第309話 第三王女の手




「わたくしはこの国の在り方を取り戻したいのです。そう、勇者様が理想としていたアウローニヤの姿を」


 迷宮二層の一角、三層へと続く階段の近くにある大きめの広間、要は俺たちがいつも模擬店を出している場所で、今は王女様が演説中である。


 彼女の言っていることは『召喚の間』での焼き直しだが、それを見守る周りのムードは地上とでは結構違っている。

 理由として挙げられるのは、この場にいる迷宮探索者たちの多くが無派閥であることがひとつ。もうひとつは、演説をしている王女様の着る墨色の革鎧が魔獣の血で赤紫に染まっているということだ。


「どうぞ」


「ありがとうございます。ワタハラ様」


「いえ」


 巨大な白いサメを浮かべて周囲を威嚇している綿原わたはらさんが、瀕死のウサギを王女様に差し出した。


「えいっ」


 やっていることとの乖離が激しい可愛げな声で、王女様は豪華な短剣を綿原さんが持つウサギに突き立てる。


 ザクっというよりか、サクっていう感じの音を立て、見事にウサギの首に刺さった短剣を引き抜けば、血が吹きだして王女様の体を汚す。ウサギは……、大丈夫、即死した模様だ。

 この現象は、実は王女様が短剣使いのエキスパートだったとかそういう理由ではない。【奮術師】の奉谷ほうたにさんが【身体補強】を掛け、ついでに場を盛り上げるという意味も兼ね、【騒術師】の白石しらいしさんが【奮戦歌唱】を歌っているが、メイン要素は短剣の性能だ。


「さすがは『六層』の素材ですね」


「はい。お貸しできなかったことを心苦しく思います」


「仕方ないですよ、王家の宝剣なんですよね」


 手に持ったウサギの残骸を壁際に放った綿原さんが感心したように短剣を褒めれば、王女様はちょっとだけ申し訳なさそうにする。


 手に持ったウサギを刺されたのに綿原さん、欠片もビビっていなかったな。いまさら魔獣が死ぬところが怖いとかそういうのではなく、戦闘素人な王女様が誤射をしないかという意味で。

 階位も違うし【反応向上】と【視覚強化】を取っている綿原さんならではの見切りといったところか。



 それよりなにより王女様の短剣だ。

 迷宮『六層』にいる虎の牙だか爪だかを素材にしているとかで、切れ味も抜群ながら魔力の通りが凄まじい逸品で、立派な王家の宝物らしい。ちなみに現役の近衛騎士総長がもたらしたものではなく、二百年以上前から王朝を跨いで伝わっているものだとか。


 五階位の【導術師】なリーサリット王女は、後衛職でレベリングに向かない。

 この短剣は短期間で、かつ迷宮内の戦力を勧誘するという目的と同時並行して王女様のパワーレベリングをするための、文字通りに強力な武器となってくれるだろう。


「いいなあ」


 だから【氷術師】の深山みやまさん、君はぽややんとしたままなのに物欲しそうな目をしないでくれ。【鋭刃】を持っている上に『めった刺し』なんてあだ名があるのだから、そこは自重だよ。なんで短剣マニアみたいな属性を追加しているのやら。


 むしろあの短剣を必要としているのはウチだと、……【石術師】の夏樹なつき、【聖導師】の上杉うえすぎさん、奉谷さんに白石さん、【瞳術師】のシシルノさん、【冷術師】のベスティさん、そして【観察者】の俺といったところだ。二層では意味ないけれど。

 体裁もあるし王女様のレベリングは最優先事項なので、当面は専用装備だな。



「はい、持ってきたよ」


「ハル様、ありがとうございます」


「どういたしまして。やっちゃってください!」


「はい」


 こんどはジタバタと暴れるキャベツを抱えた【嵐剣士】のはるさんが登場し、王女様はそれにも軽くトドメを刺した。


 またも吹き上がる血を拭うこともなく、王女様は観衆を見渡す。

 唖然としている者、ドン引きしている者、なぜだか涙を流している者もいる。最後のはなんなんだ。


「わたくしは、示したいのです。勇者様の仰るような迷宮と共存する世界を」


 あ、まだ演説続いていたのか。


 たしかに迷宮との共存は、今この場で王女様自らが見せつけてくれている気もするが、スプラッタ度が高すぎやしないだろうか。引かれ過ぎても困るのだけど。


「この場にいるみなさんこそが、わたくしの想う戦士そのものです。勇者様の言う理想の体現者たる自覚を持ってください。誇ってください」


 アジるなあ。



 四十人以上になった『緑山』一行だが、全員がこの場にいるわけではない。

 シャルフォさんやヴァフターたちはもちろん、王女様の直掩になる野球小僧の海藤かいとうを除くアタッカー連中や動ける術師、一部の騎士組が出払っている。いちおうヴァフター一味はバラけさせて各グループに振り分けているが、いまさら逃げ出すこともないだろう。

 王女様が倒すことの出来るウサギやキャベツなどを捜索し、半殺しにして持ち帰るためにだ。


 王女様以外の『緑山』メンバーは、すでに二層でいくら魔獣を倒したところで階位は上がらない。

 よって、二層で為すべきことは王女派閥の糾合と敵対派の拘束、そして王女様を六階位に上げることだ。しかもなるべく急いで。



「王女殿下、こちらを」


 ついには『緑山』とは関係ない王都軍の兵士までもがウサギを差し出してきた。さっきまで中立派だったはずの人だったかな。


「ありがとうございます。えいっ」


 すかさずトドメを刺す王女様にためらいはない。そして微笑む。もちろん兵士に対してだぞ。


 これは生贄の儀式か何かなのだろうか。

 血まみれの王女様が手ずからその者に黒布を巻いていく。ヤバ気な宗教が誕生している途中にしか見えないのだけど。


 ちなみに王女様は革鎧を着ているが、この場ではヘルメットを外している。見栄えは大事ということだな。

 さらに言えば、武器は王家秘宝の短剣だけで、バックラーやメイスは装備していない。背嚢こそ背負っているものの、中身はほとんどが黒布というのがなんとまた。短剣だけであとは手ぶらでも構わないと言っておいたのだが、黒布はここまで重要アイテムだったのだろうか。



「俺、あ、いえ、私もこちらを」


「まあ」


 次第に列を作り始めた兵士たちが、王女様に獲物を差し出していく。


 あれ? あの人ってたしか──。


「まあ、階位が上がりました。六階位です」


 短剣を突き刺しウサギを倒した王女様が、小首を傾げてレベルアップを宣言した。


「そ、それはっ、おめでとうございます!」


「ありがとうございます。あなた、お名前は?」


 自分の手にした獲物で王女様の階位が上がったのだ、そりゃあ感極まるのも無理もないだろう。すでに黒布を纏っていたその兵士は感動に身を震わせている。


「王都軍ヤルバ隊のミハット・ガスティルと申します」


「そうですか。あなたの献身、わたくしが忘れることはないでしょう」


「はっ!」


 そうなんだよ。最後のウサギを差し出したのって、一年一組最初の迷宮泊で綿原さんがサメイラストをプレゼントしたミハットさんだったのだ。娘さんの名前はなんといったか。八歳とか言っていたのは記憶しているのだけど。


 短剣を鞘に戻した王女様はミハットさんに手を伸ばし、彼の肩に置いた。跪くようにしていたミハットさんの体が、ビクンと震える。


「八階位の【速剣士】ですか。今後も活躍に期待しています」


「は、ははぁっ!」


 王女様直々の【神授認識】だ。

 ミハットさんは分隊長で騎士爵持ちだけど平民上がり。これで感動しない方がどうかしている。分隊のメンバーがすっごく羨ましそうに見ているぞ。


 最初に会った時は七階位だったはずなのに、三層チャレンジしていたんだな。

 ダクダクと涙をこぼすミハットさんの肩には、魔獣の血がべっとりと貼りついていた。



「その肩の血こそが、ミハット・ガスティル、あなたが迷宮の戦士である証です」


「ありがとうございますっ!」


 しかもいい話にしてしまうあたりが王女様のやり口だ。


 ミハットさんにはその革鎧を一生洗わないぞ、みたいなアイドルとの握手会的なノリにならないでほしいのだけど。奥さんと娘さんに怒られるぞ?


 ちなみにだけど、アウローニヤで【神授認識】を使えるのは王女様だけではない。彼女の持ち味は【魔力定着】と【神授認識】の両方が使えるという、巫女的ムーブができることだ。

 各軍には必ず複数の【識術師】という術師がいて、その人たちが【神授認識】を使って兵士たちの神授職を誘導、判定している。


 だからこそ、アウローニヤの巫女、リーサリット王女殿下による【神授認識】は、行為そのものに意味がある。

 直々に受けられるのは有力貴族の子息や、近衛騎士団に入る時の式典くらいだ。普通に王都軍の兵士がしてもらえることなど、ちょっとあり得ないケースなのだ。

 もちろん勇者たる俺たちは例外だけど。


 男泣きなミハットさんは、もはや完全な王女派と言って間違いないだろう。



 ◇◇◇



「そうですか。行方知れずが二層だけでも十名以上も」


「はい」


 藍城あいしろ委員長が応対しているのは、三層への階段を警備していた『蒼雷』の騎士だ。いちおう王女派として確認は取れている。


 現状の『緑山』には代表っぽい存在として、筆頭は王女様、団長の滝沢たきざわ先生、副団長の委員長、迷宮委員として綿原さんと俺という窓口がある。委員長と同じく副団長の中宮なかみやさんは折衝には参加しないし、『黄石』のヴァフターは問題外、先生もこういうのは生徒に丸投げがデフォだ。王女様も、迷宮内での決断は勇者任せを表明している。


 よってこの手の相談事を受けるのは、委員長、綿原さん、俺の三人に絞られるわけだが、それにしても行方不明ときたか。


「ねえ、八津やづくん。コレって」


「パード・リンラ・エラスダ、ねえ」


 今現在二層にいることになっている人たちは王女様主導の声掛けで、いったんこの部屋に集められている。部屋の片隅には宰相派として反発した数名が拘束されて転がされているのだが、それでも行方知れずが十二名。


 綿原さんが指摘したのは、その中に【聖術師】のパードが混じっていたことだ。

 王女様の仕込みではあったものの、初回の迷宮で委員長たちに迷惑を掛けたという曰く付きの人物の名に辟易としてしまう。



「あり得るのは、潜伏、本当に行方不明、なりすまし、くらいかな」


「なりすまし?」


 委員長が指折り数えるところに、綿原さんがツッコむ。


「今日の入退管理は厳重だったとは聞いているけど、入れ替わっている可能性があるかなってね」


「わざわざ偽物をってことかしら」


「絶対ってわけじゃないよ。意味があるかどうかもわからないし。ただこのリストが本当で、全員が敵に回ったとしても、八津、どう思う?」


 委員長が綿原さんに入れ替わりの可能性を説明するが、ついでに俺にまで流れ弾が飛んできた。


「七階位から十階位が十二人って、余程の不意打ちじゃないかぎり蹴散らせる。ただ、三層も確認してみないと、だな。なるほどだからなりすましか」


 委員長の問いに対する俺の答えは、楽勝だ。


 戦力外がいないわけでもないがこっちは四十人で、相手が十階位までの十二人なんて、一年一組単独でも勝てるだろう。

 ただし三層にも戦力が隠されていたり、リストにあるメンツが本人でなく十三階位の集団だったりすると話は変わってくるかもしれない。



 迷宮の入退は基本的に目視と部隊章、念を入れるなら認識票で管理されている。


 数日前の拉致事件でも利用されたが、お互い顔見知りでもない限り、迷宮に潜るに当たってなりすましは難しくないのが現状だ。名を名乗れば、それが知らない顔でも入れてしまうのがなあ。個人の識別票もあるにはあるけれど、顔写真が入っているわけでもないし、偽造も簡単だ。


 血を一滴たらして魔力パターンを登録したギルドカードなど、そういう魔道具チックなブツはこの世界で確認されていない。

 認識票といっても、革のドッグタグに名前と所属が刻印されているだけだ。階位や神授職どころかステータスなんて問題外。


 そもそも迷宮の出入チェックなんて、本来ならばムキになってすることでもない。

 遭難に備えた事前の計画書と、事後に提出する報告書で確認されるだけで、最近こそ魔獣が増えたせいで計画的にローテーションが組まれているが、それでも付け入る隙などいくらでもある。


「ですが、今日を狙って仕込みを掛けるというのは」


「ですよね。毎日少しずつっていうのが無難かなって思います」


 会話に混じってきた王女様に、委員長が見解を示す。


 さすがに敵方が今朝、このタイミングを完璧に狙うのは無理がある話だと、俺も思う。もしもバレていたとしたら、余程の大物が寝返っていたことになってしまうからな。そもそもここまで上手くコトが運んでいる段階で、情報漏洩は無かったとい証明にもなっている。

 だけどある程度の絞り込みは可能だ。それこそ俺たちが拉致から解かれてから毎日、迷宮内にイレギュラーを混ぜ込むことは不可能じゃないだろう。


 たとえ王女様が今日の迷宮内を事前に操作していたからといって、全てを中立とか宰相派とかにわけることはできない。そんなのは不自然になるだけで、これからクーデターをやりますよと、敵に教えることになってしまう。


 だからこそ、俺たちはある程度のイレギュラーは覚悟してここにいる。



「考えてもキリがないわね」


「だな」


 サメを浮かせた綿原さんがため息を吐くようにそう言えば、俺も同意するしかない。


「三層に降りよう。いいですね?」


「ええ。もちろんです」


 王女様の階位が六になり、二層探索者の敵味方識別がある程度終わってしまえば、ここでやることは残されていない。

 俺が確認を取れば、王女様はすんなりと頷いてくれた。


「ではみなさん、手筈通りにお願いします。一部はここに残り警戒を、拘束した敵対者を地上に護送する方々は『召喚の間』に留まり、迷宮への出入りを注視してください」


「はっ!」


 この場で割り振った役目になるが、王女様の声に全員が膝を突く。


 二層で味方になった人たちのうち半数程度をこの場に残し、行方知れずの連中に警戒してもらう。

 残り半分は拘束した敵を地上に連れて行き、『召喚の間』にいるメンバーに合流してもらうといった寸法だ。こうすることで『召喚の間』に滞在する味方の人数を増やしておけば、地上でのイレギュラーに対応しやすくなるという理屈だな。


 クーデターが失敗した際の脱出経路の確保としても、地上から俺たちを狙った敵が来るにしても、申し訳ないが『召喚の間』を防壁として使わせてもらうのは最初からの決定事項だから。



 地上と迷宮での演説で、今や王女派は一般兵を中心に勢力を一気に拡大させている最中だ。

 貴族より平民側からの支持を得られているのだが、それこそ王女様の狙い通り。


 戦後は貴族の勢力を削り、そのぶん浮いた金でもって平民の人気を取りにいく計画だ。

 だからといって平民に反乱を起こせるような力を付けさせるわけにはいかない。匙加減が難しいが、そのあたりは王女様の才覚次第だな。

 第一の『紫心』や第二の『白水』など、どんな扱いになるのやら。



「わたくしは勇者様方と共に三層を目指します。同志を集めるために、自身の階位を上げるために」


「殿下……」


 王女様の宣言に、一部の兵士が感動の涙を流している。


 普通に考えれば六階位の後衛職が三層に行くなんてあり得ないからなあ。

 ぶっちゃけこのまま二層で粘れば王女様を七階位にできなくもないのだが、それでは効率が悪すぎる。


「ご心配をおかけします。そして、ありがとうございます。ですがわたくしは、勇者の皆様方と共にありたいのです」


 勇者と共にあらんことをムーブをブチかます王女様に、兵士たちが歓声を上げた。


 俺たち一年一組としては、とっとと三層に降りてレベリングをしたいのだけど。


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