第320話 待ち人は現れない




「やっぱり【魔術拡大】か【魔力回復】かしら。【蝉術】でもいいわね」


「【蝉術】は攻めすぎじゃないかな」


「けれど、もしかしたらがあるかもしれないじゃない。サメの上にセミが乗ったり」


 赤紫のサメを纏わせながら嬉しそうに語る綿原わたはらさんにツッコミを入れるのは俺の大事な役割だ。そんなポジションを気に入っているので、苦痛などということはまったくない。むしろ大歓迎まである。


 迷宮四層を歩く『緑山』とその随行者たちは、三層に登る十五番階段を目指しているところだ。

 予定の時間を少し過ぎてしまっているが、地上の状況を伝えてくれることになっている伝令と落ち合う場所は、階段の一番下ということになっている。


「待ってたらごめんなさいだね」


「避けられない魔獣だったし、仕方ねえだろ」


 ロリっ子バッファーの奉谷ほうたにさんは素直にごめんなさいができる子だ。それに対して王女様の護衛をしているピッチャーの海藤かいとうは言い訳を並べるわけだが、どちらかといえば俺もこっち寄りかな。


「それのお陰で綿原と田村たむらの階位も上がったんだし、まあいいんじゃねえか」


 まさに海藤の言うとおり。後衛側の二人がレベルアップできたのだから、少々の遅れは勘弁してもらたい。待たせてゴメンくらいは言うけどな。デートか?



 階段に向かう途中にあった通路状の広間には数体のダイコンとビートが待ち受けていた。シルエットが似ていないこともない魔獣だが、動きはまったくの別物だ。

 結局は両方とも痛めつけてから鍋に放り込んで、ザクザクとトドメを刺したわけだが、結果として【聖盾師】の田村と【鮫術師】の綿原さんが十階位になった。


 二人とも事前に技能を取ってしまっているので、新たな取得こそないものの、それでも夢は膨らむ。レベルアップ後に取るスキルの選択なんて、ゲームでの出来事ならば最高にアガるシーンだからな。

 とくにサメに情熱を傾ける綿原さんの意気込みはすさまじい。【蝉術】、本気で取るのだろうか。


 ちなみに四層で採れた素材は、手ごろな『牛肉』の塊と数個のジャガイモだけを背嚢に詰め込んでいるだけで、これは事実上の非常食扱いでしかない。

 勿体ない精神を大切にする一年一組としてはとても心外ではあるが、状況が状況だ。さすがにこのシチュエーションで重量物を持ち運ぶ気にはなれない。ただでさえ大鍋を担いでいるのだ。本当の危険が迫ればその鍋やバーベキューセットすら放棄することすら想定している。



鳴子めいこあおいだってすぐよ。八津やづくんもね」


「だね!」


「そうだよね」


「頑張るよ」


 綿原さんが元気にサメを泳がせながら前向きなコトを言ってくれれば、奉谷さんとメガネおさげの白石しらいしさん、それと俺が返事を返す。


 ネガティブなネタはさておき、一年一組に残された九階位は少数派になった。

 階位上げ競争になると、この三人が最後の方になるのは毎度のことだ。これからも仲良くしてくれると嬉しいのだけど。


 未だ九階位なのは【観察者】の俺、【騒術師】の白石さん、【奮術師】の奉谷さん、【聖導師】の上杉うえすぎさん、そして心の友たる【石術師】の夏樹なつきとなる。

 とはいえ、ほとんどの連中があと一体か二体の魔獣を倒せば十階位を達成できるだろう。


 ついでに王女様をはじめとした、シシルノさん、ベスティさんも九階位のままで、ガラリエさんも十階位。王女様以外は一体の魔獣も倒していないので当たり前だな。

 四層初体験なのは全員がそうなのだけど、ずっと十階位のままで護衛として付き合ってくれてきたガラリエさんには十一階位を目指してほしいというのが全員に共通する想いだ。

 王女様の護衛との兼ね合いで、なかなか調整が難しいといった状況がなあ。地上での戦いが日を跨ぐようなことになれば、機会があるかもしれないけれど。



「八津くん。つぎの部屋に……、牛かな。たぶん三体」


「サンキュ、草間くさま


 二列目あたりを歩いていた忍者の草間が魔獣を察知してくれた。


 階段まで残り二部屋になっても散発的に魔獣が現れるというのは美味しいのだが、同時に怖い。

 ヴァフターが濃いと証言したとおり、階段からそれほど離れなくても経験値を稼げているのは、今の俺たちにとっては助かる状況と言える。

 だがちょっとしたイレギュラー、たとえば三層から襲撃者が現れたりして、階段付近から引きはがされたらどうなるだろう。


 イザという事態に備えて何重にもルート選択できるようにはしているが、四層の群れは王国の誰もが把握できていないのだ。


「『リーサリット陣』でそのまま。ヴァフターさん、わかってますね?」


「おう。俺たちは止めるだけだ」


「頼みます!」


 本人の強い要求で『王女陣』改め『リーサリット陣』と呼ばれることになった陣形で、俺たちは牛を待ち受ける。

 さあやってこい、経験値。牛が三体ともなれば、たぶん前衛にいる誰かの階位が上がるはず。



 ◇◇◇



「あの、なんと申しますか」


「いいじゃないですか。おめでとうございます」


 戦闘終了後、シャルフォさんがあっちこっちにペコペコと頭を下げて謝っている。

 対する藍城あいしろ委員長は爽やかにお祝いをするわけで、温度差がちょっと。


 今回の戦いでシャルフォさんが十一階位を達成した。

 ご本人としてはどうやら勇者たちを差し置いてという意識が強いみたいだ。ちょっと微妙な想いがないわけでもないが、味方の前衛が強力になっていくのは大歓迎だからみんなの表情は明るい。



 今回の迷宮では飛び入り参加という形になったシャルフォさんたちヘピーニム隊だが、『緑山』に経験値を譲れとはしていない。

 もちろん王女様のレベリングは最優先だし、ダイコンやジャガイモのように後衛が倒せる魔獣はクラスの中でも遠慮をしてもらっているのが現状だ。


 つまり前衛に関しては全員が平等。だけどヴァフター隊を除く。あのおじさんたちには最後まで盾に専念してもらうのだ。

 ヘピーニム隊にひとりいる斥候さんは九階位の【探索士】だが、その人も積極的に索敵と戦闘に参加してくれている。できれば十階位を達成させてあげたいものだけど。


 シャルフォさんの階位が上がったのは、たぶん三つ又丸太のラストアタックが入っていたからだと推測できる。アタッカーが勢ぞろいで滅多打ちにしていたので、誰がフィニッシュだったのかが判別できなかったのだ。

 合計すればシャルフォさんが倒したのは丸太が一体と牛が二体ってところだろう。つまりあと一回戦闘すれば、一年一組から一人か二人、十一階位が誕生することになる。



「ありがとうございます、みなさん。王女殿下の盾として剣として、より一層の全力で励みたいと思います」


「シャルフォ、そこまで力を入れずともいいのですよ」


「殿下……」


 片腕を胸に当てての宣誓というのは、王国軍で略式の敬礼みたいなものらしい。それをしながらシャルフォさんは堅苦しく宣言したのだが、王女様は軽く流してみせた。

 せっかくシャルフォさんが気合を入れてるのに。


「あなたも勇者の皆様方を見てきたのでしょう。力を込めるのは構いません。ですが、堅苦しいのは勇者様の流儀ではないようですから」


「……そうですね。そうしましょう」


 少し意地の悪い笑い方をした王女様に、シャルフォさんは一瞬だけ呆けてから、微笑み返した。


 王女様が語る勇者の流儀とは、なんなのだろうな。なにかを伝授したわけではないのだけど。

 それとだけど、悪い笑い方はシシルノさんの悪影響ではないだろうか。



「元気で楽しくが一番デス」


「ふふっ、そのとおりすね、ミア様」


 ミアもミアで乗っからないでくれ。副委員長の中宮なかみやさんが目頭を抑えているぞ。


 それでもまあ、王女様の言いたいこともわからないでもない。

 俺たちはなるべく会話をしながら迷宮を進むようにしている。緊迫感がある舞台で沈黙を保つことはあるが、それはごく稀だ。むしろピンチでこそお互いに叫び合うのを良しとしているくらいだし。


『体が動かないなら、声から始めましょう』


 一層のネズミに怯える俺たちに、滝沢たきざわ先生が贈ってくれた言葉は、胸に焼き付いている。

 先生が率先して奇声を上げてくれるのもあるしな。


 黙ったままで淡々と迷宮を征くなんていうのも、プロっぽくて悪くはないのだが、クラスの中でそれを好むのは一部マニア連中のノリだ。元から静かなタイプもいるけれど。

 ノリでやれるのがニンジャな草間とかミリオタの馬那まな、そういうのが好きな古韮ふるにらか。元から静かなのが、おしとやかな上杉さん、喋らない佩丘はきおか、ポヤポヤ系の深山みやまさん、それと文学少女の白石さんってところか。もちろん先生もそっち側だな。

 こうして考えると結構多い。


 そんな連中の集まりなのに、一緒に行動するとなぜか全体で和気あいあいとできてしまうのが一年一組のいいところだと思う。

 迷宮の中で誕生会をやってしまうくらいだからな。


 さっき挑戦した魔獣を生きたまま鍋で煮込む作戦なども、アウローニヤの常識では考えられない行為だろう。俺たちの賑やかさと奇行、全部をひっくるめて、それが王女様の表現する勇者の在り方なのかもしれない。


 ヴァフターが俺たちのことを気味が悪いと評してくれたが、上等だ。

 俺たちは高校一年のノリで迷宮を突き進む。


「ミアと王女様もこう言っていることだし、元気に進みましょう」


 優雅に泳ぐ三匹のサメを引き連れた綿原さんがモチャっと笑って前進を促した。



 ◇◇◇



「誰もいないね」


 先陣を切って階段に踏み込んだ騎士グループのひとり、【風騎士】の野来のきが呟くように言った。


 時刻はすでに夜の七時。予定ではアウローニヤ式に表現すれば九刻、つまり十八時が約束の時間だ。

 なのに伝令は階段にいなかった。


「気配は無いよ」


「音もしないねぇ」


 クラスの斥候担当者、ニンジャの草間とチャラ子なひきさんがお墨付きを与えてくれる。

 ついでにヘピーニム隊の斥候さんも無言で頷き、肯定してくれた。


 嫌な空気が辺りを満たす。



「伝令が遅れる可能性は想定されていたものです」


 薄っすらと場に動揺の色が見えかけた途端、王女様はそれを吹き飛ばすように落ち着いた声を発した。


「人手が足りていないものですから、行動は分隊単位で三層を抜けられる者に限られます」


 つまりは最低十階位クラスの分隊をひとつ動かさなければならないということだ。

 クーデターの真っ最中に、それだけでも戦力を割くのは惜しい。必要なこととはいえ、俺たちへの情報伝達は優先度が高いわけでもないのだ。最悪、迷宮泊をしてでも籠り続ければいいのだから。


「三層のどっかで群れにぶつかるってのもあるよね。今の迷宮ならさ」


 周囲に石を浮かべて動かしながら、弟系男子の夏樹も言う。それも当然あり得ることだろう。


「考えたくないけど、地上や『召喚の間』あたりで取り押さえられているのかも」


 委員長が眉をしかめながら嫌な可能性を提示する。ネガティブなことを率先して言うあたりが相変わらずの姿勢だよな。


「追加すべき情報が割り込んだ場合、進発を遅らせることもあり得ます」


 そして王女様も付け加えた。


 並べられる可能性はこんなものくらいだろう。

 けれど、俺たちがどれだけ想像を巡らせたところで、出来ることは多くない。



「さて、迷宮委員はどうするんだ?」


「ここで振るのかよ、古韮」


「古韮だけに、だよ」


 自分の名前を冗談のネタにしているけれど、古韮よ、フィルド語だと通用しないぞ、それ。

 シシルノさんの目が輝いているけれど、あとででいいから説明は古韮の方でやっておいてくれ。


 今はそういうダジャレよりか、ここからの行動を考えなければならない場面だ。


「時間的には夕食といきたいところなんだけど」


「あんまりお腹減ってないのよね。もう少しあとでもいいくらいかしら」


 俺の言葉を綿原さんが苦笑いで補足してくれた。


 魔獣を煮殺すなんていう作戦をしてきた俺たちは、せっかくだからと茹でたジャガイモに塩をかけて食べてはみたのだ。勿体ないからな。料理番の上杉さんと佩丘は、ちょっと不満足そうだった。

 それがなんというか、未だに腹に残っている。炭水化物は偉大だ。一部ダイコンの食物繊維も混じっているけれど。


 そんなしょうもない理由でもって、普段ならちょうど夕食という時間帯なのだが、この場の全員が食事にはまだ早いという雰囲気になっている。


「夕飯を遅くするなら、そのまま迷宮泊もアリか。泊るなら三層だったよな?」


「そりゃぁそうだろ。四層でなんて、考えたくもねぇぞ」


 海藤が食事どころか迷宮泊のことまで確認してくれば、嫌そうに顔をしかめた田村が吐き捨てた。



 安全地帯とされる階段での宿泊というのも、一年一組は想定したことがある。

 ただそれだと十分に休めない可能性が高いし、寝相が悪いとどうなるかは考えたくないな。


 四十一人という大所帯になった俺たちならば、群れさえ避ければ三層での宿泊は楽勝だ。

 ならばいったんこの場を離れて、もう二時間くらい四層でレベリングというのが最善手になる。伝令と行き違いになったとしても、それくらいなら階段で待っていてくれるだろうし。


「誰か来たっ!」


 レベリングに構想が傾いていた俺の耳に草間の声が響く。


「伝令か」


「なんか、違うと思う。人数が……」


 聞き返した俺に返ってきたのは、いつになく固い草間の声だった。

 ああ、これは凶報なんだと、すぐに理解できるくらいに草間は焦っている。いつもならメガネを光らせながら振り返り、それっぽく確認をしてくるアイツが、前を向いたままで動けないでいるくらいだ。



「アタシにも聞こえた。分隊どこじゃないわ、コレ。十や二十じゃないっしょ。もっと」


【聴覚強化】を使った疋さんが階段を降りてきているであろう人の数を教えてくれたが、草間と同じく彼女の声色にもいつものおどけた調子は見当たらない。


 迷宮の階段に魔獣は現れない。物音がすれば、それは人だ。

 伝令は分隊、すなわち六人から七人で現れるはずなのに、それが二十人以上? あり得ない。


 重要な事態が起きたからと増員があったとして、どんなに多くても三分隊。二十人弱になるはずだ。


 ああ、俺にも聞こえる。ザンザンと勢いよく階段を降りる音だ。

 たしかに疋さんの言うとおり、これは二十とかそういうレベルじゃない。それこそ三十以上、ヘタをしたら俺たちと同じくらいの数がいる。


 今回の迷宮でこれくらいの足音を立てながら『緑山』一行は移動していたものだから、聴覚素人の俺にだってわかってしまうのだ。


「八津くん、これ……、血の匂いだと思う」


 綿原さん……、君は【嗅覚強化】なんて持っていないはずだろうに。それとも【血術】にそういう機能が追加されたのかな。

 なんていうネタを考えている暇はない。【思考強化】の無駄遣いにも程がある。


 地上でのコトを終え、俺たちを迎えに来てくれた味方である可能性は高い。たとえばキャルシヤさんとかミルーマさん、もしかしたらヒルロッドさんだってあり得る。

 万全を期すためにあの人たちがタッグを組んで行動すれば、これくらいの人数になってもおかしくはないだろう。


 綿原さんの言う血の匂いにしたって、敵味方の判別には足りない。地上では人同士の戦闘が行われていたのだから。



 だけどこの足音は敵として考えるべきだ。最悪の事態に備えるのが当然だから。

 もしも味方だったら、その時はお互いに笑い合えばいいだけだ。


「敵だと想定しよう。階段前の広間まで引く」


「おう」


 俺は後退の指示を出し、それにみんなは小さく答えてくれた。


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