第31話 魔力の打ち消し合い
「なにか疲れていないか?」
翌朝、ヒルロッドさんの第一声はそれだった。
この人はどこまで知っているのか、それとも知らないのか。
「いえ、昨日の訓練がやっぱりちょっと。僕たちの国ではああいう経験が無いですから」
「そうか。異世界とは奇妙なところだな」
「すみません。今日もがんばります」
ふざけるなと言いたいところだが反抗しても仕方がない。せっかく
変なテンションになっていた昨晩の俺たちは、日付が変わるくらいになるまで祭りを繰り広げていたのだ。
「君たち……。ずいぶんと『内魔力』が減っているようだね」
目をキラリとさせたシシルノさんが前置きせずに指摘してきた。確実に【魔力視】を使ったな。
「ええ。昨日の醜態を反省しまして」
「技能を取ったのかい?」
「主に【平静】【高揚】【痛覚軽減】それと【鼓舞】なんか、ですね」
「そう……。いい心がけだね」
シシルノさん、顔では笑って賞賛してくれているけれど、あれは半分疑ってる。
アヴェステラさんとヒルロッドさんも多分気付いたな。
まあ最悪バレたらその時はその時だ。
いつまで経っても【聖術】を持たないままっていうのも変な話になってしまうから、どこまで引き延ばせるか程度にしか考えていない。
それを目の前の三人がどう捉えて、どういう行動に出るか、こればっかりは賭けになる。
「【鼓舞】を取ったのはホウタニくんかな?」
「はいっ、そうです!」
でもなぜ声をかけたのか。
「ならば今日の座学は『魔力の特性』について、すこし応用といこうか」
魔力の特性についてか。何度もあった話題だけど、応用?
◇◇◇
「君たちのいた世界のことはいったん置いておこう。大切なのは今ここにいる君たちだからね。こちらの世界の法則にしたがうしかないのは、もう理解できているだろうから」
説明担当はもちろんはシシルノさんだ。教授モードに入っているようで、そんな時の彼女は実に楽しそうになる。
この世界の法則、ね。
魔力があっても地球との違いはそれくらいだ。人はいるし、食べて寝て、国もある。俺たちのほとんどは、もう『そういうもの』として受け止め終わっている。
『光速は、重力加速度は、定数が違えば宇宙そのものが存在できない。なのになぜ魔力なんてものがあって、それなのに宇宙と星があるんだ』
当初委員長は錯乱していた。こういう話になると早口で口調が変わるのは、俺たちオタ側の人間と変わらないな。
それでも最近は諦めたらしく、むしろ積極的に魔力システムを理解しようとしている。
「魔力はそのまま生物としての強さにつながる。不意打ちだまし討ち、小細工を使えば覆ることもあるが、真正面からやりあえば魔力が豊富で階位と技能を持つものが勝つ。そこが基本だね。さて……、カイトウくん。どうしてだと思う?」
まるきり授業の様相になってきた。当てられた
「『外魔力』が多いと、えっと、力強くて硬くなるから、です」
答え方がたどたどしくて、いかにも自信なさげだ。あっているから自信を持てばいいのに。
「正解だね。けれどその解答だと半分だよ。シライシくんは憶えているかな?」
それにしても
「えと……。『魔力の打ち消し合い』ですか?」
「お見事。ちゃんと憶えていてくれたんだね」
偉いぞ、さすがは文系白石さんだ。
シシルノさんが大満足の笑顔になっている。けどまあおべんちゃらも混じっているんだろう。いいから今すぐ助手になれと顔に書いてあるからなあ。そろそろ諦めてほしいのだけど。
「カイトウくんが言ったとおり、外魔力を持ったり技能を使えば、まず肉体や武器が頑強になる。特に身体については単純に筋力が増えるのと同様の現象が発生するし、反応速度や視力など感覚すら強化される」
その結果が訓練場で繰り広げられていた超人大運動会だ。
地球の筋トレマニアに聞かれたらブチ切れ案件間違いなしだな。
「そしてもうひとつが、シライシくんの言った『魔力の打ち消し合い』だ。『魔力の相互拒否』ともいうね」
これはまた委員長が好きそうな単語が出てきたけれど、概要はもう知っている。
そもそも『打ち消し合い』を習うきっかけになったのが委員長の発想だったのだ。
「我々は『魔力を掌握』することで階位を上げる。その時点で魔力は所有する者の色に染まることになる」
ヤバ目の単語だと思ってしまう。『俺色に……』とかいうフレーズを読んだことがあるけれど、ここで顔に出すのは危険だ。表情を変えないようにして続きを聞かなければ。
「学者連中がいろいろな説や造語を作っているがね、わたしとしては『自己主張』と表現するのがわかりやすいと考えているよ」
魔力の自己主張とはいうが、もちろん人格があるわけではない。日本人的にわかりやすくするならこの場合は『指紋』かもしれないけれど、それだけだと比喩としては足りない。
「取り込んだ自らの魔力は他者のソレを拒絶し、喧嘩し、場合によっては共倒れになる。それが『魔力の打ち消し合い』だね」
これがなかなか厄介なルールなのだ。
たとえば魔力を纏った者同士が殴り合うとして、相手の魔力で覆った顔に、こちらの魔力を乗せたパンチを放ったとする。この場合至近距離で、それも接触しそうな部分だけで魔力の削り合いが発生して、結果として魔力の多い方が『有利にはなる』。この世界において魔力量は正義だ。
では攻撃側の魔力が勝っていたとして、そこからが問題になる。
この場合防御に関する魔力ガードが剥がれるわけだが、基本『自分の魔力は敵の体に浸透しない』のだ。
あくまで『体には』だから攻撃側が魔力を使って打撃速度を上げたり、剣を硬くしたりしていれば攻撃力は上がる。
さっきの『指紋』で足りないというのはこれだ。医者の息子、
この話の後半部分を聞かされた
魔力の隙を突く方法があるかもしれない。彼女たちは魔力偏重主義の世界に『技』の可能性を見出したらしい。
俺などは結局魔力量じゃないかとも思ったが、階位の差を埋める可能性は少しでも多い方がいいと言われてしまった。それはそうだ。
「ちなみに昨日使った短剣だが、アレは【紅牛】種を素材にしている。頑丈で柔軟で、魔力が通りやすいんだ。意識をしなくても勝手に魔力を纏うくらいに」
ヒルロッドさんが補足する。つまり剣に魔力を通すような技能を持たなくても攻撃は通るのだと。
でもなぜ一度した話を蒸し返した? シシルノさんらしくないし、復習というより応用前の再確認、前提ということか。
「この話題に繋がったアイシロくんの発想は面白かった。なるほど、常識の違いと知識の有無というのは大事だと思い知ったものだよ」
「あの時はすみませんでした。仲間にもあとで怒られました」
「疑問を呈して怒られた?」
「いえ、身内の話ですので」
シシルノさんは首を傾げて、委員長はバツが悪そうに苦笑いをしている。
あれは風呂の話題が出たあとだったか。魔術があって熱を出せるのならばと、委員長が言ったのだ。
『
などとほざいた彼は身内に糾弾された。結論としては不可能だったけれど、序盤で即死魔法とはなにごとかと。
ちなみに魔力で水を沸騰させてから敵にぶつければ、それは立派な攻撃になりうる。『ホットウォーターボール』は存在しうるのだ。
そんな些細な疑問が『魔力の打ち消し合い』の授業に繋がったのだから、シシルノ教授はやってくれる。先生向きといったら
◇◇◇
「ここからが今日の本題だ。『打ち消し合い』の例外……、というより障害になる魔術技能がある」
なるほどそういうことか。話の流れが見えてきたぞ。
「さっき話題になったホウタニくんの【鼓舞】だ。ほかに代表的なものとして【聖術】、王女殿下の【神授認識】もこれにあたるね」
シシルノさん、今ワザと【聖術】って単語を混ぜてきただろ。
「君たちが魔獣に立ち向かうために取得した【高揚】と似た効果を持つ【鼓舞】だが、その機序には決定的な違いがある」
──『魔力の打ち消し合い』だ。シシルノさんはそう続けた。
ここまでくればたぶんみんなも気付いた。
「そう心配しなくてもいいよ。【鼓舞】はしっかり機能する。じゃないと【聖術】が他者に効かないことになってしまうからね」
「でも、効果が弱い、とか?」
あれだけ元気な奉谷さんが珍しく弱気な声をしている。
「まずひとつ、人と魔獣の間でお互い直接的な魔力は通用しない。だが人と人なら『色』が似ているんだ。きちんと技能は通るんだよ」
落ち着かせるような声色でシシルノさんが説明した。
「付け加えるなら『対象者が受け入れる心』を持てば、効果は大幅に上昇する。むしろこれが重要だね」
なるほど心持ちが大切ということか。ここにきて心理的要素が出てくるとは。
「そしてもうひとつ。魔力の浸透を効率化できる技能もあるんだよ。君たちの中にも候補を持っている人がいるんじゃないかい?」
微妙に罠がありそうな福音だった。
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