第331話 ラスボスらしく
「聖女の茶番を繰り返されるのも億劫だ。殺しはしない。だが、一度はソレと同じようにしてやろう」
そう語る近衛騎士総長の声は明らかに俺たちを見下し、そして
先生がやっつけた騎士の身を包む白いフルプレートはベッコベコに変形していて、むしろ凹んだ部分がダメージになってのではないかと錯覚してしまうほどだ。たしかにこれは酷いと思う。
だからといって、味方に対する総長の物言いが気に食わない。
さらにはこの期に及んで殺さないなんていうセリフが出てくるナメプが実に総長らしい。ふざけやがって。さっき
「唯我独尊ってか。俺も大概だけど、アレは問題外だな」
肩で息をする先生に治療をしている皮肉屋の
田村お前、自覚してたのか。
「魔獣を引き込む戦法は悪くなかったな。お陰でこのザマだ」
チラリとうしろを振り返りながら総長が言葉を続ける。
そこに散らばるのは大量の魔獣の残骸だった。
大根やジャガイモのような比較的小型が多数、最終的には四十体くらいが流れ込んできていたはずだ。さらには牛や馬が合せて十体。ついでに三つ又丸太が二体か。
もしも『緑山』が直撃されていたら大苦戦の上に逃走していただろう相手だ。囮作戦とはいえ我ながらよくもここまで誘導できたものだ。
王女様の【魔力定着】、薄々気付いてはいたけれど滅茶苦茶迷宮探索に向いている技能だな。王女様をやってもらうには惜しいくらいの効果だぞ。食料部と教導兼務で『灰羽』にいたらどれだけ便利な存在か。
それは置いておいて、問題はそれを全部なぎ倒してしまった総長たちベリィラント隊の力なのだが。
白かったフルプレートは魔獣の血に染まっている。だが、魔獣との戦いそのものでの脱落者は見当たらない。
宰相側のパラスタ隊は【聖術師】を含めて壊滅したが、総長が率いるベリィラント隊は『緑山』一行が倒した六名が脱落したのみで、十三人が健在だ。そのうち総長の十六階位が最高で、十五が一人、十四が二人、残り九人が十三階位。
先生が十五階位を一人やっつけたのは大きいが、それでも相手に残る戦力はまだまだ多い。
いや、動きが悪いのが何人かいるな。魔獣と戦って怪我でもしたか。
「もっと削れる予定だったんだけどなあ」
ボソっと呟いたのはイケメンオタの
ベリィラント隊なんて階位はあるけれど、所詮は王城でふんぞり返っている連中だという印象だったのだけど、あれでも五層を歩いて、イベント的に六層チャレンジをするような部隊だ。見直さざるを得ない。
不意打ち的に四層の魔獣を送り込んだけれど、このあたりが限界か。時間稼ぎができただけでも上等だと前向きに考えよう。
「してやられたわ。貴様らは強い。強いな。そういう強さがあるということを、この歳になって知らされるとは思ってみなかったわ」
そんな俺たちの作戦を、総長は強さのひとつだとは認めたようだ。
勘弁してくれ。そういう風に受け止められると、どんどん隙が無くなっていくのだから。
「バルトロア侯はそこで無様に伸びている。【聖術師】共ももういない。大したものだ。こうして儂の胸を躍らせる貴様らは、だからこそ勇者なのかもしれん」
そういう勇者の定義は斬新だな。勇者判定に近衛騎士総長の承認が必要だとは思っていなかったよ。
さっきまでは王様が決めたから俺たちは勇者で、だから大人しく従えって理屈だったはずなのに。
「では、そんな、貴様らを叩きのめす儂はなんだ?」
「戦闘狂かよ」
獰猛に笑いながら言い放つ総長に古韮が小さくツッコミを入れる。
総長は俺たちと戦って、屈服させたいと考えている。ついでにそうすることで、自分の強さも誇示したいってか。
そんなワガママを俺たちが許すと思っているのか?
俺たち一年一組は『ワガママな勇者』だということを忘れてもらっては困るのだけど。
「もうアレがラスボスってことでいいかな」
総長の独演会を聞いて、オタ仲間の
◇◇◇
一年一組のみんなで雑談をする中で、ラスボス談義をしたことがある。
俺や古韮が好む異世界転移モノに限らず、バトルファンタジーやらゲームオタの
男子だけでなく女子でも結構乗ってきた。俺たちだって高一で、物語に溢れる日本出身なわけで、多かれ少なかれこの手の話には食いつきやすいからな。
全滅エンドを好む
ラスボス候補は多岐にわたった。ネタとしてもリアルでも、想定はされてしかるべきだからな。
堂々の一番人気となったのは目の前でふざけたことをぬかしている近衛騎士総長、ベリィラント伯爵。三人ずつ挙げろというやり方をしてみたら、満票を獲得して圧倒的勝利を得てしまった。当たり前か。
二番人気が宰相ことバルトロア侯爵。残念ながらいいところなく俺たちの背後で気を失っている。
ここから闇の力で復活するパターンもあるが、アラウド迷宮の仕様を考えるとそういうのはなさそうな気がするな。いちおう警戒だけはしているけれど、ピクピクしているから生きてはいるのだろう。
そして三番人気となったのが、我らがリーサリット・フェル・レムト第三王女殿下だったりする。
どうして第一王子や王様より票を得られたのかが謎だ。
要は武力と政治力、あとは怪しさあたりがカギになったのだろう。うん、怪しさという意味では王女様って、ヘタをすると宰相よりも上なくらいだからな。
何度も繰り返された話題ではあったが、最新の投票自体は勇者拉致事件より前でハシュテル事件のあとのあたりだったから、もうちょっとタイミングがうしろにズレていたらヴァフターやミルーマさんあたりの名前も出ていたかもしれない。
ほかに出てきた名前としては、アヴェステラさん、アーケラさん、ベスティさん、ゲイヘン軍団長あたり。これは味方だったと思っていた人が裏切るパターンだな。
シシルノさんとガラリエさん、キャルシヤさんの名前が出てこないあたりに、妙な信頼度が伺われるというものだ。誰もシシルノさんを疑わないのはなんでなんだろう。
ちなみに俺の推しはヒルロッドさん。黒い仮面をつけて、謎の強者ムーブをしてくるラスボスを予想していたんだけどなあ。
ともあれだ。
「ベリィラント、あなたに問うておきたいことがあります」
「……なんですかな」
演説モードな総長の独白に割り込んだのは王女様だった。
続きを促す総長の目は冷たく、すでに王女様など眼中にないと言わんばかりなのがありありと伝わってくる。
「あなたは『主戦派』の筆頭として挙げられる人物です。仮にわたくしを失脚せしめたとして、現王陛下の統治の下、対帝国についての考えは変わらないのですか?」
「むろんですな。儂をそこに転がるようなヤツらと一緒にしてもらっては困るというもの」
王女様の問いかけにノータイムで総長は返事をした。視線がチラっと気絶している宰相に刺さったぞ。
総長の言う『主戦派』。今回王女様が起こしたクーデターに繋がる政争とはまた別に、アウローニヤは対帝国について考え方の違いを持つ人々が『主戦派』と『講和派』を名乗っている。ちなみに『講和派』と言ってもその実態は『降伏派』とか『脱出派』だ。
宰相が『脱出派』の筆頭で、総長は『主戦派』ということになる。そのまま『宰相派』と『第一王子派』に置き換えられる形だな。
では王女様はどうなのかといえば、以前説明を受けた通りで彼女は帝国の第二皇子と密約を結んでいる。
条件付き降伏派といった感じだろうか。その条件を達成するための条件……、ややこしいフレーズだが、穏便な降伏が許されるために設定された約束のハードルが高いといったところだ。
その第一歩こそが今まさに展開されている王位簒奪となる。
さてここで気になるのは、なぜ王女様はこんな最終局面で総長に問いを投げたのかということなのだけど。
「あなたはわたくしを殺さないでしょうし、勇者様方もそのようにすると宣言しました。あなたはそれを守る。そういう人物です」
「ご理解いただけてなにより。儂は陛下の下で帝国に抗し、最後の最後まで王城を守り抜くことでしょう」
「そのための手段がこの場で行われている戦いですか。呆れを隠せませんね」
ワガママでも約束を守るのが総長の謎なプライドだというのは、ここまで一連の出来事で理解できた。
王城の守りを捨ててでもアラウド迷宮に入り、第三王女を捕らえる方がコトが早く終わるというのもそのとおり。なにせ王女様は父親と兄を殺せないのだから。
だからチクリと放った王女様の嫌味にも、総長はまったく動じない。
むしろ俺たちとしては、総長が帝国との戦いにそこまで覚悟を決めているという方が驚きだ。最後まで戦うって本気なんだろうか。いや、このおっさんならやりかねない。
こんなどうでもいい話をして、さて、王女様はなにをしたいのだろう。
もはや時間稼ぎが意味を持つような手札は残っていない。ああ、ヒルロッドさんやミルーマさん、キャルシヤさんたちが救援に来てくれるなんてパターンもあったか。
だけどたぶんそうじゃない。
「あなたは勇者の皆様の力を認めました。ならば、彼らをどうする気なのか、わたくしはそこを聞いておきたいのです」
「そのための近衛騎士団。なんのために『緑山』が創られたと?」
近衛という単語をくっ付けたのはお前らだろうと叫びたくなった。
俺たちは迷宮専属なんだぞ。この状況でいまさらだけど、人を相手にしたくないから王室直属で迷宮騎士団の名を付けたというのに、どうしてそう拡大解釈を押し付けてくるのか。
まあいい、総長はそういう人間だということはわかっている。とどのつまり王女様は負けた場合、俺たちの処遇がどうなるかを、総長に確認しておきたかったのだ。答えなんて知っているのだろうに。
王女様は俺たちに聞かせたかったのだろう。人伝ではなく、コトが終わってからでもなく、この場で総長本人から。
「どのような経緯であれ、理屈があれ、貴様らはレムト王家の近衛騎士である。ならば、王家の盾として戦い抜くのが当然であろうが」
なにを当たり前といったばかりに総長は俺たちに言い放つ。
このおっさんは俺たちが召喚された初日から、根本的なところで変わっていなかったのがよくわかる。
最初は異邦人で、途中から勇者の肩書を持った存在で、今は近衛騎士として、常に自分の理屈で王国のために使い潰す駒としてしか俺たちを見ていない。
「なに、数年儂が直々に鍛えればマシにもなるだろう」
そして総長は俺たちを取り込むと言ってのける。ふりだしに戻るとはこのことか。
「王女殿下、趣味が悪いですよ?」
「アイシロ様の気分を害されたなら、お詫び申し上げます」
あんまりな再確認に
改まって頭を下げる王女様も王女様だ。横に立つシシルノさんとベスティさんが実に良い笑顔になっているじゃないか。
総長には絶対に降れないという、俺たちを焚きつける材料にしたのはわかるが、委員長の言うとおりでちょっと回りくどい。その上副作用がキツいぞ、これは。総長への不快感がものすごいんだ。
「それもまた気に入りませんな。アウローニヤの王女ともあろうお方が、軽々しく頭を下げるなど」
「あなたも認めた勇者にならば、いくらでも」
このあたりの食い違いが総長と王女様らしい。
勇者を使役するべきモノと扱う総長と、建前でも担ぐべき者とする王女様。
利用という意味では似たようなものだが、王女様に付かないと俺たちにはメリットが皆無になるからな。
なるほど、総長に降るデメリットが際立ったのか。やっぱり王女様はやり方が大仰だ。
「だけど大成功ですよ、王女様」
「それならば幸いです」
こんどは副委員長の
べつに時間稼ぎに成功したというわけではない。むしろ魔力の回復という意味では容量の少ないあちらに有利に働いたかもしれないくらいだ。
せめてもの救いは向こう側に【聖術師】がいないので、脱落者がゾンビのように復活しないことくらいか。
それになにより、とっくに固まっていた決意がさらに強固なものになった。王女様の誘導であったとしても、アレは、総長という人間は、俺たちと相容れない。
ここで俺たちが勝利したとして、向こう側が改心してももうムリだ。ヴァフターとは別の意味で、嫌な信頼が完成してしまっている。
「問答は終わりですな」
「ええ」
総長が会話の終了を告げ、王女様もこれ以上粘る必要を感じないのか、ここであっさりと引き下がった。
殺さないという意思を表明するためか、抜いていた剣をあえて鞘に入れる総長があまりにも白々しい。
けれど、それ以外の騎士たちは普通に抜剣しているままなのだけど、あの宣言は総長限定なのだろうか。
「シャルフォさんたちとガラリエさんで王女様の護衛です。後退してください。ヴァフターさん、申し訳ないですけど」
「死ぬ気でやるが、死ぬ気はないぞ?」
「それは俺たちもです」
王女様の護衛役にヘピーニム隊を指名し、ヴァフター隊には前に出てもらう。
総長との会話のあとでは、もはやヴァフターとのやり取りが清々しいな。
被害に遭った当事者の俺が断言する。アンタとの会話の方が余程マシだ。
「
「やっとかよ」
「おう」
盾が本職でない【剛擲士】の海藤を王女様の護衛から外し、復調には程遠い【岩騎士】の馬那を総動員してもこちらの盾は十三枚。つまりあちらと同じ数だ。
階位を考えれば、こちらが負ける。
本当ならシャルフォさんあたりに出張ってもらいたいのだけど、ヘピーニム隊はひとかたまりで扱わないと連携に不安が残る。ならば王女様とシシルノさんの護衛を万全にしておく方がマシだろう。
総長の性格ならばやらないだろうけれど、騎士の誰かが暴走して、王女様を人質とかにされたらたまったものではないからな。
「ヤヅさん、わたしだけでも前線に加えてください」
「シャルフォさん」
「護衛の指揮はフェンタさんに任せます」
「……わかりました。ヘピーニム隊はガラリエさんの指揮で。シャルフォさん、助かります」
十一階位を達成したシャルフォさんは盾も使える頼もしい前衛だ。是非とも頼らせてもらいたい。
最初っからこうしておけばよかったな。俺の指揮なんか、まだまだということだ。
「『ヴァフター陣』だ。一列目と二列目のあいだは三キュビ。シャルフォさんは二列目で」
「その名前、勘弁してくれよ」
仮称『ヴァフター陣』は最前列にヴァフター隊と『緑山』の騎士職と海藤を総動員して、とにかく敵を止めてから、二列目に配置したアタッカーが攻撃するという、ウチのクラスとしては横長な陣形だ。
ヴァフターがグチっぽく苦情を入れてくるが知ったことではない。
どうせヴァフター隊がいないと成立しない陣形な上に、必死で頑張れという懲罰的な意味合いを込めた命名なのだ。名付けたのは皮肉屋の
それでも満場一致で可決されたのだから、一年一組も大したタマだ。以前謎のあだ名でイジメてくれたからな。仕返しだとでも思っていてくれ。
「さて、用意はいいのかな?」
どうやら総長は陣形を作る時間を俺たちに与える様子だ。どこまでもナメてくれる。
あちらもそれっぽく移動はしているが、ほとんど横一列。陣形もなにもあったものじゃない。
人数ならこちらがすでに倍以上を確保できているし、階位の差は術師の牽制で埋められるのは、向こうも承知できている。一気に来る気なんだろうな。
「ではやろうか」
まるで模擬戦であるかのように総長が宣言をする。いよいよラストバトルってか。
「
「ぐあっ!?」
直後、最前線で構えていた【重騎士】の佩丘が俺の目の前まで転がってきた。
こんな場面で油断をするような佩丘ではない。使える技能は全部回していたはずだ。ましてや佩丘は【剛力】を持つ、クラス一番の力持ちだというのに。
前線から四列目となる俺のところまでは十メートル弱。こんなところまで弾き飛ばされたというのか。
「どうした? 儂は貴様らをアレのようにすると宣言したぞ?」
佩丘が元居た場所に立つ近衛騎士総長は、これ見よがしに肩に鞘付きの剣を担ぎ、顎で先生がブチのめしたまま横たわる騎士を指し示してみせた。バイザーこそ上げているものの、フルフェイスのクセに器用なコトをする。
ラスボスムーブも大概にしろよ、総長め。
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