第30話 効率的な熟練度の稼ぎ方




「わかった、取るよ」


 藍城あいしろ委員長は三秒も経たずに返事をした。


【痛覚軽減】はほとんどのクラスメイトが候補に持っている。なぜか俺は持っていないけれど、これまでの経験で出現させる方法は想像できた。すごく嫌な手段だけれど。

 そんな【痛覚軽減】だが、騎士系の神授職持ちは低コストで取得できるとシシルノ教授から教わっていた。物理盾、表現を変えれば物理タンクになるなら取っておいた方がいいのは明らかだ。


「正直言うと、怖いけれどね」


 そこにいるのはいつも通りのちょっとビビりな委員長だった。けれども顔は大真面目だ。やると決めたら率先してやるタイプなところが羨ましい。


 人間誰だって痛いのは嫌いだと思う。だからといって『痛みを感じなくなる』のは、それはそれで怖い。

 たとえば自分の手足が吹き飛んだとしてそれでも全く痛くなかったら、想像するだけでも恐怖だ。

 熟練度システムを考えれば簡単に痛覚を感じなくなるようなことは無いと思う。それでも【平静】みたいな精神系とはワケが違う恐ろしさがあった。



「よし。俺と上杉うえすぎは【聖術】で確定。委員長は【痛覚軽減】だな」


「ええ、わかりました」


 委員長の決断を受け止めて、田村たむら上杉うえすぎさんも心を固めた。

 上杉さんはいつもどおりの冷静さで、田村はちょっと複雑そうな顔だ。本当は委員長にあんなことを言いたくなかったのかもしれない。


 とにかくこれで俺たちがやるべきことは決まった。

 事前に話し合っておいた『【聖術】の熟練度を上げるのと同時に誤魔化す作戦』の開催だ。けれども【痛覚軽減】が委員長ひとりっていうのはちょっと足りない。となると先生とか中宮なかみやさんあたりが名乗りを上げそうで怖いな。


 意地の悪い田村の誘導加減だったが、作戦を考えれば誰かが【痛覚軽減】を取らざるを得ないのだ。もしかしたらあいつは、露悪的にそうしたのかもしれない。



「……俺も【痛覚軽減】を取る。どうせいつかはだし」


「だな。騎士系は持ってたほうがいいんじゃないか?」


「ちっ、言われなくてもだ」


「僕もやっぱり取らなきゃダメか、ヤだなあ」


 成りゆきを見ていたらしい騎士系の四人、【岩騎士】の馬那まな、【霧騎士】の古韮ふるにら、【重騎士】の佩丘はきおか、最後に渋々で【風騎士】の野来のきが手を挙げた。

 野来はかなりビビっているけれど、ほかの騎士たちはガチギマリの決心が表に出ている。度胸があるな。


 みんなでこの世界を生き抜いて家に帰るためだ。俺も見習わないと。



 ◇◇◇



 クラスメイトたちが次々と技能を取っていく。

 この世界に来て七日目。魔獣を殺すという現実を前に、ついに俺たちは本格的に打って出た。


 とはいえ、俺にできることは少ない。【観察】と【体力向上】で魔力を結構削ったからだ。それは綿原わたはらさんも一緒。

 結果、俺と彼女が新しく取ったのは【平静】だけ。それでも最初に持っていた紫の球、つまり『内魔力』は半分くらいのサイズになってしまっていた。



 そう、半分だ。それがクラスの目安になる。


「【聖術】を取ったことを誤魔化す、だったよね。僕は【平静】と【痛覚軽減】で大体半分くらいになった。みんなはどうかな」


 真っ先に技能を取ったらしい委員長がみんなに問いかける。


「おう」


「わたしは【平静】と【視野拡大】にしたわ」


「ごめん、自信が無いから【平静】と【高揚】両方にした」


「ワタシは予定通り【身体強化】でいきマス。強い弓使いデス」


 方々から声が上がる。ある程度計画はしておいたので、流れはスムーズだった。

 たとえば【忍術士】の草間くさまは今後を考えて【気配察知】を取得しておく、なんていうのもだ。

 独自路線を走る先生は【集中力向上】を取った。自分の空手スタイルにマッチしていて、それでいて誰も持っていない技能を率先して取りにいっているようだ。たぶん先生は実験台になろうとしている。だからこそ安心して中宮さんが【視野拡大】を取りにいけた。



 イレギュラーはそこからだった。


「ボクは【平静】もだけど、【鼓舞】も取る」


「わたしは……【奮戦歌唱】」


 予定にないことを言いだしたのは、いつも元気な【奮術師】の奉谷ほうたにさんと、歌う時だけ元気になれる【騒術師】の白石しらいしさんだった。


 奉谷さんはまだわかる。魔力に余裕があるのは周知されていたから。

 けれど白石さんはどうなんだ。すでに取得してある【大声】はたしかに『歌唱系』に繋げるために取っていた。ここまではいい。


「【奮戦歌唱】を取って魔力に余裕があったら【平静】を……。ごめん、ダメね。もう半分になっちゃった」


 話しながら取ったのか!?


「……まあ、仕方ないっか。鳴子めいこちゃん、お願いね」


「まかせてよ。ボクがバッチリ【鼓舞】してあげる!」


 白石さんと奉谷さん。バッファー系のふたりはずっと考えていたのかもしれない。ダメージでしか経験値が入らないこの世界のルールで、どうやったらいいのかを。



「みんな、魔獣をがっちり抑え込めるくらい強くなってね。そしたらわたしも覚悟を決めて、ちゃんとやるから」


 おさげがを垂らしたいかにも文学少女で、小さくて細くて気弱に見える白石さんは、クラスメイトを信じる強さを隠し持っていた。


「それまでわたしは歌で応援するから」


 どちらかというとオタク側の白石さん。彼女は技能関連の書記みたいな感じで、資料作りに奔走している。小さな体で、すごく頑張ってくれていた。

 今も勇気を出して頑張っている。



 俺はなんだ。あんな彼女を見た俺はどうする。


八津やづくん」


 すぐ近くで俺だけに聞こえるように綿原さんが呟いた。


「わたし、ちょっと燃えてきたかもしれない。八津くんは?」


「ああ。今は熟練上げくらいしかできないのが悔しいけど、だったらそれをやるだけだ」


「そうよね」


 俺と綿原さんは初日に魔力が重たい技能を取ったせいで、今のままだと新しくできることは少ない。

 それでも熟練度なら一日の長がある。ふたりとも攻撃に繋がる技能に欠けるけれど、やれることならなんでもやってやる。それこそマッパーだって望むところだ。



『【聖術】の熟練度を上げるのと同時に誤魔化す作戦』の内『誤魔化し』の方はつまり隠蔽だ。今日の訓練で危機感を覚えたクラスの全員が、それぞれ技能を取って対応したということにする。

『なぜか』みんなの『内魔力』が半分くらいになるように調整してだ。


 その中にこっそり【聖術】が混じっているけど、王国側に知るすべは無し。というお釈迦様でも理論だった。


 その夜、一年一組は明確な一歩を踏み出した。



 ◇◇◇



「痛ったぁ!」


「男でしょ。がまんしなさいな」


「綿原さん、意外と力あるんだな」


「なに?」


「あ、いや」


「おふたりは仲良しさんですね」


 俺は綿原さんにバシバシと背中を引っ叩かれている。わざわざシャツをめくって素肌を晒しているから、手形がバッチリだ。そういうプレイじゃないからな。


 同時並行で上杉さんが【聖術】を使ってそれを治していく。治すといっても、練度の低さなんだろう、痛いがムズ痒いくらいになる程度だ。



「あ、出た。出たよ【痛覚軽減】。いいから、綿原さん、もういいから!」


「ふぅ」


 そう、今やっていた倒錯的行為は上杉さんの練度上げと、俺に【痛覚軽減】を出すためにしていたことだ。ほとんどの連中が【痛覚軽減】を持っていたので、ちょっと刺激してやれば発現すると予想しての暴挙だった。

 ついさっき白石さんから勇気を貰ったばかりなのに、それでもツラかったな。


 ところでなんで綿原さんは満足そうな顔をしているのだろう。ちょっと頬が赤くないか?


「ではわたしはあちらに」


 そう言い残して上杉さんは次の被験者を求めて旅立っていった。流しの辻ヒーラーみたいだな。



「うらあ!」


「てめえ、俺に恨みでもあるのかよ!」


「熟練度上げだ、熟練熟練」


「ちくしょう。田村、早く回復寄こせ!」


 俺のプレイ、もとい試行はアレを見ればお遊びだ。

 騎士組と【聖術】を取った田村の六人で、壮絶な修羅場が展開されている。今そこに上杉さんが加わる形だ。



「痛い! 痛いよ、佩丘くん」


「へっ、【風騎士】さまは貧弱だなあ」


「だめよ佩丘くん。今はまだ手加減してあげないと」


「上杉さん……」


「へいへい」


 背中を叩きあう野来と佩丘、そこに上杉さんがエントリーした。


「わたしの練度が上がったら、もっと派手にやってくださいね」


「ひぃっ!?」


「……お前、マジかよ」


 彼らがやっているのは【痛覚軽減】を取った五人と【聖術】使いの二人が組んで、お互いの練度上げだ。

【痛覚軽減】持ちが背中を腫らして【聖術】で治す。背中なのは、もし治療に失敗してもヒルロッドさんたちにバレにくいという理由だ。狙うならボディであると、先生が太鼓判を押してくれた。


 なんともいえない練度上げ。これが『作戦』のもうひとつのキモだった。メインはもちろん【聖術】の方だけに騎士組が可哀相になるけれど、ここは修羅と化すしかない。

 だから俺はそんな光景を【観察】しまくるのだ。嫌だなあ。



「いちおう僕が【気配察知】使ってるけど、練度が低いんだからあんまり大声ださないでね」


 草間は壁に耳を貼り付けて、気配を拾っている。それもまた【気配察知】の熟練上げだ。頼むぞ【忍術士】。

 王国側が俺たちの様子を監視しているとしたらメイドさんたち三人衆なんだろうけれど、もしもこの光景を見たらどういう反応をするだろう。もし音だけを探っていたら……。想像したくないな。


 そんな俺たちの近くでは【集中力向上】を取った先生が、目をつむって瞑想をしていた。俺たちには目もくれず、背筋を伸ばして正座をしている。


 談話室はカオスだった。それともサバトか。



 後日、こんなアホな熟練稼ぎのお陰で、俺たちが『勇者チート』ではなく『一年一組チート』を持っていることが発覚するのだが、それはまだもう少し後の話だ。


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