第33話 やらなきゃならないこと:【裂鞭士】疋朝顔
「うりゃ」
われながら力の無い掛け声だよなあって思うよ。
アタシが右手に持っているのは長さが一メートルくらいの革でできた細い紐。正確に言えば鞭らしい。迷宮のなんとかっていう魔獣の革製のソレを、周りに注意しながら振り回す。ペチンと情けない音を立てて、鞭が壁を叩いた。
夜の談話室の端っこで、孤独との闘いみたいになってるのがなあ。危ないから近くに人を呼べないし。
アタシの持ってる神授職は【裂鞭士】。鞭使いってことらしいけれど、異世界転移の神様はなんてことをしてくれたんだと思う。
美容室の娘だからハサミとかなら使ったこともあるし、お裁縫くらいならやったこともある。だけどさ、鞭を持ったことなんてあるわけないでしょ。
『競馬とかの鞭なら短くていいんじゃないかな』
長い鞭を振り回すのなんてムリだって言ったら、副委員長の
『それがね、【鞭士】っていうのが資料にあったんだけど。長い鞭を自在に操っていたんだよ』
そんな凛の優しさを、神授職調べ係の
ココに来てからもう十日。最初にあった、もしかしたら異世界恋愛あるんじゃね? なんていう気持ちはとっくに消えた。どうしてこうなった。
◇◇◇
心のツボは人それぞれなんだと思う。
ほかの人なら何気なく流してしまうのに、自分の場合はイラっとしてしまうコトがある。たぶん誰にでもそういう部分があるはずだ。あるよね?
じいちゃんの代から続くウチの店が『理容と美容の疋』から『ヘアサロン・HIKI』になったのは五年くらい前だったかな。
『どう
『そうだねママ。綺麗なお店。カッコいいよ!』
ずっと店をお休みにしていたから何をしてるのかなって気になっていた。一階からトンカントンカンって工事の音がずっとしていて、いつもとなんが違うとはしゃいでたのを思い出す。
アタシが育った家は、白青赤の帯がグルグル回っていた看板が付け替えられて、外も内も黒をベースにした、いかにも今風のオシャレなサロンに生まれ変わっていた。
ついでにこれから自宅にしている二階もリフォームするとかで、しばらくママの実家に泊まったっけ。
何年か経って、パパとママが店を改装した理由がアタシのためだって薄々気付いて、自分でもよくわからないなんかヤな気分になった。
どこの家でもあると思う。子供に相談もしないで、そのくせ子供のためにと親がなにかをやらかすケース。こういうのには反論しにくいんだ。向こうには悪気が無いし、こっちだって悪い気がしているわけじゃない。そうだね、親心は大切だからね、って。
たださ、ちょっとだけでもいい、一言相談してくれていたらなってそのときは思ったんだ。
そしたら一緒になって決めたからって、もっと前向きになれてた気がする。あの頃アタシは十歳だったから、微妙なところかな。
こんな考え方をしてしまう自分は、ひねくれものなのかもしれない。
別に美容師になりたくないわけじゃないし、むしろパパとママに憧れてアタシはもっとすごくなってやるって思ってたのに。
もしかしてハンコーキってヤツだったのかな。
こっちの世界、異世界、アウローニヤ王国。こんなところにいきなり呼び出されて、アタシがどうしたかったかを突きつけられることになるなんてね。
こういうラノベやアニメは好きだったし、チートもらってアタシつえーとかも悪くない。もしかして恋愛モノのチャンスもあるかもくらいに最初は思った。
アタシがこの手の話が結構好きだって
しまいに古韮のヤツ、クラス全員にバラしやがった。あとで聞いたらみんな知っていたみたいで、驚いていたのは
『けっこー美味しいじゃん』
『朝顔は気楽だね』
不自由な異世界なんてことは全然なくって、ごはんはそれなりに美味しかったし、お風呂にもちゃんと入れたし、クラスの連中も一緒だった。だからたぶん最初の内は、ちょっとした旅行気分だったんだ。スマホ禁止令が出たのは気に食わないけど、ネットに繋がらないなら意味ないし。
でも先生に諭されて、そのあと訓練とかいって延々と歩かされたり、ネズミをブスッとやらされて、異世界やっほぃな気分は吹き飛んだ。
◇◇◇
クラスの中でワタシだけ、ほかの誰も持っていない技能の候補がある。しかもふたつ。
それが【魔力伝導】と【魔力凝縮】。
八津や碧が調べたら、これこそ長い鞭を使う理由だってわかってきた。
鞭に魔力が流せるんだとか。
『この世界の魔法って、あまり遠くまで飛ばせないみたいなんだよな』
そんなことを言ってた八津は頭をガリガリ掻いていた。横でそれを見ている
『だからさ、鞭に魔力を通して遠くを攻撃できるって、すごいんだよ』
『鮫もいいけど、鞭も悪くないわね』
だから凪、そんなだからアンタは不思議クールとか言われるんだよ。
◇◇◇
「そうりゃ」
寂しい鞭振りは続いている。壁がペチコンと音を立てた。
三日前に取れるだけの技能をみんなで取ってから始めた練習だけど、最初はひどかった。今もあんまり変わらないけど。
お陰様でアタシの周囲二メートルは接近禁止になったくらいだ。むなしい。
「おーい、
ミアは【疾弓士】で海藤は【剛擲士】だ。アタシと同じでゲーム的にいうと『遠距離物理アタッカー』ってことになるらしい。一応だけど仲間意識はある、かな。
「俺はピッチャーだぞ。鞭なんてわかんねえよ」
「心で打つのデス」
ピッチャーって球を投げる人でしょ? 似たようなものじゃないのかな。
それとミアはダメだ。頼る相手を間違った。
「まあいいからさ。ふたりともやってみせてよ。一応参考にするから」
鞭の扱いは海藤がそれなりで、ミアは上手かった。アタシが一番ヘタクソってどういうことさ。
「ワタシも
「あー、そっか。海藤はどう? やっぱり感覚変わる?」
こういうことをミアに聞いても無駄な気がする。
「まあな。
「アタシは【平静】と【高揚】取っちゃったからねえ。階位が上がったら考える」
「疋はアレだろ。忍者みたいなこともやる予定なんだよな? 大変だ」
「まあボチボチ手を出してくかな。アタシはやることはやる子だからね」
「どっせいデス」
休憩がてらに話しをしていたら、掛け声の直後にピュン、バシンって壁からすごい音がした。
驚いた顔でみんながこっちを見てる。アタシと海藤もビックリ顔だよ。
「見切りまシタ。手首デス。鞭は心と手首で振るうのデス!」
やらかしたのはミアだった。ドヤ顔が絶妙にウザい。
これだから天才肌は。それでもまあ助言は助言。
「手首……、手首ねえ。わかった。やってみる」
笑顔が無邪気すぎるから邪険にできないんだよね。まったくこのエルフモドキめ。
「もう少しお手本見せてよ」
「まかせろデス」
ミアがひゅんひゅんと鞭を振り回してるけど、ホントに上手いね。弓と代わってくれない?
「もう十日か」
「だねぇ。そろそろ迷宮に潜る予定を考えるって、ヒルロッドのおっさんが言ってた」
「俺、それ聞いてないんだけど」
「海藤ってあの時、別のトコで石投げしてたかも」
海藤が苦い顔をしているけど、アタシたちが迷宮に入る日が近づいている。
「階位を上げないと強くなれないし、仕方ないっしょ」
「疋って、チャラいのに口と格好以外は真面目だよな」
「ファッションって言ってよ。それとアタシは全部マジメ」
整理整頓、清潔、やらなきゃならないことは手を抜かないでキッチリやる。それが美容師の基本だって教わって育ったからね。
「朝顔はチャラ真面目っ子デス」
「なにさそれ。ミアに比べたら誰だってマジメだよ」
「そうそう。コレをやると鞭使いっぽくなるデスヨ?」
手にした鞭を二つ折りにしてから、ミアは両手で曲げたり伸ばしたりしてパンパンって音を立てた。たしかにソレっぽいわ。けどそうじゃないでしょ。
「ウチの女子は怖えなあ。八津に教えてやろ」
「ブちますヨ? 貴」
「ミア、弓の的ってどうするのさ。海藤なんて狙いやすくない?」
「勘弁してくれよ」
アタシとミアの攻撃で海藤が両手を上げた。ざまあみろだ。
『あ~おぅ~え~あぁ~』
「俺、この歌聴いたことあるけど、最初のコレって何語?」
「知らないよ」
「ケルトっぽいデス」
筋トレは終わったのかな、碧の歌が始まった。ならアタシも。
「んじゃアタシもやりますか。ミア、ちょっとだけ参考になったからありがと。海藤もね」
「微妙なお礼デス」
「アタシは繰り返した数で勝負するタイプだからね」
「地味に努力家だな」
海藤うるさい。
◇◇◇
歌が談話室に響いている。ああ、いい声だねえ。
しかもこの歌、アタシも大好きなヤツだ。技能の効果を抜きにしてもアガってくるのが自分でもよくわかる。
ずっと歌っているあの子の喉が心配だって、何人かがカバンに詰め込んでた飴玉が全部貢物にされた。男子からしてみれば本望だろう。
負けてられないなぁ。大人しい碧とチャラいアタシは、文学しょーじょ仲間だし。
『朝顔はやるときはやるもんね』
いつでもちゃんとやってるって。
アンタが歌ってる間は、アタシだって鞭を振り続けるからさ。
アタシが生まれたあの町で、アタシをモヤモヤさせてくれる店の看板が待っている。もちろんパパもママもじいちゃんもばあちゃんも。
専門学校は札幌がいいかなあ。いっそ東京いっちゃう?
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