第207話 未探索区画へ
「じゃじゃん! これでボクもヒーラーだよっ!」
元気で朗らかで嬉しそうに、ロリっ娘の
大量のミカンとの戦闘の残滓が残る部屋で、技能を取得しているのは四人。もちろん全員が八階位を達成したメンバーになる。シシルノさんやアーケラさんに引き続き、というかあちらに食われた形にはなったけれど、こちらはこちらで大事な報告だ。
まずは【聖騎士】の
騎士と【聖術】の両方をやらなければいけない委員長も大変だが、
「酷い目にあったぜ」
そうボヤいた【聖盾師】の
そして奉谷さんは【聖術】を取得し、れっきとしたヒーラーとなった。
一年一組は二十二人。そこにシシルノさんたち四人を足しても、二十六人に対し【聖術】持ちが四人というのは、王国基準なら高すぎる比率だ。通常なら三分隊、二十人くらいにひとりというのが基本になっているのだから。
これにはキャルシヤさんたちイトル隊も呆れ顔だった。
分隊扱いになっているイトル隊の七名を加えたとしても、俺たち一行は三十三人だ。そこにヒーラーが四人というのがどれくらい異常な割合かという話になる。しかもそのヒーラーの内、二人は前線で戦えるときた。
なるほど【聖術師】のパード……、今はどこでなにをしているのかは知らないが、あのおじさんが俺たちの存在を脅威に思うのも仕方ないのかもしれない。
その点については第三王女が策謀して、俺たちを騎士団という形で固めてくれたことには感謝してもいいだろう。でなければ今頃、王国の聖務部や教会が黙っていなかった可能性は高い。とくに最近、聖女として名を高めている【聖導師】の
「あと六人か」
残った七階位の人数を確認したピッチャー
「……数え間違えてたす。七人す。ベスティさんも大事な仲間だから」
「そうだよね。嬉しいわね」
もはや誘導尋問だった。哀れな海藤はベスティさんの鋭い言葉に頷くだけしかできない。
ちょっとしたミスが迷宮では命取りになる。俺も心しておこう。迷宮だけではないのも重々承知の上で。
というわけで、七階位のままなのはベスティさんをなぜか筆頭に、【聖導師】上杉さん、【石術師】
なんで藤永が七階位のままなのかがちょっと不明だが、深山さんを守ることに必死になっていて魔獣を倒す方向に行っていなかったのは確認できている。なにをしているのやらだ。
◇◇◇
「では、移動なのかな」
「ええ。このあたりの魔獣はほとんど倒したはずです。だけど……」
確認をしてきたキャルシヤさんに俺は素直に返事をした。嘘は吐いていないし、そのあたりは事前の資料でキャルシヤさんもわかっていることだ。儀式みたいなやり取りだな。
それでも俺が口ごもったのは今現在がどうであるか、その判断が出来かねているからだ。だからこそここでシシルノさんの方を見る。
「魔力はまだらではあるが、以前ほどは多くない。このあたりに群れはできないとわたしは判断するよ。クサマくんはどうかな?」
シシルノさんがこの場にいる理由がコレなのだから、もちろん仕事は仕事として役目は果たしてもらっていた。魔獣と対峙している合間にも各部屋の魔力量は確認されている。担当はシシルノさんがメインで【魔力察知】を持っている
「シシルノさんの言うとおりだと思います。僕の【魔力察知】でも、同じような感じでした」
前髪を長くしてメガネの前を覆うような、いかにも暗めな草間だが、ヤツの見た目はファッションだ。わりと普通にしゃべる時はしゃべるんだよな。
今も必要とあればハキハキと報告しているわけで、ウチのクラスに根本レベルでの根暗男子がいないということを思い知る。
「ねえ
移動を開始したところで綿原さんが妙に深刻そうな感じで声を掛けてきた。
まさかとは思うけど、さっき俺が考えていたことを見抜かれたのか? 彼女は時々とんでもない精度で俺の心を読むコトがある。どうにもサメに秘密があるような気がしてならない。結構な頻度で監視されているしな。あのサメ、砂でてきているのに目が見えているんじゃないか?
「
「うん。厚みができて助かるよ」
綿原さんのそんな言葉に、無難な返事をしてみた。
それでも綿原さんが言いたいことはなんとなくわかってしまう。
奉谷さんが【聖術】を取ったことで、役割りが広がった。バッファー、魔力タンク、クラスの副官、そこにヒーラーが追加だ。たしかに最後方からでもちょろちょろ前に出張れば、ある程度はこなすことができてしまうのだが、これまで以上に忙しくなるのは間違いないだろう。
負担を軽くするために役割りを減らすとすれば、それは必然的に副官としての奉谷さんだ。戦況の監督という役目なら
だからこそ、ここで俺が奮起する必要がある。
今回の迷宮ではまだ大きな配置転換はできないだろう。それでも奉谷さんにはヒーラーとしての経験も積んでもらいたい。手始めは上杉さんの手伝いといった感じで、全体としての危険度の判断は俺がすればいい。
俺のメイン武器は目と口だ。それをフル活用して、みんなの力になる。
さすが綿原さんだ。くだらない自虐をしている場合ではないことを、的確に突いてくるとはな。
「地上に戻ってからなんだけどね」
「ああ」
そうだな、迷宮でいきなりはあまり良くない。離宮に戻ったら、じっくりとみんなで話し合ってこれからの体制を考えないと。
「紋章に追加って間に合うかしら」
「ん?」
「だから【聖術】よ」
お前は話を聞いていないのかという目を向けられているのだが、どういう意味だろう。
「鳴子のところに緑の粒を追加するのが筋よね。あ、緑の瞳っていうのもアリかも」
「えっと、紋章の話だったの?」
「そうよ。せっかく【聖術】使いになったんだし、そこはキッチリしてあげないと」
そうか、俺に奮起を促していたのはイマジナリー綿原さんだったのか。
「……間に合うといいな」
「ちょっとの追加だし、大丈夫ならいいんだけど」
うん、悟られてはいけない事柄だと思う。なんかハズい。
たぶん俺は自発的に燃えただけで、そう、綿原さんはそのきっかけを与えてくれたのだ。それだけでも素晴らしいコトじゃないか。やっぱり綿原さんは俺のことをわかってくれている。さすがだ。
「……八津くん、変なコト考えてないかしら」
こういうタイミングでリーディングを仕掛けてくるのは止めてほしいかな。
「そんなことはないさ。戻ったらアヴェステラさんが慌てるだろうなあ、ってね」
「なんか口調が委員長っぽくなってるわよ?」
「……そうかな」
「まあいいわ」
呆れたような顔をしながらも、綿原さんは追及の手を緩めてくれた。
「どうせ鳴子の件でいろいろ考えていたんでしょ? 自分が頑張らないと、とか」
わかってるんじゃないか。
◇◇◇
「いくら【睡眠】が軽い技能とはいえな。本当に取ってしまうとは」
「勇者の思し召しさ。今代はさておき、古の勇者たちももしかしたら、とは思わないかな?」
「否定できないな。迷宮に籠るための技能か。考えもしなかったよ」
キャルシヤさんとシシルノさんがやり合っているが騙されてはいけない。シシルノさんは都合のいいことを言っているだけだ。
どこか納得した風のキャルシヤさんのちょろさが心配になる。近衛騎士団長がそんなあやふやな言葉に乗せられてどうするか。
「で、クサマくん。ここをどう思う?」
「えっと、四、かな」
「いいね。同意見だよ」
キャルシヤさんとの会話を急に打ち切ったシシルノさんは草間に問いかけた。すかさず草間も返事をする。
二人がやっているのはこの部屋の『魔力量の数値化』だ。
俺たちが三層を巡るようになってのべ三日。それだけの期間をかけてシシルノさんと草間は部屋の魔力量を視てきた。最初のうちこそあっちの部屋より多いとか少ない、などという程度の比較でしかなかったが、対象が増えてきたことで詳細な差が判断できるようになりもする。
いちおうの基準を階段前の魔力が薄い部屋を一、比較対象としていままで通った中で一番濃かった部屋を十とするなどという雑なやり方ではあるが、それでもやらないよりはマシだろうということになった。
なにより二人がかりなのがいいらしい。
どうしても感覚的に判断をしてしまう【魔力察知】や【魔力視】だが、二人が意見をすり合わせることである程度は『数字』としてマシなレベルにできているそうだ。
草間と違って熟練のシシルノさんならばひとりでも可能かもしれないが、お互いに感覚を共有するのが大事なんだとか。感覚の共有といっても視界の交換ができてしまうとか、わかりあえてしまう人類とかそういう意味ではなく、あくまで数字として合意できるかどうかだな、この場合は。
これでまたハザードマップの情報が増えて細かくなれば御の字だけど、ほかの斥候系の人たちは単独で動いているだろうし、まともな比較は難しいだろう。
せいぜいがあそこに魔力が多い部屋がある、くらいの情報量になるはずだ。まあそれだけでも注意喚起としては十分なのだけど。
それになにより草間の【魔力察知】の熟練上げの意味合いが強い。そのあたりも考えてくれているのがシシルノさんだ。
「はい、シシルノさん」
「ホウタニくん、すまないね」
「頑張ってくれてますから!」
【魔力視】を使い続けるシシルノさんにしても、【魔力察知】と【気配察知】を同時使用している草間にしても魔力の消費が激しい。ここで出番となったのが【魔力譲渡】を持つ奉谷さんだ。
今もシシルノさんに魔力を渡している。
そして──。
「っす」
「ありがと、藤永くん」
「安全のためにやってくれてるのは草間っちっす。頼りにしてるっすよ」
もうひとり、前回の迷宮で【魔力譲渡】を取得していた藤永が活躍している。
【身体強化】持ちで後衛側の盾、【水術】と【雷術】を使った敵への行動阻害、そして魔力タンク。尖った部分はそうないが、なにげに藤永の地味な活動には助けられている。深山さんのメンタルケアもヤツの重要な仕事だったな。チャラくて下っ端口調でビビりなのに……、いや、だからこそこういうところで輝くのかもしれない。なんだかんだで大したヤツなのだ。
階段近くの小さな群れをほぼ掃討できたと判断した俺たち一行は、三層の僻地ゆえに未探索になっている区画を目指している途中だ。さすがにこんなところで消耗するわけにはいかないので、魔獣に遭遇しにくいだろう安全な経路を選んでいる。このあたりは俺の役割だな。
当然時間もかかるし、そのあいだのレベリング効率が落ちてしまうが、安全に任務を遂行するためには仕方がない。せいぜい帰り道で稼ぐとさせてもらおう。
あれ、すごくフラグっぽい考えじゃないか、これは。
◇◇◇
「十一、いや、十二といったところかな」
「十より多いのは間違いないと思います。シャケの時なんて比較にならないくらい多いや」
迷宮二日目も夕方になってやっと到達した未探索区画についた途端、シシルノさんと草間の表情が強張った。
一から十までの区切りで数えていたはずなのに、どうしてここで十二なんていう数字が出てくるのやら。
二人揃って酷いことを言ってくれたものだ。これまでで一番魔力が多い部屋がまさかこんなところにあったとは。
「ヤヅ、どうする?」
キャルシヤさんが俺に訊ねてくるが、どうしてそうなる。このレベルの責任は負いかねるぞ。
「『指揮官』で『地図師』だろう?」
押し黙る俺に追い打ちをかけてくるキャルシヤさんはマジ顔だ。
そういう言い方をされてしまうとなあ。とくに『地図』の方。
「夕食は遅くなると思う。安全な場所はわかってるから、そこは心配しなくていい」
一度ため息を吐いて、それから心を宥めて、みんなに投げかけた言葉がソレだった。
その場でポケットから地図を取り出し、指でなぞる。最低でも七部屋か。そこまで確認すれば、このあとを決める材料を揃えられるだろう。
「総ざらいか」
「全部とまではいかなくても。この部屋の周辺次第だと思います」
「迅速にだな」
「はい」
察しのいいキャルシヤさんの言葉に俺も合せていく。
兎にも角にも、このあたりがどうなっているのかを探らないことには始まらない。
「周りもこうだったらどうするんだい?」
シシルノさんが不吉なことを聞いてくるけれど、なんでそう楽しそうにできるのだろう。
「逃げるに決まってるじゃないですか」
その時は一刻も早く報告をする必要があるからな。情報伝達のための行動だ、撤退する立派な理由になるだろう。
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