第268話 悲しい落としどころ
「スッキリもしましたし、本音を言えば、少し恥ずかしいですね」
「お気持ちは伝わりました。僕も同意できる部分はありますし」
「アイシロ様……」
言いたい放題をしたリーサリット王女は少しだけ頬を赤く染めて、ざわめく一年一組を見渡している。会話の相手は自然と
安心してくれ委員長、俺がちゃんと【観察】で見守っていてあげるから、言葉でのやり取りは任せる。俺はうん、見守るだけだからな。
「繰り返しになりますが、一蓮托生とはいえ条件次第です」
「そういうアイシロ様の用心深いところは、とても素晴らしいと思いますよ」
慎重な姿勢を崩さない委員長だが、王女様が返す言葉はいつもポジティブだ。
なんか目がキラキラしてるし。
『異世界で、勇者とくっ付く、王女様』
べつに一句読んだわけでもないが、そんなフレーズが頭に浮かぶ。大丈夫だよな? 委員長。
いかんせん副委員長の
お互いにもう一歩を踏み込めば違う展開もあるだろうに、なんとも距離感が難しい二人だ。
委員長の鈍感系ムーブはさておき話は進む。
「目論む簒奪の成否より、僕たちはむしろそのあとを気に掛けています」
キリリとした顔になった委員長が王女様に正面から問いかけた。
「帝国への対応です。考えてはいるのですよね?」
「それはもう」
俺たちがここまでの会話であえて触れないでいた大きな問題、主に王女様が好き勝手に発言したことで有耶無耶になっていたが、帝国、ジアルト=ソーンについては避けられる要素ではない。
王女様はクーデターを成功させ、そのすぐあとで名誉と共に帝国に滅ぼされました、では意味がないのだ。
「そちらについての展望もお話しておいた方が良いのでしょうね」
そうして王女様は王権簒奪とはまた別の問題点、対帝国への持ち札を俺たちに開示することにしたようだ。
◇◇◇
「前提条件として、現状における帝国は、残念ながらアウローニヤの数段上を行く国家であるという事実を認識していただきたく思います。国力、兵力だけではなく、政治思想ですら……」
口調を少しだけ硬くした王女様が帝国について、自身の考えを説明し始めた。
遊牧騎馬民族が作った帝国などと聞くと、俺としてはヒャッハーな暴れ者しかいないイメージが湧くのだが、王女様から話を聞くぶんにはそこまでは酷くはないらしい。
墜とした国を吟味し、彼らなりの視点ではあるものの、マトモな政治をしているならば帝国法には従わせるものの、ローカルルールのようなモノは認めてくれるのだとか。
二十年前までアウローニヤの南にあったハウハ王国は、国そのものは潰されて帝国直轄領になっているが、そこでも帰属したハウハの貴族は生き残って政治に携わっている。中には国の名を残したまま帝国傘下に入っているようなケースもあるらしい。皇帝に仕える王として存在が認められ、治世を任されているということも。
「現皇帝も次代と目される第一皇子も、先の東方反乱を受け、無謀な拡大よりは安定こそを重要視しているとわたくしは見ています」
帝国に組み込まれる形になっても、その地を治める者は意味、つまりそれなりの説得性があった方が都合がいい。悪政を打倒してくれた救世主としての帝国ならば問題はないが、必要以上に現地民の反感を買いたくない、という政治思想を持っているのだ。とくに東方で反乱が起きてしまった現皇帝はそれを重視しているらしい。
「現状のままアウローニヤが帝国に対峙した場合、その結果はハウハと似たような完全なる併呑、直轄領化というのが落としどころになるでしょう」
悲しそうな顔になった王女様が、リアルな結末を言葉にする。
「お母様はウニエラに逃亡し、姉様たちはそれなりに安泰。お父様たる現王陛下と兄様が吊るされることで、民に治世が変わったと誇示されることになるでしょう。それをたぶん平民たちは受け入れる……」
帝国の侵攻によってアウローニヤは滅ぶが、これまでの圧政を強いていた王家の首魁は処され、新しい時代がやってくるのだと平民に誇示する、ありがちな展開。
「侵攻の前には派手に宣伝を打ってくることでしょう。アウローニヤを良き大地とすると謳って」
これがあながちまちがっていないのがタチの悪いところだ。
王女様によると現状の帝国法の方が、アウローニヤの各種制度より、平民階級にとっては余程マシらしいのだから。
ではその場合、王国貴族たちがどうなるかといえば、大きく二つにわかれることになる。
現状のアウローニヤの制度下において中抜きをしまくっている上位層は、多額の賄賂を支払うことで帝国内ではお飾り的な地位が確約され、それに乗ることのできなかった弱小貴族は反帝国を謳ったとして見せしめにされる。
前者の筆頭が宰相であり、後者の典型はガラリエさんのフェンタ家だ。ガラリエさん……。
能力さえ見込まれれば帝国での栄達もあるだろうが、その場合でも政治力か金銭、もしくは強大な武力が求められるだろう。
王女殿下などは帝室の傍系を夫に迎え、建前としての女王となるか、むしろ有力な帝国貴族に下賜される可能性が高いらしい。まだ幼い第二王子が本当の意味での傀儡として王位に就く線まであるのだとか。
この場合、王が存在していてもアウローニヤは事実上の王国ではなくなっている。新王とはすなわち、帝国が『アウローニヤ地方』を統治するために利用する権威としてだけの存在だ。レムト王家に対する民の恨みが深いと判断されれば、それすら危ない。
並べられた前提を聞いたことで、第三王女の狙いが想像できてきた。
アウローニヤとしては難しくて悲しい落としどころが。
◇◇◇
「わたくしはここ二年程をかけて、帝国第二皇子との繋がりを得ています」
帝国の性質について説明を終えた王女様は、いよいよとばかりにネタばらしをするようだ。
ここまで出てきた帝国の皇子は三人。次代皇帝が濃厚だという第一皇子、俺たちの拉致を企てた第七皇子、そして王女様の口から出てきた第二皇子。さて、どのような人物で、この苛烈で悪辣な王女様にとって有益なのかそれとも。
ちなみに第七皇子については六だか七だか忘れていたが、さっき王女様が確定させてくれた。
「いろいろと手間取りましたが、そうですね、ガラリエには助けられました。ことが成った暁には」
「……いえ」
王女様がガラリエさんを賞賛しているわけだが、褒められた当の本人は微妙そうな表情だ。
第三王女が帝国と通じるというか、交渉のために作ったパイプはこれまた彼女らしく、ややこしくて回りくどかった。
王国北部にあるラハイド侯爵とかいう貴族を経由して、そこから東部のガラリエさんの実家であるフェンタ家、さらには東のペルメッダ侯国、そこから南に下ってやっと帝国に到達するという流れだ。
なるほど情報線の中でフェンタ家の活躍があるわけか。
北のラハイダラ迷宮を管理しているというラハイド侯爵家には第二王女が嫁いでいて、その人は第三王女に負けず劣らずな気性をお持ちらしい。王女様の野望に完全に乗っかりながらも、それが失敗したらラハイド侯爵家は何食わぬ顔で帝国に降るのだとか。それはそれですごいバランス感覚が必要そうだ。
第三王女の二人の姉、第一王女はウニエラ公国に嫁ぎ、第二王女はラハイド侯爵家に入っている。王女様が姉二人は安泰と言ったのはそういう意味だったわけだ。
「複数の家を通す形でわたくしの影を隠しています。もちろん途絶えては意味がないので、複数の経路で。今では往復を最速で二十日程度で結べています」
ちょっと自慢げな王女様のセリフだが、二年前から作り上げていた帝国との連絡網だ、俺にはどれくらいの凄さかわからないが、それでも大したものなのだろう。
なにもここまでバラさなくてもと思うが、王女様による俺たちへの信頼の証とか、ここまで準備しているんですよというアピールか、まあそういうことだ。
王女様が勇者に焚きつけられたというのは本人の弁ではあるが、だからといって俺たちがそちらを全面的に信用するかといえば、それは別問題になるからな。ネタばらし自体は大歓迎ではあるが。
本当ならとっとと王女様が結んだだろう帝国との密約っぽいモノの正体を聞かせてほしいのだが、クラスメイトたちも大人しくしているのだ、我慢せねば。なまじ王女様の語りが上手いものだから、聞き入ってしまうんだよな。
「勇者の皆様方を拉致せんとした先の情報が得られたのは七日程前でした。注意喚起はしていたのですが、手が間に合わず、申し訳ないことをしてしまったと思っています。アヴェステラにも」
「いえ、皆が無事でしたから」
軽く頭を下げる王女様だが、そう何度も王族がやっていいことなのだろうか。アウローニヤの基準がどうにもわからない。こういうのは資料にも載っていないからなあ。
答える委員長にしても謙虚にするしかないのだろう、気にしないでください、とかは言ったら逆に失礼になるかもしれないし、言葉遣いは難しい。
アヴェステラさんやシシルノさんが勇者誘拐の可能性を知っていたのは、王女様から降りてきた情報だというのは聞いていた話だし、さて、ここで持ち出した理由とは。
「その時に送られてきた書簡の一部がこちらになります」
王女様が言うと同時にアヴェステラさんがいつもの鞄から紙の束を取り出した。阿吽の呼吸である。
これがたぶん話の核心なんだろう。そんな予感をプンプンと匂わせるブツに全員が注目した。
「上半分だけ読めない?」
そう言ったのは文学少女の
彼女の言うとおりで、一番上の紙に横書きされた文字は、下段は季節やら花やら水やらと、フィルド文字として読めるのだが、上半分はミミズがのたうつような連なった線ばかりが目立って、意味がわからない。どことなくアラビア文字のようにも思えるが、どちらにしても俺には全くの意味不明な紋様だ。
「上の段は帝国文字、ジアル語で書かれていますが、下段のフィルド文字と意味は同じです。皆様がフィルド語を話し、読み書きできるのが不思議ですし、嬉しくもありますね」
「嬉しい?」
普通に微笑みながらそんなことを言う王女様に、不思議そうな顔をした
「そうではありませんか。皆様方がフィルド語を習得していたからこそ、短期間でここまでの関係を構築できたのです。会話を成立させることから始めたと思えば」
「そ、そうですよね。変なことを言ってすみません」
いちおう大陸共通語とされているフィルド語だが、国単位では使用頻度が違っているらしい。
メインで通用するのはアウローニヤと分離独立したペルメッダ、それと元々交流の深いウニエラで、聖法国アゥサでは聖アァサ語なるものが本来だとか。そちらの資料も見せてもらったことはあるが、もちろん俺たちには読めないし、喋れない。
「謝ることではありませんよ、ナカミヤ様。勇者の皆様がフィルド語を扱えることと、アウローニヤに降り立ったこと、わたくしには無関係とは思えないのです。ねえ、シシルノ」
「姫殿下の仰るとおりかもしれないよ。なにせ伝承ではフィルド語の発祥はアウローニヤとされているのだからね」
古代のフィルド語とアウローニヤの関係には勇者召喚にまつわる秘密の一端が存在するのかもしれない。
だけど今はそれよりもだ。
「要約した内容をお伝えしましょう──」
意味不明な時節の挨拶が並ぶ一枚目に意味は無いし、ワザワザめくりながら全員が目を通す必要もないだろう。王女様がそう言ってくれるのなら、皆は頷くばかりだ。
内容自体は大した難しい話ではなかった。ここまでの王女様のフリで想像できていたように、彼女がクーデターを成功させたならば、帝国は新政府を認めるというモノだ。
しかもアウローニヤを更地にするようなやり方ではなく、帝国に属する王国として扱っても構わない、という。
だけどそう、どうしたところでアウローニヤは帝国に組み込まれる。
「もちろん、帝国からの観点で真っ当な国家運営がなされていて、帝国法に従うという条件が付きますが」
ここまで説明をしてくれた王女様は、自信とともに悲しさを感じさせる笑みを見せていた。
そうか、どうやったところでアウローニヤは……。
べつに欠片の愛着もない国なのに、たくさんの人たちと出会うことで一年一組のクラスメイトたちも、どこか沈痛な面持ちになっている。
「期限はおよそ二年。帝国の攻略北限はアウローニヤまでで、西方については聖法国の南領土、パース大河の河口まで。それがジアルト=ソーンの大陸西方戦略です。現段階では、という但しが付きますが」
その言葉のとおりならば、北のウニエラ公国は帝国の得物とされていないことになる。東のペルメッダ侯国は元々帝国との交流があるので、そちらもターゲット外。
そして西にある聖法国アゥサの南半分だけを所望する理由が、これまたエグい。
『帝国としては魔王国とは干渉したくないようで、あえて聖法国の北側を残す意図を持っているのでしょう』
だそうだ。
なるほどそれならウニエラとペルメッダに手を出さない理由もわかる。
国同士が絡む、ましてや覇権主義国家たる帝国の野望だ、そういうところは黒くてもしっかり考えられているのだろう。アウローニヤなんかは四つの迷宮と穀倉地帯、腐った国政なんていう、帝国からしてみればカモとしか思えない存在なのだろうな。
ここまでの説明で第三王女の狙いは明確になった。
「十年の時間が残されていれば武を持って独立を目指していたかもしれません。ですが現実はこうです」
寂しげに語る王女様が、もし十年早く生まれていたらどうなっていただろう。そんな想像自体が無意味なのはわかっているけれど、そうさせてしまうくらいにこの人は強烈だ。歴史のIFを想わせるだけのナニカを持っているように感じてしまう。
「ですが、王位簒奪という非道をなしても『アウローニヤ王国』の名を残すことができるのです。この時代にわたくしが立ち会う理由……、違いますね、先ほども申し上げた通り、これは小娘の夢想でわがままでしかないのです」
王女様が大活躍しなくてもアウローニヤの名は地方のモノとして残っただろう。
だけど違うとこの人は考えている。勇者が創りし王国は帝国に組み込まれても、その名のまま存在できる可能性が残されているのだ。それを勝ち取りたいと第三王女は言っている。
現実的な理由もあった。
帝国直轄領における異民族の扱いはそれほど良いわけではないらしい。とくに地方遠征では兵士として徴発されるケースが多いのだとか。とすれば、アウローニヤの兵士が向かうのは聖法国アゥサだ。本来の友好国同士の国民が争うことになるだろう。
もちろん王国として存続していたとしても動員はかけられるだろうが、兵の選抜はアウローニヤの権限で行うことができるのだ。王女様の迷宮を活用する施策が上手く回れば、精強な正規兵だけを送り出すことも可能になるかもしれない。
そしてなにより、二年を掛けて勇者を鍛え、対帝国の決戦部隊にする必要もなくなる。
たとえ俺たちが『勇者との約定』で守られていたとしても、いざ決戦となればあの王様はどうするだろうか。
リーサリット王女が俺たちに提示するメリットのひとつがこれだ。
召喚された国のために立ち上がる勇者などは存在せず、むしろヤツらは政権を転覆させる者たちだった。
俺の知っている勇者モノとはえらい違いだな。
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