第151話 廊下にて
「またも
「そのフレーズ止めてくれ、ミア」
「
ハーレムだったりトライアングルだったり、ミアの謎妄想は留まるところをしらない。
昨日行われた談話室での打ち合わせでアヴェステラさん、むしろ途中からシシルノさんが主導する形で、俺と
そこに
離宮と訓練場、『召喚の間』を含む迷宮、たまに工房といった程度しか王城を歩いたことのない俺たちにとっては初めての場所になる。
護衛と聞いてミアも参加したいとダダをこねたが、それは却下。先生とあと一名となった以上、ミアと中宮さんのどちらかになるわけだが、偉い人たちが多い場だ、どう考えても中宮さんの一択になる。
理由も含めてヘソを曲げたミアだが、一晩経って俺たちのしている格好を見たらすぐに機嫌が直っていた。
そう、俺たちの服装だ。
「どうかしら」
第六近衛騎士団を象徴する明灰色の騎士服と、その上から薄緑の白衣を纏うという謎の格好をした
どういえと。
「似合ってるんじゃないかな」
「そ」
こういう状況で『似合っている』以外の使っていい単語を俺は知らない。
今回は公式の場に出るということもあって、俺たちもそれなりの服装を求められてしまった。
『騎士服でいいだろう』
『わたしの助手でもあるんだ。当然これも──』
それぞれヒルロッドさんとシシルノさんのお言葉だ。
いつから俺と綿原さんはシシルノさんの助手になったのだろう。
先生と中宮さんは『灰羽』で訓練している立場の人たちが公式の場で着る明るい灰色の騎士服で、いちおう王国章や近衛のマーク、『灰羽』の騎士団紋章が入っているけれど、ほとんど無地のシンプルな上下だ。グレーのジャケットとスラックスにほとんど白のシャツ、というかブラウスみたいな感じだろうか。
それでも離宮で普段使いしている服より上等なのは俺でもわかる。なんかこう、細かいところが緻密になっている気が……。
俺の服に対する感想など、その程度のものだ。
俺と綿原さんも同じ騎士服を着ているのだが、シシルノさんが所属している『国軍総合魔力研究所』謹製の薄い緑色をした白衣を上から羽織っている。
これを羽織っているだけで、それなりの知識人扱いになるのだとか。
アウローニヤの服飾事情は中世ヨーロッパ風世界にしては恵まれていて、平民のほとんどは魔獣の革でできた服を着ているのだが、それが安い。ほとんどが一層のネズミか二層のウサギの皮からできているので、肉は胃袋に消えても皮は消えないという理屈らしい。迷宮の存在が俺の持つ異世界常識をブチ壊してくる一例だな。
革のズボンかスカート、そして革のベストの下にボロいシャツというのがスタンダードな格好だ。習俗図鑑以外のリアルで見たことがあるのは、迷宮の運び屋だけだけど。
革と羊毛製以外の布地はアウローニヤ的にはそれなりに高級品で、今着ている服を見れば近衛騎士団が王国でもトップ層の扱いだというのが理解できてしまう。
とはいえ、俺以外の三人は男装の麗人みたいで、正直カッコいい。
焦げ茶の髪をボブカットにして伊達メガネをかけている先生は、デキる女性そのものだ。身長も百七十くらいと俺とそう変わらない長身もあって、カッコよさが強調されている。
中宮さんは黒髪を高い位置でポニーテールにしていて、鋭い目つきが気の強さを体現している。まさに名前のとおりに凛とした空気を身に纏うサムライガールだ。
そして綿原さんは肩まで伸ばした黒髪とメガネ越しのこれまた鋭い目つきが魅力的な美人さん。
綿原さんと中宮さんは背丈こそ百六十ちょっとで俺より十センチ近く低いけれど、醸し出す強者のオーラは先生に劣るものではない。というか、なぜ後衛の綿原さんまでそんな強いぞムーブになっているのか。
つまり俺だけが完全に格落ちということだ。
「八津くんだっていい感じじゃない。なかなか似合っていると思うわよ」
「そうかなあ」
「そういう風に意識した方がいいのよ」
綿原さんは褒めているのか気休めなのかわかりにくい言い方で、俺を励ましてくれる。
精々背筋だけでも伸ばしていくとしようか。いかんせん先生と中宮さんの姿勢が良すぎるのがいけない。武術の基本は歩くところから始まるとは教わっているが、二人は普段からそれを自然にやってのけるからな。
とくに今日については敵対勢力、というか近衛騎士総長が会議に出席すると聞いているので、気合の入り様も違う。さすがにリベンジマッチとかは考えていないだろうけど、ミアがいたらヤバかったかもしれないな。
では隣で俺と同じ格好の綿原さんはといえば、けっして俺側ではない。
もともと陸上長距離の出身もあって、彼女もまた姿勢がいいタイプだったりする。しかも先日【身体操作】を取得した彼女のことだ、これからも先生たちの動きをバンバン吸収していくのだろう。
本当に後衛職だよな?
「では行こうか」
なぜかシシルノさんが先導する形になるが、今日に限っては彼女が主役だ。
事前にシシルノさんやヒルロッドさんを含めて、それぞれの役どころは教えてもらっているが、間違いなく一番たくさん口を開くことになるのはシシルノさんだろう。
むしろ俺と綿原さんにどれくらい出番があるのか怪しいくらいだ。
「気を付けてね、みんな」
たった六人とはいえ、このメンバーで対応できない何かがあれば、クラス全員でもダメだと思う。強いていえば、逃げるのを前提にして【忍術士】の
そうなれば足を引っ張るのは俺か、それともシシルノさんかな。
とはいえシシルノさんはもちろん、ヒルロッドさんからもそういう物騒な気配は伝わってこない。むしろヒルロッドさんの顔色は別の意味で悪そうだ。会議に出たくないんだろうなあ。
「お見送りっても、途中まで一緒じゃん」
「委員長も気が早いよな」
うしろを歩く
実際のところ俺たちはまだ離宮も出ていないわけで、会議室とやらまでの経路は知らないが、ここの出入り口は一本の通路だけだ。そこを抜けるまでは訓練場に向かうみんなと一緒の行動になる。
「それでも別行動はやっぱりなあ」
「やっぱりワタシも行きマス」
「やめとけミア」
みんなで移動をしながらも、そこかしこから声が聞こえてくる。
いつもそうだけど、とりわけ今日はそんな空気を頼もしく感じてしまう。
離宮と王城をつなぐ長い廊下が、実は隔離同然の橋だと知ったのはこっちに来てから二日目くらいだったか。
それから何度も、それこそ迷宮で日付を跨ぐ以外では毎日ここを通っている。
念のためというわけでもないが誰かが日付を確認したら、一年一組が異世界にやってきて、今日で四十二日目だった。
もうそんなに経ってしまっている。
これが日本なら五月も下旬か。とっくにゴールデンウィークは終わってしまっているし、いくら遅いといっても山士幌の桜も散り切っているだろう。
「変な顔して、どうしたの?」
「変な顔はやめてくれよ」
「なら、もにゃっとした顔?」
それはそっちの得意技だろう、綿原さんよ。
最近の彼女はこうしてよく俺にツッコミを入れてくる。同じくらい俺も心の中でツッコンでいるので、それはお互い様だろう。
俺的に綿原さんは特別だけど、それでも彼女だけじゃない。気が付けばクラスの全員とお互いに言ったり言われたりの関係だ。
そう思ってしまえば、心に力が宿ってくれる。
「最初にここを通った時だけどさ」
「八津くん、不安そうだったものね」
「そのとおりだよ。もうビビりまくりだった」
「なにに?」
「全部」
なにに俺が怯えていたのか、お互いに気心が知れてきた今の綿原さんならわかってくれるかもしれない。
異世界が怖かったし、家のことも心配だったし、クラスのみんながどういう連中かわかっていなくて、追放とかされるんじゃないかと、そういうクラス召喚の定番にも怯えていた。
最初にそんなことをするわけがないと言ってくれたのは
「最初の食事でさ、綿原さんが話しかけてくれて助かったよ」
「どういたしまして。わたしの嫌いなものは?」
「キュウリ」
「意外と憶えているのね」
「たまたまだよ」
ここで君のことで忘れたモノなんて無い、とか言うわけもないし、実際結構忘れたこともある。
だけどなぜか、あの時の会話は思い出せるのが面白い。
「ねえ八津くん」
「ん?」
「今も怖いまま?」
「怖いよ。すごく怖い」
そう問われたので、素直に思ったままを答えた。本当の気持ちだ。
「意味が違うでしょ」
やっぱり彼女にはお見通しだ。
たしかに俺は怖がっている。だけどこれは異世界初日の怖さとはまったくの別モノだ。
「責任重大だからなあ」
「やめてよ。わたしまで緊張するじゃない」
「頼むよ、迷宮委員」
「そっちこそよ」
そう、俺と綿原さんは一年一組の調査隊への参加を勝ち取らなくてはいけない。怖いというより、責任の重たさだな。
先生と中宮さんは完全に護衛の覚悟だ。なにかが起きない限り、口出しすることもないだろう。
ヒルロッドさんもそれに近いが、事件当時の総責任者として質疑応答くらいはあるかもしれない。ずっと顔色が悪いのはご愁傷様だ。
そしてシシルノさんに至っては、たしかに俺たちに口添えくらいはしてくれるだろうけれど、むしろメインは会議の主役に近い。
俺たちからなにかを求めるとしたら、そういう趣旨で発言するのは俺か綿原さんということになる。
初めてこの廊下を歩いた時とは似ていてまったく別の感情だ。
入る時はネガティブなことばかりを考えながら、クラスのうしろの方を歩いていた。
今日はその時とは逆に、外に向かって歩きながら別の怖さを背負っている。クラスメイトたちのためにするべきことを俺は持っているのだから。
大丈夫、横に綿原さんがいてくれる。
◇◇◇
「八津くん、どう?」
「【観察】じゃ記憶はさっぱりだよ。いちおう目印っぽいのは憶えるようにしてるけど」
中宮さんが小さな声で話しかけてきて、俺はじつに情けない返事をすることになった。
クラスのみんなと別れてから十分くらいか。俺たち六人はシシルノさんを先頭に王城の廊下を歩いている。念のために経路を憶えようとしているのだが、これがまたなんとも厳しい。
曲がり角やら階段やら、室内水路を跨ぐ橋とか、ワザとやっているのかと思うくらいこの城の通路はややこしいのだ。
「初めての別行動で緊張しているのもわかるがね」
前を行くシシルノさんがこちらを振り向きもしないまま口を開いた。
俺と中宮さんは内緒話をしていたわけではない。シシルノさんにしてもヒルロッドさんにしても、俺たちの緊張感は伝わっていて、その理由も重々承知だ。ついでに俺の【観察】の性能も知っている。
知識チートをブチかまそうとでもしない限り、いまさら隠し事をするような仲でもない。個人的な秘密なら腐るほどあるが、それはお互い様というか、日本人同士であっても同じことだ。
「ワザと複雑な造りにしている、というわけでもないんだよ」
「こんなでもですか」
「そうさ」
中宮さんのちょっと棘っぽい言葉にもシシルノさんは苦笑だけを返した。
「前に言ったことがあったろう? この城の起こりだよ」
「迷宮から始まったっていう」
流れ的にシシルノさんとの会話は中宮さんが相槌を入れてくれるようだ。
「迷宮が育ったわけではないよ?」
「それは知っています」
こんな時でもシシルノさんの口調は軽い。いつもどおりに微妙な冗談を混ぜてくる。
真面目な中宮さんはいちいち表情を変えながらそれに答えているが、顔の筋肉は疲れないのだろうか。
「知っているだろうけど、ここは島だった。アラウド湖に浮かぶ小さな島、アラウド=シクト」
「このお城の正式な名前、ですよね」
普段は王城としか呼ばないが、中宮さんのいうとおり、ソレがこの城の名だ。アラウド湖の南西にある小さな島がそのまま全部お城になっている。大泥棒の映画さながらで、橋を渡った湖のほとりが城下町になっているのもそのままだな。
「最初に勇者がやってきて全てはそこから始まった、というのは、まあ俗説だね」
「……いいんですか? そういうこと言って」
「五百年も前のことさ。真実を知っている者がいたとしたら、それは魔族の長命種くらいじゃないかな」
「シシルノさん……」
物騒な発言を連発するシシルノさんに中宮さんは辟易している。
「いいじゃないか。昔々、ここには迷宮だけがある島があった。人々は最初に迷宮を囲む木の柵を作ったのかもしれないね」
熱を入れるわけでもなく、シシルノさんの淡々とした語りが廊下に響く。
「それが石造りの建物になり、そこから次は住居ができた。もしかしたら食堂や船着き場が先かもしれない」
当時の光景を想像してみる。
なにも無い島、いや、前に綿原さんの【霧鮫】のお披露目で行った実験島には森があったか。ならば木が生い茂る島の真ん中に迷宮の入り口だけがある光景だ。
そこから木や石で建物が増えていく。材料はもちろん迷宮で採取されるわけだ。
建物が増えていくうちに、それらが繋がり一個の城へと変わっていく。島全体でひとつの城か。まるでクラフトゲーの孤島スタートだな。
「区画によっては百年くらいの差があるらしいよ。しかも増築どころか改装まで混じっている。冗談半分だが『王城学』の専門家までいるくらいさ。さあ、着いた。ここが会場だよ」
なぜこの城の廊下がここまでぐちゃぐちゃなのかの説明を聞いているうちに、俺たちはいつの間にかゴールに辿り着いていたようだった。
少し向こうに開け放たれた大扉があって、ここからだと角度の関係で中は見えないがザワザワとした人の気配が漂ってくる。
先生と中宮さんから伝わる気配が変わるが、俺や綿原さんにしても一緒だろう。まったりムードはここまでだ。
一拍をおいて再び歩き始めたシシルノさんの背を追って、俺たちは部屋への扉をくぐった。
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