第310話 面と向かっての集団対人戦




「お、王女……、殿下」


「ごきげんよう」


「……なぜ、こんなところに」


 うろたえる『蒼雷』所属のとある部隊に王女様が優しげに挨拶をするが、相手は訝しげにこちらを見るだけだ。


 迷宮三層の一角で、俺たち『緑山』と『敵集団』が真正面から対峙していた。二層から降りてきてからそれ程時間は経っていない。

 相手は今日の昼番として迷宮に入っている部隊の中でも最強クラスのひとつだ。予定リストが全部本当だったとしたら、だけど。


 一部の敵はすでに戦闘態勢に入っている。人数は十九人。事前の資料と、シシルノさんの【魔力視】による判定で階位は十一から十三と知れた。ついでに六階位くらいの【聖術師】がひとり。

 勝てない相手ではない。いや、ほぼ勝ちは確定していると言っていいくらいだ。それでも相手は実剣を持ち、つまり殺傷能力の高い集団であることに間違いはない。


 警戒の色を隠さないその集団は、宰相寄りと目されている。

 たしか隊長がどこぞの男爵の三男だか四男で、騎士爵だったか。金が足りなくて『白水』に入り損ねたといったところだろう。



 ひとつ手前の部屋でヤツらは【忍術士】の草間くさまに察知されていた。

 完全に敵となれば、本当だったらこっそりうしろから追いかけて、魔獣と戦闘になってからバックアタックとか、弓使いのミアやボールを投げる海藤かいとう、各種魔術を使った遠距離からの奇襲が安全、安定なシチュエーションだ。


『ヤヅ様、真っ当に対峙して……、勝つことはできますか?』


 しかし王女様は正面からの説得、それが叶わなければ戦闘という提案してきた。

 相手の面子を立てつつ勝利することで、心服とまではいかなくても、敵が納得する形にしたいと。



「あなたたちには知らされていないでしょうが、今現在の王城はわたくしの意思により制圧されています。王陛下、宰相、騎士総長もすでに」


「なっ!?」


 敵の隊長が驚愕の表情を浮かべる、もちろんこれは王女様による虚言だ。

 どうして真面目に未だ交戦状態などと言えるものか。真正面から言葉で揺さぶれるなら、やらない理由がどこにもない。


「あなたたちは宰相、いえ、帝国と共謀し国家転覆を謀ったバルトロアに与する者たちですね」


 王女様の口から飛び出すのは、相手からしてみれば絶望の言葉ばかりだ。

 宰相は国家転覆までは狙っていなかったかもしれないが、帝国への金品の持ち出しを考え、第一王子に手を出した段階でアウト。なのでこれについて、王女様の言っていることはほぼ正しい。


「迷宮故に今すぐ武器を捨てろとまでは言いません。ですが、降ってはいただけませんか?」


「……我々は宰相閣下に恩を受けた者たちです」


「それが『蒼雷』団長たるイトル卿や、わたくし、リーサリット・フェル・レムトの意思に反しても、ですか?」


「……もはやここまでではあります。ですがせめて」


 敵は王女様が嘘を吐いているとほぼ確信しているのだろう。つい三時間くらいまで、荒れ気味で宰相が行方不明でも、王城は最低限の通常営業だったからな。もし王女様の言っていることが本当なら、ヤツらはこうして迷宮に入ってなどいない。

 さらにはイザという時のために、保険を掛けてきた。戦って、その結果が敗北でも、宰相に対する面目は保たれるということだろう。頭が回るじゃないか。



「残念です……。ヤヅ様。勇者のひとりにして『指揮官』たるヤヅ様。お願いできますか」


 なんで名前を二回も言うかなあ。

 勇者ブランドを前に押し出した王女様は、言うだけ言って俺のうしろ、所定の位置に移動した。ああもう、結局は戦闘じゃないか。


「『ヴァフター隊』、抜き身は禁止です。ヘピーニム隊は許可しますけど、致命は避けてください」


 俺は敵にもしっかり聞こえるように指示を出す。こちらに殺す気はありませんよ、と。


 もちろんコレはこちらの都合だ。たとえ敵でも人の血は見たくない。

 それとついでに相手の戦意を削ぐこともできる。もしもそちらの攻撃でこちらに怪我人が出たら、その時はタダじゃおかないという脅しという意味で。


 ちなみに『ヴァフター隊』と呼称したのは、ヴァフターたちファイベル隊というフレーズが長いので、暫定でそうしただけだ。『バークマット隊』だとヴァフター直属で行方知れずの別部隊になってしまうからこうなった。そこに大した意味はない。


「ヴァフター隊、最前列で敵を止めることに専念。ウチの騎士組もだ。ヘピーニム隊は右側から牽制」


 口調から敬語を振り払い、敵の位置取りを把握しながら指示を出す。


『ミア、海藤、ヒーラーを狙ってくれ。そのあとは草間とはるさんで拐ってしまえ』


 今度は日本語だ。聞かれても問題はないと思うが念のため。


 こういう状況ならば、初手でヒーラーを潰すのは基本中の基本だ。せいぜい相手にも動揺してもらおう。

 メガネ忍者の草間は、最初っから【気配遮断】で認識されていないのが素晴らしいな。


『相手の態勢が崩れたら、アタッカーは任意。術師は前衛とのコンビネーションに専念。ヒールのタイミングは自己申告。アウローニヤ組には俺が指示を出す。奉谷ほうたにさんは手近なところからバフ。白石しらいしさん、【奮戦歌唱】!』


「戦え、我ら、集い、奮う!」


 俺の言葉を受けた白石さんが大きな声で勇ましく歌い始める。


 原曲はアニメのOPだけど、ご丁寧にフィルド語でこちらの人間にも意味が通じるようにしているのがいいな。

 クラスメイトの中でもアニメがわかる野来のき古韮ふるにらまでが一緒になって歌っている。こういうところでこだわりを見せるのが一年一組のやり方だ。


 突如意味不明の行動を見せた『緑山』に相手は引いている。いいぞ、そういう動揺が欲しいんだ。

 敵の陣形は半円を基本にした防御重視の形を取っている。王女様とのやり取りもあって、攻撃的には出られないといったところだろう。


「『緑山』前進! ヴァフター隊、ここで点数を稼げ!」


 向こうが待ちなら、こちらから遠慮なく攻めさせてもらおう。


 これは訓練でもリハーサルでもない、一年一組初になる迷宮内での集団対人戦闘だ。

 しっかりバッチリ、勝ち切ってやろうじゃないか。



 ◇◇◇



「あなた方は勇敢に戦い、そして敗れました」


「……はい」


 武装を解かれ、革ひもで拘束された状態で跪いた部隊長が、上目遣いで王女様を見る。


「全力を尽くし、戦い抜いたのです」


「はっ!」


 お前たちは義理を果たしたからもういいじゃないか、という意味を込めた王女様に対し、部隊長は大きな声で返事をした。

 コトが終わったあとで、御家が残っているといいけどな。そこまでは俺たちの知ったことではない。


「投降してもらえますか?」


「王女殿下のご意向のままに」



 戦いは終始『緑山』優勢で進んだ。


 ヴァフターたち七人と、一年一組の五名の騎士が一斉にチャージし、前線を押し込む。


 その衝突の最中、ピッチャー海藤の投げたカーブが弧を描いて相手の【聖術師】に当たり、さらにアネゴで長身の笹見ささみさんの肩に乗ったミアが、見事新調した弓を使って、ソイツの足の甲に矢を突き立ててみせた。


 叫び声を上げた【聖術師】の傍に突如現れた草間がメイスの一撃でソイツを昏倒させ、そこに突っ込んできたスピードファイターの春さんと共に脱出に成功。敵の【聖術師】の捕獲を成し遂げてみせた。


 突如の出来事に混乱したまま春さんたちを追いかけようとして陣形を崩した敵に対し、容赦なく武闘派の二人、すなわち木刀少女の中宮なかみやさんと空手家の滝沢たきざわ先生が切り込み、敵をかく乱。さらには【聖術師】の排除を終えたミアと春さんまでもが敵陣の内側で暴れる始末だ。仕事を果たし終えた海藤と草間は王女様の護衛と周辺警戒に戻る。


 横からはシャルフォさんたちヘピーニム隊が、堅実に数的有利を作りながら騎士を打ち倒していく。


 援護をする術師たちは、石やら、冷水やら、熱水、サメで確実に敵の行動を阻害してみせた。それとひきさんのムチも。

 すごかったといえば、やはり【騒術師】の白石さんが使った『エアメイス』だ。ブンブンと敵の近くで音を出すだけでみるみる相手は動揺していく。人間相手ならばやはり最強の補助攻撃だと再確認させられた。


 田村たむら上杉うえすぎさんの【聖術】も、俺が指示するまでもなく適切なタイミングで出来ていたと思う。


 なんというか、いろいろとやりたい放題だったな。



 結果、双方に怪我人は出たものの大した流血を見ることもなく、ほぼ『緑山』の完封勝利ということで決着がついた。


「うしろから見てて思ったんだが、タキザワ団長とナカミヤの動き、なんなんだ、アレは」


「本気を出しただけです。そもそもヴァフターさん、先生の戦い方を知ってるじゃないですか。身をもって」


 さっきまでの戦いについて、ヴァフターがなんともいえない表情で感想みたいなコトを言ってみれば、返ってきたのは中宮さんの冷たい声だった。


 せっかく三層まで降りてきたのだが、まだ魔獣には遭遇できていない。三層といえども、さすがに階段付近は掃討がほぼ完了しているからだ。

 さあレベリングをしようと群れのいる方向に向かう途中で遭遇戦になってしまったのが、さっきの顛末である。対人戦闘の経験を積めたのは悪くないのだが、どちらかといえばとっとと階位を上げたいのだけどなあ。


 二層への登り階段も近いので、そこに詰める王女側の兵士に投降した部隊を引き渡すために、俺たちは来た道をいったん引き返している途中なのだ。



「俺と戦った時なんて、なんにも見えなかったんだぞ。死角を作るのが上手すぎだろう」


「そういう風にしているからです」


「階位を誤魔化されてるって言われた方が、まだ納得できそうだ」


 先生こそ口をつぐんだままだが、どうやら中宮さんは声こそ冷たいが内心は鼻高々のようだ。それを聞いたヴァフターが肩を竦めてグチる。


 先生と中宮さん、ついでにミアは『北方中宮流』の歩法を使っているので、アウローニヤの騎士たちとは根本の部分で動き方が異なっている。ヴァフターはソレを気持ち悪いと評するのだ。

 ついでに言えばほかの面々も、とくに【身体操作】を持つメンバーは日々の練習で着々と『中宮流』を身に付けつつある。


 そんな中で独自路線を走っているのは、スプリンターの春さんくらいなもので、彼女は『中宮流』と同時に陸上短距離走の動きを重視しているのだ。

 彼女は期待以上の結果も残しているし、それに文句を付ける者はもちろんいない。むしろ、有志は率先して春さんの教えを乞うているくらいだ。とくに、先生と中宮さん、草間あたりが熱心に。



「早く魔獣の血が欲しいわね」


綿原わたはらさん、すごくヤバい人の発言になってるぞ」


「だって」


 斜め前を歩く綿原さんがこちらに振り返って、血が欲しいとか抜かすものだから、俺としては当然のツッコミを入れるしかない。


 彼女の肩の辺りには、三匹の【血鮫】が漂っている。大きさは一匹あたり三十センチくらいで、材料は二層で採れたウサギの血だ。故に赤紫色をしているのだが、これは王女様のレベリングの副産物でもある。

 儀式の結果、地べたを濡らした血を集めて再利用とかすっごくヤバい世界感だが、綿原さんはものともせずに、むしろご満悦状態だったりするのだ。


 なぜかといえば──。


「ウサギでこれだもの。ヘビとか羊が楽しみね」


 そう、二層のウサギの血ですら、やたら魔力が通ったようなのだ。それこそこれまで最高だった綿原さん自身の血よりも上なくらいに。


 王女様の使っている宝剣もそうだが、迷宮から得られる素材は、基本的に階層が深くなるほど魔力の通りが良くなるとされている。

 綿原さんのケースなら、三層で発見した珪砂なんかがそうだな。



「綿原さんの感覚として、砂と血で使い分け、できそう?」


「一匹だけなら混ぜられるけど、バラバラはちょっと難しいわね」


「見てた感じだと、削りなら砂で、止めるなら血。とくに相手が人間なら血の方が有効、なのかな」


「そ。見ててくれてありがとう」


 どういたしましてだよ。


 珪砂を使った【砂鮫】は軽くて鋭い粒の集まりだけに、標的を止めるというより細かい傷をつける効果が高い。つまり柔らかい敵には有効だということになる。

 それに対して血は重たく、そして粘性があるのが特徴だ。そのぶんサメは小さくなるが、急所、とくに目を狙うことで相手の行動を大きく妨げることが可能になる。


 魔獣に対して目潰しはたしかに有効な手段ではあるが、魔力を感知する敵だけに絶対的とは言い切れない。だけどそれが人間相手ならどうなるか。

 ヴァフターたちからの逃走劇でもそうだったが、今回の戦いで俺は【血鮫】の凄さを思い知った。【熱導師】の笹見さんが使う熱水も大したものだが、綿原さんの【血鮫】は相手の行動を阻害するという意味では絶大な効果を見せたのだ。


 それもこれも二層で王女様が頑張って、大量にウサギの血を残してくれたからというのもある。あの胡散臭い儀式にも意味があったのだ。副産物的に。

 お陰でこちらのアタッカーは安全な距離と体勢から、安心して攻撃することができたという流れになる。


 アウローニヤの主流ではないが、高階位の術師と盾役、攻撃役の組み合わせは、同数の騎士が相手でも五分以上の戦いができることが証明されたといえるだろう。



「けどね、八津やづくん」


「ん?」


 一段声を小さくした綿原さんが俺の横に並び、自らの手のひらを見せてくる。

 小さくて、白くて綺麗な彼女の手は、細かく震えていた。


「ハシュテルやヴァフターの時は無我夢中だったけど、さっきのみたいに、構えてからよーいドンみたいなのは、ちょっと、ね」


「……俺も似たようなものかな」


 そう言って俺も手を差し出してみれば、綿原さんはジッと見つめてから、そっと触れてきた。


「震えてないじゃない」


「ちょっとした差だよ。さっきまでは、どうだったかもわからないくらいだ」


 ほんの数秒の触れ合いだけで綿原さんは手を放したが、俺の手には熱が残ったままな気がする。


「人に攻撃を当てるのは……、なんとか慣れてきたと思う。わたしの場合は殺せない程度の威力だってわかってるし。けれどやっぱり、刃物を突き付けられるって、怖いのよね。敵意が形になったみたいで……」


「そりゃそうだよ。俺だって怖い。前線の連中がヤレてるのが不思議で仕方ないくらいだ」


 俺などはうしろの方から見て口を出すのが最近の仕事だからな。


「八津くんが怖がってるのは、ほかの意味でもでしょ」


「うん。それもある」


 綿原さんも理解してくれているように、俺は指示を出す側としての恐怖心を消すことができない。

 俺が発する言葉のタイミングひとつで、ちょっとした判断の遅れで、何かを見落とすことで、誰かが怪我をしたり、もしかしたらもっと酷いことに。



「あーあ。人間同士なんて早く終わらせて、魔獣だけを相手したい」


「それはそれで問題発言だよな」


「なによ八津くん、わたしの扱い酷くないかしら」


「いやいや。サメに情熱を傾けてるのは知ってるから」


「誤魔化しになってないわよ?」


 自分で言っておいてなんとなく申し訳なくなったので話をそらしてみた。


 だけどそうか、魔獣相手なら大丈夫になってしまったんだな。俺もそうだし。

 いやいや、そういうネガティブな考えは後回しでいい。今は綿原さんとのサメ談義に集中しよう。彼女のご機嫌をとらねば。



「それで思いついたことがあるのよ。迷宮産のおがくずでサメを作るの」


「おがくずって、木の削りカスってことでいい?」


「そ。そしたら【木術】とかが出るかもしれないじゃない」


 たしかに綿原さんには、サメの材料になりそうなモノならなんでも技能に出してしまいそうな、そんな凄みがある。


「だけどおがくずでサメ作ってってどうするんだ?」


「火を点けるのよ。『炎のサメ』ね」


 その場合、サメを形作ってからだとほかの魔術は通らないから、手動で着火ってことになるのだけど。

 ライターとかマッチはないけど、あらかじめ火種を用意しておくっていうのはアリか。


「油とかの方が早いんだろうけどなあ」


「出ないのよね【油術】。玲子れいこもだけど」


【熱導師】の笹見さんなら、ものすごく相性良さそうなんだよな、油。

 この世界には【油術師】とかはいないのだろうか。名前はダサいけど、この世界の魔術ルールを考えたら、ぶっ壊れ性能の最強術師になれそうな気がするんだけど。


 ああ、だから逆に【油術】は出ないのか。ゲームバランスが崩れるってか?



「ありがと」


「え?」


「話題そらしてくれたでしょ」


「まあ……、そうだけど、途中から本気で考えた。『炎のサメ』の可能性」


「そ。できれば最高よね」


 クーデターが始まって、三時間から四時間くらい。未だに地上からの連絡は無いし、今のところ新たな侵入者もいない。

 俺たちがやるべきことは、なるべく深い場所で息を潜めながらのレベリングだ。とっとと拘束した連中を引き渡して、先を急ごう。


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