第87話 バトルモード
「ここからは戦闘方面の情報だ。鮭のスピードはウサギくらい、重さはそうでもないらしい」
食と強さ、どっちが重要なのかはさておいて、俺はみんなに伝えるべきことを叫ぶ。
「空中で軌道を変えるみたいだから、そこに注意。飛んだなバカめは厳禁だ!」
わかっている連中から軽い笑いが起きる。ヨシと心の中でガッツポーズしながら話を続けよう。
「なにより柔らかいのがいい。首根っこを刺せば倒せる。ついでに食感も柔らかいぞ!」
「おおう!」
今度こそ全員が笑って、見てわかるくらいに士気が爆上げした。
「噛みつきに注意してくれ。毒とかは今のところ不明」
「レベリングには使えそうなのか?」
当然出てくる疑問だな。盾を構えている
「敵の数と密度次第だ。そういうことですヒルロッドさん!」
「わかったよ。俺の感覚でもたしかにコイツは一層相当だ」
実際に体を張って戦っているヒルロッドさんたちには十分わかっているのだろう。
数こそ多いが、鮭魔獣は二層の敵ほど強くない。ならば条件付きでレベリングにも使える。
「ははっ、カッコつけて指揮官モードやってみたつもりだけど、笑いを取れた方が嬉しいなんてな」
照れ隠しで横に立つ
すでに先生とミアは前線に戻っているし、
「そうなの? さっきのテキパキ指示してたの、けっこうよかったよ?」
「ありがと。でもまだまだ、ここからが勝負だ」
「油断は厳禁だもんね!」
シリアスな場面なのに、おひさまみたいな笑顔で奉谷さんを見ただけで気が楽になってしまう。やっぱりこの子はすごいな。
「増えた! 三十以上はいる。もしかしたら……四十!?」
【気配察知】を持つ
「……ならもう、抜かれるね。運び屋は体を張れ。勇者たち、流れたぶんを任せるよ」
「はいっ!」
ため息のようなヒルロッドさんの言葉に、俺たちはいっせいに返事をした。
◇◇◇
「くそっ、飛ぶのは反則だろがっ!」
「一番高いので二メートルくらい。騎士組は上を見なくていい。無理してまで盾を持ち上げるな。うしろに任せろ」
「数が多いんだから全部は諦めろ。仲間を頼れ」
みんなに聞こえるように声にしながら、俺は俺自身にも言い聞かせている。
いっぺんにこれだけの数を相手にするのは、さすがに初めてだ。
二層に転落したときですらこんなことにはなっていない。救いは魔獣の強さが一層レベルだということくらいだ。
「一人で複数を相手にしようと思うな。一体ずつ、着実にやろう!」
「おう!」
みんなは前を向いたまま、俺の声に返事をしてくれる。大丈夫、集中を切らしていない。
前にいる騎士や運び屋たちがこちらに流れてくる魔獣を最小限に抑えてくれているぶん、まだまだ余裕はある。確実にやっていけばいい。
「おらっ!」
大盾にぶつかった魔獣が跳ね返ったところを狙って古韮が短剣を突き出した。見事にヒットして地面に落ちた鮭がビタつく。倒しきってはいないけれど、そこからさらに首元を踏みつぶせば終わりだ。
うん、前衛の騎士組がずっと練習してきた動きが、キチンとできている。
これぞ盾組が間隔を取っているもうひとつの理由、盾で受け止めて短剣を突き出す動作を万全にこなすための空間だ。突き出す動作だけだが、間違っても事故が起こらないように配慮してこうしている。
もちろんアタッカーがあいだを通るときに声掛けをするのも絶対だ。
「えいっ」
「らあぁ!」
古韮の動きを見習うように、
「メインはせき止めだってこと、忘れないようにね」
「ああ」
念のために委員長が釘を刺すけれど、ちゃんとみんなわかってくれているようだ。
『──シャケっ、シャケっ、シャケっ、ほらっ! シャケのう~た~ぁ~──』
そんな戦場を陽気な歌声が包み込んでいる。
ぶっちゃけ【奮戦歌唱】は歌っている当人の意思が乗ることで効果が発揮される。
というわけで現在白石さんが熱唱しているのは、山士幌にあるスーパーの鮮魚コーナーでよく流れている販促ソングだったりする。
実に見事な選曲なんだけど、いや、ツッコむまい。適切な判断だ、これは。
事実、みんなにちゃんとバフがかかっている。俺の心も浮き立っているから問題ない。
「アイィヤァっ!」
ミアが威勢のいい掛け声で跳び、器用にメイスを振り回した。
盾の上を飛び越えた魔獣を打ち落としているのはアタッカー組だ。
「あぃぃい!」
先生に至ってはアレって、跳びうしろ回し蹴りってやつか? カンフーアクション映画みたいなことをしている。
四階位や五階位で【身体強化】持ちともなると、垂直跳びだけでも超人だ。普通に一メートル以上ジャンプしている。自身の身長と振り上げた腕、さらにメイスの長さまで入れれば上空四メートルは射程範囲か。
ミアと先生は普通にこなしているけれど、目につくのは
走り回るという、得意分野で戦うのがいい感じでハマっている。
むしろ苦戦気味というか動きに違和感があるのは、よりによって
「中宮さん、無理に上を処理しなくていい。盾の間を抜けてきたのを確実に倒してくれ。『いつもの姿勢』だ」
「……ふぅー。そうね、そうよね」
不自然さは彼女の動きそのものだった。中宮さんの武術は地に足をつけて、むしろ歩きながらが基本だ。無理をして空中に手を伸ばすことはない。
「だけどそうやってジロジロ観察されるの、なんかイヤね」
「……誤解されそうなこと、言わないでくれよ」
「事実じゃない。……しゃうっ!」
周りの視線が気にならなくもないが、とくに
中宮さんの動きが安定したことを喜べばいい。うん、ほら、地べたでメイスを振るぶんにはクラス最強なんだから、その調子でやればいいんだよ。
「アタックぅ!」
「どぅらぁ!」
そんな空中を制しているのは
元々長身でバスケとバレーをやっていた笹見さんにかかれば、ジャンプしてからのアタックはお手の物だ。
四階位で術師なのに【身体強化】を持っている綿原さんも負けてはいない。【砂鮫】を纏わせながら、メイスでバシバシと鮭を叩き落としている。というか二人とも、意味がある魔術を使ってないだろ。力業だけで押している。なんだアレ。
「きゃあっ」
「っ、雷っす」
「当たれぇ」
対して右翼の術師は二体の鮭魔獣を相手に大騒ぎだ。
配置したときにちょっとだけ懸念していたけれど、
相手を直接冷凍できない以上、もっと熟練を上げて『アイスバレッド』にするでもしないと、空中への攻撃手段になっていないからだ。今はかろうじて水球を飛ばして、そこに
判断のしどころだな。夏樹と笹見さんを入れ換えれば安定しそうな気もするけれど、それとも別の誰かを──。
「あぁぁぁいいぃぃ!」
配置換えを考えた刹那、先生の飛び蹴りが文字通りぶっ飛んできて、鮭を叩き落としてくれた。采配を振るう暇もない。さすがはS班だぜ。
「刺してください」
「え? あ、はい」
先生が足で踏んずけた鮭を指さして、深山さんに指示を出した。
まだまだラストアタックを譲る余裕はあるみたいだな。藤永と夏樹はもう一体の魔獣をメイスで殴り続けているし、これはどっちに経験値が入るのやら。
「トドメは任せマス」
目の前に足が千切れた鮭が二体、滑り寄ってきた。ビチビチしているけれど、こうなると本当にタダの魚だな。譲ってくれたミアには感謝だ。見た目はアレだけど。
「奉谷さん、白石さん」
「うん!」
「やるね」
元気よく答える奉谷さんと、キマった顔の白石さんだけど、やることは一緒だ。
短剣を引き抜いてから突き刺すまでの一連の動作によどみがない。本当に魚相手だと躊躇がないな。そういう意味では今回のは俺たちにとって最高の敵かもしれないぞ。
「あーあ、アタシのぶんも欲しいんだけど」
「
「へーい」
ここにいる俺以外の三人は、クラスの中でもとくに階位を上げにくいメンバーだ。
バッファーの奉谷さんと白石さんはもちろん、鞭が未経験の【裂鞭士】なんていう不遇な疋さん。もしかしたら俺と綿原さんと並んで外れジョブなのかもしれない。まあ綿原さんはすでに脱却して、あそこで元気にメイスをブン回しているわけだけど。
「凪ってすごいよね」
疋さんが綿原さんを見ながら愚痴っぽいことをこぼした。
「だね。でもまあ疋さんだって次は【身体強化】だろ? そうすればアレくらいやれるよ」
「まあねえ、五階位は遠いなあ」
まだ三階位の疋さんは、四どころか五階位になるまで新規技能はお預け状態だ。
このあいだの転落騒動のときにムリをして【魔力伝導】を取ってしまって、内魔力が足りていないからな。となるとやはり、原因になった俺としては申し訳ない気持ちになってしまう。
「
「あれ? 顔に出てた?」
「まーね。ま、アタシはボチボチやるさ。美容師目指してるんだ、これでも手先は器用なんだよ?」
強いな、と思う。
一年一組のすごさはこういうところだ。折れないクサらない。
怒ったり不貞腐れたりはするけれど、足を止めるヤツがいないんだ。個人個人の気質なのか、仲間がいるからそうできるのかはわからない。
だけど俺もそうありたいと思うくらいには、みんなはすごい。
「あ、引っかかった。うしろから来るよ。三体かな。八津、盾よろしくね」
「了解。『魔力鳴子』、役に立ったじゃないか」
「へへっ、まーね」
うしろから現れたのはネズミが三体。
草間がいないのに素早く察知できたのは、疋さんの新技、名付けて『魔力鳴子』のお陰だ。長めの革ひもに【魔力伝導】を流して怪しい場所に置いておけば、魔獣が通過するとそれを察知することができる警報装置になる。
「三体だと厳しいかな。前から手を借りようか?」
「いーや、アタシと八津で一体ずつ。残りは
「やるよっ!」
「う、うんっ」
なんとも頼もしい最後衛だ。こういうのって、嬉しくなってくるじゃないか。
ところでシシルノさんとシャーレアさん、見てるだけだけど、手伝ってくれてもいいんじゃないかな。
クラスの仲間がお互いをフォローしながら、それぞれのやり方で戦っている。
俺はちゃんとそれを全部、見ているからな。
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