第211話 追い込みレベリング




「えっと、野来のきには悪いんだけどね」


「ううん。いいよ、気にしないで」


 今さっき一年一組で一番に九階位を達成した【嵐剣士】のはるさんは、嬉しそうにしながらも、【風騎士】の野来に声を掛けた。言われた当の本人は少し首を傾げてから、意味を察して快諾する。このあたりサバサバした感じが最近の野来らしい。

 そんな会話を聞いた皆は、春さんがなにをしようとしているのかに気付いてしまった。ついにヤルのか。


「じゃあ取るよ。【風術】ね」


【嵐剣士】の春さんは【風術】を取り、正真正銘、剣士から一歩を逸脱した。


「春ちゃんに先を越されたわね」


「やっぱり悔しいデス」


 九階位競走の先頭を走っていた【豪剣士】の中宮なかみやさんは、口ほど悔しそうでもなく、【疾弓士】のミアは本当に口をへの字にしている。胸の内は同じような気もするが、心に秘める中宮さんと隠さないミアの性格の差というところだろう。



 春さんが真っ先に九階位になってしまったのには、それなりに理由がある。

 べつに深くはない。単純にアタッカーの中で一番速く、動き回る範囲も大きいのだが、手加減が苦手だったから。似たようなタイプではミアがそうなるが、彼女は今回の迷宮では弓を封じているので、単純な速さで春さんに一歩を譲ってしまった形になる。ミアは本来遠距離アタッカーなのに、普通に前衛で戦えていることがおかしいのだが、助かっているから大歓迎ではある。俺はミアを高く評価しているぞ。

 同じく動けるタイプの滝沢たきざわ先生はクラスで一番手加減のできる人で、せっせとほかのメンバーに獲物を譲っていた。木刀少女の中宮さんは動き回るというより勢力圏の中で圧倒するスタイルなので、今回はあえて派手に動かないように立ち回っていたようだ。


 結果として春さんが一番乗りではあるが、九階位を目の前にしているのは、先生、ミア、中宮さんだけではなく、【忍術士】の草間くさまもそうだし、ピッチャーにして盾役の海藤かいとうも先頭グループにいるだろう。

 騎士組もいいように殴りまくっているので、だれがいつ階位を上げてもおかしくないし、術師としては我らがサメ使いの綿原わたはらさんや、アネゴの笹見ささみさんも九階位を射程内に入れているはずだ。


 ならばいまだに七階位のメンバー、【聖導師】の上杉うえすぎさん、【氷術師】の深山みやまさん、【冷術師】のベスティさん、そして【観察者】の俺などは、すぐにでも階位が上がる状況にはなっている。ただ、三層では物理的に倒せない魔獣が多いので、敵を選ぶ必要があるのが難点なくらいか。



 今日の戦闘については、昨夜綿原さんから提示された新陣形を試している。名付けて『綿原陣』。

 たしかに指揮官の俺と両脇に副官として構える奉谷ほうたにさんと白石しらいしさん、その前方、まさにクラスのど真ん中に綿原さんが陣取っているわけで、名前のとおりといえばいえなくもないのだが。


 今回の迷宮では大きな配置転換をしないというのはなんだったのか。

 しかも新しい陣形の方が現状で明らかに機能してしまっている。白石さんと奉谷さんがダブル魔力タンクとして動けているのが強い。もちろん新ヒーラーとしての奉谷さんも後衛の治療で大活躍だ。『綿原陣』というより『奉谷陣』って表現したほうが適切なのでは。もちろん綿原さんにそんなコトを言わないくらいの分別は、俺にもある。


 地上に戻ってこのことをアヴェステラさんに伝えたら、あの人はどんな顔をするだろう。『帰還章』の行方やいかに。南無三だ。



 迷宮三日目の今日は、朝一番で『魔力部屋』の魔力を減らそうと試みたが、やはり誤差レベルでしか効果を確認できなかった。

 魔力を減らして安全地帯を作ろうというシシルノさんの発案は失敗に終わったわけだが、本人はいささかも気にしていない。失敗を実験結果と捉えることができるシシルノさんは、やはり俺たち側の人間だろう。そういえばこの世界には『転生者』がいるという話もあるし、もしかしたらもしかするかもしれないな。記憶が封印されているだけで前世地球人だった、とか。


 ネタはさておき、物は考えようというべきか、俺たちが寄ってたかって技能を使いまくっても迷宮の魔力増加現象を抑制することができなかったという事実は、ある意味福音として捉えることもできる。ポジティブシンキングは大事なのだ。

 要はだ、オタリーダーの古韮ふるにらの言ったとおりで、『魔力部屋』を修行の場と考えてしまえばいい。魔力の多い部屋こそ魔力回復が速くなるのだから活用しない理由が無いし、居座ってさえいればその場に魔獣が湧くこともない。ほかの場所から誘引される魔獣にさえ警戒していれば、効率がいい技能の熟練上げが期待できる。


 もう迷宮に住んだ方が話が早くないか?



 ◇◇◇



「これ、風が吹くだけだね」


 俺がアホなことを考えているのを他所に、取得した【風術】を使ってみた春さんだが、どうやら思ったような効果は得られなかったようだ。

 できたこととはいえば、体の周りにちょっとした風が舞ったかな、程度だった。


「簡単にガラリエさんみたいにはなれないよ」


【風騎士】としてガラリエさんの弟子入りが内定している野来がさもありなんと話すが、春さんはどうやら納得がいっていないご様子で口元を捻じ曲げてる。


「最初は追い風です。それだけを意識してみてください」


 そんな春さんに真っ当なアドバイスをしてくれるガラリエさんは、とてもできた人だと思う。


「わかりました。やってみます!」


「ただし実戦でいきなりは厳しいでしょう。最初は関係のないところに吹かせてください。戦いに影響しない程度で【風術】を使うんです。動きに取り入れるのは地上で訓練を積んでからでも遅くありません」


「はい!」


 体育会系なやり取りでガラリエさんは春さんを納得せしめた。

 乗っかる春さんも陸上コーチに見守られる選手のような面持ちでガラリエさんを見つめている。野来に続いて春さんまでも手中に納めてしまったガラリエさんは、実にやり手だ。



 さて、現時点で春さんには【魔力伝導】【魔力回復】【魔術強化】が出現しているので、術師としての最低限は成立していることがわかっている。覚醒をして【風術】が候補になってからゾロゾロと現れたらしいので、術師セットみたいなモノなのかと俺たちは捉えることにした。もちろん人によって抜けや思いがけない技能が出ていることもあるので、絶対的な組み合わせというわけではないが、いかにもスタンダードなイメージがあるという程度だな。


【嵐剣士】の春さんは前衛職で内魔力に余裕がないから、ホイホイと気軽に魔術系技能とはいかないが、階位を上げて熟練を重ねていけばおのずとスタイルは完成してくだろう。


「いいよ、遠慮なく暴れてくれて構わない」


 だから、俺が春さんに出したオーダーはそれだった。



 昨日の午前中を使って小規模な群れの掃討と未探索区画の調査をした行程と違い、今日は復路ということで大規模な魔獣の群れの外周を削るようなルートをたどっている。

 イトル隊は少しお疲れの様子だが、迷宮三日目の今日は俺たちにとって騎士団創設前の総仕上げだ。やれるだけのことをやってしまいたい。


 最低でも達成しておきたい条件は俺を含めた深山みやまさんと上杉うえすぎさん、それとベスティさんの八階位。じゃないとベスティさんが拗ねる。それ以外の各人の階位上げはフリーだ。


「どうせ倒せないから、うしろに流すのは柔らかいのだけでいい。大物は全部前衛で食ってくれ!」


「おうよ!」


「九階位なんて通過点だぞ。目指すは十階位!」


「おう!」


 大雑把な俺の指示に乗っかるクラスメイトたちは、うしろに気を使いつつもギラギラとした目で魔獣に対峙している。そんなに九階位になりたいのか。本当にうしろに獲物を回してくれるのか、不安になるくらいの気合の入りようだ。

 俺だって階位を上げたいのだけど、彼らを見ていると、どちらかといえば応援に力が入ってしまう。とくに正面で二匹のサメを暴れさせている女の子を。


 近くで見てくれているキャルシヤさんの表情が微妙なことになっているが、今はそれどころではない。やってやるさ。



 ◇◇◇



「あ、八階位です」


「やったね!」


「ありがとうございます」


 ついにというか、やっとこさというか、【聖導師】の上杉さんが八階位を達成した。

 我がことのように喜ぶ奉谷さんの笑顔が眩しい。


 三層三日目の道のりも後半を迎え、二層への階段も近づいている。地上はすでに夕方とまではいかなくても、その手前といったところだろう。二泊三日の迷宮泊も終わりが見えてきてしまった。


 ウチのクラスでは藍城あいしろ委員長と医者の息子の田村たむらが腕時計を持っているので、時間管理についてアウローニヤ製の火時計はオマケ程度でしか扱っていない。紐を燃やすタイプの時計なので、二十四時間単位となると継ぎ火は必要になるわ、時間がズレるわで、迷宮泊では実用性に問題が出てしまうのだ。


 委員長と田村のソーラー腕時計は、本来電波で時間が調整されるはずのモノだが、離宮に置かれた水時計や鐘の音とズレたためしがない。このあたりがあまりに白々しくて笑ってしまうな。地球の一日は二十四時間より微妙に長いはずなのに、なぜ同期できているのかは意味不明だ。



「では予定通りに【魔力回復】を取りますね」


 上杉さんが候補に出している【聖導術】はまだアクティベートできていない。

 階位縛りなのか、それとも【聖術】の熟練カンストが必要なのかはわからないが、なにせ【聖導術】は神話レベルの技能とされている。千切れた手足をくっつけたとか、潰れた目を見えるようにしただとか、酷いのになると止まった心臓を動かしたとか、パーフェクトヒールなのかリザレクションなのか。


 取ったら完全体聖女になってしまいそうで、取得可能になってもどうするかはその時点での状況次第ということで決着がついている。主に俺たちの立場的に、だな。


 クラスのブームに乗るかたちで【魔力回復】を取った上杉さんだが、実は彼女は魔術系技能の候補が結構出ていたりもする。ただし【多術化】【遠隔化】【魔術拡大】なんていう補助系だが。

 そうなるとゲーム的発想をする連中は当然のことを考えた。同時ヒール、遠距離ヒール、そしてエリアヒールだ。この世界の【聖術】は『触った上で相手の同意を得て』から発動する技能なので、もしも遠隔ヒールなんでものが成立したら、これまた大騒ぎになるだろう。


 ついでにそもそもそんなことができるのか、というのが問題になった。

 この世界で取得した技能に、ここまで『ハズレ』が無かったのは事実だ。だが、この先もそうであるかは不明だし、ただでさえ魔力を維持していてほしい一年一組最高のヒーラーにギャンブルをしてもらうわけにはいかない。


 奉谷さんが自らで実証してくれたお陰で効果が確認された【魔力回復】。

 まさか明日明後日で迷宮の魔力がいきなり減るとも考えにくいし、今のうちに鍛えてしまえというのが一年一組の総意である。上杉さんとしても異論なしということで収まった。



「よーっしよし、これであと二人だな」


 上杉さんの八階位達成に嬉しそうな古韮が、俺の方を見てニヤリと笑う。


 ここまでの道中で【騒術師】の白石さんと、【聖導師】の上杉さんがレベルアップしたので、残る七階位は二人。【氷術師】の深山みやまさんと【観察者】の俺ということになる。



 その経過として、春さんに続き九階位になってしまったのが、実に四人。

 達成順に【豪剣士】の中宮さん、【豪拳士】の先生、【疾弓士】のミア、そして【重騎士】の佩丘はきおかだ。ズルいぞ。


 それぞれ新しく取得した技能は、まず中宮さんが【反応向上】。【魔力伝導】の効果を確認するために一手遅れになったが、彼女にマッチするのは間違いないだろう。というか、そろそろガラリエさんに勝てるんじゃないだろうか、中宮さん。一階位差なんて覆せるだけの技能と技を持っているだろうし。


 先生は無難に【視覚強化】を取った。実験体になりたがる気質があるから【聴覚強化】とか言い出すかとヒヤヒヤしていたのだが、今回は安定を取ったようだ。

 ミアもまた【視覚強化】だった。これで彼女は現状クラスで唯一の【遠視】と【視覚強化】持ちということになる。


『目が良いのはアーチャーのたしなみデス』


 だそうな。



 そして【重騎士】の佩丘は【剛力】を取得した。そう、【強騎士】のヒルロッドさんが持っている筋力強化に効果がある技能だ。【重騎士】は風を操る【風騎士】のような複合職ではなく、純粋に強い騎士職になる。今の段階で佩丘は、単純なパワーだけならクラスで一番の存在だろう。うしろから似たタイプで【岩騎士】の馬那まなが迫っているわけだが。


「ねえ、もう一泊してかない?」


「自分の部屋に戻ってから試せばいいすよ」


「えー?」


 あとまあ、ベスティさんもついさっき八階位になっていた。取った技能はもちろん【睡眠】で、今はなんか野球小僧の海藤かいとうに絡んでいる。【睡眠】は迷宮だけでなく実生活でも役に立つので、今晩はよく眠れることをお祈りしておこう。


 ひとりだけ【睡眠】の仲間外れになってしまっているガラリエさんがちょっと寂しそうだが、こればかりはいかんともしがたいので、見て見ないふり。



「やっぱり残っちゃった」


「だよな。いっつも最後の方だ」


 残された七階位仲間の深山さんとボソっと声を掛け合うが、こういう境遇に慣れてきたのかお互いにあまり気にはしていない。

 むしろ俺としてはサメの監視が気になるくらいだ。


 騎士団発足前の最後になる迷宮は間もなく切り上げになる。俺と深山さんのレベリングは果たして間に合うのだろうか。こればっかりは迷宮の思し召しだ。


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