第431話 望郷と世代交代
「……順を追って聞かせてくれるか」
「はい」
手を震わせたナルハイト組長は、近くにあったワインをジョッキについで一気に飲み干す。
「実際起きた『戦い』については話せませんが、アウローニヤが今後どうなっていくのかについてなら」
「十分すぎる。頼む」
俺たちも戦闘に加わっていたと匂わせた
五十年前、この地はまだアウローニヤだった。そんな頃、ここから一日の距離にあるフェンタ子爵領から冒険者となるべく若者たちがペルマ迷宮を目指し、冒険者として活躍して結成したのが『オース組』の発祥だ。
オースさんという人が初代組長だったとか。
そういう経緯で出来た組ということもあって、『オース組』はフェンタ領で仕事にあぶれた、もしくは冒険者を目指した人たちの受け皿となったという経緯を持つ。地方出身者を現地で受け入れるというのも組というシステムが持つ役割りのひとつだな。『オース組』みたいな地方出が集まって作った組はとくに。
で、目の前にいるナルハイト組長なんかもまさに、『オース組』が受け入れて冒険者となれた人だ。
『オース組』がスメスタさんたち女王派の人たちに協力的だったのも、その辺りが理由のひとつらしい。フェンタ子爵家が『第三王女派』になったというのは、ガラリエさんの『紅天』入団も含めてその筋ではワリと有名だったそうだし。
これまでペルメッダの冒険者がアウローニヤに踏み込めば、どんな難癖をつけて徴発されるかわかったものではなかった。実際にそういう事例があったというのもタチが悪い。
ナルハイト組長視点で諸悪の根源となるのが、フェンタ領で徴税官をやっていた、なんとか男爵だ。委員長、よく名前を憶えていたもんだよな。
あの爺さん男爵は税関を抜けようとする冒険者がいれば、なにかと口実を作っては徴兵し、宰相やザルカット伯爵に媚びを売っていたらしい。
ガラリエさんとバトルをしたミレク一党がそうだとは思えないが、アウローニヤ東方軍にはそういう理屈で徴兵された元冒険者がそれなりにいたようだ。
「帝国内なら比較的自由に動けたが、アウローニヤについては税関の前までだ。姿を隠して故郷を覗くだけだった」
ナルハイト組長が吐き捨てるように言う。
俺たちに例えるなら『ここから山士幌町』の看板を目の前にして、それ以上進んだら即逮捕という状況か。これはキツいな。想像しただけでフツフツと何かが込み上げてくる。
「繰り返しになりますけど、『オース組』にとって一番大きいのは『冒険者強制動員制度』が建前だけになることだと思います。東方軍団長と取りまとめのザルカット伯爵は女王陛下に降ったので、わかりやすい悪さは控えるでしょう。東部では早い段階で動けるようになると思います──」
そこからも委員長の説明は続いた。
宰相の失脚。外務卿と軍務卿は罪在りとされて罷免。旧宰相派としては辛うじて法務卿が地位を保っているが、それも危うい状況で、内務卿という新しい職にバリバリの女王派である人物が抜擢されたこと。言うまでもなくアヴェステラさんのことなんだけどな。
軍事に関してもゲイヘン王都軍団長が軍務卿代理となり、近衛についてもキャルシヤさんが総長代理となった。すなわち王城を中心とするアウローニヤの中枢については女王派がほぼ完全に制圧したということだ。
「懲罰部隊が東部の開拓に送られるという話もありますし、徴兵で南部に引き抜かれた人たちも少しずつ東部に戻す予定のようです。これからの東部、とくにフェンタ領にとっては良い方向に行くんじゃないでしょうか」
「そうか。そうなのか……」
震える声でナルハイト組長が俯いた。なぜか体が一回り小さくなってしまったかのように見える。
「先んじて北部のラハイダラ迷宮で冒険者を募集することになりそうです。ここからは極秘ですけど、ひと月くらいあとにラハイド侯爵夫妻がペルメッダに来る予定になっていますので、たぶんその時に通知されるんじゃないかと」
委員長は情報提供を続けるが、なにも組長に追い込みをかけているわけではない。
俯いているからといって、ナルハイト組長が悲しんでいるはずがないからな。
ちなみにラハイド侯爵夫妻の来訪については、事前にスメスタさんから言ってもいいかどうか確認を貰っているから大丈夫。相手が『オース組』なら信用できるのだそうな。
「俺がペルマ迷宮で冒険者を始めたのは十五になった頃だった。フェンタ領から仲間三人でココに来てなあ。オース組長の世話になって、今じゃ俺が組長になっちまった」
顔を上げて自分語りを始めた組長は、喜びと寂しさが入り混じったような表情をしていた。
「こっちにねぐらを持ってから五年、ペルメールの乱が起きた。冒険者の多くはペルメール辺境伯に付いたが、俺たち『オース組』は意見が割れてなあ」
つぎの言葉でこの先の展開が知れてしまう。
この人の素性を知っていて、あえてああいう情報の出し方をした委員長は、バツの悪い表情を出さないように、なんとかメガネを光らせて誤魔化している。
「フェンタ領が戦場になる可能性があった。結局フェンタ子爵はどっちつかずの態度で負け組になっちまったが、フェントラーが燃えるよりはマシだったかもなあ」
静まり返った食堂に、掠れた声が響く。
「諦めてたよ。帝国がアウローニヤを吞み込んで、それからならもしかして、なんてな」
帝国がアウローニヤに攻め込んだとして、東端にあたるフェンタの占領は本当に最後になるだろう。
ペルメッダとフェンタのまともな通行なんて、何年先になるかわかったものではない。それまでナルハイト組長は生きていられたのだろうか。
冒険者がアウローニヤに行けるようになると聞いて、急に老け込んだように見えるこの人は、何を思っているのだろう。
「今すぐ隠居って話でもない。だが俺も年だ。余生を故郷で過ごすっていうのも、考えてみてもいいかもしれないな」
人というのは諦めていた希望を見つけ直した時、こんな顔をするんだ。
その時が来たら、俺たちはどうなるんだろう──。
「なぜ泣く。こんな年寄りを憐れむか?」
訝しげな表情になったナルハイト組長は、目を見開いて俺たちを見渡した。『オース組』の残り二人やスメスタさんも驚いた顔になっている。
いつの間にか、ロリっ娘の
ほかの連中にしても、顔をしかめて涙をこらえているのがわかってしまう。俺だって泣かないように必死だ。
強いて堪えているのは肝の太い
先生についてはさっきのアルコールダメージも合せて辛いところだろうなあ。
だって泣くだろ、こんなの。
「それが無いわけじゃないですけど……、僕たちはいきなりアウローニヤの王城に飛ばされたんです。自分の意思でもなく、誰の命令でもなく」
「そうか……、そうだったな」
「親兄弟、親戚が待ってます。故郷があるんですよ、僕たちにも」
涙を堪えた委員長が、必死な顔で俺たちの境遇を組長に訴えかける。
委員長が伝えた情報が朗報なのは間違いないし、『オース組』にとっても重要なものである確信はあった。そして同時に、組長の情に訴える卑怯なやり口だとも。
そんな一年一組の悪巧みは、見事自分たちに返ってきた。
まさか、ここまで効くとは思わなかったな。もちろん俺たちにっていう意味で。
故郷に戻るという言葉を放つ人との会話が、こんなに響くなんて。
「なあ、お前らはどれくらい関わったんだ? 誰にも漏らさないし、言える範囲で構わない」
「スメスタさん?」
急激にしんみりしてしまった俺たちに、真剣な顔をした組長が問いかけてきた。
言える情報の範囲を絞る自信が持てないのか、委員長がスメスタさんに振る。
「……女王陛下は勇者の名を持って玉座に就かれました。さらに言えば、勇者たちの奮戦が無ければ、陛下のお命すら」
「そうか」
戴冠式であそこまでブチ上げた以上、スメスタさんの言葉の前半部分は、何らかの形で広まるのは間違いないだろう。
後半については今後も伏せられるだろうけど、近衛騎士総長は女王様の命までは狙っていなかったから正確ではない。けれど、あそこで総長に敗れればクーデターの失敗は明白なので、結果としては似たようなものか。
つまり王国で勇者とされた俺たちは、名でも力でも、今後のアウローニヤに変革をもたらした存在であるというのは間違っていない。
「そちらにいらっしゃるショウコ・タキザワさんは、その功績を称えられ、王国より名誉男爵を贈られています」
「国籍失くしたってのにか」
証拠とばかりにスメスタさんが先生の名前を持ち出し、それを聞いた組長たちが驚きの表情となった。
それくらい無国籍者の名誉男爵なんていうのはレアなんだろう。
本来ならば箔付けのために外国の大使とかに贈るモノだからなあ。功績に対する名誉爵位とかは、そうそうないのも頷ける。自国民なら騎士爵で済む話だし。
「間違いのないように言っておきますが、わたしは代表して受け取っただけです」
「代表、か」
「年長だからというだけです。現にこうして交渉については藍城君に一任しているのですから」
寂しさを振り切り表情を苦笑に切り替えた先生は、ナルハイト組長に自分は年長者なだけだと言い放つ。
「藍城君だけではありません。アウローニヤに呼ばれていたのが二十一人だったとしたら、わたしたちはこの場にいないでしょう。これから誰か一人でも欠けたとしたら、わたしたちはひとつでいられないかもしれません。わたしたちは最初から最後まで二十二人なんです」
久々に滝沢節が炸裂し、俺たちの胸に気持ちのいい風が吹く。
泣いていた連中も、瞳を輝かせているくらいだ。やっぱり先生の言葉は効くなあ。
「ウチの組の連中に聞かせてやりたいセリフだ。若造ども、いい代表を構えてるじゃねえか」
「わたしも若造です」
「違いない!」
若造の範疇から除外された先生が抗議をすれば、ナルハイト組長は大きな声で笑ってみせた。
「気に入った。この話、俺は受ける。デリィガ、お前は?」
「組長がいいなら、俺も構わないさ。楽しそうな連中だ」
完全に前向きになった組長は副長のデリィガさんに確認をする。問われた副長も文句は無いようで、ニカっとこちらに笑ってくれた。
「勇者どもが義理を欠いた時には俺が責任を取る。いいな?」
「ナルハイトさん、それはっ」
続けて飛び出した物騒な言葉に委員長が慌てる。
呼び方が変わっているぞ?
「責任を取って組長は代替わりだ。なあ、デリィガ」
「せいぜい故郷で老後を楽しめばいいさ。俺はここの生まれなんで、あんたらの感覚はわからんがな」
この状況で出てくる責任の取り方なんて、そうなるよな。
冒険者に憧れたのか、それともフェンタ領で職にあぶれたのか、ナルハイト組長がペルマ迷宮を目指した理由まで、俺たちは知らない。
それでも帰れるものなら帰りたいっていう気持ちは、なんとなく想像できる。たとえ自分の意思で冒険者になったとしてもだ。
一年一組の面々は今すぐにでも帰りたいと切実に考えているが、組長みたいにぼんやりと故郷を想う心って、離れたからこそ実感できるものなんだろう。
俺の場合は山士幌と札幌の両方ってことになるけれど、こんな状況になってみれば中学の友人たちに、いつかは会いに行ってみたいと思ってしまう。向こうが俺の名前を覚えていなかったとしても、それでも構わないから。
「となれば紹介してやるとするか。スキーファ、アイツら呼んできてくれ」
「はい」
デリィガ副長が事務のお姉さん、スキーファさんに声を掛ける。
どうやら俺たちを査定する人たちを紹介してくれるようだ。スキーファさんが立ち上がり、食堂を出ていった。
「大人数を入れる応接なんてない拠点だからな。大抵の打ち合わせはここでやってる。なにか飲むか?」
副長さんは明るく薦めてくれるのだけど、アルコールだけは避けてくれ。
◇◇◇
「代替わりしたら、拠点を新しくしたいところだな。いい加減この場所から移したい」
「デリィガお前、ここは由緒正しく初代から引き継いだ拠点だぞ」
「老朽化してる上に手狭になってきたのはわかってるだろうに」
事務のスキーファさんが出ていってから数分、客なはずの俺たちを置き去りにして『オース組』の組長と副長が言い合いをしていた。
剣呑な雰囲気というわけではないけれど、会話の内容は代替わりに伴う拠点のリニューアルについて。
最初はナルハイト組長による拠点の歴史自慢だったと思う。
この拠点は外市街という、ペルマ=タとしては安い土地に建っているが、五十年も前から存在する『オース組』のホームは組長にとって誇りであるらしい。
組長が主張しているのは、フェンタ領からやってきた冒険者たちの新しい故郷になったのがこの建物そのもので、それを受け継いでいくのは当然だということだ。そういう感覚はわからなくもない。
対する副長の意見だけど、『オース組』は結成当時の小規模な組ではすでになく、立派に一流を名乗れるのだから、身の丈に見合った内市街に新しく拠点を構えた方がいいという考えだ。
まあ、こっちもわかる。
五十代の組長を含む四十代半ばまでくらいがフェンタ領をギリギリ知る世代に対し、デリィガ副長たち三十代から下のほとんどは、ここ、ペルマ=タの生まれか、近郊の村出身なんだとか。
ジェネレーションギャップとでも言うのかな、こういうのを。
いやむしろ、世代交代のたびに起きる当たり前の現象なのかも。なんでそんなことが俺にもわかるのかといえば──。
「いやぁ、ウチは場所替えはムリだねえ。けど、建物を新しくしたいっていうのはわかるかな」
「だろぉ、ササミ。せめて建て替えだけど、土地が小さいんだよ」
実家が温泉宿な笹見さんの発言に副長が乗っかる。
いやいや、デリィガ副長、笹見さんはリフォームを主張しているだけで、場所まで移動しろとは言っていないぞ。
「ウチは老舗ですから、やはり看板は大切にしないと」
「ほーれデリィガ。ウエスギの方がよっぽどわかってるじゃねえか」
老舗小料理屋『うえすぎ』の次期店主こと
そう、なぜか組長と副長の会話に、クラスメイトが混じっているんだ。
「ウチってばリフォームしたばっかだけどぉ。時代に合わせた店構えって大事っしょ」
「『りふぉーむ』というのがわからんが、ヒキは良いこと言ってるぞ」
副長、単語の意味が通じないなら、雰囲気だけで『ヘアサロンHIKI』の跡継ぎたる
「ママの店はしばらく安泰で景色もいいデス」
母親が手作りチーズのオシャレな店を出しているミアの言わんとすることは、最早意味不明だ。会話に参加したいだけじゃないのか?
「土地も大切ですけど、効率化だって重要です。ウチもスプレイヤーを新しくしてもいいかなって」
「え?
「うん。来年で更新かな。リースアップしたらどうしようかなって話してるの」
「そうなんだ。いいなあ」
小麦農家ペアな白石さんと野来の会話に至っては、単に農業雑談レベルになっている。しかも経営寄りの。言いたいことが半分くらいしかわからないぞ。
とまあウチのクラスメイトたちは、俺と違って家業を継ぐ連中が多いのだ。
となれば組長と副長の主張にも口を挟める素養というか、精神を持ち合わせている。
自分が店を継いだら新しいことをしてみたい、なんていう感覚は理解できるし、むしろそういう意気込みはカッコいいとすら思う。
同じく守るべき部分は守るという根っこみたいな考え方も大事だというのも、わかるんだよなあ。
俺はなんでこんなことを考えているんだろう。
「えっと、
「コンビニの店主が交代したって、なにも変わらないわよ」
代替わりといえば綿原さんもそうなわけで、ふと話しかけてみれば、返事は当たり前だった。
そりゃそうか。コンビニのリニューアルとか聞いたことないもんなあ。思いつくのは陳列方法を変えるとかくらいかな。
「自動ドアにしたいかな、ってくらいかしら。最近は非接触型のもあるみたいだし」
「そ、そうなんだ。それはいいな、衛生的で」
「バックヤードのレイアウトもちょと、ね。そっちは今でも軽く手を付けてるんだけど」
「綿原さんが?」
「そ。高校生になったから、口出ししてもいいって言われてるの」
恐るべきは綿原家か。すでに世代交代の準備を始めているとは。
「
「俺はノータッチだよ。口出しできる知識もないし」
「跡継ぎは従兄弟さん?」
「そう。大学行ってる。八津家は居候みたいなもんだよ。母さんが会計手伝ってるくらい。俺も夏休みとかはバイトさせてもらう予定だったんだけどなあ」
春に越してきたばかりの八津家は、母方の実家となる矢瀬牧場に積極的に関わる予定はない。あくまで住処としているだけだ。
あれ、今ってなんの話だっけ。
「随分と賑やかだな」
騒がしくなっていた食堂に新しい声が響いた。
扉を開けて入ってきたのは、事務のスキーファさんを先頭にして、続いて男性四人と女性が二人。
声を掛けてきたのは金髪を短くした背の高い男の人だ。三十くらいで、ガッチリした体格からは力強さを感じる。ほかの面々も二十代から三十くらいで、服装こそ街で見かける一般的な上下だけど、醸し出す空気はベテラン冒険者そのものだ。有体に言えばカッコいい。
気になったのは男の人と女の人が一人ずつ黒髪ってところかな。
たぶんこの人たちが俺たちの試験官みたいなことをしてくれるのだろうけど、どこかで……。
「あっ。おっきな剣のおじさんだ!」
金髪のおじさんを見た奉谷さんの声で、みんながその人に注目する。
「昨日会った冒険者さんだよ。ほら、手を振ってくれた人たち」
「ん? その声どこかで」
笑顔の奉谷さんに首を傾げた金髪のおじさんは……、ああ、思い出したぞ。
「フィスカー、知ってるのか?」
「もしかしてだけど、昨日荷車を引いてた連中か」
組長がフィスカーと呼んだその人は、昨日街壁門のあたりで出会った大剣を背負った冒険者だった。
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