第212話 冷徹なる者




八津やづクン?」


「八津っち」


「いいよ。深山みやまさんが、やっちゃって」


「……うん」


 チャラ男の藤永ふじながが盾で抑えつけているヘビに、アルビノ薄幸少女な深山さんが短剣を突き下ろして、トドメを刺した。


 なにか映画のラストで命が懸ったようなやり取りだったが、なんのことはない。魔獣のトドメを後衛七階位がお互いに譲り合うという、なんとも血生臭いお話だっただけのことだ。

 俺の説得に応じて引き受けた深山さんだったが、はたして。


「上がった、よ」


「そっか。良かった。間に合ったんだ」


「うん」


 どうやら八階位になれたらしい深山さんと俺の会話の横で藤永が感動の涙を流していたが、周りは呆れた様子だ。いいじゃないか、これくらいしても。



 聖女な上杉うえすぎさんが八階位になった戦いのあと、ここに来るまで魔獣との遭遇は無かった。もともと掃討が進んでいた階段付近であったし、俺も半分諦めていたのだが、まさかここまで薄くなっているとは。

 泣きの一回というわけでもないが、二層への階段まであと少しという最後の最後で遭遇できたのがヘビ三体と大丸太が一体。今の俺たちが苦戦するはずもない敵だった。


 で、俺と深山さんが仲良くヘビを一体ずつ倒したが階位は上がらず。せっかくだから大丸太にチャレンジしてみようと、前衛組にズタボロにされたソレに立ち向かったわけだが、こちらは短剣が急所の奥まで刺さらなかった。純粋に単純に物理的に力が足りていなかったのだ。

 こうなった場合、俺の【観察】も深山さんの【冷術】も無力である。実に虚しい。その大丸太は誰かが適当に倒してくれて……、傷つくから簡単に倒してほしくなかったが、俺と深山さんで最後に残ったヘビの譲り合いをしたという流れだ。



「もうちょっとだけ──」


「ありがとう。けど予定通りの経路だし、ここで遠回りしても魔獣がいるかどうかもわからない。遅くなるだけだよ」


「……そうね」


 いよいよラストということになってしまって、そこで綿原わたはらさんが気遣った提案をしようとしてくれたが、俺はそれを断った。

 この時点で九階位が五人で俺だけが七階位、ほかは八階位を達成している。全員が八階位という目標こそ果たせていないが、それ以上に九階位が誕生したことが喜ばしい。俺が八階位になるより、ひとりでも多く九階位が増える方が間違いなく戦力の上昇に繋がるはずだ。


 そうやって自分に言い聞かせている部分もあるけれど、負け惜しみくらいはさせてほしい。



「次回は俺が最優先ってことでいいよな?」


「もちろんよ。……戻りましょう」


 そんな複雑そうな顔をしないでほしいな、綿原さん。深刻なコトでもないし、こういう空気を出されて凱旋って感じじゃなくなるから。


 あれ、そういえば──。


「深山さん、技能って?」


「もう取った」


 それはたしかに深山さんの声で間違いなかった。なのに俺は……、俺だけじゃなくクラスメイト全員が一斉にそちらを振り向かざるを得ないような、そんなナニカがそこにいた。


「み、深山、っち?」


「なに? 藤永クン」


 震える声を絞り出す藤永に対し、彼女は普通に返事をする。


 そこでやっと気づいた。深山さんは『普通』なのだと。



雪乃ゆきのちゃん、取った技能って?」


 少しかすれたような口調で中宮なかみやさんが確認をする。今の深山さん相手にストレートに話しかけるとは、なかなかのモノだ。伊達に副委員長、もとい武術家をやっているわけじゃない。


「【魔力回復】と【冷徹】」


「……使ってるの?【冷徹】」


「うん」


 やっぱりそうだったのか。

 予定通りではある。後衛で内魔力に余力がある深山さんだ、ここで【魔力回復】ともうひとつ、なにかしらの技能を取るのは当然アリになる。むしろ皆でそう勧めたくらいだ。

 そして深山さんは【冷徹】を取った。


「どんな感じなの?」


「どうかな? 普通?」


「そう、そうなのね。やっぱり」


 中宮さんの問いかけに普通と返す深山さんの言葉の意味は少しだけ理解できる。


「すごいわね。ここってまだ迷宮の中なのに。それどころか雪乃、こっちに来てからそんなのって」


「うん。お家にいるみたいな気分、かな」


 そうなんだ。俺はこんなに自然な深山さんを見たことがない。

 もしかしたら学校にいた三日間のどこかでそんな彼女がいたのかもしれないが、接点がない俺は気付くことなどできるわけもなかった。


 中宮さんの言っていることが本当ならば、いや、真実そうなんだろう、深山さんはこの世界に来てからずっと、どこか緊張し続けていたということになる。

 たとえみんなが一緒で、不安を紛らわせるためにたくさん会話をしても、やはりどこか怖がっている深山さんがいたのだ。俺や綿原さんと話していても、たとえ藤永が近くにいても。



「しゅぁうっ!」


 そんな会話の合間を縫ったかのように、奇声を発したのはまさしく深山さんと会話をしていた中宮さんだった。

 あまりにいきなりすぎる展開に周りが驚きの顔を浮かべている。俺もまあ、見えてはいたが、驚く側だ。


 普通に話をしている途中でいきなり中宮さんが木刀を振るって、その切っ先が深山さんに向けられたモノだったのだから、誰だって驚愕するだろう。こういう場合の滝沢たきざわ先生は常に例外の側になる、念のため。

 なのに当事者の二人が一番冷静なのがこの状況の異常性を示している。中宮さんは鋭い眼差しをして、深山さんは紅い目をちょっとだけ大きくしたくらいだ。


「おっかないよ、りんちゃん」


「……その程度ですませる雪乃ちゃんも、すごいわね」


 深山さんの首筋に当たっているのではないかというくらいに寄せられた中宮さんの木刀は、それでも肌に触れないギリギリで止められているのはわかる。


「……中宮っち」


「ごめんなさい。藤永くん」


 出会ってから初めて聞くほど低い声色の藤永に中宮さんが素直に謝り、木刀を腰に戻した。

 藤永が怒ることもあるんだなと、俺などは素直に驚いているのだが、クラスメイトもそれぞれびっくりしたようにしている。それくらい藤永がガチになるのは珍しいようだ。



「達人の領域じゃない」


「そうなの?」


 深山さんに視線を戻した中宮さんがため息を吐きながらソレっぽいことを言う。カッコいいな、達人の領域とか。俺もいつかは言ってみたい語録に入れておこう。


「見えてなかったわけでもないのに、それでもそこまで冷静なんて」


「あ、やっぱりゆっくりだったんだ」


「そこまでわかっちゃうのね。そうよ、ワザと見えるようにしたんだけど」


「んー、なんとなく?」


 どこまでも武術家っぽい中宮さんと、ぽやっとした深山さんの会話が続く。なんなんだろうな、これ。



 ここまでくれば深山さんが使っているだろう【冷徹】の効果も見えてくる。これはたしかに【平静】の上位だ。けっして深山さんを武術の達人に仕上げたわけではないだろう。指先で中宮さんの木刀をつまんだりしていたら考えも変わったかもしれないが、深山さんはまったく反応できていなかった。

 そこにあるのは動じない心、自然体、平然とした態度、そんなところか。取ったばかりで熟練が足りていないからかちょっとした驚きはあったようだが、普段の深山さんなら尻もちをつくくらいまではいっていただろう。


 これが【冷徹】か。

 事前にいろいろと予想していた、血に飢えた深山さんとか、高笑いをしながら氷を操る深山さんとか、無表情で短剣を繰り出す深山さんとか、そういうのではなかったようだ。

 よかった。本当によかった。


「これはわたしの経験からになりますが」


 そこでふと先生が口を開いた。

 会話に割り込むというよりは補足みたいなノリだろうか、こういう展開で口を挟む先生は珍しい。いや、むしろ武術という視点からなら当然なのかもしれない。


「試合を前にした人たちは総じて穏やかではいられません。それが未熟というわけでなく、闘志を振りまく強さがあるのも事実です」


 大学時代にフルコンタクト空手をやっていた先生の逸話だ。

 スポーツとしての空手だけでなく『北方中宮流』も齧っていたらしいし、先生の『武術』がどのあたりに位置しているのか、俺にはちょっと判断がつかない。


「ですが静かな戦意を秘める人は、ほぼ強者です。冷静さこそが技を発揮するために最高の状態であることに間違いはないのですから」


 俺は先生を信じている。だから先生がそういうのなら、それは正しいのだ。


 俺だけじゃなく、中宮さんを筆頭にクラスメイト全員が先生を信頼しているのは間違いない。

 一年一組と先生の付き合いは長くない。人によっては俺と同じく三日しか、それどころか入学式の日に英語の授業は無かったから、山士幌で先生とクラスメイトたちが交流できたのは『二時間』だけだ。

 中宮さんやミア、店をやっている上杉さんなどは知り合いではあったようだが、クラスの中では少数派になる。


 それでも先生は、態度でもって俺たちの心を掴み取ってくれた。



「先生、でもこれ技能で──」


「わたしはすでにこの世界の技能という力を受け入れることに納得しています」


「先生……」


 深山さんのセリフを先生は最後まで言わせなかった。いまだに【冷徹】をカットしていないのだろう、深山さんは落ち着いた表情で先生の言葉で受け入れたようだ。

 すごく冷静なものだから、それだけに違和感を感じる妙な光景になっている。


「ふぅ」


 そこで息を吐いた深山さんはちょっとだけ辺りを見渡してから、いつも通りのオドっとした表情に戻ってくれた。


「えっと、わたしも初めての技能を取って、試してね、みんなの役に立てるかなって」


 反動が大きいのかいつも以上にたどたどしいが、どっちも本物の深山さんだというのがコトの本質だ。

 決してダーク深山さんが出現するような技能でないことだけはハッキリした。初見技能で、しかも資料が少ないのは、こういう冒険的な確かめ方になるのがシステムの厭らしいところだな。



 なんか中宮さんがすごく欲しそうに問い詰めているし、アワアワする深山さんと間に入って諫める藤永の構図が物珍しくて面白い。

 いろいろ物議をかもした【冷徹】だったが、この程度で済んだのなら良かったといえるんじゃないだろうか。先生曰く落ち着いた深山さんなら戦闘力も上がるっぽいし。


 だけど中宮さん、【冷徹】を出現させるためには、かなりキツい精神的揺さぶりが必要だと思うぞ。ムリして出現させるのは危険なような気もするし、中宮さんには出せないタイプの技能だろう。そもそもの精神的な強さという意味で。


「ついでになりますが、少しだけ口を出させてください。……八津君」


「俺ですか!?」


 なにがコンボしたのかはわからないが、先生が俺を名指ししてきた。なにか俺、やらかしただろうか。


「八津君があえてほかの人たちの階位を優先していたのは見えていました」


 見えていたのか。【観察】なしで、しかも前線で暴れていたはずなのに。

 いくら初期に【集中力向上】と【視野拡大】に取っていたからといって、そこまでとは。


 事実、先生の言うとおりではある。

 俺は七階位のままでもクラスの中での役目を果たせているはずだ。直接戦闘をせずに皆に動いてもらう指揮官としてのロールは、八階位にならなくてもできている。


 ならば【観察】持ちの俺より回避性能が低い深山さん、白石しらいしさん、奉谷ほうたにさんや上杉さんの階位の方が重要だ。彼女たちの階位が上がることが、そのままクラス全体の戦力向上につながるのだから。

 もっといえば、前衛に九階位を増やしておきたい。これもまた一年一組そのものの強さだから。


 綿原さんあたりには気付かれていたと思うが、口に出しては早く階位を上げたいと、俺は言い続けてきた。つぎに取ろうと思っている【目測】でバケる可能性だってある。

 それでもヤッパリ俺は後回しだ。こういうのが俺の性格なのかもしれない。裏方上等みたいな。



「八津君には八津君の考えがあるのは理解できます。ですが、蔑ろはダメですからね?」


「はい。すみませんでした」


 全部をお見通しとばかりな先生のお言葉に、俺は謝ることしかできない。


「【観察】を持つ八津君は【身体操作】を使えないのに、とても動きが良くなってきています。【反応向上】を取ったあたりからはとくに」


「先生……」


 かなり武術方面ではあるが、それでも先生が俺を褒めてくれたことに、涙が出そうになる。


 きゃいきゃいしていた中宮さんたちも、いつの間にかこちらの会話に注目していた。

 綿原さんなどはずっとこっちを監視していたな。今はなんだかモチャっと笑っている。


「身体系の技能を持たずに、それにも関わらず、本当に良くなっています。わたしが保障します」


「はい! もっと頑張ります」


 そんなことを言われてしまえば、元気に返事をするしかない。先生はズルい人で、ウチのクラスにはズルい連中が多すぎる。



「みなさんもです。たったのふた月足らずでよくぞ、といった想いを隠せません。驚くべき進歩です。若さの特権なのかもしれませんね」


 どこかで先生にスイッチが入ったのか、先生はクラスメイト全員に語り掛け始めた。

 最後におちゃらけたセリフを混ぜるのも、先生特有のセリフ回しだ。ノリノリだな。こんな先生は久しぶりに見る。


 みんなが黙って先生の話を聞いている近くでは、シシルノさんがしたり顔で頷き、メイド三人衆は彼女たちなりの表情で耳を傾けているようだ。

 キャルシヤさんに至っては、軽く口を開いて呆けている。どうしたのだろう。


 だけどまあ、この人が一年一組自慢の先生で、明後日には迷宮騎士団長だ。


「長くなってすみませんでした。綿原さん、どうぞ」


「はい。さあ、帰りましょう。つぎの迷宮を考えないと」


 先生がちょっとだけ恥ずかしそうに綿原さんに話を振って、そこに笑顔で続ける彼女はすでに先を見ているようだ。


なぎちゃん、離宮に帰るまでが迷宮でしょ?」


「そういうツッコミを期待して言ったのよ」


 中宮さんと綿原さんがワチャワチャし始め、それを見ている周りの連中がそれぞれ笑う。


 こんな感じで山士幌高校一年一組、七回目の迷宮行は終了した。


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