第323話 積極的な逃避行




「経路は二番で。全員逃げるぞ!」


「なにぃっ!?」


 白く染まり、彼我の姿が影としてしか捉えられなくなった部屋に響いた俺の叫びに、近衛騎士総長の怒声が被さる。


「誰が真面目に相手をするかよ! どうだ術師にしてやられて」


 そんなことを言い返したのは野球少年の海藤かいとうだ。ヤジを飛ばすのって、最近の野球だとアリなんだろうか。

 それとお前は術師じゃないだろ。術師連中に代わって言ってくれたのは嬉しいけどな。



 アウローニヤにおいて【聖術師】以外の戦闘系術師は、前衛系神授職からは下と見られている。


 理屈はわかるのだ。なにしろこの世界の魔術は弱い。マンガやアニメのように物質を生み出すこともできず、その場に存在するものに対して『干渉』するのが魔術の実態で、同時に限界だ。水、石、空気、熱などなどを操ることはできても、炎を生み出すようなマネはできない。【油術】があればなあ。

 魔術による攻撃力がそれほど見込めず、加えて階位上昇による外魔力の増加割合も低い。しかも経験値分配がラストアタックに偏っているのでレベリングがしにくいという悪循環が積み重なるのが後衛系神授職だ。


 だからこの国で高階位の術師は希少だし、それ故に強力な魔術を行使できる者が少ない。

 初代勇者を筆頭にする物語では化け物みたいな術師がたくさん登場する。だけどそれはもはや、地球における魔法使いの存在と似たようなものだ。つまりは絵空事。


 そんな世界に飛ばされた一年一組はおよそ半分、実に十名が術師系だった。そこには【観察者】の俺も含まれる。

 聖女と謳われる【聖導師】の上杉うえすぎさん、【熱導師】の笹見ささみさん、【聖盾師】の田村たむらあたりは当初から一目置かれて争奪戦になっていたようだが、残りの七人は実に微妙な扱いだった。



 俺たちはクラスメイトを見捨てない。当初の俺に言っても信じてもらえないかもしれないが、それでも見捨てないのが一年一組だ。

 ならばこそ地球から持ち込んだ知識チートと、こちらで得られた勇者チートとクラスチートを最大限に生かして術師たちを成長させた。でなければクラス全員での帰還なんていうのは夢物語になってしまうからだ。


 そして今現在、俺たち術師は王国ではあり得ないとされる九階位と十階位となり、同時に体も鍛えることで動ける集団となった。そこまでやっても前衛系に物理で挑まれると負けるのだけど、それでも王国基準ならば規格外の術師なのだ。

 ウチの前衛連中は強い。強いけれど、それは王国の常識からは逸脱していない、階位相応の強さだ。ただし滝沢たきざわ先生と中宮なかみやさん、ミアを除く。最近でははるさんも。別系統では忍者な草間くさまもか。


 だけど術師は違う。


「呪文詠唱省略ってか」


 してやったりとばかりにイケメンオタな古韮ふるにらの声が手前から聞こえてきて、俺も思わず笑ってしまった。


「こっちじゃそれで当然だもんな」


 古韮に対する返答というわけでもないが、俗に言う『無詠唱』がこちらの魔術の基本だ。


 階位を上げて、技能を取って、熟練を上げて、そこにさらに笹見さんや綿原わたはらさんのように【反応向上】まで乗っければなにが起きるか。付け加えて、相手の死角で事前準備が終わっていれば。


 相手が高階位の騎士相手に反応できないタイミングで、そこそこな規模の魔術現象を引き起こせるんだよ。



【思考強化】を使って長々と脳内セリフを垂れたわけだが、総長にはわからないだろうな。アウローニヤの人たちは、思いがけない魔術に弱い。

 術師と魔術は使いようだし、結構通用するんだよ。ヴァフターあたりは思い知ってるだろう。


「小細工をぉ!」


「ほざけぇ、手前ぇが間抜けなんだよ!」


 総長がわめいているが、それに田村が言い返す。いつもの嫌味が心地いいくらいだ。そんな感じでもっと言ってやっていいぞ。


「おらぁ、乗れ。行くぞ」


「おう。頼む」


 滑り込むようにして俺の脇に現れたのはヤンキーな佩丘はきおかだ。俺はノータイムでしゃがんだソイツの背中に乗る。所謂おんぶだな。

 ヴァフターたちとの戦いで筋トレマニアの馬那まなにされて以来の二度目の体験だ。とはいえ、離宮の談話室ではクラスメイトの持ち回りで何度も練習してきたのだけど。



 笹見さんと深山みやまさんで作り出した水蒸気に隠れての、敵に完全に背を向けた最速での逃走。それが俺たちの選んだ一手目だ。


「シシルノさん。いくよっ」


「ああ、お願いするよ、ハルくん」


「乗ってくだサイ、雪乃ゆきの


「うん」


 近くから続々とペアを組む声が聞こえてくる。


 事前に決めたおいた組み合わせなので、そこに躊躇は無い。だけど配慮は存在していた。

 今回背負われる側になるのは、何度も出てきたフレーズだが俗に言う『柔らかグループ』が対象だ。定義としては後衛職かつ【身体強化】を持たない者。前衛職で【身体強化】を持っていない人はいないというのはこの際置いておこう。


 一年一組のメンバーはさておき、王女様、シシルノさん、ベスティさんも含まれる。

 そして後衛柔らか系なメンツには女性が多い。ここが注目点だ。というか該当者の男子なんて俺と弟系男子の夏樹なつきだけ。後衛職なチャラ男の藤永ふじながや皮肉屋の田村なんかは【身体強化】を持っているからな。



『男女の接触はあまりお勧めできませんね』


 事前の打ち合わせで、とても複雑な表情でそう言ったのは我らが滝沢たきざわ先生だった。


 教育者として苦しいところなのはわかる。だけどコトは生死に関わる問題だ。そんな時に男女の触れあいとか言っている場合でないのは皆が理解はできているのだ。

 しかしそこに『気恥ずかしさ』という要素が組み込まれたとしたらどうだろう。大人なシシルノさんやベスティさん、先生なんかは笑ってすませられるかもしれないが、俺たちは十五と十六歳の集まりだ。いくら仲良しで自然と軽い接触ができてしまう一年一組であっても、ベタベタするようなマネをするヤツはいない。


 この際、騎馬戦はなかったことにされた。あれはどうやら非常事態だったらしい。不思議だなあ。


 本当ならメガネ文学女子の白石しらいしさんなら非公式婚約者の野来のきとペアでもいいのだけど、そういう特例はよろしくないと却下された。アルビノ薄幸系な深山さんについては、そもそも藤永が後衛職なので最初から考慮にも入っていない。

 俺が鮫女の綿原さんもペアになれるわけがないのは残念でもないぞ。綿原さんは【身体強化】を持っていても後衛職だからな。そもそも俺がおぶさる方になるというのは、絵面が悪すぎる。うん、悔しいよ、そりゃあ。



 という流れでペアの組み合わせは、俺と佩丘、夏樹と馬那、これは簡単に決まった。

 佩丘も馬那はガタイも技能も重量級だから、女子に比べて体重がある俺たちを運ぶのに適任だとされたのだ。


「殿下、失礼いたします」


「よろしくお願いしますね、ガラリエ」


 当然といえば当然なのはガラリエさんと王女様のペア。主従関係だし、専属護衛なのだから当たり前だな。

 さらにはシシルノさんには走ることにかけては天下一の春さんが、深山さんにはミアが配置された。ここらへんからは女性同士ならばなんでもいいかなっていうくらいの感覚になる。


「あ、あのお願いします」


「ええ、任せてください」


 白石さんには先生。


「よろしくお願いします」


「よろしく、美野里みのりちゃん」


 聖女な上杉さんには武術女子の中宮さん。


「よろしくねー!」


「よろ~」


 そして、チビっ子奉谷ほうたにさんはチャラ子のひきさんが担当することになった。

 最後のペアは最軽量なのが理由なくらいで、このあたりは組み替えても問題ないペアばかりだ。


 そこで問題がひとつ。


「よろしくね、タカシぃ」


「……す」


 多彩な人材を誇る『緑山』だが、前衛女子が一人足りなかった。


 あのノリなものだから後衛だとは思いにくいが、【冷術師】のベスティさんは立派な柔らかグループだ。最近でこそ俺たちを見習ってバックラーの練習をしていないわけでもないが、身体系技能を考えると、シシルノさんと同じくらいには柔らかい。そしてもちろん遅い。


 だけど背負う女子が残っていない。


『タカシでいいじゃない』


 で、本人からご指名がかかったのが海藤だった。オタイケメンの古韮やニンジャの草間あたりからは猛烈な抗議の声も上がったが、だからといって誰かと交代して、海藤にクラスメイトの女子を背負わせるわけにもいかないしな。

 そもそも【剛擲士】の海藤は中距離攻撃と大盾での防御が可能だという理屈で、最近はアウローニヤ組の護衛を任されているのだ。適任としか言いようがない。


 血涙を流さんばかりの一部男子を他所に、配置は確定された。



「おらぁ、急げ急げぇ!」


「走るぞ!」


「へっへ~ん。追い付いてみなよぉ」


「貴様らぁ! 勇者を名乗っておきながら、敵に背を向けるのか!」


「最近のトレンドは逃げるのも正義なんだよ」


「勝てばなんとやら、ってねぇ」


 時間経過で薄れかけつつ水蒸気を背中に、俺たちは広間を飛び出した。



 ◇◇◇



「追ってくるわけないですよね」


「だろうな。あの人はそこまで間抜けじゃない」


 揺れる佩丘の背中にしがみついている俺の耳に、藍城あいしろ委員長とヴァフターの会話が入ってきた。


 脱兎のごとくで逃走する俺たちの最後方を守るのはヴァフター隊と、委員長、野来のき、古韮、それとヘピーニム隊の一部だ。

 うしろからの襲撃に備えてヴァフター隊をフリーにするために、あえておんぶ要員に彼らを選ばなかったくらいだし、そもそもアイツらに背負われるのはとても嫌だということで、後方警戒を任せている。


 柔らかグループを荷物にしている代わりに、俺たちの移動速度は速い。

 さらには戦闘開始になった段階で、ここまでお世話になった寸胴鍋やバーベキューセットは投棄してしまった。実に惜しいのは置いておいて、総長一味が追い付けないのは想定内だ。



「総長たちだけでも突出してくれた方が楽だったんだけどな」


「ああいうのは、戦いだけなら頭が回るんじゃねぇか?」


 俺の言葉を拾った佩丘が背中越しに返事をしてくる。

 たしかに総長はタイプ的に戦闘に関しては妙な嗅覚を持っていそうな気がするな。


 今の総長一派が慌てて俺たちを追いかけてくるとは思えない。

 理由はふたつ。ひとつは宰相と軍務卿、それに繋がるパラスタ隊の存在だ。見届け人とか総長がほざいていたが、要は意味のない人質でしかない。なにせ俺たちに対して宰相の命が惜しければ、なんていう説得は通用しないから。


 だから総長は、宰相たちを監視しながら移動しなければいけない。拘束して放り投げておくという手もあるが、魔獣が現れたら終わりだ。ほんと、なにを考えてここまで連行してきたのやら。



 もうひとつの理由はもっと戦術的な話になる。

 十六階位の総長を筆頭に、十五階位クラスを引き連れて少数精鋭の先行吶喊をかけてきたとしたらどうなるか。答えはタコ殴りにしておしまいだ。


 数は力だし、こちらにはヴァフター隊という十三階位の盾がある。抑え込んで中距離から魔術を叩き込み、アタッカーが総出で殴れば、まあ落とせると思うのだ。

 四階位対十六階位なんていうアホなシチュエーションでボコられた俺たちだが、それは過去の話でしかない。ヒルロッドさんが以前言っていたとおりで、十三階位が三人か四人いれば、敵が十六階位でも抑え込める。


 こちらのアタッカーは十階位だろうと言われたところで、だからどうしただ。先生や中宮さんの攻撃は階位を超えて急所を貫ける。もちろん『場が整えば』という条件付きだが、各個撃破こそがまさにソレだ。



 だからあちらはある程度の規模を保った集団で移動するしかない。こちらの人数を鑑みれば最低でも二十人くらいは必要だろう。

 総長だってそれをわかっているから、今のところ俺たちに追いつく様子が見られないのだ。こちらの想定通りだとわかっていても。


「止まってくれ!」


「おうよ」


 俺の叫びに佩丘が大人しくその場で停止してくれた。予定通りの行動だからな。


「王女様。そこの扉の前に【魔力定着】、お願いします」


「ええ、喜んで」


 指示を出した俺の言葉を聞いた王女様が、どこかのファミレスかマンガに出てくる居酒屋の店員みたいな返事をしてくれた。

 何人かのクラスメイトのツボに入ったのか、苦しげに笑いをこらえる様子が見えているぞ。俺もちょっとキツいかもだ。サメがビチビチしているのはなんでだろう。


鳴子めいこ


「うん!」


 迷宮の床に【魔力定着】をしている王女様を見て、綿原さんが奉谷さんを促した。

 言われた奉谷さんは王女様の背中に手を当て【魔力譲渡】を行使する。


 九階位になって、さらに【魔力回復】を持つに至った王女様だが、それでも総魔力量は勇者な俺たちよりはるかに劣るのだ。なのでこうして全員の魔力量のバランスを保つのを心掛けているのが現状だけど。


「うーん。やっぱりそうだよね」


「どうしたの? 鳴子」


【魔力譲渡】が終わったところで首を傾げる奉谷さんに、綿原さんが怪訝そうに声を掛けた。

 ここでイレギュラーはちょっと勘弁してほしいのだけど。


「んとね。王女様にする【魔力譲渡】って、いい感じなの。何回かしてみたけど、やっぱり間違いないかな。アウローニヤの人で一番だね!」


「まあっ」


 奉谷さんの言うところのいい感じとは、【魔力譲渡】の効率だ。それを聞いた王女様がすごく嬉しそうになって、そしてガラリエさんの顔に影が差す。


 同色の魔力という『クラスチート』を持つ一年一組は、お互い【聖術】や【魔力譲渡】、【身体補強】などの効きがいい。

 このあたりは表沙汰にされていない『緑山』の秘密で、この場にいる王国の人でこのことを知っているのはシシルノさん、ガラリエさん、ベスティさんくらのものだ。どうやら王女様は独自の推論で薄々気付いているようだが、それをわざわざ口にするような人でないことは知っている。


 ではアウローニヤの人たちに対しては、という実験をしたところ、ガラリエさんだけが効きが悪いという結果が出てしまって、彼女が落ち込んだなんていうこともあったわけだが……。

 元気出してくださいよ、ガラリエさん。カッコいい系お姉さん騎士なんだから。



「なんかね、相性がいいんだと思う」


「素敵です。ホウタニ様にそう言ってもらえるなんて」


「えへへ」


 ほんわかムードになっている奉谷さんと王女様だが、ちょっと気になるよな、これ。


 奉谷さんは感じたことをそのまま口にしただけだろうけれど、この場でそこまで明言するくらいの差を感じたということだ。


八津やづ


「委員長」


 妙な気がかりで俺が首を傾げたところに、委員長がマジ顔で話しかけてきた。


「八津も気付いてるのか。奉谷さんと王女殿下のこと」


「気付くっていうか、引っかかるというか」


「魔力の色だよ。一年一組は同じ色だっていう仮定の上で、それなら王女殿下はどうなる?」


「あ」


 委員長の言葉の先が意味するところだ。

 これは偶然などではないと、委員長はそう言いたいんだろう。


「【魔力定着】。『召喚の間』」


 俺の呟きに委員長は黙って頷いた。


 一年一組はクラス召喚されてアウローニヤに現れた。

 魔力が存在しない地球からこの地に呼ばれた俺たちは、どこかでソレを得たはずなのだ。ラノベでよくある神様らしき存在には出会っていないので、タイミングは不明だけど。


「僕たちが最初に得た魔力の源が『召喚の間』にあったとしたら。それをその場に留めていたのは──」


「王女様ってことか、委員長」


「歴代の、かもしれないね」


「なるほどそういう。理屈は通る、のか?」


 王女様が『召喚の儀』で【魔力定着】を使ったのはここ数年。先代はたしか第二王女だったはず。



「魔力談義の最中悪いけどな、今は王女様に魔力が通りやすいってだけでいいんじゃねぇか?」


「田村……、そうだな」


 俺と委員長のやり取りを聞いていた田村が、ツッコミを入れてきた。

 謎の伏線っぽいのを解明するのはこの場でないことは確かだ。今はやることをやらないと。


「よし、つぎのポイントに移動しよう」


「おう!」


 俺たちは迷宮四層を進む。総長から逃走しているだけともいうけれど。


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