第430話 組長と勇者の交渉
「本当ならば夜の会合にも参加したいくらいですわ」
「ティア……」
「わかっていますわっ、リン。今日のところは引き上げるといたしますわ。行きますわよ、メーラ」
「はっ」
といった感じで拠点のチェックを終えた俺たちを残し、リンパッティア様は口惜しそうに馬車で立ち去って行った。
放っておいたらこのあと予定されている冒険者クラン『オース組』との会談にまで参加しそうな空気を出していたけど、あの人はワガママっぽくても正論を判断できる人だ。
アウローニヤの後ろ盾を持つ俺たちに、ペルメッダのお姫様が加わるマズさはわかっているんだろう。
考えてみれば朝から夕方までのたった半日にも関わらず、リンパッティア様と一年一組の付き合いは濃すぎだったと思う。
友好的にできた理由は、こっち側に悪役令嬢ファンが多かったのと、同世代っていうのが大きかったかな。あんな性格だから敵もいるかもしれないけれど、意地悪ではあっても筋は外してない人だし、今後も仲良くしていきたい。
「では行きましょうか。約束の時間前には着けるでしょう」
「はい!」
スメスタさんに促されて俺たちは邸宅の外に出る。
ここからも徒歩で移動だ。そもそも俺たちってボート以外、まともな乗り物に乗ったことがないよな。人力荷車はノーカンってことで。
目指すは外市街にある『オース組』の拠点となる。お願いする立場なので、こちらから訪問するのは当然だな。
ここからが俺たちが『冒険者』になれるかどうか、本当の勝負だ。
ぶっちゃけ拠点がどうのこうのより、絶対にこっちの方が優先課題だよな。
◇◇◇
「ほう。お前らが勇者、なあ。たしかに黒髪黒目だが」
「アウローニヤでそう呼ばれていたのは間違いありません。自覚は、難しいですね」
向こうのクランマスター、こちらの表現をすれば『組長』は五十歳を超えたくらいの頑固そうなおじさんだった。
対する
「わかったよ。で、建前はアウローニヤから落ち延びてきた哀れな負け組だったか。それなら食え。若造は腹を満たしてナンボだ」
「いただきます」
ナルハイトと名乗った組長さんが苦笑しながらも、まずはとばかりに夕食を勧めてくれた。親戚にご飯を食べさせるおじさんの図だな。
『オース組』の拠点に居る俺たちは完全にアウェーだ。ここで断るという選択肢は無い。
会談場所は拠点にある大きな食堂で、俺たちが全員座っても余るテーブルが三つも置かれている。
さっきの邸宅の食堂で見かけた年季が入ったテーブルとそう違わないあたり、リンパッティア様が言っていたように古いだけで価値はそれほどでもというのは本当なのかも。
相手方は背はそれほど高くないけどゴツい体格で厳つい顔のナルハイト組長と、三十歳くらいの副長さんがひとり、もうひとりは事務っぽい二十代前半のお姉さん。訪問者は一年一組二十二名と、紹介者としてスメスタさんだ。
上座が『オース組』の三人とスメスタさんで、長辺に一年一組の男女が並ぶ。これまたいつものパターンだな。
「いやあ、冒険者って感じの料理だな。こういうの期待してたんだ」
「ほう? 気に入ったか。冒険者らしいってのはわからんが」
「えっとですね。俺たち元々平民の出なので、わかりやすい料理の方が好きなんですよ」
口の軽い
こちらとしては素直にシンプルな料理を喜んでいるので、信じてもらえるならば問題なし。
「美味しいデス!」
「そうかいそうかい。そりゃあ良かった」
こういう時に口を開くミアには嘘が混じらない。古韮よりかはよっぽど純真なミアの笑顔に、組中の表情が柔らかくなる。
出されてるのは、まさに肉っていう料理だ。
ウサギ肉のステーキに、ソーセージっぽいなにか。スープにも肉がゴロゴロ入っているし、一年一組が食べる普段の料理と比べて肉率が高くて、味付けも濃い。
料理長の
いいじゃないか、たまにはこういうジャンクな感じなのも。
で、問題なのが飲み物だ。
スメスタさんこそ遠慮しているが、『オース組』の三人は俺たちがお土産に持ってきたアウローニヤワインをガブガブと飲んでいる。事務のお姉さんまで……。
それを見る
ちなみにアウローニヤとペルメッダでは飲酒に年齢制限は無い。
俺としてはまるっきりアルコールに興味がないわけではないが、先生があんな様子だけに、異世界なんだから一口、なんていうセリフは間違っても出てこないのだ。もちろんクラスの総意も同じくだな。
◇◇◇
「ハキュバの旦那の紹介なら、ウチは受けるさ」
「そう言っていただけるのは嬉しいのですが、まずは彼らの条件を聞いてあげてください」
「分かってるって」
食事がひと段落したところでいよいよ交渉となったのだが、相手の組長は条件も聞かずに受け入れる姿勢だ。あまりのすんなり具合にスメスタさんが苦笑いになった。
こうもあっさりな理由は、事前にスメスタさんから聞かされている。
ナルハイト組長が食事の時の笑顔とは違って、最初の厳つい顔に戻っているのも当然だろう、そんな理由だ。
冒険者たちは迷宮で魔獣を狩るのが仕事だから、必然的に階位が上がる。
となれば地上でもそれなり以上の力を発揮することになるのは当たり前だ。
階位で得られた力を生かし、迷宮素材を持ち帰る以外にもいくつかお仕事を受けることがある。
冒険者のテンプレ丸出しだけど、迷宮関連ならばレベリングの依頼、地上なら要人警護、商人の護衛、武術の稽古、そして戦争。
外交官のスメスタさんが『オース組』と昵懇なのは、商人の護衛という仕事でお得意様だからというのが理由らしい。
わざわざアウローニヤの外交官が冒険者を雇ってまで商人を守るなんて理由は、大使館に物資と資金を輸送するからだというのが本来だけど、スメスタさん的にはほかにもある。女王様の情報網だ。
スメスタさん曰く『オース組』は薄々ソレを知っていても、内容までは覗き込もうとはしていないそうだ。そういう節度が大切なんだとか。
そしてスメスタさんは報酬をケチったりせず、無茶な要求をしたこともないらしい。お互いに信用できる取引相手なのだ。
そんなお得意様が珍しい頼みごとをしてきたかと思えば、アウローニヤに現れた勇者を冒険者として推薦して欲しいという内容だった。しかも背後に女王様の存在まで匂わされているわけで、そりゃあ断る選択肢はないだろう。
で、現れたのはたしかに黒髪黒目だけど、若造の集団だった。
そんな連中が『条件』を付けてきたというのだから、向こうとしては複雑だろう。
「それで……、条件か。アイシロだったか?」
「はい」
すでに一通りの自己紹介は済ませている。
階位は本当で神授職については曖昧に。詳細を教えてしまうと相手に迷惑をかける可能性があるからなあ。
「僕たちは冒険者になった時点で『組』を作りたいと思っています」
「そりゃあ、お前らの人数ならそうもなるか。面倒を避けたいなら、ウチで受け入れてもいいんだぞ?」
委員長が最初に出した条件は、俺たちが冒険者になると同時に『組』すなわち『クラン』を作りたいというものだった。
冒険者業界では迷宮での基本戦闘単位になる、俺的には『パーティ』が『隊』と表現される。五人から十人くらいというのがペルメッダ流なのだとか。
このあたりは冒険者大好きな
フリーランスの隊もあるのだけど、その多くはなにかしらの組、つまりクランに属している。
隊だけで行動していると、怪我人や引退による人員の入れ替えや補充が効きにくい。ついでに物資の調達や経理なんかも自前の仕事となってしまう。
そこで複数の隊が集まり、裏方関係を専門にする人を雇うとしたらどうだろうか。そうすれば隊の運営も柔軟になるし、迷宮に集中できるので稼ぎが良くなるのは当然だ。事務員の給料はそこから出せばいい。
地上での護衛に向いた人員を選抜してそういう任務でも稼ぐ、なんていうことも可能になるだろう。
それが組と呼ばれる存在だ。まるっきりクランの理屈だな。
そうして組を結成して規模が拡大していくと、巨大なメリットが発生する。信頼と実績。言い換えれば看板だな。
ここ『オース組』は五十年の歴史を誇る、古参の組だ。
組としての実績も十分積まれているし、組合の信用も厚い。そういう組には新人育成のノウハウもあるし、稼げなくても将来有望そうな若手を囲う余裕ができるのだ。
今まさにナルハイト組長が言ったように、俺たちがフリーの冒険者のままでいれば、いろいろな組からお声がかかる可能性が高い。
「騎士職が五人で、【聖術】使いが四人というのはデカい。それにその若さで十階位の術師なんて、そうはいないぞ。言うことなしだな。それだけに、どこかに属していないと狙われる」
そうなんだよなあ。十階位の攻撃術師はイロモノかもしれないけれど、それが【聖術】使いとなると話は全く変わってくる。
ペルメッダの冒険者たちの神授職と階位がどういう分布になっているのかまでは調べはついていないけど、アウローニヤの状況を考えれば確実に戦力としてカウントできるはずだ。絶対に足手まといにはならないことくらい予想できる。
ナルハイト組長が俺たちの未来を憂うのも当然だ。
「助言には感謝します。ですが……」
「夢を見た若造の理屈だな。意外とそういう連中は多いもんだ。大抵、人数を減らしてから泣きついてくるのもな」
委員長が断りの言葉を入れるが、ナルハイト組長はそれを窘めてきた。
たしかに言っていることはその通りだと思う。
組は人数だけではなく、歴史を持つ。つまりその組独自のカラーを引き継ぐ傾向が強いのだそうだ。
ならば新人がどう考えるか。
自分たちで組を立ち上げ、先人のしがらみにとらわれない色にしてみたいと、そりゃ思うだろう。物語的だけど、俺だってそうだ。
けれど、俺たちには『オース組』に入らない理由がある。
「申し訳ないんですけど、僕たちは帝国や聖法国に狙われる可能性があります。今すぐではなく、将来的に」
そのセリフを委員長が言った瞬間、向こうの三人が表情をこわばらせた。
たしかに国に属するよりも冒険者組合と『オース組』がバックにいる方が安全度は高いかもしれない。それでも、もしもがあった場合、ここに迷惑をかけることになる。
俺たちの誰かが攫われたりしたら、もはや『オース組』は黙っているわけにはいかなくなるのだ。それが組というものだから。
だからこそ組は、事前に『組員』を選考する。強さだけではなく、人となりや背後関係もだ。
なんかこう、まるっきり任侠モノになっているなあ。
「もうひとつあります。僕たちの目標は冒険者として栄達することでもなく、裕福な暮らしでもありません」
「なら、なんだって……、まさかお前ら、魔王国にっ!?」
冒険者らしからぬコトを言い出した委員長のセリフを聞いて、ナルハイト組長が壮大な勘違いをしてくれた。
いや、たしかにあるよ、そういう勇者伝承。
とくにここペルメッダ、旧ペルメール領は勇者が魔王討伐に乗り出したとされる土地でもあるし、もしかしたらそういう物語が多いのかも。
クラスメイトたちの目が遠くを見てしまう。北はどっちだったかなあ。
「しません。本気でしませんよ? フリじゃないですからね?」
「そ、そうか。なら、なんだっていうんだよ」
委員長と組長、お互いの口調が怪しくなっているが、ここはハッキリさせておきたい。
俺たちは魔王討伐とか、意味不明な目的は持っていない。
もし、本当にもしもだけど、帰還の術が魔王の打倒だと判明したら……、その時には仲間たちで話し合うしかないな。
「僕たちの目標は、故郷への帰還です」
「故郷ってお前ら、それどういう意味なんだ? 旅の資金稼ぎでもするってのか?」
むしろ魔王討伐よりも突飛な話に思えたのだろう。『オース組』のお三方は意味不明といった表情だ。
こういう反応になるかもなって想像はしていたけれど、俺たちとの温度差が酷すぎる。
「ええっとですね、僕たちは違う世界の人間なんです」
「いや、お前ら、それって物語だろ」
大真面目な委員長なんだけど、ナルハイト組長は信じられないという感じだ。
放送禁止用語を使いかねないくらいに、俺たちの頭の中を疑っているのがバレバレなのが心にクる。
「と、とりあえず聞いてあげてください。僕も信じがたいと思っているのですが、陛下もお認めの話なんです」
慌てたスメスタさんが伏せカードだったはずの女王様の名前まで出して、信憑性を与えてくれたけど、自分も信じがたいって、そりゃないでしょう。
「僕たちは別の世界、日本という国の学生です──」
ここで過去形を使わないのが委員長だ。
いつぞや、あれはクーデターに協力するかどうかを決める話し合いで先生が私生活を告白をした時もそうだったな。俺たちは学生のまま、ここに呼ばれて、そして帰るんだ。
◇◇◇
「お前ら全員がそう思い込んでいるとしか、俺には思えんが、まあいい」
せっかく委員長が頑張って説明したというのに、ナルハイト組長は完全には信用してくれないようだった。
とはいえ日本での生活なんて話しても仕方ないし、アウローニヤに呼ばれてからのことなんて、ここからの交渉材料に使う予定だから説明できない。
なので、俺たちは全員が同じ記憶を共有していて、『召喚の儀』の最中に突如現れたという事実をアウローニヤの人たちも認めているってあたりを重点的に委員長は話して聞かせた。
ついでに王城の著名な魔力研究者のお墨付きであるということもだ。ありがとうシシルノさん。
「アラウド迷宮の魔力異常。あちらは二層からすでにおかしくなっていましたけど、ペルマ迷宮でもそういう傾向、あるんですよね?」
「あ、ああ。ここ半年くらい、四層から下の魔獣が増えているってのは本当だ」
委員長がこちらの人もリアルで体験している根拠を並べた。証拠というには薄いけれど、それは仕方がない。
そういえばそうか、四層ってことは、カニが増えているのか。素晴らしいな。
さておき、アウローニヤの四迷宮、すなわち中央のアラウドは極端ではあるが、北のラハイダラ、西のフィーマルト、南のバスラも大小あれど魔獣の増加が観測されている。
ここ、東のペルマ迷宮でもそういう傾向があるのはアウローニヤにいる時点で知っていた。
「あらかじめ言っておきますけど、僕たちが原因じゃないですよ? むしろ巻き込まれたって意味です」
予防線を張りにいくあたり、委員長は賢明だ。俺たちが魔獣増加の元凶とか思われたらたまったものではないからな。
「まあいい、つまりお前らは、いつか居なくなるからウチには入れない、って言うんだな」
「冒険者としての目標が全く違う人間を同じ組に入れるのは──」
「良くはねえな。若手連中がどう思うか」
「お互いに不幸なんて、本意ではありません。僕たちは稼ぐことよりも、強くなって深くを目指しますから」
委員長は真摯に、そして真剣な目を組長に向けて説明を重ねていく。
「帰還の術が見つかり次第、その場で消える可能性すらあります。この世界でのしがらみは二の次で」
「不義理なことだな」
「できれば猶予のある方法が見つかればいいと、個人的には思っています」
そんな委員長の言葉にクラスメイトの多くが頷いた。
俺たちだって人の心を持っている。帰還の手段が見つかれば、できればその場でその時限りなものじゃなく、お世話になった人たちに挨拶ができるくらいの余裕があるのが望ましいのだけど、そんな保障はどこにもないからなあ。
「まるで迷宮に吸われるみたいな話じゃねえか。迷宮でくたばったのか、お前らが故郷とやらに帰ったのか、区別もつかん」
呆れたようにナルハイト組長は言うが、クラスメイトの一部が心配そうに俺を窺っている。
具体的には
俺はそちらに視線を送り、軽く笑って見せる。大丈夫、今のところは乗り越えられているから。【平静】使ってるけどな。
「それこそおとぎ話の冒険者だな。迷宮の謎に挑み続ける、本当の意味の冒険だ」
組長が言っているのは冒険者の由来だった。
新しい迷宮が発見されれたと聞けば真っ先に挑み、既存の迷宮ならばどこまでも深層を目指す。だから冒険者。
現在定着している生業としての職業冒険者ではなく、世界に迷宮が現れた神話時代の冒険者だ。
「とするとお前らが求めるのは『オース組』の推薦だけってことか。なるほど、舐められた話だ」
「申し訳ありません。国の後押しだと目立ちすぎるので」
「そうだったな。周りにはアウローニヤの負け犬と思わせておけばいい。黒髪黒目だからといって、誰も本気で勇者などと思っちゃいないさ」
「なら」
少し眉を寄せて面白くなさそうにした組長だけど、続く言葉は前向きになっているように思えた。
委員長の顔が明るくなる。
「当然高くつくぞ。心根がどうあれ、お前らを推薦するのは『オース組』なんだ」
「……わかります」
「さて、どうする?」
ナルハイト組長の言うことはもっともだ。
感情的な部分を取り払っても、組合は俺たちの冒険者活動を『オース組』の教えによるものだろうと判断するだろう。
なのに、俺たちはそれに対して胸を張れない行動をするかもしれない。
「二千二百万。それとアウローニヤの今後について。どうでしょう?」
一人頭百万。この提示は事前にスメスタさんから聞かされていた相場の五倍以上だ。
「……アウローニヤの今後?」
「どこまでご存じですか?」
「政変が起きて、第三王女、リーサリット殿下が新しい女王になった。やりたい放題の貴族共が大慌てをしていて、この国に来ていたアウローニヤ大使は行方知れず。そこにいるスメスタの旦那が勇者を連れてきた、ってところだな」
委員長に促されて組長は自分の知る情報を指折り数えていく。
アウローニヤ大使が消えたのを知っているのはちょっと意外だけど、この国で冒険者をしていたら、今の段階で知りうるのは女王様の戴冠で王国がドタバタしそうだ、ってところまでだろう。
「朗報になるかどうかはナルハイト組長の覚悟次第ですが、まずは二つ」
「聞くのが怖いな、おい」
「『冒険者強制動員制度』が骨抜きになります」
「なん、だと」
ひとつめのカード、アウローニヤが誇る悪法『冒険者強制動員制度』が停止されるという情報だけで、『オース組』の人たちは顔色を変えた。
「もうひとつは、アウローニヤ側の税関がフェンタ子爵家に移管されました。こちらは僕たちも見届ける形で確定しています。悪徳徴税官のバイレル男爵は捕縛されて王都送りです」
「アイシロ、お前……」
「冒険者のまま、堂々とフェンタ領に行くことができるようになりますよ」
積み金だけでなく、もう一つの札を委員長は開示した。
目の前でわななくナルハイト組長がフェンタ子爵領出身だと、俺たちは知っている。
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