第88話 前進せよ




「きったあ! 四階位ぃ!」


 三階位組の中で一番最初に四階位になったのは、なんと【熱導師】の笹見ささみさんだった。

 綿原わたはらさんとコンビを組んで、トドメを全部引き受けていたからだろう。やってくれる。



 鮭魔獣の津波と戦い始めてもうどれくらい経ったのか、感覚がおかしくなっていて、もうわからない。もしかしたらまだ十分とか二十分くらいなのか。


「っしゃあ!」


 笹見さんに続いてすぐあと、今度は【剛擲士】の海藤かいとうが四階位になった。これでひきさん以外のアタッカーは四階位以上が確保できたぞ。

 疋さんは今のところ後衛と同じ扱いなので、四階位は当面お預けなのがちょっと申し訳ない。


 それより騎士組だ。アイツらだってそろそろのはず。盾役が四階位になれば、前に出ることだってできるから。


「運び屋さんたちががんばってくれてるうちに」


 俺の横で奉谷ほうたにさんが悔しそうにしている。



 最初のうちは問題なかった。

 ヒルロッドさんたち近衛騎士と全員が五階位の運び屋たちの壁は厚くて、そのおこぼれをもらう形で俺たちはレベリングができていた。


 けれど少し前から状況が悪化している。

 押し寄せる鮭魔獣の数に減る様子はない。最初の十体がいつの間にか一度に三十体。今でもそのペースが続いている。


 五階位の人たちなら楽に倒せる魔獣なのは、見ていればわかる。

 だけど蓄積されていく疲れは、そうそうとれるものではない。ましてやこんな休む暇もない連闘ともなれば。それを俺は二層に落ちた時に思い知った。



「ぐっ」


「がぁっ」


 鮭は確かに一層レベルの魔獣だ。慣れてしまえばそうそう攻撃だって食らわない。毒を持っていないのもほぼ確定している。

 近衛騎士たちはまだいい。しっかりとした革鎧に大盾を持っていれば、相手の攻撃は完封できてしまう。だけど運び屋たちはそうじゃない。


「くっそう。全然減らねえじゃねえか」


 運び屋のリーダー格をやっているおじさんが悔しそうに顔をゆがめた。


 武器は無し。鎧ともいえないような毛皮の服を着て、盾も持っていない。

 体当たりや噛みつきを食らえば骨折まではいかなくても、痛みは感じるだろうしダメージは蓄積していく。


「いい加減にしろってんだ」


 苦し紛れの叫びが前線から聞こえてくる。

 なのに彼らは俺たちへの恨み言を漏らさない。立場がそうさせるのか、それとも俺たちが庇護対象だからなのか。



「騎士は無事でも、運び屋さんたちがもうもたない。ですよね?」


 俺は黙って腕を組んで傍観しているシシルノさんに語り掛けた。もちろん視線は前に向けたまま。


「そうだね。さて、君たちはどうするのかな」


 シシルノさんの立場で考えれば、たとえ運び屋が全滅したところで俺たちに怪我をされるよりはマシなのかもしれない。

 だけど彼女はそれを言おうとしない。ただ俺たちがどうするかを見定めているかのように。



「これでいいのかよっ! 八津やづぅ!」


 俺の心を決壊させたのは、前線で盾を持った佩丘はきおかだった。


 佩丘を筆頭に前に出ている騎士系の五人、アタッカーの海藤、術師の笹見さんや藤永ふじながあたりはすでにノーダメージではない。噛みつきこそ鎧で無効化していたけれど、何度か体当たりを食らってしまっている。

 それでもヒーラーの上杉うえすぎさんや田村たむらが【聖術】で治しているから、俺たちの陣形は崩れていない。つまりはやれるということだ。


「ヒルロッドさん。前に出ます!」


 不思議なものだ。ウチのクラスの連中はここぞという時、必ず誰かが背中を押してくれる。



「いかん! 三階位のままでは受けきれん。こちらは問題ない」


 ヒルロッドさんの言う問題ないの中に、運び屋たちは入っていない。

 だからダメだ。受け入れるわけにはいかないんだよ。


「終わりが見えません。長期戦を想定して俺たちと運び屋さんたちを交互に使いましょう」


「だめだ!」


「聞けません! いいよな委員長、みんな!」


 俺の呼びかけに、異論の声は上がらない。

 チラリと先生を見れば、ちょっとだけ困った顔をして、それでも軽く頷いてくれた。



「一年一組、全体前へ! 運び屋さんと騎士の間に割り込むぞ!」


「おう!!」


 五人の学生騎士を先頭に、二十二人が前に出る。



 ◇◇◇



『──広く、高く、強く、轟け。斬り裂け、ソゥド! 貫け、ラァンス!』


 鮭の歌から一変、白石しらいしさんの【奮戦歌唱】は某戦隊モノの主題歌になっていた。アガるな、これは。

 魔力の色の関係でバフ効果に差はあるだろうけど、それでも運び屋たちもわかってくれているはずだ。そちらは自分たちが勇者を守るための捨て駒になることを納得しているかもしれないし、仕方なくそうしているだけなのかもしれない。


 だけど、俺たちはそんなことを認めない。ウチのクラスのヤツらは見捨てないんだ。


「いったん下がってください」


「いや、しかしっ!」


 委員長が運び屋のリーダーの肩に手を乗せて、気軽い風に声をかけた。

 相手は渋るが、こういう交渉じみたやり取りは委員長の十八番おはこだろう。ついでにさりげなく【聖術】まで使っているだろ、あれ。


「このままではどこかで崩れます。僕たちは立て直すために前に出るだけで、あなたたちのためではありません」


 苦笑を浮かべながら委員長は言葉を続けた。

 ヒルロッドさんを筆頭に近衛騎士たちの耳もある。バレバレでも言い訳を作る必要があった。まあミームス隊なら、俺たちが強く迫れば口裏くらいは合せてくれる気もするけれど。


「倒れるまで戦ってもらっても、こちらが困るんです。目的は僕たちが傷を負わないことじゃなく、無事に地上に戻れるかでしょう?」


「あ、ああ、そりゃあそうなんだろうけど」


「なら、少しの間だけで構いません。うしろで治療してきてください」


「だけどアンタ、俺たちなんかに【聖術】を」


 ああなるほど、運び屋たちは【聖術】を受けることすら遠慮しているのか。むしろビビってる?

 これだからこの国の身分ってやつは。



「なんのことやらです。あなたたちが疲れているようだから、少し休んでもらうだけです。すぐに戻ってきてくださいね」


「おまっ、アンタ、さっきと言ってるコトが──」


「言い間違えただけです。若者の特権ですね」


 少し強引すぎやしないかとも思うが、言い争っている時間がもったいない。


「おらぁ!」


「よいしょお」


「ってぇな、コラあ!」


「悪い。治療たのむ」


 委員長以外の盾組なんかはもう運び屋の列を通り越して、とっくに戦闘を始めてしまっている。

 受け止める魔獣の数が一気に増えて、被弾もしているようだけど大丈夫だ。そのために【痛覚軽減】を取って育ててきたから。


 ヒーラーの上杉うえすぎさんと田村たむらが、隙を見つけては治療に回ってくれている。怪我人はちゃんと自己申告をして、回復役は近づいて背中をポンと叩いたら治療の合図だ。

 このあたりの連携は陸上部のはるさんが念入りに仕込んでくれたからな。リレーのバトンパスの要領だとか。



「勇者たちがここまで言うんだ、いいじゃないか。彼らにへそを曲げられてはわたしも困るんだ」


 横に来ていたシシルノさんが俺たちを後押ししてくれた。

 若造のワガママ扱いか。ほとんどそのとおりだし、それならそれで別に構わない。


「ほれえ、治してあげるから、さっさと前に戻るんだよ」


 シャーレアさんはもう治療を始めてくれていた。

 近衛騎士所属の【聖術師】のやることだ。運び屋たちだって逆らうわけにはいかないだろう。


「ほらほらヒルロッド。この場だけの話にしておけばいいんだよ」


「ばあさん、しかしなあ」


「アンタは頭が固いねえ。もうコトは進んでるじゃないか」


 しかもシャーレアさんはヒルロッドさんの説得、というか懐柔までやってくれている。

 さすがは年の功、ミームス卿じゃなくヒルロッドさん呼びか。ヒルロッドさんの口調も壊れているし。



「それにヒルロッドさん、こうすれば僕たちの階位上げも捗ります。認めてもらえませんか?」


「むぅ」


 委員長がトドメを刺しにいった。そうだよ、これはキチンとレベリングになる。しかも超効率の。

 唸るヒルロッドさんだが、陥落は目の前だな。


「君の負けだよミームス卿。王国軍魔力研主任研究員としては事態を一刻も早く打開して、迷宮新区画を調査したいのだが、聞き入れてはくれないかな」


「まさかジェサル卿、この先に進むつもりか?」


「それこそまさかだよ。わたしは早く地上に戻って、このことを報告すべきだと言っているのだがね」


「……仕方あるまい。勇者たちの直接参戦を認めよう。ただし──」


 よしっ、ヒルロッドさんが折れた。



「黙認でいいですよ。もちろん無茶なんてしません。みんなもわかってるよね?」


「はーい!」


 凄惨なバトルが為されている迷宮で、場違いに間延びした声が響いた。

 これは俺たちのワガママで、強がりでやっているのは自覚できている。だからなおさら失敗なんて許されない。全員が無事で、傷ひとつ残さないで地上に戻って胸を張ってやる。


「あれ? 俺たち、またなんかやっちゃいましたか? なんてな」


「ふふっ」


 俺のアホな呟きを拾った白石さんが笑ってくれた。ツボだったかな。



野来のき、もう二歩左。隙間は綿原わたはらさんでカバー。余裕があったら無力化してからうしろに流して」


「わかった」


「注文が多いわよ」


 いやいや、綿原さんならできるって信じているから言ってるだけだぞ。


「騎士組は空を完全に無視していい。走ってくるのをとにかく倒せ。そろそろレベルが上がるだろ?」


「しゃあっ!」


 おおっ!? 言った途端に古韮ふるにらか。


「どうよ、俺が最初に四階位だぞ!」


「ちっ。言い方ウゼぇぞ」


「負けていられないな」


 騎士連中で最初の四階位を自慢する古韮に、佩丘はきおか馬那まなが反応した。



「焦っちゃダメよ。今のとおりにしていれば、すぐに追いつくんだから」


「副委員長は厳しいなあ」


「あら、野来くんの足捌き、良くなってるって言おうとしてたのに」


「ほんと!?」


 前衛が前のめりになりかけても、俺が口を出す前に中宮なかみやさんが諫めてくれる。



「ほら藤永ふじながくん、ちゃんと動いて。雪乃ゆきのちゃんを守るだけじゃダメだよ!」


「はいっす」


「ご、ごめんなさい」


 気付いていたのに言い忘れていたことを、奉谷さんがしっかりカバーしてくれる。



「うっわ!?」


「お届けものデス。朝顔あさがお、早く刺してくだサイね」


「お、おぅう、ありがとね」


「どうってことないデス!」


 両脇に足を切り落とした鮭を抱えたミアが登場して、疋さんにそれを手渡してみたり。



「押さえておきますから、手早く」


「あ、はい」


 先生が田村たむらに獲物を譲ったり。



 うん。いい空気だ。

 しっかりロールは回っているし、運び屋の前線復帰も間近だ。


 嫌な予感はしないでもない。この状況がいつまで続く?

 思い浮かべてしまったスタンピードという単語は頭に貼り付いたままだ。



「しゃおら、四階位だ!」


「いいなあ」


「なあに、お前もすぐだって」


 今度は佩丘が四階位か。野来を励ます余裕まであるときた。


 このペースならレベリングが捗るという思いと、いつまで続くのかという不安がない交ぜになって、どうにも心がザワつく。それでも今は最善を尽くして戦い抜くしかない。


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