第208話 現場にいるのが一番マシ




「三……」


「うん。わたしも同感だね」


【忍術士】の草間くさまが呟くように自分なりの答えを言い、シシルノさんはそれを肯定する。

 俺が目安にしていた七つ目の部屋の確認が終わった。


「ヤヅくんに確認するまでもないね。危ないのはあの部屋だけだったということだ」


 口を開きかけた俺に被せるようにシシルノさんが結論を言ってのける。

 俺が最初に答えを言ったという記録を残さない配慮があったのかもしれない。最初に見解を述べたのは迷宮研究者にして、実際に【魔力視】で確認した自分であると。ズルい人だ。


「さて、シシィはこう言っているが、ヤヅはどう思う?」


 それでもキャルシヤさんは俺の見解を求めてきた。補強材料とかいうヤツでいいなら発言しようじゃないか。


「もちろんシシルノさんに同意します」


「それだけか?」


 ああもう。



「魔力が多かったのは近辺ではあの部屋だけでした」


「それで、どうする」


 仕方なく続ける俺に対して、キャルシヤさんが先を促す。たしかにシシルノさんの見解に対する、これからの行動については考えなければならないだろう。

 団長としての偉そうな態度が自然なあたり、これが本気のお仕事モードなのかもしれない。


「あの部屋に通じる界隈の魔獣は一掃できました。三部屋くらいの幅で安全地帯にはできています」


 七部屋を巡って、そのうち三部屋にいた魔獣は狩りつくした。魔力の多い部屋に移動していたのが明らかな動きだったので、やはり魔力には魔獣を誘引するなにかがあるのだろう。

 その経過で【雷術師】の藤永ふじながと【石術師】の夏樹なつきが八階位になったのだが、技能については保留している。


「一番近くにある群れがこのあたりです。近くといってもかなりの距離がありますし、もしこちらに移動してくるにしても……、二日は猶予があると思います」


 地べたに広げた地図を指さしながら、これから起こりそうなコトを説明をしていく。

 キャルシヤさんに対してだけではなく、ここにいる全員に理解してもらって、その上で忌憚のない意見がほしい。だからといって三十人以上に囲まれるというのは、すごく居心地が悪いな。


 俺たちが調査している区画がここまで未探索だった理由は明白だ。すでに発見されている群れから離れているからこそ、後回しになっていた。それだけにあの部屋だけがぽっかりと浮かんでしまっていることになる。



「ただし、あの部屋でなにも起きなければ、です」


 はたして群れがこちらに移動してくるかは不明だ。魔獣の持つ魔力の探知範囲が想像できないからな。

 近くにいるだろうハグレの魔獣が向かってきたとしても数は少ないだろうし、この七部屋をクリアした段階で緩衝地帯はできあがっている。


 ここからイレギュラーとしてなにかが起きるとすれば。


「あの部屋で魔獣が大量発生するのかしら」


「それが一番ありそうなパターンだと思う」


 俺を取り囲む輪の一角から声を掛けてきたのは綿原わたはらさんだ。その意見については俺も一番ありそうな気がしている。


 彼女も迷宮についての勉強は欠かしていないし、それくらいは簡単に想定できるだろう。もちろんクラス全体で学んでいるので、この話で首を傾げる人間などこの場にはいない。

 もちろんシシルノさんやイトル隊の人も迷宮のプロなので大丈夫。アーケラさんとベスティさんもたぶん、というか絶対詳しいはずだろうし。


「ただ、それがどれくらいの数で、どんな種類の魔獣なのかはちょっと想像できないね」


 シシルノさんが補足を入れてくるが、実に楽しそうだ。迷宮異常でアガっちゃう人だからな。


「えっと、もしかしたら『半分だけ』魔力を使って魔獣を生み出す、とか?」


「さすがはシライシくんだ。実に面白い視点だよ」


 おずおずとだが、わざわざ手を挙げて発言をした文学少女の白石しらいしさんを、シシルノさんが絶賛する。

 なるほどたしかに、部屋の魔力を全部は使い切らないなんていうパターンもあるかもしれない。



 そこからもいくつかの可能性が提示された。


 まず構造上『鮭氾濫』の時のような、新しい扉の出現は考えなくていい。魔力の多かった部屋は大きめではあるものの周囲をべつの部屋で囲まれているため、扉ができたところで隣に通じるだけだ。通行が便利になるだけで、だからどうしたというレベルでしかない。


 階段ができたりして、なんていう意見も出てきた。扉が作れるなら階段もか。

 けれど階段が生まれたとしても安全地帯が増えるだけで、そして前代未聞の大発見だ。実現したらシシルノさんは大喜びするだろうな。



「ものすっごい罠とかは?」


「即死トラップとか、ちょっと想像したくないな。ルール的にあり得るのか?」


「アタシが知るわけないっしょ」


 チャラいノリでひきさんが思い付きを言えば、システムにこだわる古韮ふるにらが返す。

 いろいろ意見を言うのはいいが、古韮よ、日本語が混じっていてシシルノさんの目が輝いているぞ。説明を求められたら担当はお前だからな。


 ほかにもゲーム好きの夏樹なつきからは、未確認巨大魔獣の可能性が飛び出てきた。怪獣映画してるなあ。

 それもまたシステム的にはあり得ないんじゃないだろうか。三層には三層相当の魔獣縛りがあるだろうよ。


 いちおう考慮には入れておくがユニークモンスターとか特殊個体とかが出てこない限り、一部屋から湧きだす魔獣が大量でも三層レベルなら、ここにいるメンバーで対応できる。繰り返しになるが、イザとなれば逃げだすだけだ。

 足の遅いメンバーはイトル隊に担いでもらうことにしよう。俺が物理的に荷物になるのはイヤだけど。



「で、そういう異常事態を防ぐ一手が、あるにはある」


「わたしはヤヅくんに大賛成するよ」


「まだなにも言ってないんですけど」


 意見が出尽くしたあたりで俺が結論というか提案をしようとしたら、そこにシシルノさんがすかさず割り込んできた。

 まあ、それなりに気付いている連中はいるだろうし、シシルノさんなどはその筆頭なのは間違いないか。


 さらにいえば、もし俺の提案が採択されるとすれば、急いだほうがいいのに間違いはない。


「ならばヤヅくん。言ってくれたまえ」


 なんだか偉そうなシシルノさんの物言いだが、似合っているな。


「あの部屋に宿泊すればいい」


「正気か? ヤヅ」


 決定的な俺の言葉にキャルシヤさんが信じられないモノを見た表情で確認をしてきた。SAN値チェックってか。



「迷宮がナニカを起こす時って、人が見ていないのが条件だから、です」


「それは俗説だろう。シシィが推しているのは知っているが」


 俺の説明に対しキャルシヤさんは動揺を抑え込みながら、むしろ弱点を突いてきた。


 そうだ、あくまで俺の言ったことはこの世界で積み重ねられてきた経験則でしかない。

 今回が『確認された最初の事例』になる可能性はゼロでないのも理解もできる。


「ですけど、ナニカが起きてもここにいる三十三人でなら、対応できませんか?」


「むう」


 腕を組んで考え込むキャルシヤさんだが、想定外の出来事で事故る可能性を潰すためにここまでの会話があったのだ。

 その上で俺は言っている。このメンバーならあの部屋でイレギュラーが発生しても、最悪逃げきることはできるだろう、と。



「『迷宮のしおり』を読んでもらってたから知ってると思いますけど、今日の宿泊予定はあの部屋の二部屋隣だったんです」


「……そちらの方が危険だと言いたいのだな」


「はい。魔力が多い部屋から目を離して、ましてや近くで宿泊するなんて」


「道理ではある、か」


 深くため息を吐いたキャルシヤさんは諦め顔になってくれていた。



「君の負け、いや、最初からヤヅたちの勝ちだったんだよ、キャル」


「シシィ……」


 シシルノさんがおかしなことを言う。別に勝ち負けをやっていたつもりはないのだけれど。


「勇者たちから異論の一言でも出たのかな?」


「そうだったな。君たちはそうなのだった」


 理屈や理由がしっかりしていれば、ウチのクラスメイトたちは即断即決を旨とする。この段階で反対やほかの提案が出ていない以上、もはや総意ということだ。


 もうひとつのオプションとしてヤバい部屋からなるべく離れて宿泊という手もあるが、今日はここまでかなりの時間を戦闘と移動に使ってしまった。とっくに普段の夕食の時間は過ぎてしまっているし、シシルノさんたちの体力が心配だ。

 危険と興味の天秤が傾いてしまった部分もあるが、なんだかんだで一年一組はシシルノさんを信用しているし、俺としてもたぶんなにも起きないだろうと予測している。


「戻りましょう。急いだほうがいいですし──」


「晩ごはんを食べないとね」


 温めておいた俺のセリフを綿原さんに持っていかれた。やってくれたな。



 ◇◇◇



「鹿肉ステーキとか、ジビエってるよな」


 なんだかよくわからない表現をしている古韮だが、今日の夕飯は鹿肉がメインだ。

 昨日の誕生会で米は使い切っていたので、炭水化物はボソっとした携帯食の硬いパンだが、このあたりもいつかは改善してみたい。俺ではなく上杉うえすぎさんと佩丘はきおかがやってくれるだろう。これが適材適所というやつだ。


「ミカンが山盛りだねえ。コタツでも用意するかい?」


「あはは」


 アネゴな笹見ささみさんが日本でしか通用しなさそうな冗談を言えば、横にチョコンと座っている奉谷ほうたにさんが笑う。デコボコ女子の会話は和むな。


 ここが『魔力部屋』だということを忘れてしまいそうだ。



 ダッシュで戻った仮称『魔力部屋』だが、特段なにも起きてはいなかった。魔獣が発生していたとすれば道中で遭遇しないはずがないルートを使ってきたし、扉が増えたり減ったりもしていない。

 かなり念入りにトラップも探してみたが、ソレもなし。一安心ではある。


「うぅん、【視覚強化】か【反応向上】がよかったんだけどなあ」


「そのうち出るっすよ。夏樹っちは【石術】の熟練が一番っすから」


 今回の行程で階位が上がった夏樹がつぎの技能で悩んでいるのを、これまた八階位を達成した藤永が会話に付き合っている。藤永の慰めには定評があるからな。


「決めた。【魔力回復】にするよ」


「【遠隔化】じゃなくって?」


春姉はるねえ。僕の【石術】は【遠隔化】の効果が、ちょっと」


「そうなんだ」


 酒季さかき姉弟の心温まる会話だが、はるさんはどうやらよくわかっていないな。


 夏樹の【石術】と、魔術発動点を遠くする【遠隔化】とは相性があまりよろしくない。

 あらかじめ遠くに石を設置しておくとか、自力で投げた石を途中から魔術で操るみたいに、遠くに石があって初めて意味が出てくるからだ。このあたりは空気を操る形で術を成している【音術】使いの白石さんたちとの違いだな。


 ではどうするかと考えてはいたのだろう、夏樹は【魔力回復】を選択したようだ。

 一年一組では【奮術師】の奉谷さんだけが持つ技能だが、前回の迷宮と昨日今日の行動で、ある程度の性能は見えてきている。

 当人曰く、ちょっと戻りが速くなった、だそうだ。アナログだなあ。


 とはいえ同じ階位の人たちに比べて多くの技能を持っている俺たちだ。しかもアーケラさんたちのような熟練はない。ならば使い込むしかないのというのが道理で、それには魔力が必要になる。

 これまでも常日頃から石を飛ばしていた夏樹だが【石術】に加えて【魔術強化】【多術化】【魔術拡大】【視野拡大】を同時に使えば、さすがに魔力も枯渇するだろう。そこに【魔力回復】を組み込むことで、全体の熟練速度を上げるという寸法だ。


 以前から考えていたやり方だが、使える技能を優先していたので、ここまで引っ張る形になってしまったことになる。

【魔力譲渡】で減らした分を【魔力回復】で補おうとした奉谷さんとは違う方向だけど、いまだに絶対的攻撃力を魔術で発揮できていない術師系は見習う部分もあるだろう。



「俺は【反応向上】でいくっす。夏樹っち、すまんっす」


「いいよ。気にしないで」


 綿原さんと笹見さんに続く、動ける系術師路線の【雷術師】藤永は【反応向上】を選択した。夏樹に一言入れる辺りが気遣いのデキる男だ。


 繰り返しになるが、ウチのクラスの術師たちは魔獣を倒しきれるような魔術を持たない。

 それこそ熟練レベルで熱水をぶつけるアーケラさんや、『アイスバレット』をブチかますベスティさんですら、一撃必殺とはいかないのが三層の魔獣だ。だからといってできないことを悔やんでいても仕方がない。

 ならばそれ以外の部分を補えばいいとばかりに、ウチの後衛は防御力向上を常に考えてきた。藤永の選んだ動ける後衛というのは実に助かる存在なのだ。



「勇者たちは面白いな。そうして個人で悩み、仲間と話し合って技能を選ぶなど、わたしたちにはとてもとても」


 鹿肉を食べ終わり、山積みになったミカンに手を出していたキャルシヤさんが笑って言うが、やっぱり『魔力部屋』にいるせいか緊張を解いてはいない。イトル隊の人たちも同じムードだが、どうやら一年一組の会話には興味がある素振りも見せている。


 そう言えばフルオープンで会話をしていたな。しかもフィルド語で。

 俺たちはごく一部の特異スキル以外は汎用的な技能ばかりを取っている。いまさら隠すようなものでもないから、最近は開き直っていたりするんだよな。


 この国の近衛騎士たちは、取得する技能がほぼ定められているというのが現状だ。

 身体系、武器強化系、防御強化系、そんなところが優先されている。【翔騎士】のガラリエさんのように神授職適正の絡みで【風術】を取るような派生もあるが、騎士系だけで固められた近衛は選択肢は狭められている。ゲーム的には面白くなさそうな状況だな。


 俺たちは『勇者チート』で内魔力が多いだけに、ちょっとズルをしているような気にもなるが、こっちは転移被害者の立場だ、妙な遠慮をする必要はない。やりたいようにやらせてもらうさ。



「なるほど、これで【魔力回復】持ちがナツキくんとホウタニくんの二人になったわけだね」


 ふと、シシルノさんが会話に割り込んできた。なにかこう嫌な予感をさせてくれるような笑顔を添えて。


「そして【魔力譲渡】も二人、と」


 そちらは奉谷さんと藤永だな。なにげに両方持ちの奉谷さんがすごい。


「そんな勇者の君たちに、わたしからちょっとした提案があるのだが、いいだろうか」


 ここで嫌ですと言えたらどれだけ素敵だろう。

 この場で持ち出すシシルノさんの案なんて、マッドなことに決まっている。


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