第210話 翻弄される:キャルシヤ・ケイ・イトル第四近衛騎士団長




「うーん、わかんないかな」


「これは……、誤差程度だね」


 部屋を見渡しながらクサマとシシィが言うのを聞けば、結果が思わしくないことは伝わってきた。


「魔獣を生み出すだけの魔力と、僕たちの使う量。差があって当然ですよ」


「そういうものかな」


「ええ、物質を生み出すわけではないでしょうけど、生物っぽく構成、行動させるための魔力の量なんて、僕らの力が強くなるのと比較にすらならないと思います」


 アイシロがなにやら難しいことを言っているが、シシィにしても会話が通じているのが信じがたい。わたしにはちょっとわからない内容なのだが。


 そう、【斬騎士】という神授職を授かり、代々近衛騎士団長を拝命している子爵家当主たる、つまりアウローニヤでも最高峰の教育を受けたはずのわたしに理解できない議論を彼らは交わしていた。

 自らが提唱した可能性が否定されたようだというのに、シシィの顔は学院でアヴィと三人でバカを言っていた頃のように輝いている。いや、それ以上か。



 魔力も迷宮も知らなかったと言い張る異邦人たる勇者たちは、ふた月もしないうちにあのシシィと意見をぶつけ合うだけの知見を得たということになる。わたしの伝手で手に入れた勇者の情報自体が虚偽だったのだろうか。だがアレはアヴィとシシィ、さらには近衛経由の複数から入手したものだ。幾重にも確認をしたではないか。


 しかし彼らを見ていると、どこか遠方の他国、それこそ伝承にある東方の遠国からやってきた『黒目黒髪』の者たちに教育を施していた、などという妄想の方がむしろ説得力を持つ。

 王城で根強く主張されている『創られた勇者』説というヤツだな。彼らが現れたとされる場にいることができなかった身の上が悔やまれる。


「ここで粘っても仕方ないですね。帰り道で階位上げをしますから、よろしくお願いします」


「しまーす!」


【観察者】が場を仕切れば、勇者たちは揃ってわたしに頭を下げた。

 見ているだけなら可愛げのある若者たちだが、その実態を知ってしまえば心に残るのはうすら寒さだ。


 仮称『魔力部屋』で一晩を過ごした我々だが、シシィの提唱した『部屋の魔力を減らす』という試みは不調に終わった。そもそもの発想が理解しがたいのは置くとして、このような危険な場所で過ごす時間は酷く長く感じられ、ろくに寝ることもできないままで三日目の朝ともなれば万全の体調とは言い難い。


「うーん、残念」


「でもさ、熟練上げには最高だったかも」


「戦闘がないとなあ」


「この部屋ってもしかして、時間の流れがゆっくりだったりして」


「部屋から出たらまだ一時間しか経っていませんでしたー」


 意味不明なコトを言っている勇者たちの表情に影はない。

 シシィの提案だからとはいえ、自分たちの試みが不振に終わったというのに、それに対する引きずりを一切感じないのだ。


 そもそも疲労はどうなっている。【睡眠】というのはそこまで影響するものだろうか。

 体力だけではない。迷宮内に長時間留まることで『吸われるのではないか』という不安は常に付きまとう。それなのに勇者たちから出てくるのは心からの軽口だ。



「シシルノさん、もっと大人数で時間をかければ」


「アイシロくんの考えはわかるよ。だが、現実的ではないね」


「……そうですよね」


「魔力が潤沢で、技能を多数持つ君たちが時間をかけてもコレだ。当面は真摯に群れに立ち向かうのが真っ当だろうね」


「それでもいつかはって、思ってませんか?」


「それはもちろんだよ。付き合ってくれるのかな?」


「状況と条件次第ですね」


 アイシロとシシィの会話は理性的で一部物騒だな。


 考えてみれば彼らはずっとこうだ。

 わたしたちが戦闘で試行錯誤するのは常ではあるが、彼らは一段高い位置から物事を見て、考察して、そして予測が目論見通りにいかなくとも、なぜそうなったのかを話し合う。その上でつぎに為すべきことを実行に移しているのだ。自分たちの立場すら配慮しながら。


 わたしは知っていたはずではないか。

 あの日、迷宮の異常についての調査会議の場で、学者のように振る舞った『地図師』を。

 その後の質疑応答で迷宮内での戦術にまで踏み込んだ『指揮官』を。


 あの時点で勇者たちの異常性はすでに証明されていたはずなのに、それでもわたしはどこか甘く見ていたのだろう。たぶん王国の多くの者たちも。

 むしろ地上にいるお偉い方々より、迷宮で彼らと触れあい、救われた兵たちの方が余程『勇者』を知っているかもしれない。信じてしまっている者すらいるだろう。そしてわたしも──。


 目の前にいるこの者たちは『本物』なのかもしれないと、そう思い始めている。



 ◇◇◇



草間くさま


「羊が五で……、鹿が二、かな」


「ちょうどいいな。鹿は前衛で食ってくれ。羊は弱体化させてから後衛で。それと、わかってますって、ベスティさん」


「たぶんベスティさんなら、あと一体か二体です。がんばってください」


 斥候役のクサマの情報に基づき『指揮官ヤヅ』がテキパキと指示を出し、シライシが助言を加えて、皆がそれに従い動き出す。

 神授職や技能がバラけているので近衛騎士のような整然とした動きとは程遠い。だが、彼らの行動にはシッカリと意思が込められているのが、この三日でわかるようになった。


 常識として迷宮での戦闘に向かない神授職を持つ者までをも活用するような、そんな集団。

 そしてそれが、とくに長時間に渡る戦闘に適合しているという事実に驚かされる。【聖術】使いが多いのだから当たり前と捉えるべきではないだろう。アイシロやウエスギ、タムラ、ホウタニ各人が魔力を管理し、時には自発的にもしくはヤヅの指示に基づき、常に戦える態勢を維持できているからこそ可能な行動だ。



「あ、八階位」


「やったね、あおいちゃん」


【騒術師】などという迷宮では『役立たず』とされていたシライシを八階位にしてしまう集団。【風騎士】という上位騎士職でありながら、それに文句も言わずにともに喜んでいるノキ。

 青臭い若者たちのお遊びにも思えてしまうが、彼らは実績を残し続けている。


 三層の魔獣を倒し階位を上げるという行為は、一層でのソレとは根本からして違う。

 わたしも経験をしたが、複数人数で寄ってたかって魔獣を抑え込み、そこから対象者が恐る恐るトドメを刺すのが常だ。それくらい一層と三層での階位上げの様相は異なる。

 だが、彼らは違う。近衛騎士のわたしが言えば勇者たちは謙遜するかもしれないが、正々堂々と自らの力をもってコトを為しているではないか。


 勇者たちなりのやり方で。


 たとえば前衛たちの盾の扱いが違っている。

 我々近衛騎士が力で弾き、ねじ伏せるとするならば、彼らの盾はむしろ一歩を引くようにして、奇妙な表現をすれば柔らかく受け止めるといった印象を受ける。

 そこから振り下ろす戦鎚こそ稚拙な技にしか見えないが、あの盾捌きをはたしてわたしはやれと言われてできるのだろうか。なるほど、彼らがうしろの術師たちのために、魔獣を倒しきらない程度に止める術を持っているのがよくわかる。


『八階位』が三層で手加減をしている。

 それがどれだけ馬鹿げたことか。あんなものは第六、『灰羽』がやるべき行いであるし、教導騎士たる彼らですら階位に任せて力で抑え込んでしまうだろう。

 そんな常識外を勇者たちは、怪我を負いながらもやってのけている。


 それを為さしめているのが何者か。

『指揮官ヤヅ』。またの名を『地図師』。本人は単独で魔獣を倒しきる戦闘力を持っていないにもかかわらず、この一団を自在に動かしてしまう者。


 彼に率いられた集団は階位を超える、異常な戦力を実現してしまっている。


 アレではまるで二十二個の人間がひとつになって、一塊の勇者とも呼べるナニカだ。

 そこに新騎士団に加わるとされているガラリエ・フェンタをはじめとする、アーケラ・ディレフ、ベスティ・エクラー、ましてやシシィまでもが融合しているように見えるのはなぜだ。

 シシィたちは、自分が何をしているのかわかってやっているのか?


 彼らと一緒に行動するということが、アレに取り込まれるのを意味するとしたら。直近まで彼らの教導を担当していたヒルロッド・ミームスはどう感じていたのだろうと想像してしまう。

 あの集団と共に戦い、行動する自分を幻視したわたしは、怖気おぞけと同時に、あろうことか歓喜を憶えてしまったのだ。それが心底恐ろしい。



『三月ほど放っておけば自ずと能力も見えてくるやもしれん。その時になってから考えればいい』


 そんな馬鹿なコトを言っていたのはどこのどいつだ。彼らはとうにその遥か先を歩んでいると、気付きもしていないのか。


「じゃあ取るね。【魔力回復】と【魔力譲渡】」


「最初は控えめにね、碧ちゃん」


「うん。【魔力浸透】がほしいなあ」


「贅沢言っちゃって」


「えへへ」


 今また【魔力回復】と【魔力譲渡】などという、本来の運用常識ではあり得ない技能を取得する者が現れた。

 若者らしい甘い空気を出しているシライシとノキを見る勇者たちの目は、年相応に生温い。そのあたりはどんな世界でも一緒なのかもしれないな。


 彼らを見ていると、自分の持つ常識がどこか傾いてしまう。


「心も弱るというものだ」


 ろくに眠ることもできないままで迷宮に三日も滞在し、見せられるのは勇者の異常性、健全な心根、これで弱気になるなという方にムリがある。


 そしてさらには──。



 ◇◇◇



 我がイトル子爵家は三代に渡り第二近衛騎士団『白水』の騎士団長を務めあげてきた名門だ。


 一見安泰であったイトル家だが、わが父、先代当主が少々政治力に欠けていて、あまつさえ数年前に病没してしまったのがマズかった。

 次期当主としてわたしが内定していたのでお家騒動にこそならなかったものの、当時のわたしは長子を産み終え『白水』の副団長に復帰したばかり。一年半もの期間を騎士団から離脱していた隙を、あの近衛騎士総長に突かれた。


 もとより父と総長は折り合いが悪い上に、あろうことか宰相への根回しが足りていなかったことを、わたしはコトが終わってから知ることになる。頑固一徹といえば聞こえは良いが、融通が利かないとも言い換えられるだろう。文官たちを階位が足りていないなどと見下していた父は、方々から煙たがられていたようだ。


 近衛騎士団長の人事権は王室にあるとはいえ、総長の推挙があって初めて成立する。

 後にアヴィに聞いたところによれば、どうやら宰相が総長に花を持たせるために今回の人事に加担したということだった。


 父に代わる新たな『白水』の団長は総長の肝いりだ。目障りなイトル家をそのままにしておくわけがあるはずもない。『白水』副団長という地位は、命令権を敵に握られているような状況でしかなかった。

 父の死に揺らぐ家、幼い娘の行く末、それらを少しでも安定させるためにもわたしは第四近衛騎士団『蒼雷』団長の任を受けることになる。そこには近衛騎士総長の悪意と、宰相や王室からの探りがあったのだろう。

 騎士団長位はそこで『打ち止め』を意味する。そして任期中の移動なども前例はない。今後イトル家は『蒼雷』団長を引き継いでいくことになるだろう。



 だが一年も経たぬうちに、乾いたわたしの心は満たされつつあった。ほかならぬ魔獣の血によって。


 第四と第五近衛騎士団は迷宮に入る。将来騎士団長になるのだからと、ただ漫然と十三に『仕立てた』階位が意味を持つようになった。

 最初は憂さ晴らしのように魔獣を狩っていたと記憶している。自分の上の世代の都合で家を背負わされ、降格子爵などと揶揄された鬱憤を晴らすための行動でしかなかった。通常、近衛騎士団長が迷宮に入ることなどない。『黄石』のバークマット団長ですらも、半年に一度がせいぜいだろう。


 興味本位で五層に挑み、階位を十四にすることもできた。酷い目に遭い這う這うの体で帰還をして、これもまた揶揄の対象にはなったのだが、十三という巨大な境界を乗り越えた事実に妙な達成感を憶えたものだ。


 その頃になればわたしもある意味で父と似ていることに気付いていた。

 アヴィやシシィと同期であったことで文官への卑下こそ持たないものの、自分自身が迷宮で戦うことで生を実感するような類の人間だと自覚したのだ。

 政治などクソ食らえ、地上で貴族言葉を並べているだけの連中に食と文化をもたらしているのは誰か。


 わたしもどうやら父同様に浅い人間だったようだ。



 だからこそ昨今の迷宮における魔力増加は、わたしにとってありがたい出来事ともいえた。

 行政府の要請に従い魔獣を狩れば、たとえ上からは猟師と蔑まされようとも心は晴れる。


 そんなころに、わたしは彼らに出会った。

 ワタハラ、タキザワ、ナカミヤ、そしてヤヅ。


 もちろん勇者が現れたということは聞き及んでいたし、ある程度の情報も得ていた。幸いにして太い伝手であるアヴィとシシィが勇者担当となり、詳細はムリであっても政治力を持たないわたしが恥をかかない程度にネタをもたらしてくれる。それこそ物語のような逸話でさえ。

 話半分程度に考えていたわたしが間抜けだったのかもしれない。


 調査会議と銘打たれた場面でわたしが見せられたものは、自分の常識とは異なる『知と武』だった。



 俄然勇者に興味を持ったわたしはアヴィとシシィに縋り、勇者の詳細を知ろうとしたのだが、成果は思いがけない形で得られることになる。

 三層での出会いと共闘。その後、宙に浮いた勇者の仮所属を『第一王子』から打診された。


 どれだけ政治に疎くともわかる。この場合の正解はひとつだ。


『むしろわたしから申し入れようと思っていたくらいだ。殿下にはよろしく伝えてほしい、アヴィ』


『ええ、感謝します。キャルシヤ』


 厄介なことになったと思いつつも、わたしから希望したという体裁を作り、アヴィに任せるしかない。

 あとは勇者たちの前では笑いつつも、直接の対峙で得られるモノに期待しよう。個人的に興味があるのは間違いのない事実でもあるのだから。



 迷宮における勇者たちの奇行はわたしの想像を超えていた。この三日足らずで、思い知らされたとしかいいようがない。

 逆に考えれば、今の段階でコレを実感できたことを喜ぶべきなのだろう。そうなのだが──。


「ふぅ」


 羊を相手に派手な戦いを演じている勇者たちを見ているとため息がこぼれてしまう。


 あの日、勇者を預かるにあたってアヴィが、『宰相派閥』であるはずのアヴェステラ・フォウ・ラルドール子爵が揃えてくれた資料の中に『リーサリット第三王女殿下』からの直接面会を求める密書が混じってさえいなければ。

 期日は明日の晩。よりにもよって勇者による騎士団発足式典前夜だ。



「あ、階位が上がったよ!」


「ズルいデス!」


「わたしも負けないわよ」


「ミアもりんもすぐでしょ。もちろん先生だって」


 どうやらサカキの姉の方、ハルカが九階位になったようだ。彼らの中で最初の九階位か。

 だがな、普通なら七階位が三日もしないうちに九階位になるなど、あり得ないことなのだ。あそこにいる常識から逸脱した勇者たちは、そのあたりのことをわかっているのだろうか。


 それとだ、君たちに非が無いことは知っているが、よくもわたしを政争に巻き込んでくれたな。

 いや、言えた義理ではないか。むしろ彼らこそが被害者なのだろうから。


 ああ、世界が迷宮だけでできていたら、どれだけ良かっただろう。


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