第315話 大根を煮込む
「この剣にこんな力があったなど、考えもしませんでした」
薄っすらと微笑みをたたえた王女様が手にする短剣を見つめていた。
「二百年をかけ、勇者様方をお待ちしていたのかもしれませんね」
大袈裟とも思える言葉を使う王女様だが、はたして真意はどうなのやら。
「ロマンだなあ」
「けど王女様って、そんなの信じてるのか?」
「止めとけって、
オタイケメンの
たしかに王女様は勇者のことになると熱が入る傾向があるが、求めているのは神秘性とかではなく、看板として扱えるという考えが一番にあると思う。
話をしてみて、一年一組としての強さや考え方を尊重してくれているのはわかるが、それは勇者ではなく人間に対する評価じゃないかな、と。
つまりおとぎ話的勇者対するリスペクトには欠けるのが王女様だと、俺は思うのだ。
「シャルフォさんやヴァフターに聞かせてるんじゃないか?」
「古韮……、わかってるなら先に言ってくれよ」
ロマンだのほざいた古韮本人こそ、俺と同じように王女様を観察しているじゃないか。
今から戦後を見るとまではいかなくても、できる場面でやれることをやるのが王女様のスタイルだ。とても共感できるし、勉強になる。
さすがにシャルフォさんは信用できると思うが、ヴァフターの助勢については契約でしかないからな。少しでも勇者の凄さみたいなもので縛っておきたいのかもしれない。
ついでにそんな勇者を見出した、王女様の素晴らしさも上乗せってところか。
「だけどまあ、朗報だろ」
「まあ、な」
古韮は笑っているが、俺としては複雑だ。
宝剣を使いジャガイモを刺しまくって【鋭刃】が生えたメンバーは、聖女な
後衛柔らか系で候補にできなかったのは、弟系の
これってなにかの法則性はあるのだろうか。試行回数次第かもしれないけれど。
王国側の人間は王女様を筆頭に、だれにも出現することはなかった。【鋭刃】がチェインした理由としては『クラスチート』の可能性が非常に高いので、当たり前の結果だと思う。
とはいえ、今すぐに皆が【鋭刃】を取れる状況ではない。
まずは階位を上げ、そこで初めて選択肢に入る程度の話だからな。今は【鋭刃】の出現を喜びつつ、それに頼らない階位上げをしなければいけないシチュエーションだ。
徹底的に魔獣を弱らせるために【魔力伝導】を使う。宝剣のレンタルと、茹でる戦法の併用。追加でバッファー奉谷さんの【身体補強】もだ。全部乗せで戦うしかない。
「元気出せって。八津は【観察】で勝負するタイプなんだから。期待してるんだぞ?」
「ああ」
古韮が俺の肩を軽く叩いて離れていく。アイツはアイツで騎士組の打ち合わせもあるからな。
騎士組とヴァフター隊による盾の隊列の調整は後衛のトドメ問題とはべつに、これまたとても重要な要素だ。
四層の魔獣、まだジャガイモとビートだけだが、それを相手にしてみてうしろに逸らす危険性は十分に理解できた。いくら資料を読み込んでいても、実際に対峙することでは大違いだ。後衛の柔らかグループが直撃を食らうのはマズいなんてものじゃない。
王女様とシシルノさん、ベスティさんにも同じことがいえる。
いくらガラリエさんと
◇◇◇
「経路見てきたよ。三つ又丸太が二体と、ダイコンが五体」
「うん、ハルも確認した。間違いないと思う」
先行で偵察してくれたニンジャの
四層での予定経路は階段を中心に、円を描くように移動することにしている。
イザという時の撤退を、今まで以上に心がけなければならないからだ。
「ヴァフターさん」
「ん?」
「四層のこの状況ってやっぱり『濃い』ですか?」
「……断言はできないが、階段付近で連戦とかはあまりないな。むしろ魔獣を探すのが本来の迷宮だ。なんなんだろうな、最近は」
お前たちのせいだと言わんばかりの視線をこちらに飛ばすヴァフターだが、そんなことは知らん。いろいろな意味で一年一組が被害者なのはアンタもよくわかっているだろうに。明確な加害者のひとりなクセをして。
それでもこの中で四層を知っているのはヴァフターたちだけだ。採択しなかったとしても意見だけは聞いておかないと。
「囲まれなければ美味しいって話ですね。じゃあ、やりますか」
努めて明るく言い放つ。俺の言っていることは、強がりだけど本当だ。
みんなで四層まで降りてきたのは地上との距離を取るためなのと、レベリングを急ぐためだ。ならば、この状況は悪くないと考えた方がポジティブになれる。
クーデターと関係なくても『緑山』はそろそろ四層を狙う時期を迎えていたわけで、そんなタイミングでヘピーニム隊とヴァフター隊の助力が得られたのだ。ここは進む一手だろう。
「八津くん、掛け声はいいけど、すごく微妙よ」
「言わないでくれると助かるかな」
元気な声を出した俺に対し、赤紫のサメを連れた
彼女の気持ちもわかるのだ。なにせ俺は寸胴鍋に蓋をして背中に担いでいるのだから。
中身はお湯が満載にされている。革鎧がガードしてくれるので熱は感じないが、温めたアネゴの
「んしょ」
そしてもうひとり、白石さんも寸胴を担当することになった。
俺と白石さんである理由は、二人ともが後衛で動かないタイプの戦い方をするからだ。ギリギリ奉谷さんも該当しそうだが、彼女はヒーラーとバッファー、魔力タンクとしてわりとチョコチョコ動いてもらうことが多い。
もちろん王女様やシシルノさんにやらせるわけにもいかないので、消去法的に俺と白石さんが鍋を運ぶことになった。コケてブチまけたりしないように気を付けないとだ。
待っていろよ。丸太はムリだけど、存分に煮込んでやるからな、ダイコン。
◇◇◇
「うおぉぉ!」
「くっそ重てぇ!」
「枝が太いな畜生!」
突入した広間には予定通りに【三叉多脚樹木種】、通称三つ又丸太が二体いた。
三角ではなく三叉という名の通り、肉質な中心部から三方向に直径が五十センチで長さは三メートルくらいの丸太が突き出しているのが特徴の魔獣だ。なんと表現すればいいか、上から見れば羽が三枚のブーメランというか、物置にあった三つ又のドライバーみたいな感じだろうか。
それ以外の特徴はこれまで出会ってきた【樹木種】と一緒なのだが、コイツは真っすぐ突撃ではなく、横に回転をしながら迫ってくる行動パターンをしてくる。
『シューティングゲームの中ボスみたいだね』
資料を確認していた時に出たゲーマーな夏樹の感想だ。たしかに居そうな気がするな。
さっきから大きな掛け声で三つ又丸太を抑え込んでいるのは、ヴァフター隊と『緑山』の騎士職たちだ。混合でふたつのチームを作って二体の丸太に悪態を吐きながら、それでも頑張って押し返している姿は頼もしい。
もちろん十三階位のヴァフター隊は枝払い以上の攻撃は禁止で、ウチの騎士たちはそもそも攻撃の余裕はなさそうだ。
「しゃう!」
「あぁぁいい!」
「とうっ!」
代わりとばかりに丸太中央にある肉質な急所への攻撃をやっているのが、木刀の
いちおうつかず離れずの位置にヒーラーとして
それでも中宮さんと古韮が【魔力伝導】で相手の魔力を削ってくれているはずだし、魔力タンクとしての藤永もいる。時間を掛ければ勝負は有利に傾くだろう。
「イヤァァ!」
「えぇい!」
「やあ!」
「おりゃ!」
そして俺の眼前では【十脚単眼大根】、通称ダイコンをエセエルフのミアやチャラ子の
ほかにもこちらの参加メンバーには、盾役としてヘピーニム隊から五人、あとは『緑山』の術師が総動員で遠距離攻撃を仕掛けているところだ。
丸太の相手は盾防御をメインにして、こちらに向かってくるダイコンは攻撃的に受け止めている感じになる。
長さが五十センチ以上もあるダイコンは、【十脚】という名前のとおりに短い足をたくさん使って、横倒し、つまりミサイルみたいに体当たり攻撃をしてくる魔獣だ。一直線ではなく、うねるような軌道で迫ってくるのは三層のヘビと似ているが、速さは変わらないのに重さが違う。
ついでにシッポにあたる緑色の葉っぱには睡眠毒が込められているらしい。
もはや小型魔獣は毒がデフォだな。小型とは言いたくないくらいの大きさがあるけれど。
初手は【氷術師】の
前線で丸太と戦っている連中と後衛の俺たちのあいだに帯状に張られた氷を通過したダイコンは、このタイプの魔獣らしく体勢を大きく崩してくれたまま、こっちに突っ込んで来てくれたのだ。
それをヘピーニム隊が盾で受け止め、あとは遠距離攻撃とアタッカーの的となる。
人間相手では通用しにくいが、魔獣に対しては深山さんの優秀さが輝くな。
「二体は残してくれ。それ以外は誰でもいい! 笹見さんこっちきて!」
「りょーかいだよっ」
「わかったわ」
「あいよ」
白石さんと一緒に鍋の位置を調整しながら俺が叫べば、疋さんが軽い調子で、綿原さんは落ち着きながら、そして笹見さんは威勢よく返事をしてくれる。
乱れはないな。いい感じだ。
「んじゃあ限界まで温めるよ。
「うんっ」
地べたに設置された二つの寸胴鍋に手を当てた笹見さんが、白石さんに【魔力譲渡】の準備を乞うた。全力でやる気だな。
「まさかこんなとこで【多術化】が生きるとはねえ」
不敵に笑う笹見さんだが、俺たちが寸胴鍋を二つ運用している理由がコレだ。
ヴァフターの拉致から脱出するために取得した笹見さんの【多術化】を、この際だから活用してもらうという寸法になる。使えるものはなんでも使えの精神だ。
◇◇◇
「そろそろかな」
「そうですね。頃合いでしょうか」
上ずった感じになっている俺に対し、上杉さんの声は穏やかだった。
料理っぽい光景だからかもしれないが、上杉さんの目は真剣だ。無言で脇にたつ副料理長の
この広間に居る全員が蓋をした寸胴を眺めている。
すでに実質的な戦闘は終了した。前衛は時間こそかかったが三つ又丸太を倒しきり、鍋に入った以外のダイコンもカタがついている。
リザルトとしては【裂鞭士】の疋さんが十階位を達成した。この時点で一年一組の前衛職は全員が十階位だ。ここから後衛のレベリングが大変なのだが、それも目の前の鍋次第。場に緊張が走りまくっている。
「ちょっとアレだよね」
「さっきまではうるさかっただけだけど、なんか残酷、かな」
双子の夏樹と春さんがボソボソとやっているが、俺も同感だよ。ちょっと居たたまれない。
ひたすら弱らせたダイコンをそれぞれの鍋に叩き込んで蓋をし上から抑え込んだ当初は、内側から鍋に体当たりをカマす音がうるさかったものだ。すっごく微妙な気分になったぞ、あれは。
「そういう料理もありますから」
「どじょう豆腐みたいなもんだ。気にすんな」
上杉さんと佩丘による容赦のない感想は置いておいて、鍋はだいぶ静かになってきた。時間にして五分くらいだろうか。魔獣を放り込んだ段階で笹見さんの【熱術】は解けているので、俺たちにできるのは蓋を閉じて見守ることくらいだ。
魔獣は死んだふりとかはしないので、あきらかに煮えているのは間違いないだろう。あとは目論見どおりにいくかどうか。
「じゃあ、片方は王女様にお願いします」
「はい。ヤヅ様の期待に応えてみせましょう」
そういう重たい返事は要らないのだが。
「もう片方は笹見さんで」
「あいよ」
そうそう、笹見さんくらいの気軽い返事の方が気が安らぐ。
王女様は【身体補強】を受けた上で自慢の宝剣で、笹見さんは自前の短剣に【身体強化】と【身体補強】のダブルで挑戦だ。
この二人が選ばれた理由は、両者ともほぼ確実にレベルアップが見込まれるからでしかない。
王女様の方がかなり心配だが、失敗してもべつのやり方を考えればいいだけのことだ。とにかくチャレンジだな。
「蓋ぁ、開けるぞぉ」
なぜか佩丘と上杉さんがそれぞれの蓋を開ける担当になっているが、料理番組かなにかかな。
「そりゃっ」
「えいっ」
鍋から吹き上がる湯気が晴れたと思えたつぎの瞬間、笹見さんと王女様が両手持ちに構えた短剣を振り下ろした。
◇◇◇
「うん、柔らかくなってたよ」
「わたくしにも、できました」
長身の笹見さんと、それよりは背の低い王女様がお互いに笑い合う。苦境を乗り越え友情が生まれたパターンかな。
二人ともが一撃でとはいかなかったが、それでも数度の突き刺しで魔獣を倒しきることに成功した。王家の宝剣を頼ったとはいえ、七階位で非力な後衛職の王女様がだ。
これはつまり、この場にいる全員が同じ手法で四層の魔獣を倒せることを意味する。
結果として笹見さんは見事に十階位を達成し、王女様も八階位となった。
七階位だった王女様が四層の魔獣を倒すという偉業は、階位的には三段跳びに値する。そりゃあ一体でレベルアップもするというものだ。
「手間はかかるでしょうけど、ダイコン、ジャガイモ、白菜はいけそうね」
「それと、ビートもかな」
腕組みをしながらサメを浮かべる綿原さんが口元をモチョつかせている。彼女も十階位が目前だからな。俺も口の端が持ちあがるっているのが自覚できているので、お互い様だ。
野菜系の魔獣を倒す目途は立った。正確には後衛職でも四層で経験値を稼ぐ手法が見つかったとでも言えばいいか。
「十階位までならすぐよね」
「ああ。そのあいだに前衛は十一階位だ」
時間はかかるが、前衛はヴァフター隊のサポートさえあれば三つ又丸太を倒せることを証明してくれた。十一階位は遠くない。
後衛だって九階位から十階位へは、四層の魔獣なら二、三体でイケるだろう。
数人の階位が上がってしまえば、安定度は増していく。
「こっちは目途は立ったけど……」
「地上が気になるわね。アヴェステラさんたち、大丈夫だといいのだけど」
俺と綿原さんは二人そろって天井を見上げてしまうが、地上が見通せるわけもない。
コトが始まってから、そろそろ六時間。
さっきの報告では王様たちの居る区画は近衛騎士総長が防御陣地を作っているらしいし、ここから長丁場になるのかもしれない。
じんわりとした焦りが無いわけでもないが、それでも俺と綿原さんは頷き合って前を向く。サメも一緒にそっちを向くのが可愛いな。
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