第329話 新たなる局面




「やっとかよ。予定と全然違うオチだなあ」


 北側の扉から溢れ出るように乱入してくる魔獣を見て、野球少年の海藤かいとうがくたびれた声で言う。


「悪い。目論見が甘かった。まさか総長があんなに強いとは」


「言うなよ八津やづ、お互い様だ」


 このタイミングで魔獣が押し寄せるのは予定通りだった。


 違ったのはこの状況に至るまでの経緯だろう。

 まさかヴァフターを守るためとはいえ、筋肉マンな馬那まながあんな目にあって、聖女な上杉うえすぎさんが本当に聖女なマネをするハメになるとは思ってもいなかった。


 王女様に頼んで何箇所かで【魔力定着】を使ってもらい、連鎖的な『魔獣トラップ』を用意したのだが、効果的な数の魔獣を呼び込むためには時間が必要になる。それを俺たちはおおよそ十分と予測した。

 十分程度ならいくつかの裏技を使えば稼げるのではないかという算段で総長に挑んだ結果がこの有様だ。みんなで合意してやったこととはいえ、指揮担当としては申し訳なさが先に出る。



「貴様ら、これを狙っていたのか」


「偶然ですよ。偶然」


 唸る総長の視線が俺を向いていたので、ワザとらしく肩を竦めて答えてやった。


 北の扉から入ってきた魔獣を最初に相手取ることになるのは、位置関係から総長たちベリィラント隊になる。

 たしかに上杉さんが聖女ムーブを始めたあたりから、こういうポジションになるように仕向けてはいたが、恨みがましい総長の問いかけに馬鹿正直に大正解だと答えてやる義理などない。


 昨今の魔獣が溢れる迷宮は、いつ何時こんなことが起こるかもわからない魔境だというのを、是非とも総長自ら実感してもらいたいものだ。現場の声を知るといい。


 今の段階ではジャガイモと大根、ビートや白菜あたりがメインで合計三十体くらいだが、このあとからは馬やら牛やら丸太も来ることになっているぞ。

 さて、総長の配置としては正面に魔獣で背後には俺たちがいる。いくら四層の魔獣くらいは楽に捌ける部隊とはいえ、状況はよろしくないだろう。


「認めますよ。総長たちは強い。俺たちの想像以上に。偶然だったけど馬那と上杉さんの時間稼ぎがなかったら危なかった」


「それではまるで、今なら勝てると言っているように聞こえるが」


「俺たちも結構ネタを見せてしまったので、奇襲みたいのは難しいです。だから」


「だから?」


「真っ当にやって勝つことにします」


 言ってやったぜ。


『緑山』と総長の戦いは、聖女誕生と新たな魔獣の乱入を挟み、再開された。



 ◇◇◇



 たしかに俺たちは甘かった。


 最初に襲撃されたとき、先生たちは五階位と四階位で相手は十六階位。勝てるわけがなかった戦いだが、それでも総長は技能を使わないと宣言し、実際にそうしていた。

 あの経験を踏まえ、総長単体の強さやベリィラント隊の性能を想像し、対応する手段を練ってきた上での戦いだったのだけどな。

 当たり前だが総長は【身体強化】を筆頭とする近衛騎士が持つべき技能を使ってきたのだが、それらを含めて敵全体の強さが俺たちの予測を超えていたのだ。やはり長年に渡る経験という名の熟練度は伊達ではなかった。


 その結果が馬那が斬られるなんていうザマだ。


 それでもリアルに相手の性能を見ることはできた。一対一ではこちらの誰でも、たとえ先生や中宮さん、覚醒したミアであってもムリだというのはハッキリしている。

 だがこっちにマンツーマンなどという精神は存在していない。どうにかして生き残ることこそが俺たちの目標であり、そのための手段は選ばないというのが基本にある考え方だ。


 卑怯でも罠でも騙し討ちでも、なんでもやって、そして勝つ。

 それが真っ当な戦い方かどうかなどは、どうでもいい。



「ヴァフター隊だけはベリィラント隊を警戒。のこりで後方、パラスタ隊を狙う。全部を無力化するぞ!」


 俺の叫びにクラスメイトたちが一斉に宰相たちパラスタ隊に振り返った。


 相手のパラスタ隊は王女様を裏切った行く先のアテがない連中だ。

 そんなヤツらが上杉さんの聖女ムーブで俺たちのことをガチ勇者だと勘違いし、半ば畏怖してくれている。さっきまでの戦いで、あちらの怪我人は二人。いくら【聖導師】が三人いるとはいえ圧倒的に士気は低く、九人しかいない十三階位で俺たちに立ち向かえるものか。


「三分で片付けるぞ! 騎士たちは防御に専念だけど、馬那はもうちょい休んでてくれ。遠距離攻撃、全力だ! 距離は十二キュビ。ブチかませ!」


「おう!」


 みんなの威勢のいい声とともに、遠距離攻撃組と術師たちの猛攻が始まった。



「ヴァフターさん、総長とガチの激突です。防げますよね?」


「やるぞ。こんな小僧共に……、マナに命を救われた。もう損得なんて言っていられるかっ!」


 ここまで馬那が怪我を負ってからほとんど口を開いていなかったヴァフターが、意を決したように叫ぶ。


 今までみたことのないくらいに表情は前向きで、ヴァフター本人を含めた七人の騎士たちからは気炎が立ち昇っているように見える。最初っからこうだったら、もっと素直に味方だと思い込めてたのにな。

 これも馬那の功績か。アイツが身を張ってヴァフターを助けたから、ここで本当に頼ることのできる貴重な戦力がマジになってくれているんだ。


「わたくしたちの背中を預けましょう。戦後に意味を持つ行いであることはわかっていますね? バークマット卿」


「はっ!」


 王女様からのトドメのお言葉で、ヴァフターたちのやる気が加速されていく。


「アタッカーは右から、ヘピーニム隊は左から。相手崩しながら二対一を意識して自己判断で攻撃!」


「わかってるって!」


「はいっ!」


 俺の指示に、ウチのアタッカーを代表して【嵐剣士】のはるさんと、ヘピーニム隊からは【強剣士】のシャルフォさんが勢いよく返事をしてくれた。



「守れぇ! なんとしてでも私を守れ!」


「そうだっ。こんな時のための貴様らだろうがっ」


 宰相と軍務卿がパラスタ隊の面々に声援を送っているが、あのおじいちゃんたちは見捨てた方がいいんじゃないだろうか。普通に士気が下がるだろうに。


 ある程度やる気が残っている騎士もいるが、総長たちベリィラント隊の助力がなければ勝てないのは理解できているはずだ。

 強いていえば、三人いる【聖術師】のうちパードを除く二名はこちらに抵抗する様子を見せている。たぶん総長が地上から直々に連れてきたのだろうけれど、居場所が悪かったな。本来の前衛から分断されている【聖術師】なんて敵にもならない。


「くそっ。鬱陶しい」


「ぐあっ」


【石術師】の夏樹なつきが使う石、【熱導師】の笹見ささみさんの熱水球、【鮫術師】の綿原わたはらさんの白サメは、器用に複雑な軌道で相棒を操り、敵を翻弄しまくっている。

 ついでに【騒術師】の白石しらいしさんがパンパンという炸裂音やら、足音、切り裂き音を使うものだから、相手は大混乱だ。


「うん、ウチらしい戦いになってきた」


「だねぇ」


 そんな光景を【観察】しながら呟けば、王女様たち柔らか組の護衛をしてくれているチャラ子なひきさんも乗ってきてくれた。


 宰相側が攻勢に出るのはムリでも、総長側のベリィラント隊は違う。魔獣の突撃を受けてはいても、階位と人数で見事に押しとどめているし、少々無茶をすればこっちに人を割くことすらやってくるだろう。

 なのでこの場には大盾持ちとしてガラリエさんと【剛擲士】の海藤、中距離の疋さん、メガネ忍者の草間くさまに周辺警護をお願いしている状態だ。


 王女様やシシルノさんを守る輪の中には、復調できていない馬那まなと聖女の上杉うえすぎさんも居る。馬那の方は時間で回復が見込まれるが、実は上杉さんがちょっと深刻だ。

 馬那を治すために【聖導術】を取ったのはいいのだが、取得コストがとんでもなかったらしい。本人の申告では【聖術】を取った時の倍くらい内魔力を持っていかれたのだとか。


 体感的な自己申告な上に相対的な判断になってしまうが、現状クラスの後衛組の中で最大MPが一番低いのが上杉さんだと判断したほうがよさそうなくらいだ。

 メインヒーラーの魔力が小さいとか、かなりいただけない事態ではあるが、コトがコトだけに仕方がない。考えたくもないが、今後似たようなコトが起きる可能性を鑑みれば、上杉さんの【聖導術】がアクティベートされただけでも僥倖とすら言える。



「ボクが頑張るからさ、美野里みのりちゃんはお手伝い」


「ええ、お願いします」


 というわけで、いつもならサブヒーラー扱いとなる【奮術師】の奉谷ほうたにさんが、上杉さんとのダブルヒーラーとして後衛に構える態勢だ。

 ヒーラーの残り二人、【聖騎士】の藍城あいしろ委員長は宰相側の最前線で、【聖盾師】の田村たむらには、ヴァフター隊のうしろに回ってもらった。


 この状況で一番キツいのがヴァフターたちの役割なので、どうしたって『緑山』からも援護は必要だからな。ヴァフター隊が崩れたら、本気で王女様が危ないことになる。


古韮ふるにら、いったん引け!」


「まだっ、ヤレるんだけどなぁ」


「いいからっ!」


 そのぶん、こちらの回復力がよろしくないのが無い物ねだりになるのだが、細かい怪我人はどうしても後回しになってしまう。

 見かねた俺が名指しで回復指示を出さなきゃならないくらいだ。



「早いとこ宰相たちの方を片付けないとな」


「それってフラグだよ、八津やづくん」


 慎重に戦況を見極めている草間が俺の言葉にツッコミを入れる。ごめん、わかってて言ったんだ。


「大丈夫。安定してるし、それに──」


「あぁぁぁいぃ!」


 俺のセリフを遮るように、広間中に響き渡る叫びを発したのは滝沢たきざわ先生だ。


 凄いな、盾の上から蹴りを入れたのに、十三階位の敵が吹っ飛んで壁に叩きつけられるとか、アニメかよ。

 さっきまで大泣きしていた先生は、本人にはその気がなくても憂さ晴らしのように、文字通り敵を蹴散らしている。


「最終的に失敗はしたけど、序盤は大成功だったもんなあ」


 今回の戦闘が始まる前、一年一組には十一階位が二人いた。

【疾弓士】のミアと【豪剣士】の中宮なかみやさん。それが今では四人になっている。


 ジャガイモと馬を相手にしている最中の総長たちに乱入を仕掛けることで始まった戦いだったが、ついでとばかりに何名かが魔獣のラストアタックを分捕ったのは、実は狙い通りだったりする。上手くいけば、程度ではあったけれど。


 元々十一階位だった中宮さんは据え置きだが、その時点で春さんと先生がレベルアップを達成している。


 これはご都合主義展開ではないぞ。想定内の結果だ。

 敵対者を倒しつつ隙があれば魔獣もという行動を、ウチの最強アタッカーたちはキッチリと成し遂げた。


『【剛力】です』


『取ったよ、【聴覚強化】』


 そんな二人が戦闘序盤に新規で取った技能はしっかりと共有されている。報連相は大事だからな。


 先生は魔力で疑似的に筋力を上げる【剛力】を選択した。『緑山』で持っているのは【重騎士】の佩丘はきおかと、この場にはいないが【強騎士】のヒルロッドさんだけになる。

 力こそパワーとか、筋肉、筋肉は全てを、みたいなノリだが、先生は階位が上の敵対者を打ちのめすために筋力を求めたのだ。

 直接的にパワーアップをもたらす技能としては【身体強化】と【鉄拳】、そこに【剛力】が先生の身には宿っている。さらに持ち前の空手家としての技術が上乗せだ。いや、ベースこそが空手と言わないと失礼か。


 なんにせよ、先生は十一階位にして、十三階位の兵士と戦えるだけの性能を持った戦士だ。頼もしすぎて笑えてしまいそうになる。


 そして春さんだが、彼女は【聴覚強化】で斥候力を上げる方向に行ってくれた。

 ウチのクラスの斥候といえば、ニンジャな草間とチャラいムチ使いの疋さん、視界が通れば俺というのが現状だが、春さんの足を使わないという理由がない。さっきも馬の牽引をしたもらったしな。


 春さんの場合は【風術】を伸ばす方向もあるのだが、その前に斥候系で力を示してくれるというのは本当に助かる話だ。

 それになんとなくだけど【風術】と【聴覚強化】って、どこか相性が良さそうな気がするんだよな。そのうち風の音が聞こえるようになりそうな、そういう感じで。


「えいっ!」


「なっ? ぐあっ!」


 そんな春さんは超絶スピードで戦場を駆け巡り、場を荒らすのを得意な戦法にしている。メイス二刀流で大暴れだ。


 武器の取り扱いに慣れていないので先生や中宮さんのよう絶対的な決定力には欠けるものの、最近では敵の直近で【風術】を使い、相手の体勢を崩してからの下段攻撃が彼女のウリになっている。

 まさに【嵐剣士】にふさわしい戦い方だと思うぞ、俺は。



「すみません、治療お願いします」


「うんっ!」


 パラスタ隊との闘いは安定してきているが、それでも怪我人は出てしまうし、前線にいるヒーラーは委員長だけだ。

 口酸っぱくお願いしたお陰で、こうしてヘピーニム隊の人も戦闘中の治療を願い出てくれるようになってきている。もしかしたら奉谷さんという『御使い』と『聖女』な上杉さんのオーラが治療を強要しているのかもしれないな。


 現にこうしてロリっ娘な奉谷さんが治療しているおじさんは、どこか表情がアブない方向で緩んでいる気がする。

 過剰摂取は危険かもしれない。べつの意味で注意喚起が必要なのかも。



「く、来るなっ、来るなぁ!」


「ひぃっ」


 俺が埒もないことを考えているあいだにも、ついにこちらの手は宰相と軍務卿に届くところまで到達していた。


 パラスタ隊の兵士は残り三名。最初が十一人だったからほぼ壊滅と言って過言ではないのだが、俺たちの目標は兵士を打ち倒すことではない。


「ぐばぁっ!?」


 怯える宰相の近くで、この期に及んでまだ上杉さんを熱いまなざしで見ていた【聖術師】のパードが【風騎士】の野来のきにぶっ飛ばされた。


 たしか初回の迷宮でパードにサボタージュされたのが野来だったか。随分と時間がかかったけれど、仕返しができたたんだな。俺のすぐ横で白石さんが小さくガッツポーズをしているのは見なかったことにしておこう。



「これ以上好き勝手をさせるな! 第二分隊、突っ込め!」


「し、しかし」


「いいから行け。少し痛めつけてやれば、それでいい」


 宰相と軍務卿のピンチというより残った二人の【聖術師】を守りたいのかもしれない。北側で魔獣とヴァフター隊を同時に相手取っていた総長がキレ声で指示を出した。

 つい一分ほど前に牛と馬が合計七体も追加された北側戦線は、対人戦より魔獣戦に重点が移っている。総長も南側など諦めればいいものを。それともなにか、完全勝利でも目指さなければプライドが許さないとでも。


 無茶振りをされた第二分隊とかいう連中がこっちに向けて動き出す。

 嫌がる気持ちはわかるぞ。少人数で切り離されて敵に突撃なんて、やりたくもないだろう。たぶん分隊長だと思われるおじさんは二人いる十五階位の片割れで、この場では最強クラスだ。間違いなく手強い相手となる。潮時か。


「柔らかグループは南側に移動だ。『緑山』の騎士は中央でアレを受け止めてくれ。シャルフォさん、中宮さん、春さん、宰相の方を頼む」


「はい!」


「わかったわ!」


「うんっ!」


 こうなれば王女様たちの集団をほぼ攻略が終わった南側に移動させ、総長との距離を取っておこう。


 宰相や【聖術師】たちは放っておいても問題無し。残り三人になった兵士は、ヘピーニム隊とウチの前衛から、中宮さんと春さんに任せておけば大丈夫だろう。時間はかかるかもしれないが、なんとかしてくれるはず。

 むしろ突出してきた第二分隊とやらをせき止めるのが先決だ。


「先生、十五階位のあの人、任せてもいいですか?」


「ええ、もちろん」


 素早く陣形を移動させていく『緑山』の面々の中から、俺は敵側の最強に先生をぶつける決断をした。


「サポートはします。綿原さん、俺と一緒で前線だ」


「待ちくたびれたわよ。やるのね?」


「ああ、期待してる」


「そ」


 王女様ご一行は南側に移動したが、俺と綿原さんは中央に残って前衛の補助をする。

 隠していた札のひとつ、さっきまでの戦いでは位置取りの関係で使えなかったが、この状況でなら──。


 綿原さんと俺がバディを組めばこそ実現できる、新たなるサメの奥義を見せてやる。


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