第32話 キミたちに届く歌声




「……【魔力浸透】」


 まっさきに気付いたのは技能担当の白石しらいしさんだった。

 そういえばあった。そんな名前の技能があった、と、思う。しかもある程度効果も予想できていた。たしかあれは【聖術】の効きがよくなるって内容だったはず。

 毎度毎度やたら修飾が多くて遠まわしで大雑把な言い回しばかりの文献に、何度か登場していた記憶がある。


 なるほど、他人に掛けるタイプの魔術の効果を上げるのか。

 というのも【魔力〇〇】という技能が多すぎるのだ。【魔力隠蔽】【魔力阻害】【魔力回復】【魔力譲渡】。そうそう【忍術士】の草間くさまが取りたいって言っていた【魔力察知】とか。



「そう。心を開いてくれた相手に【魔力浸透】を併用すると、対人系技能の効きが良くなることはハッキリしている。軍の【聖術】使いの中にもいるからね」


「ありがとうございます。シシルノさん」


 今度こそ元気になった白石さんは笑ってくれた。すぐ近くの奉谷ほうたにさんもニコニコだな。


「この中ならシライシくん、ホウタニくん、ウエスギくん、タムラくんは近い内に取って損は無いと思うよ。もちろん【聖術】を取ってからだけどね」


 もう持ってるって疑ってるクセに、それでもシシルノさんは笑って言った。白石さんを最初に呼ぶあたりに執着を感じないでもないけれど。


「あれ、僕は?」


「アイシロくんは【聖術】も大事だが、騎士系をね」


「……ですね」


 残念。藍城あいしろ委員長の行く先はゾンビタンクだ。勇者スタイルの自己回復最優先だよ。やることが多くて大変そうだな。



 ◇◇◇



 午後の訓練前にいつもの昼食なのだけど、朝飯と一緒で肉抜きを希望した。

 またあの血生臭い特訓が待ち受けていると思うと、心拍数が増えた気がする。働けよ【平静】。


「そろそろ時間だね。君たちのことだ、もう対策はしたのだろう? 今も【平静】や【高揚】を使っているんじゃないのかな」


 シシルノさんがニヤついて話しかけてくるが、まあ図星だ。俺は【高揚】の代わりに【観察】だけど。

 クラス全員が今もなにかしらの技能を使い続けている。別に疲れるわけでもないので、やらない理由がどこにも無い。


 まだ取得してから半日くらいで、効果がどれくらいあるのか実感できてはいない。いつもよりちょっとだけ冷静かなとも思うが、そもそも驚くようなことが起きていないので判別のしようがないし。



「昨晩は肉を断ったそうだが、いつまでもとはいかないぞ。君たちのいう経験の差は認めるが、俺からは慣れてくれとしか言いようがないからね」


「はい!」


 パンパンと手を叩いたヒルロッドさんが俺たちの心を引き締めにかかった。

 クラスメイトたちはそれにワザと乗っかる。昨日とは違う自分がいるし、もちろん明日はもっとだ。



 ◇◇◇



酒季さかき


「ん、なに?」


「【高揚】使ってるよね?」


「もちろんだよ。【平静】と一緒にやってる」


 訓練場に到着したところで、男子の中で唯一【高揚】を取っている酒季弟こと女顔の酒季夏樹さかきなつきに声をかけてみた。

 ハイ・ロウの同時掛けか、どんな気分なんだろう。


「効果はそうだなあ、冷静にやる気が出てる? そんなかな」


「わからん」


「そりゃそうでしょ。気持ちの度合いなんて言葉や数字にできないよ」


 当然か。それでもテンションがおかしくなっている感じがないだけ、まだマシだと思おう。


白石しらいしさんと奉谷ほうたにさんに覚悟見せられちゃったからね。僕だって男さ。春姉はるねえには負けてられないよ」


はるさんは女子だろ。聞かれたら怒られるぞ」


 といっても酒季姉は【嵐剣士】で酒季弟は【石術師】だ。前衛と後衛、方向性が全然違う。それでも気構えの問題ってやつなんだろうな。



「『ストーンウォール』に期待してるよ。俺は後ろだから守ってくれ」


「『ロックウォール』までもってくよ」


「その時には【岩術師】だな」


「そうだね。階位を上げたら次は【石術】を取りたいな。ほかの術師に負けてられない」


 うん、いい顔してる。カッコカワイイって言ったら怒られるだろうか。拗ねるかな。

 覚悟が決まったのか、【平静】と【高揚】が効いてきたのか。前向きになれたのならどっちでもいいか。



 ◇◇◇



「うるあぁぁぁ!」


 雄叫びを上げて【重騎士】の佩丘駿平はきおかしゅんぺいが、巨大ネズミの死体に吶喊した。

 自身で【平静】を使い、奉谷さんから【鼓舞】を貰い、そして。


『勇気を心に、今こそっ、貫けっ、想いを胸に──』


 白石さんが【大声】に【奮戦歌唱】を被せて歌い上げる。某ロボットモノの主題歌だ。いいよねアレ、俺もそのアニメ視てた。


 精神系バフの三重掛け状態。


 余波で俺も【平静】に【奮戦歌唱】が掛かった状態になっている。なるほど落ち着ていながら胸が躍るっていう感覚になるのか。これは言葉で言い表しにくい。

 白石さんの【奮戦歌唱】、距離制限はあるけれど、いいじゃないか。


 バリバリのアニソンに最初は驚いていた観衆も、今では一部が新しい音楽に心を躍らせていることだろう。もう一部は嘲っているわけだが、お前らにこの歌は勿体ないな。わかっていない者どもめ。


 これまでの経験で最初から嗤われるのは想定内だったし、熱唱モードで開き直った白石さんは動じていない。

 むしろアガっている。もちろんクラス全員もハイだ。結構な人数が肩でリズムを刻んでいるぞ。なぜか先生も。



「っ、しゃあああ!」


 ものの三十秒で佩丘はやってのけた。

 少しだけ手が震えているものの、そんなことは気にならないくらい立派な姿だ。


「見てたかお前らぁ、しっかりつづけぇ!」


「言われるまでもない。奉谷、【鼓舞】くれ」


「おうよ!」


 佩丘の叫びにライバルで【聖盾師】の田村仍一たむらじょういちが黙っていられるはずもなかった。

 列から前に出た田村だが、あいつは【平静】を持っていない。それでも奉谷さんが【鼓舞】して、白石さんの【奮戦歌唱】はすでにCパートに入っている。ここからラストのサビに入るぞ。やっちまえ、田村!


「行けー、田村ー!」


「突撃デス!」


「いけるいけるぅ」


 クラスメイトたちの声が訓練場に響き渡った。



 ◇◇◇



「スッキリしたデス!」


 今日のラストを飾った【疾弓士】の加朱奈カッシュナーミアが、さっぱりとした顔で洗い場から帰ってきて今日の訓練は終了になった。

 結局吐いていたな。本人曰くもはや条件反射に近いとか。実戦までに修正してくれるといいのだけれど。



「よく頑張ってくれた。昨日より着実に良くなっているね」


 クラスメイトたちの奮闘にヒルロッド教官も満足そうだ。


 泣いたり吐いたりする仲間もいた。俺も嘔吐側のひとりだったわけだが、その場でうずくまったり、たちどまってしまったヤツはいなかった。

 二重掛け止まりで一番心配されていた白石さんですら、体を震えさせながら、それでもネズミを突き刺したのだ。


「待ち時間まで身体を動かすとは思っていなかったよ。昨日はツラそうだったから黙っていたけれど、自発的にやるとはね」


 ネズミ刺しは一度にひとりの体制でやっているので、白石さん以外の連中は応援以外で手が空く。ならばと各々訓練をすることにしたのだ。おかげでヒルロッドさんの絶賛度合いがうなぎ登りになっている。


 騎士組はハードに体を動かし、ミアは矢を使わずに弓だけをミヨンミヨンと、【剛擲士】の海藤かいとうはフォームを確認しながら石ころを投げていた。

 それ以外のメンバーは基礎体力上げとばかりに腹筋やらスクワットやらだ。【身体強化】か【身体操作】が生えると嬉しい。基礎体力組には、なんと経験者の先生と中宮なかみやさんも混じっていた。


『フィジカルは大事だし、技を盗まれたくないの』


 腕立てをしながら中宮さんはそんなことをのたまっていた。奥義の秘匿とか、実に武術家っぽい。


『離宮に戻ったら、わたしと中宮さんで体捌きの指導ですね』


 先生の中で一年一組はすでに『異世界滝沢・中宮流』の門下生になっているようだった。

 ちなみに両名のセリフは日本語。その辺りの徹底ぶりがすがすがしい。



 ◇◇◇



「どうせしばらく技能は取れないわけだし、熟練上げに専念だね」


 夕食後の談話室で、開き直ったのか妙な爽やかさで委員長が確認する。


 俺たちは根性で肉入りスープを平らげた。気合の入った一部の連中はステーキまで食べきった。

 紫の顔色になって頬をハムスターみたいに膨らませた女子たち、白石さんとひきさん、それと深山みやまさんに酒季弟あたりもいたけれど、そこから水を使ってムリやり胃袋まで流し込んでいた。


「食べることも強くなるための修行です。特に高タンパクは重要になるでしょう」


「先生、明日から夜食を加えて四食にしてもらえないか、交渉してみます」


「いいですね。お願いします」


 クラスが誇る武闘派の先生と中宮さんがそう決めてしまえば、俺たちは従うほかない。

 最近の運動部系は栄養にも詳しいから、そっち側は野球の海藤、陸上の酒季姉、バスケの笹見ささみさんがアドバイザーに就任した。



「この世界に必須アミノ酸は──」


 もう一週間以上になるし、委員長はそろそろ諦めたほうがいいと思うぞ。

 騎士組は【聖術】担当と組んで、いつものアレをやる時間だからな。


 大丈夫、俺たちもたぶん先生と中宮さんがギリギリを狙って鍛えてくれるはずだから、どっちがキツいかはわからない。



 この段階で計画はシンプルになった。もはや新しい技能を取る魔力がないから。

 熟練度を上げる、候補技能が出現する様な行動をとる、訓練をしっかりやる。


「迷宮か。やってやるさ」


 こんな主人公臭いセリフを言えるような精神と状況にまで、俺たちは到達していた。


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