第322話 見えてしまったお人柄




「申し上げたとおりですな、リーサリット殿下。きゃつらは現実を見知っておくべきでしょう。誰がこの事態を鎮圧せしめるのかを」


「だから見届けろ、と?」


「まさに」


「では、ベリィラント。あなたは近衛騎士総長でありながら、王国第三王女であるわたくしと勇者様に手を上げると言うのですね」


 堂々と胸を張り、欠片も悪びれたところを見せずに言い放つ近衛騎士総長に対し、王女様は冷静に淡々と言葉を紡いでいく。


 話題にされてしまっている宰相と軍務卿はバツが悪そうに青白い顔をしながら俯いたままだ。


「おいたをされた姫様を躾けるのも、儂の役目でありましょう」


「耳に痛いですね」


「王女殿下は昔からお転婆な姫様でしたからな」


 最高級に不敬な物言いをする総長だが、もはやいまさらだ。王女様は大した取り合わずに流している。



 様子を見るに宰相と軍務卿は拉致同然にここに連れてこられた。『白水』のどこかに潜伏し、護衛をしていたパラスタ隊もろともだ。

 状況だけを考えるなら、これは俺たちにとって悪くない展開だとは思う。総長だけがここに現れ、俺たちと大決戦をしているあいだに宰相を取り逃がしてしまえば、王位簒奪には成功しても王国は大混乱になってしまうのだから。


 地上の戦いがどうなっているのかは気がかりだが、それでも総長たちとキャルシヤさんやミルーマさんがかち合わなかったのは大きい。そしてなによりヒルロッドさんたちミームス隊がいてくれる。

『白水』では凄惨な戦いが行われ、総長がこの場にやってくるまでにどれだけの血が流れたのかはわからない。それでも、王女側の主力中の主力が『黒いとばり』の攻略に成功する可能性は高まった。


 あとは俺たちがここで総長をどうにかして、王女様を守り抜き、宰相たちを確保しさえすれば。



「王子殿下に害を及ぼし、自身は帝国に落ち延びようなどという不甲斐なさ。せめて自分の情けなさと向き合ってもらいたいものだな」


「どれだけ便宜を図ってやったかわかっているのか、貴様はっ」


 総長による真っすぐな批判に、水を向けられた宰相がついに噛みついた。


 キャルシヤさんを『白水』団長の座から追い落とした策謀しかり、たしかに宰相は総長に力を貸していたのだろう。


「お互い様であろう? 儂は武と立場をお前に貸し与えていたと考えているが」


まつりごとに疎い貴様がその地位に居られるのは誰のお陰だと思っているっ!」


「ベリィラントは百年を超えてなお、近衛騎士総長の家だ。秩序は保たれて当然だろう」


「平穏に継承させてやったのは私だぞ! 貴様を追い落とさんとした者がどれだけいたと思うかっ」


「知らぬな」


 王女様の問いかけをそっちのけに、受けた恩を恩だと思っていない風な総長と、必要以上にヒートアップして自分の功績を押し付ける宰相。どっちがキツネでタヌキかは知らないが、なんて虚しい光景なんだろう。


「無敵だね」


「アレって総長本人、どこまでわかってるのかしら」


 前の方から藍城あいしろ委員長と中宮なかみや副委員長のやり取りが聞こえてくる。


 俺もそう思うよ。どうやらあの総長はある程度はわかっているけれど、それは自分が偉いからそうされて当たり前だと思っているように見える。自分に巨大な価値があるのだから、利用させてやっていると言わんばかりに。

 代々近衛騎士総長を輩出どころか『確約』されているベリィラント伯爵家当主が持つネームバリューってか。



 襲撃事件からこちら、アヴェステラさんをはじめとしたいろいろな人から近衛騎士総長とはどんな人物なのかを聞いてきた。


『武力と血筋こそ王国最高峰だが、政治力に欠け、なにより我を大切にする王党派』


 というのが総合した評価だろうか。

 だけどワガママの度合いが酷くないか、これ。訓練と称して一年一組を襲撃した時もそうだが、アレは『緑山』が王室直轄で自分が外されたのが『面白くない』というのが理由だった。王家の不興を買ってまで、アイツは。


 それからはアヴェステラさんが言っていたように、総長は俺たちに絡むこともなく、調査会議の場でも騎士団発足式典でも、ひたすら突き放す態度を取ってきた。なるほど明言したことは翻さないタイプなのかもしれない。

 だけど目の前で繰り広げられる罵倒合戦だ。五十くらいのおっさんと、六十を超えているだろうおじいちゃんの言い争い。いろいろと台無しだよ。


「もう聞いているだけでイヤな気分なのよね。ジェブリーさんたちのことだって心配だし」


「もうちょっとだけ我慢。王女様だってわかってて時間稼ぎに協力してくれてるんだし」


「そ」


 総長とやり合った可能性があるジェブリーさんやヴェッツさんたちカリハ隊や、迷宮で危害にあったかもしれないミハットさんを思えば、綿原わたはらさんのイラつきは真っ当だ。俺だって、すぐにでも総長やら宰相をぶん殴ってやりたいと思っている。


 けれど、もうちょい。草間くさまひきさん、はるさんとヘピーニム隊の斥候さんが頑張ってくれている。動くのはそれを待ってからだ。



「一本筋の通ったワガママって感じかしら。どこに筋があるのかわからないけど」


「俺だって『自分正義』は苦手だよ」


 怒りやら悲しみやらで感情を揺さぶられていた綿原さんだけど、そこに呆れまでが混じってきたようだ。


 中学のクラスメイトにいたんだよな、自分の中にある正義というかルールみたいなものが絶対に正しくて、それを周りの連中にまで通用させようとするヤツ。

 俺はそういうのが苦手だ。どちらかといえば当たり障りなく周りに合せて穏当にしていたかった俺としては、そういうのと相性が悪いというのもある。愛想笑いで誤魔化すのがパターン化していたっけ。


 そんなのがちっぽけで可愛げのあるモノだったというのが、総長を見ているとわかってしまう。大人がするとこんなにも醜いんだな。悪かった、鈴木。再会する機会があったら、流さないでちゃんと話をしてみよう。

 山士幌高校一年一組に毒された今の俺なら、少々の考え方の違いなんて、それこそ個性だと笑い飛ばせる気がするんだ。


 ウチのクラスも大概クセが強いのが多いけど、お互いにさらけ出して呑み込んじゃってるからなあ。イジメってなにそれ、みたいな連中ばっかりだし。



「どっちもどっちよね、総長と宰相」


「総長はあのまんまが素で、宰相の方はいいように利用してたのかな。性格、全然似てないし、お互いにバカにし合ってた、みたいに」


「ヤな関係ね。ああはなりたくない」


「反面教師ってヤツにしとこう」


「ウチには最高の先生もいるし、わたしたちは仲良くやりましょう」


「だな」


 なんで総長と宰相のがなり合いで綿原さんと俺の結束が高まるのか意味不明だけど、それ自体は大歓迎だからまあよし。それよりもだ。


「それにあの人たち──」


「ああ、敵だ。絶対的に敵だよ。俺たちを拐ったのもそうだし、ジェブリーさんたちを襲ったのも」


「違う派閥に入ったからっていっても、許せるわけないものね」


 苦笑いになりかけていた口元をキリっと引き締め直した綿原さんが、はっきりと俺の方を振り向いて言い切った。


 同感だ。宰相は俺たちを売り飛ばそうとしたし、総長は知り合いを斬った可能性が高い。ここまで来てしまえば訓練で先生たちをいたぶったのなんて些細なことに思えてくるくらいだ。

 それくらいあそこで怒鳴り合っている連中は、どう考えても俺たちの敵でしかない。


 なにより総長は、あの大柄なおっさんは、これから間違いなく俺たちに攻撃を仕掛けてくる。



 ◇◇◇



「罵り合いはそこまでにしてもらえますか。ベリィラントはわたくしを叱りつけたいようですが、ならば勇者の皆様をどうするおつもりでしょう」


「……どうとでも。歯向かうのであれば叩き伏せましょうぞ。これだけ数が揃っているのだから、少々欠けても惜しくはないでしょうし、見せしめにもなりますな。なに、『儂』に従うのなら、取り成しても」


「その上で再び王陛下に忠誠を、ですか」


「そうなりますな。それが正道でありましょう」


 総長と宰相のバトルを見かねた王女様がついに割り込み、しかも話題を勇者に切り替えた。

 ロクでもない返事なのは見えていたから、あえて聞かなくてもよかったのに。


 実際に返ってきた言葉は、俺たちをげんなりさせてくれる内容だった。

 まあいい。総長とかいうおっさんは明確に俺たちの敵だ。自由を奪い、帰還したいという意思を無視し、逆らうのなら暴力を振るって言うことを聞かせようとするなんて、とてもわかりやすい悪役じゃないか。


 宰相や軍務卿をここまで連れてきたのも、自分が凄いんだぞというのを見せたいのがメインだというのがなんとなく理解できたよ。政治的な意味とかもあるのかもしれないが、手近の政敵を威圧しておきたい、なんていうくらいじゃないだろうか。

 俺たち勇者を打ち破り、王女様を拘束して、ついでに裏切者だとかの肩書を宰相と軍務卿に貼り付けて、意気揚々と地上に凱旋する。いかにも総長の考えそうなプランだな。


 そういうことで俺の中での総長は、その程度の評価で固まった。もちろん俺の勝手な決めつけだ。



「お?」


 決意を新たにしたその時、あえてうしろに垂らしていた俺の手に何かが触れた。


 ワイワイやっている敵方から見えないように、ソレにそっと目を向ける。


「いいね。完璧だよ、草間」


 返事はこない。その代わりに前にいた綿原さんや、両脇に控える白石しらいしさんと奉谷ほうたにさんの視線が飛んでくる。


「そのまま【気配遮断】を続けててくれ。出番がきたらよろしく」


 俺の言葉を聞いただろう草間は、たぶんこの場から少し離れた場所に移動したはずだけど、本当に気配の欠片も感じられない。音も空気の流れすらも。

 使いまくった【気配遮断】は【忍術士】の草間を本物のメガネ忍者に昇華させたのだ、なんてな。せっかくだからこんど『インビジブル』とか呼んであげたら、アイツは喜んでくれるだろうか。


 アホな思考をしている俺の視界の端には、背後の扉から戻ってきたヘピーニム隊の斥候さんや、【裂鞭士】の疋さん、【嵐剣士】の春さんたちの姿が確認できる。


「上から応援が来るのが一番だったんだけどな」


「そう上手くいかないよね。でも八津やづくんの作戦で、大丈夫!」


 俺のこぼしたグチをすぐ横にいたロリっ娘な奉谷さんが笑顔で拾ってくれた。天性のバッファーのお言葉に、俺の心がキマっていくのが自覚できる。



「ならばヤヅくんに情報だ」


 不意にシシルノさんの声が飛び込んできた。ベスティさんを従えながら、俺のすぐ脇までやってきていたシシルノさんは、小さく敵の方を指差す。


「総長閣下が十六なのはいまさらだね」


「そりゃもう。何度も聞かされてますから」


「ご自慢で仕方がない御仁らしいよ」


 シシルノさんと俺の苦笑が交差する。


「十五がアレとアレ、そして十四が──」


 ポンポンとシシルノさんが教えてくれているのは、敵メンバーの階位だ。


【瞳術師】のシシルノさんは、王女様の【神授認識】とは別の手段で階位を探ることができる。それこそが彼女の代名詞たる【魔力視】。

 絶対測定ではなくあくまで相対的ではあるが、基準さえあれば纏う外魔力から階位を想定できるという寸法だ。


「宰相閣下と軍務卿閣下、それと【聖術師】の三人は論外だよ。オマケをしても六階位かな」


「ありがとうございます」


 ついこのあいだまでのシシルノさんも似たような階位だったのに、なんていうツッコミを入れるのはヤボだな。



「十四階位が二人だけって。たしかベリィラント隊の十四って五人だったはずだったのに」


「地上の戦いで消耗したのかもしれないねえ。楽になったと思おうよ」


「ああ、そういう」


 あえて消耗という単語を使ってくれるベスティさんは、砕けた口調で笑ってみせた。心遣いに感謝だな。


「総長が十六。十五と十四が二人ずつ。十三が十九人、十二が六人、か」


「強敵だねえ。やれそう?」


「やるしかないですから」


「コウシのそういうとこ、お姉さん、カッコいいと思うよ」


 そんなセリフと共にベスティさんはシシルノさんと一緒に数歩下がったわけだが、やめてくれ。なんで下の名前で呼ぶのかな。

 白いサメが三匹、こっちを完全にロックオンしているじゃないか。



「それで、八津くん、もうやるの?」


「ああ、最新版が手に入ったんだ。鮮度がいいうちに料理しないと」


「賞味期限は大事だものね」


 ちょっと尖った感じの綿原さんの問いかけに、なんとか冗談を交えて答えてみせる。


 さっき草間から手渡されたのは、階段付近の魔獣生息状況地図の最新版だ。ウチの斥候たちとスピードスターな春さんが集めてくれたコレには千金の価値がある。


 こちらとあちら、数と疲労度なら俺たちが勝っているが、素の実力なら総長たちに軍配が上がるだろう。

 ハシュテルの時のような地上での遭遇戦だったら、かなりヤバいコトになっていたはずだ。


「だけどここは迷宮だ」


 こんどこそカッコよく独り言がキマったと思う。

 俺は今、ニヒルに笑えているのだろうか。左右から微妙な視線が飛んできているのは気のせいだということにしておこう。


「迷宮なら迷宮らしくだよね」


「あとで孝則たかのりくんに教えてあげないと」


 台無しだよ、奉谷さん、白石さん。



「王女様」


「よろしいのですね、ヤヅ様」


「はい」


 気恥ずかしさを隠しながら前にいる王女様の背中に一声をかければ、あちらは総長の方を見つめたままで言葉を返してきた。


 さらにその向こう側にいる総長が眉をしかめるのも見える。バカめ、余裕を持っているのかは知らないが、くっちゃべりすぎだ。


「もはや問答は無用でしょう。今から勇者様方が、いえ、わたくしも含めた全員が、敵対する者を叩き伏せましょう」


「馬鹿を言うか」


 王女様の宣戦布告の内容に、総長が驚きとともに嘲りの表情を浮かべた。

 アンタ今、王女様をバカって言ったのか? それと形だけでも使っていた敬語が消えているぞ。


 そちらの階位を判別したシシルノさんは見事に仕事を果たしてくれた。ここからのルート決定に貢献してくれたヘピーニム隊の斥候さんだってそうだ。

 迷宮での戦いっていうのはそういう全部が必要で、当然そこには王女様にだってするべきロールがあるというのに。


 渋々同行している王都軍のパラスタ隊ならわかってくれると思うんだけどな。



「じゃあ始めよう。深山みやまさん」


「ん。『氷瀑』」


 俺のコールに【冷徹】の効果でポヤポヤしたままの【氷術師】の深山さんが、カッコいい技名を呟いた。


「ぬっ!?」


 直後、敵方の前方に雪というか小さな氷の粒が降り注ぐ。一歩前に出ていた総長からしてみれば、モロ頭上からと感じたことだろう。


 あらかじめ天井付近に薄く這わせた水を凍らせておき、術を解除することで落下させる。範囲を稼ぐために薄くせざるを得ない氷の幕が砕けながら落ちてくるというわけだ。

【魔術拡大】と【多術化】を持つ深山さんだからこそできる芸当で、師匠たるベスティさんをもってしても難しいと言わしめた。


 深山さんの十八番である『氷床』と対をなす新技、それが『氷瀑』。どこかの祭りに使われていそうな名前だけど、むしろそこから名を授かった。魔獣には効果が皆無だけどな。


笹見ささみさん」


「あいよお」


 続けて俺が名を呼ぶのはクラスのアネゴ【熱導師】の笹見さんだ。


 威勢のいい返事と共に、これまた【魔術拡大】と【多術化】を効かせた『熱球』が飛ぶ。

 降り注ぐ氷の欠片に熱が叩き込まれればどうなるか。


「思い出すわね」


 懐かしい思い出を語るかのように綿原さんがちょっと嬉しそうだが、アレから二か月も経っていない。


 あの時も深山さんと笹見さんという同じペアだったな。綿原さんが【鮫術】のお披露目として、軍の実験島『アラウド=レスヴィ』に行った際にやったのと似た現象だ。前回とちょっと違うのは、温度かな。


 迷宮四層の階段前広間に、ブワリと水蒸気が立ち込めた。


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