第209話 みんなで技能をブン回せ
「聞いてから決めます」
「当然だね」
いちおう戦闘外ということなのか、
対峙するシシルノさんの笑顔が黒い。鮫女バーサスマッドの構図だな。直接戦闘なら綿原さんが圧勝するだろうが、今回のお題は口だから。
「豊富な魔力を持つ勇者たちにだからこそできるお願いだ」
お願いときたか。なにをやらされるのだろう。どうせ俺たちにもメリットが用意されているだろうし、たぶん断れなさそうな気がする。
「まずはナツキくん、いまも石を浮かべているが【魔力回復】の効果はどうだい?」
「えっと、いい感じ? です」
迷宮内では魔力が溢れているから魔力の回復速度はもともと高い。そこに被せての【魔力回復】だ。
だからといって
「ふふっ」
そんな夏樹の言葉を聞いたシシルノさんが思わずといったように笑い、そして言葉を続ける。
「いまさらだが、魔力の回復は地上にいるより迷宮でのほうが速い。自明だね」
魔力の存在していない、もしくは検出されていない地球から来た俺たちからすれば、自明といわれてもそうですかとしか言い返せない。言い方を変えればそういう仕様なんですね、としか。
「そして昨今の迷宮における魔力の増加現象だ。さて、この場合、魔力の回復という視点ではどうなのだろう」
本当にいまさらなコトを確認するようにシシルノさんが語る。ついでに視線は助手として欲しがっている
最近のシシルノさんは魔力観測助手として【魔力察知】ができる
「わ、わたしは増えてからの迷宮しか知りませんから。だけど、そうなんですね」
「そのとおりだよ」
だったら確認しなくてもと思うのだが、こういうやり取りをシシルノさんは好んでする人だ。
一年一組はもちろん、キャルシヤさんたちイトル隊の人にも重ねて説明をするかのように。
「微量ではあるが、魔力の回復速度は上がっていると私は感じている。さて、それはどうしてだろう」
「それはその、魔力がたくさんあるから、ですよね?」
「そうとしか考えようがないだろうね」
シシルノさんと白石さんのやり取りは、本当にいまさらな確認でしかない。
だが相手はシシルノさんだ。ここからが本命なのだと見た。いったいなにを言い出すのか、期待しているヤツもいれば、腰が引けかけているのもいる。俺もどちらかといえば後者だが、それでも興味はあるから始末が悪い。
「ならばこの部屋はどうだろう。ホウタニくんが一番わかりやすいのじゃないかな」
「んーと、あっ」
指名されたちびっ子
──ああ、そういうことか。
「はい、夏樹くん。魔力をあげるね」
「え? あ、うん」
シシルノさんの語りを聞きながらも律儀に石を浮かせていた夏樹に対し、奉谷さんは【魔力譲渡】を使った。
「どうだい? ホウタニくん」
「うーん、【魔力回復】がお仕事してるのかな。熟練とかもあるし、この部屋だからかはわからないかも、です」
「そうだろうね。うん、ホウタニくんはわかっているじゃないか」
「でもやっぱり、いつもよりは速いかなって」
夏樹に【魔力譲渡】をしたあたりで気付いた連中も多かっただろう。
そしてこのやり取りで、シシルノさんの狙いが見えてきた。お日様みたいに笑いながら言い切る奉谷さんは【魔力譲渡】と【魔力回復】を持っているが故に、魔力の消費と回復の繰り返しについてはクラスで一番の経験値持ちだ。
そんな彼女が言った。いつもより速いと。
非常に感覚的な言い方で、知らない人が聞けば信用してもらえない内容かもしれない。だが一年一組は違う。奉谷さんはこんなシチュエーションで適当にポジティブなコトを言うような人ではないのだから。
「熟練上げに使えるってことで、いいですか?」
「そう、ヤヅくんの言うとおりだよ」
あまり長々と続けても、夜も遅いし明日の予定だってある。
時間がもったいなく感じた俺は結論を急ぎたくなっていたのだろう、言われるのを待たずに【観察】【視覚強化】【視野拡大】【平静】【集中力向上】【一点集中】【反応向上】を一度にブン回してみた。お陰で魔力がぎゅんぎゅんと減っていくぞ。
横にいた綿原さんも同じような考えに至ったのか、立ち上がって謎の演武を始めた。その周りでは【砂鮫】がいつも以上に暴れ回っている。【身体強化】と【身体操作】まで使っているな。
「ははっ、まるで修行部屋だな」
同じく立ち上がって盾とメイスを振り回し始めた【霧騎士】の
気付けばクラスの全員が、なにかしらの行動に出ていた。みんながみんな、できる限りで技能を使っているに違いない。
そんな光景をシシルノさんたちは楽しそうに、逆にイトル隊の人たちは不思議なモノを見る目で様子を伺っている。このあたりが付き合いの深さと、俺たちへの理解度の差なんだろうな。
「半分を目安で、……できれば六割は残しておいてくれ。それと交代で就寝するときは七割残しで」
「べつにもっとでもいいんじゃねえか?」
俺の注意喚起になぜか腕立て伏せをやっている小太りお坊ちゃんの
「ほら、ボクが魔力をあげるからがんばってね」
「おう。ほれ、奉谷がちゃんとしてくれてるじゃねえか」
田村の背中にぺたんと手を当て奉谷さんが魔力を渡す。彼女が使う【魔力浸透】に加えて『クラスチート』を持っているクラスメイト同士なら、ロスは限りなく小さいだろう。
「奉谷さん、自分の魔力管理は……、いや俺の言うことじゃないか」
「わかってる!」
クラスで一番長い期間魔力タンクをやってきた奉谷さんだ。そのあたりの自己管理は、俺に口出しできる領分を超えている。
「【魔力譲渡】と【魔力回復】、それとできれば【魔力浸透】あたり、取れるヤツは取っておいた方がいいかもな」
こういうシステム周りに機微のある古韮が、メイスを振り回しながら提言してきた。
そりゃ、あった方がいいに決まっているが。
ああそうか、迷宮の魔力が多いうちにクラス内で魔力を融通できる体制を作っておこうという意味か。
「優先するなら【魔力回復】か。俺は出てないけど」
「俺もだよ」
後衛系に生えやすい【魔力回復】だが、【観察者】の俺には出現していない。前衛系になる【霧騎士】の古韮もそうだ。
外魔力に優れる前衛系は、そのぶん内魔力が少ないことになる。技能を使うことで消費されるのは内魔力なので、魔力枯渇に陥りやすいのはむしろ前衛職だ。ダメージの状況次第ではヒーラーもだけど。
ということはだ──。
「やっぱりアレなのかな、後衛系が前衛に【魔力譲渡】するのがゲームシステムに適うって気がする。
「うーん。『クラスチート』を活かすならそれもアリか」
「それならわたしかな」
ゲームチックなノリで会話をしていた古韮と俺の間に入ってきたのは【騒術師】の白石さんだった。
「このあいだまで
ちょろちょろと走り回っている奉谷さんを見ながら説明する白石さんの言葉には説得力がある。
技能やシステムへの理解が深い白石さんなら、おのずと出てくる結論なのかもしれない。
「【魔術強化】【魔力浸透】【魔力譲渡】【魔力回復】。大変だなあ」
「今の
「
自分の取るべき技能をブツブツと呟いていた白石さんのうしろから、非公式婚約者の
オタグループ勢ぞろいだな。野来もシステムには詳しい方だし、現状もわかっている。
ぶっちゃけると、今の一年一組は内魔力に余裕がある。『勇者チート』のお陰で魔力が豊富な俺たちは、階位上昇のたびにひとつずつ技能を取得しているが、なにもふたつ取ってはダメだという縛りがあるわけではない。
俺がやらかした二層転落の時は生き残るためとはいえ無茶をして複数の技能を取り、とくに【聖導師】の
それ以来、イザという時のために俺たちは魔力に余裕を持たせながら階位を上げているのが現状だ。だから野来の言うように、このあたりでふたつ同時に技能を取得しても、後衛系のメンバーならば大きな負担にはならないだろう。【魔力回復】と【魔力譲渡】ならば魔力の回復も見込める魔力タンクとして、十分に役目を果たせる。
「わたし、攻撃力がないからね。ちょうどいい機会なのかも。うん、魔力タンク」
たしかに音使いの白石さんは現状で魔獣を驚かせるくらいのコトしかできていない。俺からすれば、いつかは『ソニックブーム』などと期待もしているのだが、それは先の話だ。
野来に背中を押されたのもあるのだろう、彼女にしては珍しくハッキリとした言葉で、白石さんは魔力タンクになると言い出した。
最後方に並んで陣取る奉谷さんと俺のすぐ前で、どっしり構えて全方位の魔獣を驚かせるのが白石さんのスタイルだ。ヒーラーになった奉谷さんが今より動かざるを得ない以上、やっぱり白石さんを頼りたい。
「じゃあさ、八階位になったら【魔力回復】と【魔力譲渡】でいいじゃないかな。キリもいいし」
「うんっ」
「でさ、碧ちゃんと奉谷さんが一緒に八津くんの手伝いをするっていうのもアリだと思うんだよ」
「そうだね」
野来と白石さんが勝手に二人の世界を作り上げてしまった。
それを見守る俺と古韮の立場とは。
ああ、ちょっと前にも考えたけど、野来の言うとおりで奉谷さんと白石さんのダブル副官なんていうのもアリかもしれないな。
「ねえ、そこの四人さん」
「
各自が勝手なことを考えていたところで、こんどはサメを従えた綿原さんが登場した。接近に気付いていなかった白石さんがビクッと反応してしまう。俺はこういうエントリーに慣れているから平気だぞ。
「あまり配置換えをされると、ちょっと困るのよ」
「え?」
べつに圧を発しているわけではないが、綿原さんのお言葉の重みに野来が一歩後ずさる。
大丈夫だぞ、綿原さんはたぶんネタで言っているだけだから。ホンネは会話に混ざりたいといったところだ。
「ほら『帰還章』を作ってもらっているじゃない」
「そう、だな」
メイスを振り回しながら会話をしていた古韮が動きを止める。だから大丈夫だって。
「二泊三日から戻ってみれば陣形が変わってました、なんて言ったらアヴェステラさんが可哀想」
「脅かして楽しもうってのが見え見えだよ、綿原さん」
「あら、心外ね」
あまり引っ張っても意味がないだろうし、ここらからは綿原さんの相手は俺が引き受けるとしよう。
それにもう、綿原さんの口元がモチョっとした笑いになっていることだし。
「けれど碧が魔力タンクをやるというなら、わたしは賛成するわ」
「凪ちゃん……」
綿原さんにも肯定された白石さんは嬉しそうにしている。そう、綿原さんは人を応援することができる、基本は良い子なのだ。時々イタズラっぽい言動をするが、それもまた彼女の持ち味だろう。
「八津くんの両脇に碧と鳴子。いい配置ね。ええ、副官だものね」
「凪ちゃん?」
一転、なにかしら不穏な空気を感じたのか、白石さんの声にビビりが入った。
「これはけっして八津くんの周りが女子ばかりだと言いたいわけではないのよ?」
ちょっとだけ早口になっているよ、綿原さん。
「これは前々から考えていたことだけど、どうせならわたしが八津くんたちの前で護衛するっていうのはどうかしら」
その段階でさっきの『帰還章』の話と矛盾しているような気がするのだが。
たしかに一年一組の陣形は固定されるようなモノではない。
戦闘中に誰かひとりが怪我をすれば、そこを埋めるように刻々と形を変えるように心掛けているし、そのために各人が複数個所で動けるような練習も積んでいる。それを指示する俺にしても、仲間たちの能力は脳みその焼きつけているつもりだ。
だからこそ、綿原さんの言うように基本陣形を変えることも、大した手間ではない。だけどこのノリはなんだろう。
「左翼には夏樹くんを入れて、
流れるように陣形を変更していく綿原さんのセリフだが、誰もツッコミを入れることができない。
彼女をとめてくれ、古韮、野来、そして白石さん。なぜ俺の方を見ているんだ。今の綿原さんはお得意のノリノリモードだぞ。邪魔をすることなどできるわけがない。
「あっと、皆が熱心に話しているところを悪いのだがね」
追い詰められたオタグループを救ったのは、部屋に響き渡るシシルノさんの一声だった。
俺たちのところにいた五人を名指ししたわけではなく、一年一組全員がそれぞれに技能をブン回しながらダベっていたことに対してだろう。
「たしかに魔力の回復速度が上がるということは、技能の熟練を上げるという点で効果的だろうね」
俺たちの行動で話がぶった切られたからか、念押しのようにシシルノさんが語る。
あ、真っ先に行動した上に、みんなに魔力の保険をかけておけなんて言ってしまった俺が主犯だ。これはシシルノさんに申し訳ないことをしてしまったな。
「君たちの即断は見習うべきことだろうし、間違ってはいないさ」
シシルノさんもわかってくれているのか、そのセリフを発した時には俺の方を見ていた。いやほんと、ごめんなさい。
「ひとつ付け加えたかったんだよ」
俺から視線をズラし、一年一組全員だけでなくイトル隊の人たちまでをも見渡して、満を持したようにシシルノさんが溜める。
「さて、君たちの魔力が回復するとして、ドコからソレは来たのだろう」
「……シシルノさん、まさかっ」
意味深なシシルノさんの言葉に真っ先に反応したのは
こういう話題で委員長が最初になるのは珍しいケースかもしれない。何に気付いた?
回復のための魔力なんて、この部屋からに決まっているのに……、って、そういうことか!
「……技能を使い続ければ、この部屋の魔力を減らすことができるかもしれない」
「そのとおり」
黙ったままで委員長に続きを促していたシシルノさんが大きく頷いた。
なるほど、たしかにこれは面白い。
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