第380話 交流のあった人々と
「なんだか、この国に来てから一番強烈な人だったかもなあ」
「うーん、女王様もアレだったし、さすがは姉妹なのかな」
イケメンオタの
アネゴな
「
「ああ。古韮は兄さんだっけ」
「札幌の大学行ってる。ウチは家を継ぐとか関係ないし」
今はもういない俺の父さんは、古韮の父親と同じ建築会社の同僚だった。
とはいえ八津家は俺が小学二年の頃に札幌の本社に転勤になって、古韮の父親はずっと山士幌支店勤務。
本当だったら父さんはこの春から山士幌支店の支店長になる予定だったんだけどな。
古韮の父親は工事の現場監督が仕事で、結構な数の家やビルなんかを山士幌に建てているらしい。チャラ子な
ウチのクラスはそういう横の繋がりが多すぎて、ポロポロと意味不明な接点が出てくるものだから、そっち系の話題が尽きることがない。
それのお陰というか副作用というか、そういう繋がりのせいでウチのクラスには特有の空気がある。
俺たちはお互いに仲間をよくイジるが、それがイジメにはならない。俺はそこに結構な違和感を感じていた側だったのだけど、付き合っているうちに見えてきたものもあるわけで。
十年をかけて分かり合った個々人の境界線を見切り、そこの二歩くらい手前までが目安というか、誰かがやらかしそうになれば誰かが引き留めるというスタンスが確立しているのだ。
なぜそんな綱渡りが成立するのか、俺には奇跡としか思えないのだが、そこを補正しているのがさっき出した古韮と疋さんみたいな家同士の繋がりだったりする。
一年一組は親世代、祖父母世代に山士幌高校の出身者が多くて、なんらかの形で知り合いばかり。なのでクラスメイトたちが小学生時代に手加減をしそこなったなんていう事件が起きても、変な上下関係が絡まずに、まず自分の親からゲンコツが振ってきたのだとか。
で、相手の家に出向いて両親と一緒に頭を下げてから食事をして仲直りという寸法だ。
会食は相手の家だったり、もしくは小料理屋の『うえすぎ』だったりと、まあそういうことになる。
そういえば俺も山士幌にいた頃に父さんに怒られた記憶が薄っすらとあるんだよな。アレって誰が相手だったんだろう。もしかして伏線か? これ。
それに加えて一年一組に在籍するメンバーは、ひねくれた俺からしてみると信じられないくらいに良い奴らばかりだ。
今もこうして古韮と話していると、頼もしくて愉快な連中の関係性がふと頭に浮かび、なるほどウチのクラスでイジメなんていうダサいマネをする馬鹿がいないことを思い知るのだ。
にしても『家を継ぐ』か。ウチのクラスメイトたちからはナチュラルにそんな単語が飛び出すことが多い。
「俺の感覚だとさ、古韮」
「ん?」
「ウチのクラスって、家を継ぐ人が多すぎなんだよ。札幌の中学でそんなヤツ、クラスに五人もいなかったぞ」
「ええっと、家業と関係ないのって、俺と八津、奉谷、
言われるまで考えもしていなかったといった感じで指折り数える古韮だけど、なぜ『進路未定』を先に出すのか。そっちの方が少数派だからっていうのはわかってはいるものの、なんだかなあ。
高校一年生、しかも普通科に入学したばっかりの連中なのに、進路が不透明なのが二十一人中八人だけとか、どれだけだよ。
町役場を狙う
いや、酒季の姉の方、
一年一組に溶け込むほど、楽しくはあるのだけど、また別の形で取り残されていくような気分にもさせられるんだ。
みんなとの会話で何度も話題にしたことのあるネタだけど、将来どうしたいっていうのは、こちらに飛ばされたからこそ、俺にとっては逆にリアルさを持つようになった。
話せば話すほど、みんなが将来を見ているっていうのが伝わってくるからなあ。
帰ったらどうしたいか。クラスメイトたちの現実的な将来を知ってしまうと……。
俺はどうなりたいんだろう。
「ほら、二人ともボサっとしてないで、そのテーブルはここ」
同じくオタ仲間の
ラハイド侯爵夫妻が立ち去ってからすぐに、俺たちは今夜開催される宴会の準備に入った。
俺と古韮、野来がたんとうしているのは会場の設営。場所は前回ミームス隊をお誘いしたのと同じで、離宮の大広間となる。
「急がないと、このあとは色紙もあるんだから」
「へーい!」
仕事を急がせる野来に俺と古韮が声を揃えて間延びした返事をする。
ベルサリア様たちとの会談が思った以上に長引いたので、
そちらには俺や古韮もこのあとで参加することになっているので、会場設営班は何故か現場監督みたいになっている野来にせっつかれているのが現状だったりする。
「ほらほら、中宮さんを見習って」
「うっす」
「てかアレはムリだろ」
野来の視線の先では中宮さんが椅子やらテーブルを『山積み』にして運んでいる。
古韮は投げやりに答え、俺は素直な感想を述べるのだけど、アレは力だけでできることではないだろ。
「技術の無駄使いだよなあ」
ボヤく古韮だけど、全くそのとおりだ。
テーブルの上にテーブルが乗って、さらにそこに椅子が五脚も重なっている。折り畳み椅子じゃなくて、しっかり背もたれまでくっ付いているゴツいのをだ。
どういうバランス感覚してたら、あんなコトができるのやら。
「あっ、崩れマス」
「なにやってんのさ、ミア」
「助かりマシた。やっぱり
同じく設営班になっているミアと春さんの声が響く。トラブルメーカーミアがやらかしたようだ。
中宮さんたちに対抗心を抱いたのか、ミアは椅子山積みにして運んでいたもんな。
瞬間移動の様に動き、さらには【風術】まで使った春さんが落下するイスを受け止めて、ひとつひとつ床に置いていくけれど、もはやアレすら芸だよな。
「『劇団緑山』ってか」
「古韮、俺は何も言ってないからな? 言ったのお前だからな?」
「友を売るのかよ、八津」
「いいから二人とも、動く動く」
半笑いで言い合いをする俺と古韮に、再び野来がツッコミを入れた。
◇◇◇
「じゃあ、乾杯です!」
「乾杯!!」
挨拶を終えた委員長のコールの下、この場に集まった全員がグラスを掲げて唱和した。
ただしノンアルコール。俺たちは最後まで先生の意思を尊重し、協力を惜しまない集団なのだ。
離宮の大広間に集合しているのは、アヴェステラさんとヒルロッドさんを除く『緑山』全員。アヴェステラさんはわかるのだけど、ヒルロッドさんも忙しいらしい。
で、第四近衛騎士団『蒼雷』のキャルシヤ団長率いるイトル隊が二十名。
第五近衛騎士団『黄石』からはジェブリーさんが隊長をしているカリハ隊十六名。もちろんヴェッツさんも一緒だ。
特別ゲストはシャーレア・モルカノさんたち、序盤の俺たちを支えてくれた【聖術師】のみなさん、三名。もちろんパードなんていう名前の人物はここにいない。あの人はどうなったんだろうなあ。
本当なら
呼べば彼らのためにならないのが明らかなのがこの国の現状だ。
そういうのを今後のアウローニヤは維持していくのか、それとも変えるのか。
アヴェステラさんが言うには、急激な変化はやっぱり難しいらしい。国には独自の文化と伝統があって、一方的で単純な善悪だけで作ったり捨てたりはできないのだとか。
なんにしてもだ、こうして前回ミームス隊を迎えてのモノよりもさらに大人数になった宴会が始まった。
「そうか。アンタらはウニエラか」
「ああ。私たちが望んだことだよ。叶えてくださった陛下には感謝しかない」
「家は、いいのかよ」
「私はただの騎士さ。ハウーズ・バスマン。それだけの名だ」
料理を乗せた皿を持ち強面な佩丘と対峙しているのは、ハウーズ・ミン・バスマン改め、騎士ハウーズだ。バスマン男爵家の次期当主はもういない。
彼は今回の特別ゲスト。とはいっても、こちらからの要望を女王様が叶えてくれた形だ。
なのでサプライズとなったのはハウーズたちの方になるな。よろしくない立場なのに、よくぞ来てくれたというのが正直な俺の感想になるのだけれど、彼らの表情はスッキリしていて、初登場時の嫌味な雰囲気は欠片も残っていない。漂白されきって真っ白だよ。
そう、ハウーズだけではない。アイツと行動を共にしていたシュラハー、ルカリマ、ミスバート、キュラックらもここに呼ばれている。
彼らは全員が家を捨て、それでも騎士爵だけを持たされて、ウニエラ公国に送られる第一王子に同行することになった。
アヴェステラさんたちが隠し通路から王室区画『黒い
彼らはアウローニヤ籍のままウニエラ公国に派遣される。敗れた王族を送り込むのだから、こちらからの誠意のひとつになるらしい。
ウチのクラスからは佩丘をはじめ委員長、野来、古韮、そして
そんな光景を壁に背を預けるようにして見つめる先生の目は優しげだ。
アレが噂の後方なんとやらというヤツかと俺は謎の感動を隠しきれない。先生がやると、本当にサマになるんだよな。
辺りを見ればいろいろなメンバーが会話をしていて、それぞれは概ね笑顔だ。
シャーレアさんと話をしているのは医療系を意識しているのか【聖盾師】の
別の場所ではキャルシヤさんとアネゴな笹見さんが談笑しているのも見える。
大柄なキャルシヤさんと笹見さんの組み合わせは中々の迫力な上に、二人ともが豪放なタイプなので気が合ったりするのだろうか。笹見さんは口調だけで、実際は結構繊細なんだけどな。
「そっか。まだ動かしづらいです?」
「気合いデス……、なんで春は睨むんデスか」
「おいおい、これでも少しは良くなってきてるんだぞ」
まだまだ足が不自由なジェブリーさんは松葉づえを突いている。
それにまとわりつくように春さんとミアがやいのやいのするところを、ヴェッツさんたち隊員が囃し立てているという恰好だ。
ちなみに松葉づえについては、一年一組から提供されたスケッチから作られたモノだったりする。これくらいの優しい知識チートがあってもいいじゃないか。
「じゃあそろそろ出し物やりまーす!」
元気な
◇◇◇
「そういえばシシルノさんって、昼間はずっと女王様のとこだったんですよね?」
「大したことではなかったよ。今後の改革、というか改正の草案を見せてもらっただけさ」
俺とシシルノさんは向かい合いではなく、並んで同じ方向を見ながら会話をしている。
大広間の一段高いところで現在行われているのは、【風騎士】野来と【嵐剣士】春さんによる、空中模擬戦だ。二人ともが【風術】を駆使しているお陰で、ホールには軽く風が舞っているが、料理をひっくり返す程度のものではない。
ちゃんと実験したからな。でなければこの場を仕切る上杉さんがオーケーを出すはずがない。
なんだか普通に二段ジャンプ紛いなコトをしているけれど、アイツらは将来的にどうなってしまうんだろう。
師匠として二人を見守る【翔騎士】たるガラリエさんの表情は柔らかい。よかったな、野来に春さん。ガラリエさんに見せつけるんだって、頑張って練習していた甲斐があったじゃないか。
とはいえ練習光景を普通にガラリエさんは見ていた上に、助言まで出していたわけで、この場はむしろ発表会を見守る父兄側の気分なのかもしれない。
「ちょっと野来ぃ」
「は、春さんだってっ!」
時々制御をミスってひっくり返りそうになったりして、そこがまた観客の笑いを誘うのだからズルいヤツらだ。
シシルノさんもいつもと違って普通に笑ってしまっている。妙な表現かもしれないけれど、この人を素直に笑わせるなんて、それだけで立派な芸だぞ。
ガラリエさんの眉はちょっと下がっているけどな。
「それってすごいことじゃないですか。女王様から相談されるなんて」
「アヴィなどは作成に関わった側で、わたしに求められたのは軽い意見だけだよ。黒い企みでなかったのが残念なくらいに真っ当でね」
時折こっちにまで風が吹くものだから俺とシシルノさんの髪がその度に軽く揺れる。俺は黒でシシルノさんは金。やっぱり人種からして違うんだということを思い知らされる。
それに加えて倍くらいの年齢なシシルノさんだけど、不思議なくらい彼女は俺たちと対等に語ってくれるのだ。
「そのための肩書も用意されているが、どうやらそれがわたしへの褒賞となるらしい」
「肩書っていうか、権限ですよね。シシルノさんの欲しがってるのって」
「さすがはヤヅくんだ。わたしのことをわかってくれている」
「迷宮に入り浸る気ですか?」
「適度にだよ。アヴィに釘を刺されてしまってね」
シシルノさんに権限を渡せばどうなるか。研究費として無尽蔵に金を使うっていうケースも考えられるが、心配事はむしろ人事と迷宮だ。
常々『魔力研』の研究者たちを悪く言っていたシシルノさんがトップになったら、果たしてなにが起きるのやら。
ついでに新部隊の顧問もやってもらう予定だし、これからも迷宮に入りまくる姿が想像できる。
それどころか──。
「陛下も迷宮をお望みなんだがねえ」
「やっぱりですか」
十一階位を達成してしまった女王様がここで止まるとは思えない。絶対十三階位を狙うはずなんだよな。
いかんせん【身体強化】を手に入れた以上、護衛さえしっかりしていれば、普通にやれてしまうのだ。ミルーマさんとアヴェステラさんの心労は如何ばかりか。
ついでに腹案がないわけでもないんだよな。俺が居なくなるのが痛いと言ってくれる人たちに対する解答みたいなものが、おぼろげだけどなくもない。
それこそ女王様だけでなく、シシルノさんやアヴェステラさんも納得できそうなのが。
◇◇◇
「アウローニヤを、去る、だと」
「はい。女王様の気遣いです。帝国と聖法国が危ない動き方をするかもしれないって」
「……なるほどな。しかしそれでは」
宴会の最期に俺たちは前回同様、参加者へ色紙を配っているところだ。
俺の渡した相手はキャルシヤさん。いくら妙な経緯があろうとも、俺としてはとても感謝しているので、あえて名乗り出させてもらった。
ちょっと離れた場所から綿原さんの視線が飛んできたり、物理的にサメが近くを泳いでいるが、心配は無用だよ。
俺たちがアウローニヤを離れる件については、このタイミングで出席者に伝えられた。
もちろん知るのはこの場にいる人たちだけで、他言は無用ということになっている。どうせ明日には公表されるので、秘密を抱えて苦しむこともない。
今もあちこちで驚きの声が上がっている状況だ。
みんなが色紙を持ちながらっていうのが、なんとも微妙な光景だな。
「いや、陛下がそうご判断されたのだ。そういうことなのだな」
急にくたびれた感じになってしまったキャルシヤさんは勝手に納得し、どこか寂しそうに笑いかけてくれた。
キャルシヤさんは政治に聡い方ではないと聞くけれど、勇者が居なくなるという意味は十分にわかっているのだろう。自分の責任も重くなるところまで想像して、げんなりといった雰囲気だ。
「見送りに参加できるかはわからないな。ならばここで言っておこう」
改まったキャルシヤさんは俺に視線を合わせてきた。
「世話になったな、ヤヅ。わたしは君たちが見せてくれたものを、大切に受け継いでいくことを誓おう。……寂しくなるな」
「……こちらこそ、ありがとうございました」
迷宮での偶発的な共闘から始まって、キャルシヤさんとイトル隊にはとてもお世話になったと思う。
七階位を達成したのだからと『灰羽』から追い出される形になった一年一組を後見してくれたことは忘れるわけもない。二泊三日の迷宮泊も。
豪放で頼りになる十四階位の【斬騎士】、キャルシヤ・ケイ・イトル子爵が寂しそうに笑っている。
だから俺は心を込めて頭を下げた。
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