第300話 勇者が仲間にしたそうにしている




「で、アイシロ。俺が勇者に付いたら、なにかいいことがあるのか? もちろんこちらにだ」


「そうですね。まずは勝利が約束されます」


「勝つ、だと?」


「ええ。勇者は常に勝利する側にいますからね。もちろんたくさんの仲間たちが協力してくれて、ですけど」


 なるべく当たり前な感じを出して藍城あいしろ委員長がカッコいいセリフを繰り出すのだが、頬が少し赤くなっている。


 事前に打ち合わせていた内容とはいえ、これはちょっと恥ずかしいな。とりあえず最初にガツンとポジティブでインパクトのあることを言っておこうとなったので、勇者ムーブをバリバリに前面に押し出してみたのだ。

 危うく綿原わたはらさんが担当になりかけたが、ここはやはり勇者の中の勇者、委員長の役目だと押し切ったという経緯がある。脅しのように血のサメが舞い踊っていたなあ。


 初手として、いちおうここまでは取り決めておいた。やっぱり勇者たるもの仲間と共に勝利を目指すのは、基本だからな。

 どっちにしろ追い詰められているのはヴァフターなわけだし、やりたいようにやらせてもらおう。



「なあ、ラルドールさんよ。こんな茶番に──」


「繰り返しになりますが、わたくしはリーサリット王女殿下の名代としてこの場を預かり、そして勇者の皆様方の言葉を全て受け入れます。そう思って対応してください。ご自身のみならず、同僚やご家族のことまでを考えて」


 うんざりしたような空気を纏わせたヴァフターが、再度アヴェステラさんに声を掛けるが、返事はすげないものだった。


 王女様からすべてを任せるとは言われているが、建前上では俺たちにヴァフターを裁く権利などない。むしろ願い下げなくらいだ。

 なので俺たちはアヴェステラさんのアドバイザーという体裁になるのだ。


 ここでふと気づいたが、ヴァフター、普通に会話ができているな。

 左脛こそ折れているっぽいが、笹見ささみさんに焼かれた気管と滝沢たきざわ先生に潰された喉は、なんとか治りかけているようだ。さすがは十三階位、伊達ではないな。

 それだけに戦力として惜しいし、欲しい。


「そうかい、お堅いと噂の秘書官殿が随分と砕けたものだ。王女殿下がここまでするとはなあ」


 ヴァフターとて情勢を読み、宰相からもいろいろ聞かされてはいたのだろう。

 だが、第三王女が勇者たる俺たちに対し、ここまで完全なフリーハンドを渡しているとは思わなかったはずだ。



「お前たちの意味がわからん勧誘はわかった。戦力を欲しがっているのもだ。だけど俺は──」


「アヴェステラさん、よろしいでしょうか」


 勝手に状況を推測しているヴァフターを他所に、聖女な上杉うえすぎさんがアヴェステラさんに確認をとる。これも状況を見た上での決定事項だった。

 ヴァフターが口を開かなかったり暴れたりすれば、この先の一歩には時間がかかっていただろう。わりと話せる状況で助かるよ。


「……気を付けてください」


「はい」


 アヴェステラさんは持っていた鍵を鉄の扉の鍵穴に突き刺し、回転させた。

 ガチャリと重たい音がして、ドアが開錠されたことがこの場の全員に伝わる。


 鉄門を押し開いたのは委員長だった。ギギギと軋むような音を立てながら鉄の扉が開放されていく。メンテナンスは最悪だな。油くらい差しておけばいいものを。


「お邪魔します」


 この場に似つかわない丁寧な上杉さんセリフと共に、面会に訪れた草間を除く全員が独房の中に入った。メンバーの中にはここまで護衛してくれたヒルロッドさんもいるし、『黄石』で落ち合ったジェブリーさんも一緒だ。一気に十人以上が入った部屋は気温が低いような気がしたが、それ以上に空気が澱んでいた。綿原さんたちも顔をしかめている。



 この部屋にはいないが、すぐ隣の牢屋にはファイベル隊の十二人が六人ずつ、二部屋に分けて収監されている。このあとで一か所に集めて説得をする予定だが、まずは頭になるヴァフターから。


「上杉です。【聖術】を使いますので、受け入れてください」


「……ああ」


 相手を刺激しないようにゆっくりとヴァフターの膝に手を乗せた上杉さんが【聖術】の行使を宣言する。治癒魔術たる【聖術】は、相手がそれを受け入れる心を持たなければ発動しない。同時に委員長がうしろからヴァフターの頭に手を乗せた。こちらは【聖術】とは関係ない。


 ヴァフターは一拍の間をおいてから、軽く顎を引いて同意した。


「申し訳ありませんが、この場で拘束は外せないそうです。委員長が顔に手を添えているのは、噛みつかれないための予防なので、気を悪くしないでくださいね」


「そこまでするか。慎重なことでなによりだ」


【聖術】を使いながら上杉さんが優しく告げれば、こんどはヴァフターも素直に返事をする。

 聖女たる上杉さんにかかればチョロくもなろう、と言いたいところだが、コレは違う。


「わたしはですね、あなた方に捕まったのが【聖導師】のわたしではなく、【熱導師】の笹見さんで良かったと思っているんです」


「……ウエスギ?」


「狙っていたのでしょう? 宰相さんの指示で、わたしを」


 目隠しをされたままでありながら不穏な空気を感じ取ったのか、ヴァフターが黙る。

 事実、すでに上杉さんの微笑みは消えて、あのヤバいオーラが吹きだしている状況だ。こっちまでビビるくらいの圧がそこにある。


 もちろん上杉さんは自分が無事であることを喜んでいるわけではない。


「わたしではなく、笹見さんだったからこそ三人は逃げ出すことに成功しました。もしもわたしなら……、ただの足手まといでしかなかったでしょうから」


 淡々と現実を語る上杉さんからは、凄まじいナニカが伝わってくる。


 自分の無力を責めているようであり、ヴァフターたちの失策を嘲るようでもあり、脱出に成功した俺たちを称えるようでもあり。

 上杉さんではなく笹見さんを拐った実行犯であるパラスタ隊とヴァフターは関係性が薄いはずなのだが、そんなのは相手にもしない語り口だ。


 相手を治療しながら上杉さんはただ諭す。絶妙に回りくどく、噛んで含めて言い聞かせるように、怒りと恨みを込めて。

 そう、ヴァフター一味は勇者に敗北したのだと。


「はい、治りましたよ」


「あ、ああ」


 最後に治療が完了したと告げる上杉さんの声色は優しいものだったが、ヴァフターの返事はどこか掠れていた。怖いよなあ、上杉さん。



 勧誘にあたり俺たちが出した結論は、それぞれが好き勝手な方法でヴァフターをボコるというものだった。できるだけ暴力ではなく、それ以外の行動で。メインは口だな。

 行為や話す内容は選ばない。善でも悪でも、たとえ眉をしかめるようなやり口でもだ。だからこそ、メンバーを絞ってここに来ている。

 この場にいるメンツでこういうのに耐性が低そうなのは笹見さんくらいなものだが、彼女は拐われた当事者であり、実際に敵に火傷を負わせたという実績を持つ、いわば脅し担当としていてもらう。ついでに草間はイザという時のために【気配遮断】を使ったままなので、姿は見えない。


「では移動しましょう。ヴァフターさん、こちらです。せっかく治ったんですから、転ばないように気を付けてくださいね」


 上杉さんの毒が含まれた声に促されて、よろよろとヴァフターは立ち上がった。



 ◇◇◇



 これまた総石造りの部屋に置かれたテーブルの二辺には、ヴァフターをはじめファイベル隊を合せた十三人が椅子に座らされて食事をしている。


「見ているだけでもイヤな気分ね」


「だけど仕方ないから」


 俺の横に立つ綿原さんが、なんだか目出度そうだと【赤白鮫】から【紅白鮫】に名前を変更させたサメを二匹浮かべながら、俺に囁いた。

 ヴァフターたちの顔を見たくもないという意味ではなく、その光景が日本人的にはアレだからだ。


 敗北者たちは椅子に座っていて、目隠しを外され両手もフリーにはなっているが、足の拘束は解かれていない。その上、足から伸びた鎖は壁のフックに固定されているという状態になっている。

 どうやらそういう役目を持った部屋だということらしい。イヤだなあ。



 犯罪者に堕ちた連中は全員が【聖導師】の上杉さんと【聖騎士】の委員長によって治療を終えている。

 恩着せがましい行為ではあるが、ついでに食事も与えているというのが現状だ。


 相手が鎧をはがされ素手な十三人なのに対し、こちらは革鎧に剣やらメイスやら盾やらのフル装備のメンバーが十一人。とはいえ俺と上杉さんとアヴェステラさんは戦力外だが、相手は鎖につながれているわけで、いくら十三階位と十二階位が揃っていてもこちらが圧倒的優勢な状況だ。


 パンとスープと水だけの、俺たち的には粗末な食事だが、昨日から何も食べていなかったらしいヴァフターたちは、食事をもっさもっさと続けている。

 いい大人たちのそんな姿を哀れに思う気持ちが湧くが、なにせ相手は俺たちに武力で敵対した連中だと心を戒める。草間とか笹見さんあたりは絆されそうだからなあ。



「二択です。わたしたちに従うか、牢屋に戻るか」


 食事が終わった頃を見計らって、ズバリと切り出したのは綿原さんだった。


「協力するフリっていうのは?」


「背中に大火傷を負ってから殴られます。この中には経験された人もいますよね」


 減らず口を叩くヴァフターだが、綿原さんには通じない。彼女の横にはサメが舞い、そして笹見さんが作りだした本命の『熱水球』が二個、威嚇するように彼らの周囲を揺蕩っている。

 何人かがビクリとし、とくに隠し扉で後頭部に一撃を食らった二人が青い顔になった。


「すでに王城は混乱していて、あなたたちに助けは来ません。来てもこの場は信頼できる『黄石』と『蒼雷』の騎士たちが守っていますので、牢屋に入る人数が増えるだけでしょう」


「そうかい。『蒼雷』も、ね」


「ヴァフターさんのご想像どおり、『黄石』はすでに解体されたも同然の状態です」


 綿原さんの状況説明はちょっと盛っている。


 まだ王女様は『黄石』を完全掌握などしていないし、二人の副長がギリギリの中立派として、建前上騎士団としての機能を維持しているところだ。王女様側のキャルシヤさんが率いる『蒼雷』の介入は本当だが、それにしても目付程度でしかない。

 だが、ここにはジェブリーさんがいて、綿原さんの言葉に頷いている。それなりに説得力は出ているだろう。



「いまさらバークマット隊の居場所を吐いてもらおうなんて思ってません。『コト』が終わるまで潜伏していようと、行動しようと、こちらは目的が達成できれば、それでいいんですから」


「ヤヅ……、お前、本気でやるのか」


 綿原さんの言葉を俺が引き継いで、最早ヴァフターたちの家族に興味はないと宣言してやった。

 できれば敵対してほしくはないけれど、落ち延びるのなら好きにすればいい。宰相のツテを失った以上、行く先などないだろうけどな。


「ええ、やります。勇者全員は王女様に付きました。いえ、俺たちが王女様の後ろ盾になりますよ。意味はわかりますよね?」


 ヴァフターたちは宰相経由である程度の事情を吹き込まれているはずだ。ザワつきはするものの、意味がわからないという顔をしている人はいない。そうだよ、勇者の名の下にクーデターは実行される。

 こういう時に全員の顔を一度に見ることができる【観察】が俺のウリだ。おかしな挙動をする者はいないと判別はできた。状況は理解できているようだな。


「で? 俺たちはどうすれば、お前たちの味方ということになるんだ?」


「一緒に迷宮に入ってもらいます」


「悠長に階位上げでも手伝えと?」


 皮肉気に嗤うヴァフターだが、悠長なんていう単語は当てはまらない。なにせクーデターの決行まで二十四時間を切っているのだ。

 もちろんレベリングは手伝ってもらうけどな。



「実はですね、迷宮にはとある高貴な方にも同行していただくんです。僕たちは護衛みたいなものですね」


「高貴って……、アイシロ、まさか」


 俺に続いたのは委員長だった。

 

 こんどばかりは気付けたのはヴァフターはじめ数名だけだ。ほかの人たちは意味がわからないという表情になっている。

 いいな、段階的に暴露していくノリが心地いい。


「ええ、リーサリット第三王女殿下を迷宮にご案内します。ついでに王女殿下の階位上げもやろうと思ってますので、ヴァフターさんの言葉も半分は本当ですね」


「お前ら……、正気か?」


「ここにいるアヴェステラさんは八階位ですよ」


 委員長の冗談とも本気ともつかない発言にツッコンだヴァフターだが、無言で頷くアヴェステラさんを見て絶句した。秘密工作員でもない限り、王城の文官で八階位なんていうのはレア中のレアだから、さもありなん。

 ジェブリーさんも一緒になって驚いているのが面白いな。



 さて、この段階でここにいる敵対者の全員が理解しただろう。

 クーデターが間近だと知ってしまった以上、王女様のレベリングはギリギリ理解できなくもないはずだ。だが、わざわざ護衛にヴァフターたちを採用する理由までがわかれば。


 これで俺たち側は明確な弱みを見せたことになる。人手が足りないから、お前らみたいのを使わざるを得ないという事情をだ。同時に、それだけ本気であるということも。


「条件はヴァフターさんを含めて七名の同行です。役目は露払い。残りの六名は申し訳ありませんが人質として居残りになります。その間だけは食事を保証しましょう」


「断ったら?」


 委員長の出した条件を聞いたヴァフターは、疑いを隠さずにこちらを伺う。

 七名という数字が、俺たちにも制圧可能であるという意味を持つことに気付いたのかもしれない。


「全員を牢屋に戻して放置です。もちろん食事抜きで。どれだけ階位があろうが飢えはキツいでしょう。時間が経てば……」


 最初に挙げた二択の片方を、こともなげに言ってのけたのは綿原さんだった。


 メガネの向こうにある目は細められ、付き合いの長い……、もとい密度の濃い俺にはわかる。

 アレは本気で、しかもまだ怒りは消えていない。むしろ面会することで、拉致当時を思い出してしまっているのだろう。俺もそうだしな。



「コトが終わるまでどれくらいかかるかはわかりませんが、仮に宰相閣下が勝利したとして、さらにまだ息が残っていたとして、ヴァフターさん、あなたの扱いはどうなるのでしょう」


 心持ち目を細めた上杉さんが追い打ちをかける。すごい圧だな。笹見さんが明確にビビってるぞ。

 綿原さんと上杉さんのタッグは本当に強い。ガチ感がありすぎるから。


 そう、ヴァフターは宰相視点でも失敗しているのだ。

 勇者を手土産に、宰相の金とツテを使って帝国に落ち延びるという手筈はすでに崩壊した。もしも王女様が敗れて宰相が勇者を手に入れたとしても、それはヴァフターの手柄にはなり得ない。


 良くて都合のいい手駒、悪ければ見捨てられるどころか、勇者を拉致して騒乱の引き金を引いた当事者にされかねない。もちろんその場合、宰相は『関与していない』と言い張るだろう。


「ご想像のとおりです」


 トドメの言葉が上杉さんから発せられ、ヴァフターたちは身を硬くした。


 こうして壮大な茶番をやっているのは、俺たちの納得という名の憂さ晴らしが主目的だ。

 すでにヴァフターたちは、こちらに付くか破滅するかの瀬戸際にいるのだから。どちらを選ぶかなど、自明でしかない。それでもまあ──。



「成功報酬になりますが、褒美も出るそうですよ」


「ほう?」


 飴担当の委員長がもみ手でもしているような雰囲気の言い方をする。意外と似合うな。


「爵位ははく奪されますが、ご家族の無事を保証した上でアウローニヤに残るか、国外に出るかを選択できます。残るなら一度は反目しても王女様に助力したという実績で軍に籍を。国外を選ぶならペルメッダあたりがいいんじゃないでしょうか」


 委員長の言葉にヴァフターの目が大きく開く、罪人とされている騎士たちもだ。

 仕事をしてもらうなら、前向きになってもらわないとな。ついでに王女様と勇者の寛容さの押し売りも。


 これはもう破格の報酬と言えるだろう。現在のヴァフター一味は、族滅されてもアウローニヤの法的には問題のない立場にいる。『王家の客人』を拉致したという、ヤバい案件だ。強力なコネがあればなんとかなるかもしれないが、宰相に切られたヴァフターに、そんなものはない。


 それが一転、平民落ちとはいえ、命の保証がされたのだ。国に残るなら軍に職を斡旋し、さらには国外逃亡すら許すという特別待遇。罪人にはやたらと太い蜘蛛の糸にも見えるかもしれないな。


 もちろんこれは王女派の戦力不足が原因なのだが、そんなのは相手も承知だ。

 だからこそ、こんな美味しい話が与太ではなく、ある程度はリアルに映るはず。



「状況次第では追加の報酬もあるかもしれませんね」


「それは?」


「勇者と王女殿下の助力をした者です。歴史に名が残るかもしれませんよ?」


「そういうのは、そこにいるジェブリーやミームスに与えられるものだろう」


 軽い調子で委員長が持ち上げれば、ヴァフターはジェブリーさんとヒルロッドさんを見て減らず口を叩く。それくらいの余裕は出てきたか。


「なにをいまさらです。ヒルロッドさんとジェブリーさんは、すでに勇者を鍛えた者として、歴史書に記載されるのが確定していますから」


 断言する委員長にヒルロッドさんとジェブリーさんが苦笑いを浮かべるが、これは本当だ。もちろんアヴェステラさんだって、ここにはいないけれど、シシルノさんもアーケラさんも、ベスティさんも、ガラリエさんも、それぞれが勇者たちに貢献した者として、記録に残されるだろう。



「最初に話を戻します。脅されてなんていう理由は馬鹿馬鹿しいとは思いませんか? どうせなら──」


「勇者様の伸ばした手を取れ、か」


「ええ、そっちの方がカッコいいじゃないですか」


 委員長の持っていき方に、ついにヴァフターも気の抜けた顔になった。ほかの騎士たちも似たような感じだ。


 どうせならポジティブに味方をしてほしい。俺たちは立場をわからせ、脅し、憂さ晴らしをして納得し、ヴァフターたちは嫌々ではなく、進んで勇者の味方となる。


 これは俺たちの、そんなワガママを叶える場でもあったのだ。



「俺たちは負けた。万全ではなかったとはいえ、団長なんて肩書の俺などは十三階位なのに十階位の拳士に一対一で負けた。最後に教えて欲しいんだ。タキザワ」


「なんでしょう」


 ここまで無言を貫いていた先生がヴァフターによって名指しされた。先生は冷たい表情のまま短く返事をする。


「なんで俺は負けたんだろうな。どうしてアンタが勝った?」


 負け惜しみというわけではないのだろう。それでもヴァフターには理解出来ないという感情が残っていたのかもしれない。

 なんともとりとめのない問いだけど、先生は考える素振りもなく口を開く。



「あの時は、事情がありました」


「事情?」


「わたしの戦いを生徒たち見ていたものですから、負けられなかったんです」


 真顔の先生は、こっちが恥ずかしくなるようなコトを、さも当たり前のように言ってのけた。


「そうか、そうだったか。『緑山』を背負った騎士団長は見栄で俺に勝ってしまったのか」


 寂しそうに笑うヴァフターだが、そこにはもう悪意は感じない。完敗を受け入れたといったところか。


「提案に……、俺は乗る。お前らはどうする?」


 そう言って、ヴァフターはファイベル隊の面々を見渡した。


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