第321話 対峙する
「さて、貴方がここに現れた理由を教えてもらえるのでしょうか。近衛騎士総長、ベリィラント卿」
透き通った王女様の声が迷宮四層に響く。
王女様がいつも以上に王女様モードだ。俺たちの前で見せてきたような柔らかさがまったく混じっていない。
たぶんこれこそが余所行きの姿なんだろうな。本来の王女様とでも言うべきか。
十五番階段を目の前にした広間で、俺たち『緑山』一行と近衛騎士総長たちは対峙している。向こう側が階段を背中にする形なので、逃げるとすれば四層の奥に走るしかないだろう。
総長と会話をする王女様はこちらの最前列に出ているわけではない。
最後方でガチガチに王女様を守る陣形は解かれているが、それでも前衛ではヴァフター隊と『緑山』の騎士たちが防御陣を敷き、そこの隙間からちょっとだけ顔を覗かせているようなポジションだ。両脇には護衛のガラリエさんと
対する総長は中央最前衛から一歩前に出た位置にいる。
度胸満点というよりは、それが当たり前なのだろう。アウローニヤ最高峰、十六階位は伊達ではない。ごく自然に部隊の先頭に立ち、五十間際で髪に白いものが混じっているものの、鋭い目つきで俺たちを睨んでいる。
細マッチョ系の多い王国騎士の中で、ひときわ巨体な筋肉だるまなおっさんだ。ウチの筋トレマニアな
「ましてや、これはどういう行状なのか、理解に苦しみます。なぜ王国宰相と軍務卿までもがこの場にいらっしゃるのでしょうか」
未だ口を開かない近衛騎士総長に対し、王女様が言葉で追撃する。
そうなんだ。王女様の言うとおり、なぜかこの場に白髪お爺ちゃんな宰相がいて、それよりは年下だろうけど、それでも五十代半ばのおじさん、軍務卿が居る。
居るというか、拘束されてこそいないものの連行されたようにしか見えない。
二人とも灰色のジャケット風な王国の文官服を着ていて、とても迷宮で行動するような恰好には思えないし、勲章やら紋章やらがゴテゴテとくっ付いているのがここでは違和感満載だ。髪はボサボサだし、せっかくの煌びやかな服装があちこちが破れていたり汚れていたりで、ドラマで見る落ち武者みたいな雰囲気をしている。それを哀れとは思わないけどな。
ちなみにアウローニヤの制度では軍は宰相の管轄にならない。王国軍のトップが軍務卿で、近衛のトップが総長、そして行政の長が宰相だ。
つまりここには王族を除いたアウローニヤの上位者三名がいることになる。地方領主がデカい権限を持っているのを差し引いたとしても、王都のトップスリーなのは間違いない。
ついでにこちら側には王女様もいるので、アウローニヤ頂上会議が開催できる勢いだ。
「なに、『白水』の様子を伺ってみればコソコソとしたのが居まして。せっかくなので見届けさせようと思い、連れてきたまでですな」
ここでやっと総長が口を開いた。
相変わらず声が太くてデカい。叫んでいるわけでもないのに、なぜか腹に響くような重さがある。
それを聞いた宰相と軍務卿は、優れない顔色のまま黙っているだけだ。なにがどうしてこうなった。
さらに気になるのは総長が引き連れている騎士たちだ。
白いフルプレートを装備しているのが十九人。そこには総長も含まれている。たぶんコレが近衛騎士総長直属部隊、王国最強と謳われるベリィラント隊なんだろう。ついでに灰色の革鎧を着たおじさんが三人。これはたぶん【聖術師】だ。そのうち一人がアレなんだけど、それはまあいい。
定員は二十五と聞いていたが、一分隊を省いたのか?
加えて王都軍の茶色い革鎧を着ているのが十一人。こちらはやたらと疲れたような、もしくは怯えたような表情をして宰相と軍務卿の近くに立っている。
ほぼほぼ敵になるのだろうと思うが、俺たちに対峙しているのは合計で三十五人か。そのうちおじいちゃんな二人は戦力外だとしても、それはこちらも似たようなものだ。王女様とシシルノさんは戦えない。
なんてな。こっちの二人には大事な役割があるので、立派な戦力扱いをさせてもらうぞ。
「
「……ありがと」
俺の心を読んだかのようなタイミングで、綿原さんが小声で教えてくれた。
なるほど、顔に見覚えがないでもない。王都軍第二大隊所属で元王女派、宰相側に寝返って俺と綿原さん、
それにしてもこれはどういうことなんだろう、今さっき総長が言ったとおりに『白水』で宰相や軍務卿と落ち合ってからここに来たのだとしたら、どうにも様子がおかしい。少なくとも憔悴しているように見えるお爺ちゃん二人は、同意の上でここにいるようにはとても見えない。
宰相側に付いたはずのパラスタ隊もだ。まるで無理やり引きずり連れてこられたような。
『宰相派』と『第一王子派』の筆頭格がこの場に居る。ちなみに軍務卿は宰相派。
『第三王女派』という共通の敵と持つということでギリギリの協力関係だったはずのふたつの派閥だが、この光景はどうだ、これではまるで……。
「あの……」
緊迫ムードに口を挟んだのは綿原さんだった。
「『白水』を見てきたって言いましたけど、キャルシヤさんとミルーマさんたちはどうなったんです、……か?」
綿原さんの声は、ハッキリと震えていた。普段元気なサメも、今は地面スレスレになんとか浮かんでいるだけ。
彼女の発言を聞いてクラスメイトの何名かが肩を震わせる。
俺はとんだバカだ。その可能性にどうして気付かなかった。総長はどうやってここまで来たのか。
総長やベリィラント隊、さらにはパラスタ隊の鎧の一部が『赤く染まっている』理由はなんだ。
赤紫な魔獣の血の色ではない。赤黒いソレは、人の血じゃないのか?
おいおい、まさかだよな。
「イトルとヘルベットか。知らんな。儂は見ておらん」
素っ気ないものの総長は綿原さんの問いに答えてくれた。
途端、クラスメイトたちが息を吐く。どういう経緯で総長とキャルシヤさんたちが出会わなかったかは不明だが、それでもあの人たちはここにいる化け物とはかち合っていない。
「な、なら、ジェブリーさん、ジェブリー・カリハさんは」
「誰だそれは」
「知らないって……、近衛の部隊なのにっ。『黄石』の──」
「『黄石』の団員なら『白水』の本部で見かけたが、見分けはつかん。何人かは斬ったかもしれんな」
ミルーマさんとキャルシヤさんの無事を聞いて緊張を解きかけた俺だったが、綿原さんはさらなる会話を必要としていた。
ジェブリーさんたちは宰相を探すために『白水』の本部を目指していて、そこで総長と……。
「こちらも随分と削られた。一分隊もの脱落者だ。それがカリハとやらかどうかまでは知らんが、手強い相手だったな。なあ、パラスタよ」
「ひっ!?」
総長の表現は、敵を褒め称えるかのようだった。ついでといった感じで水を向けられたパラスタ隊の隊長が悲鳴じみた声を上げる。
俯き口をつぐんでしまった綿原さんは、降ろした手の拳を震わせている。
これ以上言葉を交わしても、通じ合えないというのを心底理解してしまったのだろう。
そこで気付く。そもそも『白水』から四層まで総長たちはどうして来ることができた?
『召喚の間』や三層への階段にはそれなりの戦力が配置されていたはずだ。たとえば、ミハットさんとか……。
視界が赤く染まった気がした。
「……ここまでの道中で抵抗されたり、したんですか?」
「蹴散らしはしたな」
勇気を出して口にしてみれば、返ってきたのは素っ気ない言葉だ。
またもクラスメイトたちが息を呑むが、蹴散らすという単語の先を聞くのが怖くて、これ以上のセリフが出てこない。
つくづく目の前にいる近衛騎士総長というおっさんは意味不明の化け物だ。アホみたいに強い上に行動原理が読めないのでは、それはもう単なる怪獣じゃないか。
「ベリィラント。そこな者たちを差し出し、この場でわたくしに従うというならば受け入れましょう。ですがあなたは見届けさせるために、と言いましたね。『黄石』の騎士を斬ったとも」
「そうですな。名を挙げるならばナイメルとカラハリタを斬り捨てたくらいでしょう」
たぶん通用しないだろう王女様の降伏勧告にも、総長はまったく動じず答えてみせた。
ナイメル男爵とカラハリタ男爵は『紫心』の部隊長で、『黄石』とは関係ない。なぜ総長がその名を出したのかといえば、斬られたという彼らが貴族だからだ。安否のわからないジェブリーさんは騎士爵。総長からしてみれば貴族扱いするような存在ではないということだ。
総長は言葉こそ発したものの、そもそも重要な部分に答えていない。王女様は従えと言ったはずなのに。
そういう人物だったな、近衛騎士総長ベリィラントというのは。
金で買った男爵だとハシュテルを蔑視し、近衛で部隊長をしているジェブリーさんの名を知らないと言い、俺たちを直接の配下にできないからと憂さ晴らしにいたぶってみせた。『王家の客人』で王女様から直々に手出し無用と言われていたはずの勇者をだ。
「もう一度問います、王国近衛騎士総長ベリィラント。わたくしに従いますか?」
総長は繰り返した王女様の言葉に反応を示さなかった。
ただ、こちらの構える盾の隙間の向こう側に見える王女様を、じっと見つめている。
「先ほどイトルとヘルベットの名を挙げましたな、リーサリット殿下」
「わたくしの問いには答えないのですね」
「向かった先は『黒い
「……」
あんまりな総長の物言いに王女様が黙り込む。
言い負けたわけではない。証拠に王女様の表情は暗く歪んでなどいないのだ。平然と涼しげな表情をしながらも、目からは総長に負けないくらいに鋭い光を放っている。
「儂はアウローニヤの正統を守護する者であり、王陛下と王子殿下を害そうとする者がいるならば、それを排除する。此度の騒乱、首魁はあなたですな、リーサリット殿下」
「そうですね。あなたの視点からすれば、そう見えるのかもしれません」
堂々と言い放つ総長の言葉を王女様はあっさりと受け入れた。
総長は王様と第一王子が生かされていることを確信しているのだろう。王女様が親殺しをするような人物ではないと知っているのだ。
ならば答えはひとつなのだろう。
王女様を殺すなり捕らえるなりすれば、クーデターは失敗に終わる。
総長は護るのではなく、狩る方を選んだのだ。そしてその選択は実に正しい。
どうしてそういう判断ができるのに、勇者をいたぶって遊ぶようなマネをしたのか。本当に意味がわからない存在だ。
家柄を誇り、自分の持つ力を驕る。王室を守ると言いながら、そこに自我を割り込ませるおっさん。
十六階位で神授職はたしか【豪騎士】、だったかな。
「バークマットや王都軍の名も知らぬ連中はどうでもいい。かかってくるなら排除してやろう」
総長はまず、ヴァフターとシャルフォさんたちを脅しつけた。
総長がヴァフターの持つ後ろ暗い部分を知っているのかどうかはわからないが、一瞬だけ宰相が恨みがましい顔をしているのが見えた。そっちはざまぁだな。
「だが勇者を名乗る者たちは、どうしたものだろうな」
「わたしたちのことを勇者だと言ったのはそちらでしょう!」
今度こそ一年一組に向けて放った総長の言葉に対し、敢然と噛みついたのは怒りの表情で木刀を手にする
このパターンだとクラスを代表して反論に出るのは
綿原さんや
「……王陛下が認めたのだ。貴様らは勇者であり、王家に従う義務がある」
「都合よく勇者っていう単語で遊ばないで! あなたにとって勇者はなんなの。訓練を言い訳にして、わたしたちを突き飛ばしたあなたがそれを言うの!?」
中宮さんは敬語を取っ払って、総長の理不尽に切り込んだ。
彼女は総長から直接被害を被ったひとりでもあるからな。もっと言ってやってくれていいぞ。
「勇者ってなんなの? わたしたちは王女様を担ぐことにした。勇者が認めた王族を、あなたは否定できるのかしら!」
「黙れ……。勇者が王を選ぶなど、あっていいはずがない」
「勇者が創った国なのでしょう、アウローニヤは!」
「黙れと言っている」
傍目には中宮さんが優勢に見えるのだが、あんまり煽りすぎて即全力戦闘というのも困る。
それくらいで納めてもらえないだろうか。これ以上の説教は完全勝利したあとで、好きにしていいから。
こんなにも不毛な舌戦になってしまったのは、この国における『勇者』の定義が曖昧すぎるのがその理由だ。
アウローニヤの法律に勇者についての文言は、いちおう書かれている。
勇者というお墨付きを俺たちに与えるための手続きとして、この国は口伝である『勇者との約定』に基づいて一年一組を『王家の客人』とした。その時ついでにアウローニヤの国籍もだな。いちおうこの時点で俺たちは法的に勇者の肩書を得た。
この手順は王様が悪ノリして、それに王女様が乗っかったという離れ業があったからできたことだ。王様のワガママがスタート地点ということになる。
それから二か月以上をかけて階位を上げ、正式に『緑山』の騎士となったわけだが、さて道中どこに『勇者』要素があったのだろうか。
迷宮で散々勇者ムーブはカマしたし、王様も王子様も俺たちを囲えて喜んではいた。異邦人の平民相手とは思えない、それなりの以上の待遇を受けていたのも今となれば理解できる。だけどそうしてもらえた根拠は、俺たちが勇者だからではなく『王家の客人』だったからだ。法律には勇者の扱い方なんて載っていなかったのだから。
現在の俺たちは騎士爵を持つ立派な近衛騎士であり、ついでに先生は男爵にもなった。
これは王国における平民が望みうる最高の栄達であって、事例には事欠かない。軍を経由していないだけで、境遇としてはヒルロッドさんやジェブリーさんと大した変わらないのだ。これまた勇者とは無関係だな。
だって法律にある勇者には、義務とか権限とかが書かれていないのだ。
なんども繰り返しになるが、この国の法律は勇者を認めている。だけどそれは肩書としてだけだ。
勇者の存在など神話レベルの話であって、実際に現れるなどという事態など想定できるはずもない。だから曖昧なまま、実効性の無い条文だけが生き残ってきたわけだ。
よくもまあこれまでの五百年で悪用されなかったものだと感心するが、歴史に残されていないだけで、結構いたんじゃないだろうか、エセ勇者。これはエセエルフなミアの悪口じゃないぞ、念のため。
法律が曖昧なのをいいことに、この国の連中は俺たちを手に入れて好き勝手をしようとしたり、帝国に売り飛ばそうといろいろ仕掛けてきたのだが、今の時点では王女様のひとり勝ちだ。ざまあみろだな、貴族どもめが。
というわけで、実は中宮さんの発言は間違っている。勇者につぎの王様を決める権利なんてない。
最大限柔らかい表現をしても、勇者という存在の超拡大解釈だな。
話を大きくして、それっぽくこういう方向に持っていった犯人は勇者が担ぎ上げている王女様なので、俺たちは共犯者ということになる。べつに構わないよ、犯罪者でも法律無視でも。
一年一組の目的は山士幌への帰還だ。
そのためにはアウローニヤの流儀になど付き合ってはいられない。むしろ都合よく使わせてもらおうじゃないか。
「話はわかりました。では、宰相と軍務卿を連れてきた理由を、再度明確にしてもらえますか」
総長が剣の柄に手を掛けたのを見て、王女様が話を逸らしてくれた。どのあたりの話がわかったんだろうな。
だけど正直助かる。援軍が来るかどうかはわからないにしても、作戦的にもう少しだけ時間を稼いでほしいのだ。
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