第299話 血が騒ぐ




「なあ八津やづ、アレはマズいだろ」


「そうだよ八津くん、アレはないよ」


 日付を完全に跨いでしまった夜の男子部屋で、俺はクラスメイトたちに詰められていた。


 メインはオタクリーダーの古韮ふるにらと、普段は大人しいのに恋愛ゴトには強いと評判の野来のきだ。野来め、非公式婚約者の白石しらいしさんと名前呼びになったからと、強者っぷりを見せつけてくる。こういうキャラじゃなかったはずだろう、お前は。


 ヤンキー風な佩丘はきおかは面倒くさそうな顔でソッポを向いて知らんふりだが、それ以外の面々はそれぞれの個性を生かした表情でこちらを伺っている。いや、もうひとり、筋トレマニアの馬那まなは就寝前の腕立て伏せに集中しているようだ。自由だな。

 こういうのには無頓着そうなお坊ちゃまの田村たむらは、野球少年の海藤かいとうと肩を組んで、悪い顔をしてこちらを眺めている。


 本来ならばこういうのを諫めるべき存在の藍城あいしろ委員長は苦笑を浮かべたままで、恋愛ゴトにエキスパートなチャラ男の藤永ふじながは、どこか納得した風に頷いているのがちょっとウザい。


 つまり俺には味方がいないのだ。

 追放こそされていないものの、この状況はイジメに近いんじゃないかと思うのだ、俺は。


 ふと女子部屋で綿原わたはらさんがどのような扱いを受けているのかが気になった。無事でいてくれればいいのだけれど。こっちは頑張って耐えるから、綿原さんの健闘を祈ることしかできない俺を許してほしい。



「いや、俺だって、その」


「そっちじゃないよ。甘い空気はべつにいいんだけどさ」


「野来?」


 マジ顔になっている野来に違和感を覚えるが、それはどうでもいい。いいからこの話題から俺を開放してくれ。そしたらすぐに横になるから。


「なあ、マジで八津、気付いてないのか?」


「なににだよ」


 心底不思議そうな顔をした古韮が俺を諭すように語り掛けてくるが、お前たちは面白がっているだけだろうに。


「フラグ立てまくりだろう、八津。俺はお前が心配なんだよ」


 煽るような表情から一変、古韮はさも深刻そうに表情を切り替えて、俺に宣告を下した。


「フラグ?」


 気圧された状態のせいか、俺の思考は空転するばかりだ。


「『俺、クーデターが終わったら、綿原さんに告白するんだ』。八津くん、本気で危ないよ」


 野来の言葉に、俺の心が冷静になっていくのがわかる。

 恋愛ゴトで詰めているというのもあったのだろうが、コイツらのメインネタはフラグ建築ごっこだった。



 俺としてはもっと押せとか、タイミングを見計らえとか、協力していいムードの空間を作ってやるとか、そういう方向性を期待していたのに。

 コイツらはネタ方面のコトばかり考えていやがったのか。


 マジ顔になっていた古韮と野来が、してやったりとばかりに笑顔になった。


「だって、お前らがくっ付くのって、放っておいても勝手になんとかなりそうだからさ、見てるだけでちょっかいは出さないよ」


「……だったら、そっとしておいてくれ。俺はみんなのオモチャかよ」


「なに言ってるんだよ。隙があれば、誰でもイジるのが面白いんだろうが」


 古韮が好き勝手なことを言っているが、どこの田舎のおばちゃんネットワークだ。

 いや、ウチのクラスはそういう連中の集まりだった。俺だって誰かをイジれる時は参加するだろう。マズいな、完全に取り込まれている気がするのだが。



「疲れたから寝る」


「だろうなあ。おやすみ。八津が帰ってきてくれて、嬉しいよ」


 だから古韮、そういうストレートな言い方は止めてくれ。こっちの顔が赤くなる。



 ◇◇◇



「綿原さん、なんか疲れてる?」


「八津くんこそ」


 翌朝、二人そろって表情が優れない俺と綿原さんは、お互いに乾いた笑いで朝の挨拶をしていた。


 もちろんなにがあったかなど、詳細に話すつもりはない。向こうだってそうだろうし。

 そんな綿原さんは一匹の【赤白鮫】を従えて、食堂に向かう。それに続く俺だが、ふとアレって錦鯉っぽくできるんじゃないかと、謎の妄想をしてしまうのだ。あとで持ちかけてみよう。まだら色とか水玉模様とか、アリかもしれないし。



「血にも相性があるかもしれないね」


 朝食の席でマッドなコトを言い出したのは教授モードに入ったシシルノさんだった。綿原さん自身は食事のあいだだけでもテーブルの下にサメを隠しているというのに。


 どうやら大騒ぎだった昨日から一夜明け、少しの落ち着きを取り戻せた現状ならば、綿原さんの【血術】を解明する時間を作れると考えたようだ。

 クーデターの決行は明日なのだけど。


「この世界の人ってABOとかRhとか、通用するのかな」


「アイシロくん、なんだい、それは」


「あ」


 委員長が余計なコトを口走って、シシルノさんの興味が一気にそっちに向かう。


 たぶん似たような考えを持っていたのだろう、医者志望の田村たむらが委員長の迂闊を責めるようにため息を吐くのが見える。委員長と田村って、魔力やら階位が絡んだこっちの人間と地球人が本当に『同じ』なのかを気にしていたクチだからなあ。


「輸血の概念ってあります?」


「【造血】を使える【聖術師】がいない場合だが、緊急で血を流し込むという実例が。ほとんど実験だがね──」


 諦めたように委員長がシシルノさんの知的興味に付き合い始めた。

 せいぜい無難な落としどころを探ってくれ。


 ちなみに俺はA型で、綿原さんと笹見ささみさんはO型だったりする。だからなんだという話でしかないので、ここから話題の伸びしろは無かった。

 占い好きのチャラ子なひきさんあたりが興味を持ちそうな話題かとも思ったのだが、このクラスの場合、五年以上も前にそういうブームは去っていたようだ。だったら新入りの俺は誰と相性がいいのか、なんて話になってもよさそうなものだったが、みんなと仲良くすればいいんじゃね? の一言で終わりにされた。寒い。



 ◇◇◇



「ほうほう。勇者同士では差がなく、アウローニヤ人には違いがあると。これは興味深いね。やはり『くらすちーと』の影響なのかな」


「ええっと、そうだと思います」


 グイグイと行くシシルノさんと、迫られてもそれなりに対抗してしまう綿原さんの図が談話室で展開されている。


 生々しい話題が繰り広げられた朝食も終わり、本日の予定はヴァフターの勧誘というか引き込みくらいで、それ以外は明日に向けた調整くらいだ。


 そんな中、シシルノさんの【血術】研究が開始された。綿原さん自身も性能を検証したいという想いは当然なので、普通に付き合っている。

 ほんの少量の血液でも綿原センサーは判定が可能なようで、血を提供する側も気楽なものだ。親指をちょっとだけ切って、即【聖術】で採取は終わる。とくに一年一組の全員は【痛覚軽減】持ちなので、痛みすら感じない。


「なぜ、わたしが……」


「たまたま、すよ。気にすることないす」


「そうでしょうか」


 ここにいるメンツの中で一番【血術】との相性が悪いと判定されたガラリエさんが、お姉ちゃん好きの海藤かいとうに慰められているが、その光景がなんであんなにしっくりしているのだろう。不思議なヤツだな、海藤は。



 結果として一番相性が良かったのが当たり前に綿原さん本人、続いて一年一組のメンバーだった。クラスメイト全員というのはさすがに手間だったので、俺を含めた十人程度で試してみたが、綿原さんの判定は全員一緒。血液型も関係無しだった。俺が特別じゃなかったのがちょっと悔しい。


 アウローニヤ組はアーケラさんとベスティさん、シシルノさんがほぼ一緒だけど日本人には及ばず、そしてガラリエさんが最下位になってしまった。


「わたしとガラリエさんって相性悪いのかしら」


「たまたまだよ。魔力の色、だっけ?」


「そうよね。わたし、ガラリエさんともっと仲良くしようと思うの」


「それだよ!」


 落ち込むガラリエさんと一緒になって、なぜかダメージを受けている綿原さんを慰める担当は、元気な奉谷ほうたにさんが買って出てくれた。がんばれ俺たちのバッファー。


 だけどこの結果って、ガラリエさんが前衛職だからだと思うんだよな。綿原さんは後衛の術師だし、アウローニヤ側の違いってソコくらいしか思いつかない。奉谷さんのフォローが終わったあとで教えてあげよう。



「だがやはり『人間の血』で運用するのは、現実的ではないだろうね」


「そう、ですね」


 そんな風景を見ても全く動じないシシルノさんは、話を続けていく。

 ギリギリ立ち直りつつある綿原さんもそれには同意のようだ。


 まあ、マンガとかで出てくる血液使いなんて、体にどれだけ血を貯め込んでいたのかっていうくらいデカい大鎌とか振り回すからなあ。残念ながらこの世界の【血術】は他人から血抜きなんてできないし、事前に必要量を用意しておく必要があるのだ。

 いくら【造血】なんていう技能があるからといって、やたらと使いまくれるものでもない。


「やはり」


「魔獣の血、ですよね」


「検証しない理由がないよ、ワタハラくん」


「はい」


 シシルノさんの強い言葉に、綿原さんが敢然と立ちあがった。元気になったようでなにより。


 魔獣素材は基本的に魔力の通りが良いとされている。もしかしたら綿原さんご自身の血よりも、魔獣の血の方が【血術】の効果が高い可能性が見込まれるのだ。

 もちろん生きている魔獣に直接の魔術は通じないので、『血を吹き出して爆散』みたいな現象は起こせないのだが、そこは事前に傷を負わせればいい。もしくは倒した魔獣から血を抜いて確保しておけば。【石術師】の夏樹なつきが迷宮産の石を使っているように、魔術で操作するブツは現地採取が一番なのだ。


 赤紫のサメか。夢が膨らむな。



「ん? アヴェステラさんとヒルロッドさんかな」


 なかなか凄惨な光景を思い浮かべていると、メガネ忍者な草間くさまが二人の来訪を告げ、直後にドアがノックされた。


「お待たせいたしました」


「いえ、忙しいのにすみません」


 アヴェステラさんが軽く頭を下げれば、委員長が応対する。


 もはや定番となっている光景だが、最近はヒルロッドさんとアヴェステラさんが離宮を外す時間が長くなっているのが現状だ。

 クーデターを直前にして、アヴェステラさんは王女様の名代として各所との調整を、ヒルロッドさんはミームス隊以外の『灰羽』からの引き抜きなんかも仕掛けているらしい。


「誰が行くかは決まっているのかい?」


「はい。七人です」


「そうか。『黄石』までは俺たちが護衛を任されたよ」


「よろしくお願いします」


 これから俺たちはヴァフターの勧誘に向かうわけだが、全員行動はしない。


 騒ぎを起こし捕まったヴァフターとファイベル隊は、現在『黄石』区画の地下にある牢屋みたいなところに閉じ込められているらしい。

 第五近衛騎士団『黄石』の団長とトップクラスの実力を誇る部隊が、本人たちのお膝元で幽閉されているという笑えない状況だが、あまり大っぴらに移動をさせたくなかったというのが理由だそうな。代わりに見張りは信用できる『黄石』や『蒼雷』の人たちが送り込まれている。


 もうなんというか『黄石』のプライドはズタズタだな。



 こちらから出向くのは、一年一組の代表として委員長、直接対決でヴァフターをブチのめした滝沢たきざわ先生、こういう説得に向いていそうな上杉うえすぎさん、もしものための連絡員として忍者な草間、そして直接被害者の綿原さん、笹見さん、俺という合計七名になる。


 一年一組が分散行動をするのは珍しいが、今回は場所が場所だけに大人数では入りきれなさそうという理由に加え、相手がどんな暴言を投げてくるかもわからない。そんなわけで必要最小限のメンバーが選ばれたということになる。道中の護衛はヒルロッドさんたちミームス隊で、現地ではジェブリーさんたちカリハ隊が守ってくれるから安心だ。

 離宮に居残るメンバーは副委員長の中宮なかみやさんとオタリーダーの古韮が取り纏めで、シシルノさんたちも今回は同行しない。魔力談義でもして親睦を深めてくれればいいだろう。


「昼飯は俺が作っとく。油断すんじゃねぇぞ」


 クラスの副料理長たるヤンキー佩丘はきおかのありがたい激励を背に、俺たちは移動することになった。



 ◇◇◇



「ヴァフター・セユ・バークマット男爵、わたくしはアヴェステラ・フォウ・ラルドール。王室付筆頭事務官です」


「へえ、あんたがねえ。宰相閣下の使いかな?」


「まさか」


「だよなあ。失敗した俺に気を掛けるような人じゃない。口封じならあり得るかもな」


「それをわかっていて手を組んだあなたの落ち度では」


「反論の余地もないよ」


 薄暗い地下室の一角にアヴェステラさんとヴァフターの声がこだまする。


 テレビやアニメで見るような牢屋とは一味違い、ヴァフターが独りきりで閉じ込められているのは完全な石造りで、十畳くらいのそれなりに広い部屋だった。ヴァフターはそんな部屋の真ん中あたりに、転がされている状態だ。

 分厚い鉄の扉だけが出入口で、そこに開けられた潜り抜けられない程度の大きさをした窓だけが会話の手段になる。


 中にいるヴァフターは目隠しをさせられ、両手両足には無骨な鉄製の手錠みたいなもので拘束されている。顔に負った火傷や、折れた脛の治療もされていないようだ。

 捕まってから一日ちょっとだが、扱いの酷さに何人かの仲間が眉をひそめている。アネゴなのに気が強い方ではない笹見さんなどは、すでにちょっと涙目だ。



「答えられるコトは伝えたはずだが、尋問の続きかな?」


「では。貴卿直属のバークマット隊の行方と、ファイベル隊の残党はどちらに?」


「知らんなあ」


「そうですか」


 白々しい会話がなされているが、これは前座にすぎない。


 それでもたしかにバークマット隊とファイベル隊の合わせて四分隊が行方知れずなのは事実だ。ついでに王城にいたはずの家族やら関係者も。

 王女様曰く、勇者が開放された段階でヴァフターの家族を確保することよりも、クーデターを早める段取りを優先したそうだ。それにたぶん俺たちを拉致した段階で、ヴァフターたちは関係者を隠している。バークマット隊が見当たらないのがその証拠だ。


 クーデターを明日に控え、目の前にいるヴァフターを味方に付けるのも重要だが、隠れている部隊の動向も気になるところではある。だけど宰相に加担するということはなさそうだし、彼らは関係者を守ることを重視しているはず。

 身柄などはコトが終わってから『勝者』が確保すればいい。そして俺たちは勝者になることを前提に説得をするだけだ。



「で? 足音はたくさんのようだが、護送かな? それとも」


「こんにちは、ヴァフターさん」


 アヴェステラさんから目で合図を送られた俺たちは、まず委員長から切り込んだ。


「……勇者様ときたか。恨みでも晴らすおつもりかな」


「本当はそうしたいんですが、事情がありまして。声だけですみません、藍城です」


「アイシロか。ほかにもいるんだろうが、まあいい。負けたのは俺だ。で?」


 激高するでもなく、ヴァフターは落ち着いた声で委員長とやり取りをしている。まるで初めて会話した時のような雰囲気で。



「結論から言いますね。ヴァフターさん、僕たち勇者の仲間になりませんか?」


「……ラルドールさんよ、そこにいるんだろ? これはなんの冗談だ?」


 委員長のストレートな勧誘に答える前に、ヴァフターはアヴェステラさんに確認をする。声に動揺はない、か。


「第三王女殿下の命の下、この場での仕儀については勇者様方にお任せすることとなっています。正式な裁きではありませんので、その点についてはご承知おきください」


「そうかい」


 問いに答えるアヴェステラさんは黒い部分をにじませながらも、いっそ誇らしげだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る