せいぜい迷宮には伝令を送る程度か。
ああ、だからヒルロッドさんには安心の表情が浮かんでいるのか。
王女様の作戦ならば、ヒルロッドさんの率いるミームス隊やキャルシヤさんのイトル隊は攻撃側にされるはずだ。代わりに俺たち『緑山』は迷宮に逃れ、情報伝達次第では素知らぬ顔で結果を待てばいい。
そして迷宮で安全を確保することにおいて『緑山』には最強のカードが存在している。それも数枚。
「ヤヅ様」
「はい」
やっぱり俺か。そりゃそうなる。
「三階位の身で二層を生き延び、バスマン卿の救出、その後もたらされた魔獣の分布地図と行動指針。全てがヤヅ様の功績です」
「……」
ここで委員長のように当たり障りない返事ができればいいのだけれど、あいにく俺はそういうのに向いていない。
そんなことはないですよとも、俺だけの力じゃないとも言えるのだけど、明らかに王女様はわかっているのだから、社交辞令をしたところでだ。俺としては黙ってしまうしかない。
「敵と魔獣にまみれた迷宮で五階位のわたくしを守り、『逃走』を成功させる可能性が最も高い部隊。それこそがコウシ・ヤヅ隊長率いるタキザワ隊だと、わたくしはそう踏んでいるのですが、いかが思われますか?」
「……いかがと言われても、です。みんなで話し合わないと」
俺にできる返事など、所詮この程度だ。煮え切らないけど、こればっかりは仕方がない。
単純な強さだけならミームス隊やイトル隊に軍配が上がる。
それでも安全確保に集中するなら『緑山』だろう。【観察者】の俺というルート決定ができる存在。【気配察知】と【魔力察知】を使いこなす【忍術士】の草間もいる。新たに【聴覚強化】を得た【裂鞭士】の
なんなら迷宮に籠ることまで考慮すれば、一年一組ほど安定している部隊は存在しないとまで断言できてしまうだろう。
「ただ迷宮内で逃げ惑うだけではありません。その場で親王女派、いえ勇者派を生み出し、糾合し、地下から押し上げる戦力を仕立て上げるのです。迷宮に挑む者たちにこそ勇者信奉が高いのは、皆様もご存じでしょう」
自信ありげな王女様だが、本気なのか?
迷宮の戦力って、たしかにいろいろ勇者ムーブはやってきたけど、そこまで上手くいくのだろうか。
たしかに『聖女』上杉さんと『御使い』
そこまでやれというのか。
「迷宮ですら戦力を増やそうと」
顎に手を当てる委員長だが、そこに否定的な色はない。
委員長としてはアリと見ているのか。
「迷宮でただ逃げ惑うだけでは、惜しいとは思いませんか?」
「それは……、まあ」
王女様のゴリ押しともとれる提案に、委員長が口ごもる。
たしかにこれは落としどころだ。
一年一組としては玉座を目指して近衛騎士と切った張ったは絶対にゴメンだと考えている。俺たちだけ離宮に籠って我関せずをしようにも、それでは王女様の護衛に別の人員を割くことになりかねないのも事実だろう。
どれくらいの戦力を味方にしているかは明かされていないが、攻撃側に回せる人数は多ければ多い方がいいに決まっている。
「王女殿下が前に出ないというのはわかりましたし、迷宮で戦力を増やすのもなんとなく想像できます。ですがそれでは地上での決着が──」
困惑する俺を置いてきぼりにして、委員長が懸念を示した。
王城における作戦成功の成否をどう判断するのかということか。
「地上では名代を立てます」
「名代、ですか」
「ええ。『蒼雷』団長、キャルシヤ・ケイ・イトル子爵を」
今日だけで何度キャルシヤさんの名を聞いただろう。すでに俺の中では不遇キャラで固定されかけているのだが。
勝利条件が微妙に難しいけれど、王女様以外の王族全員、ついでに宰相派の偉い人たち何人かの捕縛だとして、それに成功したと責任をもって触れ回るには格が要るのだろう。騎士団長で子爵なキャルシヤさんなら相応だという王女様の判断か。
視界の端でヒルロッドさんが深くため息を吐くのが見える。その点についてだけはホッとしたのだろうな。さすがに騎士爵で隊長のヒルロッドさんには荷が重すぎる。
「加えて、『紅天』団長ミルーマ・リィ・ヘルベット子爵」
「だ、第三もですか」
続けて出てきた名前に委員長も驚いた顔になる。
ここで新たな情報開示だ。第三近衛騎士団『紅天』は女性騎士団ということもあって、王女様に近いというのは想像できていた。ガラリエさんなんかがまさにそうだし。
だけどまさか団長の名前をハッキリ出してくるとは。
「さらにカルフォン・テウ・ゲイヘン伯爵」
「軍団長が付いたんですか!?」
次に出された大物に委員長だけでなく、クラスメイトたちにも驚きの声が広がっていく。
王都軍団長まで王女側なのか。ハシュテルの件もあるし、これで王都軍の全部が味方とまでは思わない。それでもこれはかなり強烈な大駒だ。
クラスメイトたちの空気が一気に軽くなったのが伝わってくる。
もっとこう、少数の決死部隊による命懸けの特攻みたいなのを想像していたが、第三王女は余程手広く準備を進めていたようだ。
「最後にアヴェステラ・フォウ・ラルドール子爵。以上四名を名代とし、王室区画『黒い
王女様が言い放った最後の名前を聞いて、場が静まり返った。
「……どういうことですか?」
冷たく暗く微笑む王女様に対し、唸るように一段低い声を出したのは副委員長の
正義感の強い彼女だ、これには文句のひとつやふたつ、付けたくもなるだろう。
中宮さんだけでなく、放っておいたら
もはや勝利条件とかはどうでもいい。
なんでアヴェステラさんが前線に出るなんていう話になる?
「現状のわたくしが王城内で動かせ、信頼し、立場を持つ者たちの全てを使う。それが理由です」
「わたくしは納得しています。むしろ提案した側ですので」
王女様が冷たい理屈を述べれば、アヴェステラさんもまた微笑みを浮かべてそれを肯定した。
なにかを言い返したいクラスメイトたちが、それでも黙ってしまう。
泣きそうになっているヤツもいれば、悔しそうに顔を歪める者も多い。俺だってそうだ。隣の綿原さんもサメごと顔を俯けている。
ここまでしなきゃならないのか。
「迷宮に逃れようとするわたくしですが、それでもこれができるすべてなのです」
王女様の言葉が虚しく吹き抜けていく。
「アヴェステラにはこの離宮から隠し通路を使って、直接『黒い帳』を狙ってもらいます。直掩はミームス隊。よろしいですね?」
「……了解いたしました」
続くセリフに少しだけ安堵した俺たちだが、代わりにヒルロッドさんの顔色が悪い。
王女様を守る一年一組と、アヴェステラさんと一緒に中央を落としに行くヒルロッドさんたち、か。
どちらがキツい任務になるのだろう。
「あのっ、こんなこと聞きたくないんだけど、失敗したらどうなるんですか!?」
思わずの発言なのだろう、弟キャラの
「『召喚の間』から少しの場所、皆様方が式典で使った謁見の間には、城外に続く隠し通路があります。船の用意もできますので、それを使い北のラハイダラに逃れます」
「逃げるの!?」
無慈悲な第三王女の逃亡策に噛みついたのは夏樹の姉の春さんだ。元から正義感が強い彼女は、完全に怒り顔になっている。
「地上への牽制と逃走には迷宮で味方とした者に協力してもらいましょう。その上で勇者の皆様方にも同行していただき、ラハイダラにて再起を図ります」
再び場が沈黙した。
ラハイダラ。北の迷宮で味方だか中立だかわからないラハイド侯爵だかが治める土地だ。
クーデターが失敗した場合、王女様はそこに逃げるという。俺たちも一緒に、というか護衛としてだろうか。
「わたくしが生きていれば、可能性は残されるのです。そして、勇者の皆様がいる限り」
無常で悲しい第三王女の表情は硬く、それでも悲しい微笑みをたたえたままだった。
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