第304話 帰還を願われて
「あはっ、あははははは!」
心底可笑しそうにミルーマさんが笑うが、こちらとしては穏やかな気分にはなれない。
その笑いがいつ何時、お前らを叩っ斬るに変貌するかもしれないからだ。
そんなミルーマさんの大爆笑を引き出した張本人の
王女様をレベリングする予定なのは本当なのだし、それにまだヴァフターを連れていくとも伝えていないのだ。どこまでミルーマさんが知っているのかはわからないが、あとになって文句を言われるのは一年一組のやり方ではないし、ここは俺がひとつ前に出て──。
「たしかにワタハラの言うとおりよ。護衛をできないわたしが押し付けることじゃなかった。だけど、そういうのは隠しておいてもらいたかったかな」
急に真顔に戻ったミルーマさんが、実に真っ当なコトを言い出した。
「先に言っておいた方がミルーマさんも納得できるだろうって、そう思いました」
「それはそうなんだけどね」
「だってわたしたちが自信満々で傷ひとつ付けさせません、なんて言ったら、逆に怪しくありませんか?」
「真っすぐね。ほんと、物語の勇者みたいに」
俺がフォローを入れる間もなく、綿原さんとミルーマさんの問答は続く。
言葉合戦にさえなれば、綿原さんは強者の部類だ。がんばれ。応援はしているぞ。
「いいわ、条件を変える。姫様を五体満足で地上に戻して。階位は問わないわ」
「それはわたしたちも望むところです」
「言える立場でもないのに条件を付けるなんてして、ごめんなさい。わたしからのお願いだと思って。その代わりにもならないけれど、地上はわたしたちでなんとかするから」
「はい。お願いします。じゃないとわたしたち、迷宮に住んじゃうことになりかねないですから」
王女様に対する狂信じみた雰囲気を持つミルーマさんだが、現実的な落としどころを受け入れる度量はあるようだ。綿原さんの口調も、冗談交じりにするくらには余裕ができてきたようでなにより。
「バークマットの件も知っているわよ。対策はできているのでしょう?」
このあとでバラすつもりはあったものの、ミルーマさんはヴァフターとのアレコレについても知っていた。王女様の横が居場所だ、そりゃあ知ってもいるか。
その前提があっても、俺たちに王女様を預ける、と。
「俺がうしろから見張ります。妙な動きをしたら、すぐに対応できる自信はあります」
綿原さんが勇気を見せたのだ、ここは俺の出番だろう。自信満々に聞こえるように断言しておいた。
「【観察者】。イトル隊との共闘については知っているわ。一度に四分隊を見渡す目ね」
「これでも隊長ですから」
キャルシヤさんたちイトル隊と一緒に戦った時のことを言っているのだろうけど、それならば俺がどれくらいヤレるのかは、ある程度知ってくれているのだろう。俺はがんばって虚勢を張ってみる。
それと拉致騒ぎもあってドタバタしていたから報告書になっていないけれど、つい先日はシャルフォさんたちヘピーニム隊でも似たようなコトをしたので、最大六分隊への指示出しは経験している。ヴァフターたち七人くらいなら、前に出しておけばどうとでもなるだろう。これについては、フラグじゃないぞ。
「ミルーマさんは、本当に全部を知っているんですね」
「わたしは姫様の側近中の側近よ。知らないわけがないでしょう」
俺の本音交じりのおべっかに、アヴェステラさんたちの方をチラ見しながらミルーマさんは胸を張る。変なライバル意識を持ち出されてもこまるのだけどな。
問題なのはアヴェステラさんたちは王女様にすら伝えていない情報を持っているということだ。『クラスチート』や
なので自信満々なミルーマさんに対してベスティさんが笑いをこらえていたり、ガラリエさんがとても申し訳なさそうな表情をしているのが、なんともいたたまれない。
なにかこう今更でもあるし、王女様はもちろん、ミルーマさんやキャルシヤさんあたりにはバレても構わないんだけどな。
「それでも、この部屋の有様。悔しくもあるわね。姫様の執務室と変わらないくらい情報が集まっているじゃない」
「散らかっててすみません」
談話室を見渡すミルーマさんのセリフはいまさらだし、
なにせ壁には色分けされた王城の地図やら軍関係の組織図がデカデカと貼られたままだし、隅に置かれたテーブルには超極秘資料が山積みだ。
ミルーマさん来訪を聞いて片付けようかとアヴェステラさんに確認したのだが、べつに構わないということでそのままになっている。
クーデターの決行は明日。みんなで分担して読み込んだとはいえ、細かい確認をしておきたいので、まだまだすぐに取り出せるようにしておきたいからだ。
「あなたたちの事情には、同情する部分も多いのはわかるわ。こうして話してみればなおさら」
「それはまあ、理解してもらえるなら嬉しいです」
ミルーマさんのキツい目が細められるが、そこから感じるのは圧ではなくてかすかな哀れみだ。
それでも委員長は気軽に返す。
そう、俺たちはもう自分たちの境遇に落ち込んでいるような、そういうステージは乗り越えた。……越えられているといいんだけどな。
「だけど、それでもお願いしたいの。どうか姫様の信頼に応えてあげて」
「取り引きとはいえ王女殿下は僕たちに良くしてくれました。人としても魅力的な方だと思っています」
「そう……」
切実さの混じるミルーマさんの願いに答える委員長だが、ちょっとフラグっぽい単語が混じってないか?
「ねえ、
「いやいや、ないだろ」
「ないわよね」
前に王女と勇者がくっつくネタを話したことのある綿原さんが、肘で俺の脇腹を小突くようにし、なんともいえない微妙な表情を見せる。
あの委員長に限って、そういうテンプレな方向には行かないだろう。たぶんアレはサービスで付け加えただけだ。もちろん本音も混じっているだろうけど、それはクラスメイトたちも一緒だろう。俺だってあの王女様を化け物だと思いつつも、人間として惹かれるのを自覚している。
クラスメイトやアウローニヤの担当者たちもいい人たちばかりだし、異世界に飛ばされてからこっち、他人を凄いと思う機会がたくさんだな。
もちろん綿原さんが頭一つ抜けてるので、俺的にその点は万全だ。
「王女様の護衛はガラリエさんと
付け加えるようになってしまったが、俺の方から王女様の直掩を説明しておく。
持ち上げるというわけでもないが、ガラリエさんが王女様専任と聞けばミルーマさんも安心できる材料が増えるだろう。なにせ生粋の護衛騎士という意味では、ガラリエさんだってそうなんだから。
「そう。『緑山』なりのやり方で構わないわ。ガラリエ、姫様を頼むわよ」
「お任せください」
ガラリエさんに送るミルーマさんの視線は柔らかい。
『紅天』から勇者付きに抜擢されたくらいなのだ、十階位とはいえ実力者なのは間違いないしな。そしてもうひとり。
「カイトウといえば【剛擲士】、だったわね」
「ですよ。海藤、見せてやってくれ」
海藤の神授職を上げたミルーマさんだが、心配は無用だ。こんどは虚勢ではなく、本気で推せる。
たしかにアイツは投擲系の神授職で、騎士たちのようにどっしりと構えて守ることはできないだろう。だが、それでも海藤は練習をしてきた。野球少年が練習したんだ、そりゃあ上達するに決まってる。だって、野球少年なんだから。
それをこの場で見せてやればいい。
「んじゃ、いくすよ」
俺の言葉を正確に受け止めた海藤は、右腕に大盾を持ち、左手に白球を握りしめながら壁際に歩いていき、向き直ると同時に投球モーションに入った。
「へえ」
海藤の左腕から投じられたボールをあっさりと素手で受けたミルーマさんは、軽く驚きの声を上げてから手のひらを見つめる。
「返すわよ」
「うす」
指で軽くボールをなぞってから海藤に投げ返すのだが、なかなかサマになったフォームだ。
中宮さんの【魔力伝導】に気付いたくらいだ、魔力の相殺には敏感なのだろう。そのあたりからも近衛騎士として、ミルーマさんの優秀さが伝わってくる。
「【魔力付与】ね。九階位なのに立派じゃない」
「もう一球、いくす」
さらにもう一投した海藤のボールは、今度はキレのいいスライダーだった。自分に当たる軌道でなかったと判断していたミルーマさんが変化に驚き、慌てて避ける。さすがは十三階位、見事な反応だ。
おかげで俺が受け止めるハメになったわけだが、うん【魔力付与】が効いているせいか、ズシンとくるな。
「こういうことです、団長」
身をよじってボールを避けたまではよかったが、その隙を伺っていたガラリエさんがミルーマさんの肩に手を乗せていた。剣を持っていればゲームオーバーという形だな。
しかしまあ【風術】を併用したガラリエさんの飛び込みは、いつ見てもすごいな。
いくつも練習している『緑山』のコンビネーションのひとつがこれだ。
後衛で誰かを護衛しながらも、海藤は遠距離攻撃に参加し、場合によってはガラリエさんが高速移動して敵を打ち倒す。そして素早く元の位置へ戻るのだ。
海藤は海藤で、右腕に大盾を装備しながらもボールを投げる練習をひたすら繰り返し、コントロールを磨いてきた。このあたりはやはり【身体操作】がいい仕事をしたらしい。
盾を外すことで本来の力を得た中宮さん、両腕にバックラーを装備してバランスを取ることにした
錦鯉、もとい紅白サメを手に入れた綿原さんといい、俺も負けてはいられないな。
「投げた球が曲がるなんて、すごいじゃない。それに合わせるガラリエも。これって魔獣より人間相手の技術よね」
少し興奮気味のミルーマさんだが、観察眼は流石だ。
魔獣にフェイントは意味がない。乱戦ならば変化球が役に立つこともあるが、これはむしろ対人でこそ生きる戦法になるだろう。
ウチの騎士職は先生や中宮さんと違って全員がスポーツ素人だ。
だからこそ専門でやってきたガラリエさんと、中距離からボールで牽制できる海藤を護衛に回すという理屈だな。
ミルーマさんの納得なご様子に、俺も胸をなでおろす。
「うん、今日はやっぱり来て良かった。長い付き合いができないのが残念だけど、姫様が悲願を達成して……、あなたたちが帰還できるのが一番なのよね」
「はい。僕たちもそう願っています」
銀髪紅目のミルーマさんが今日一番の優しい表情で、俺たちの目標に理解を示してくれた。
委員長がクラスを代表し、それに答える。
「わたしも全力を尽くすわ。あなたたちの健闘も期待させてもらって、いいのよね」
「はい!」
一年一組の決意が声となり、談話室に鳴り響いた。
◇◇◇
「キャラが濃い人だったな」
「そうやって表現する
「けど、銀髪紅目のお姉さんだぞ。絶対強キャラだろ」
「いや、実際強かったし」
オタな古韮がベタな表現をするものだから、俺としては半笑いにもなるというものだ。
ミルーマさんとアヴェステラさんが一緒に離宮を去り、少ししてからヒルロッドさんも職場に戻っていった。
ヒルロッドさんの家族はすでに王都から離れているので、今頃は『灰羽』の宿舎でミームス隊と最後の打ち合わせといったところかもしれない。
アヴェステラさんはミルーマさんと二人で王女様に、今日の顛末を報告している頃かな。
残ったシシルノさんたちアウローニヤの四人だが、今夜は日本人だけの時間を作る予定はない。明日は別行動になるアーケラさんも含めて、親睦を深めておこうという感じだ。
『緑山』の面々は談話室に散らばって好き勝手な時間を過ごしていた。
「なあ八津」
「ん?」
「海藤ってさ、ガラリエさんとベスティさん、両方と近くないか?」
「古韮さあ……」
古韮はイケメンなクセに、なんで変な方向で恋愛脳を繰り出すのだろうか。
「お姉さんにモテるタイプなんじゃないか?」
「アリ、だな」
呆れた俺は適当に返事をするが、古韮は何故か納得の表情だ。ホント、どういう考え方なんだか。
話題にされた海藤は、コンビを組むことになるガラリエさんと話し込んでいる。
ベスティさんは、
そしてシシルノさんはお気に入りの
先生と中宮さんが真剣な表情でステップの確認をしているが、アレは今日のミルーマさんとの対戦を再現しているんだろうな。
こうしてクラスメイトたちを眺める緩い時間が嫌いじゃない俺だったりする。
明日にクーデターを控えて魔力を温存するために、今夜は派手に技能を回しているメンツはいない。
それでも最小限、一晩寝れば回復するくらいには技能を使い続けるのが俺たちの日常だ。もちろん俺も【観察】を使っているし、古韮も【身体強化】か【視覚強化】あたりを動かしているんだろう。
そして一匹の小さな紅白サメと共に、こちらにやってくる綿原さんも。
「さて、俺も
「ん? おう」
いきなり用事を思い出した古韮が立ち上がって、前線ヒーラーの田村に声をかけた。
「明日は頼むぞ、指揮官」
「……ああ」
古韮よ、そういう気の回し方は、かえって恥ずかしいのだけど。
「面白い人だったわね、ミルーマさん」
「俺は怖い人だと思ったけどなあ」
「それも含めてよ」
サメを浮かべたまま俺の横に座った綿原さんは、ミルーマさんを面白い人と言ってのけた。
王女様に傷ひとつのあたりで食い下がった綿原さんの気概は素晴らしいと思ったが、それでもビビっていたのはわかっている。その上で面白い、か。
「八津くんは怖いだけの人だと思うの?」
「いや、俺たちの境遇も理解してくれてたし、なんていうか、飲み込みの良い人?」
最初こそ俺たちは理解できていなかったが、アウローニヤの人たちからしてみれば、勇者は優遇されまくっているように映るはずだ。
突如現れた異国人。だけど貴族ではなく、たまたま黒目黒髪で高位神授職を持っていただけの平民を、よりによって王様は『王家の客人』にしてしまった。
たしかに迷宮に入るのと引き換えであるが、それでも『灰羽』を付けて、ちゃんとした育て方をしているのだ。もちろん衣食住だって保証されている。
王国が勇者というラベルを必要としているからといって、現在の俺たちはアウローニヤ基準では栄達といってもいい扱いを受けているように見えているだろう。
そんな待遇を受けている俺たちが、故郷とはいえ『日本』などという魔力も存在しない未開の地に帰りたいなどと思うだろうか。
アウローニヤの視点などそんなものだ。
俺たちの帰還に対する想いを本当に理解してくれているアウローニヤの人たちは、かなり少ない。もしかしたら勇者担当の六人と王女様くらいじゃないだろうか。
キャルシヤさんやラウックスさんとも親しくはしているが、それでも俺たちの本気度をどこまでわかってくれているものか、かなり怪しいと思う。ヴァフターなどは問題外。
けれど、本日が初見のミルーマさんは明確にソレを口にしてくれた。
王女様との近さが俺たちを理解する理由のひとつだろうけれど、あの言葉には間違いなく実感が込められていたと思う。ここにきて凄い人に出会ってしまったものだ。
「
「そうなんだよな。綿原さんの啖呵にも乗っかってたし」
「それはもういいから」
綿原さんのサメがちょっとあらぶり、彼女の頬が赤くなる。
「王女様の野望を叶えて、山士幌に帰る。帰る手段が見当たらないのが残念ね」
「そうなんだよな。明日でえっと、六十八日目になるのか」
「まだふた月とちょっと、って考えるのは悔しいわね」
「できれば半年、せめて一年以内には戻りたいよな」
「留年しちゃうわよ」
「クラス全員でなら、まあ。その時は一年二組になるのかな。それはなんかイヤだな」
「そうね。わたしたち、ずっと一組だったから。八津くんは?」
「ん、去年は三年二組」
「ダメじゃない」
「そう言われてもなあ──」
そして俺たち山士幌高校一年一組は、その日を迎える。
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