第313話 肩の力は抜かないと




「ふーっ、ふーっ」


「はぁっ、はぁっ」


 みんなの荒い息遣いが響く迷宮四層の広間にジャガイモが十四個、ついでにビート、アウローニヤ的には【七脚三眼甜菜】の残骸が五体転がっている。


 ジャガイモも強敵だったが、隣の部屋から援軍とばかりに現れたビートもこれまた強かった。葉っぱにしか見えない七本の脚を溜めに溜めてからのジャンプ攻撃は、丸々と太った胴回りが五十センチの大根が回転しながらぶっ飛んでくるという凄まじいモノだったのだ。


 三層のリンゴの攻撃が野球のボールだったとしたら、ビートのソレはバスケットボールと表現できるかもしれない。しかも速度は大して変わらないのだ、どちらがヤバい攻撃なのかは自明だろう。

 なにせ【豪剣士】の中宮なかみやさんが一撃で倒しきれなくて木刀を弾かれた上に、【豪拳士】の滝沢たきざわ先生のカウンターでは、信じ難いことに指の骨を折るような事態になったのだ。ミアの矢も刺さりはしたものの、それをものともせずの突撃は、ハッキリ言って後衛にとって恐怖の的でしかなかった。


 ジャガイモにはある程度通用していた綿原わたはらさんのサメも、ビートの前では無力だったのが悲しい。

【石術師】の夏樹なつきが操作する石は弾き飛ばされ、【熱導師】の笹見ささみさんの水球も貫通された。【裂鞭士】のひきのムチや、【剛擲士】の海藤かいとうが投げるボールもほぼ当たらない上に、当たったとしてもちょっと軌道を変えるのが関の山という有様だ。



 四層の魔獣、ヤバいだろ。


 迷宮を徘徊する魔獣の強さが階層が深まるごとに強くなるのは当たり前といえば当たり前だ。ゲーム的とは言うなかれ。

 こういう傾向があるのは重々承知でだが、一層から二層、二層から三層を体験した身としては、バランスが悪いとしか思えないのだ。


 なるほど、これが十三階位の壁ということか。兵士でも騎士でも七階位と十階位止まりが多いのが理解できる。十階位がゴールになるような人が多いのも。

 こんな魔獣と戦い続けなければ、十三階位には到達できないのか。俺たちはそれなりの数、十三階位の人たちと出会ってきた。戦って、勝利したことすらある。


 けれどもやはり、まだまだだ。仲間の中で先生や中宮さんは傑出しているが、俺たちがヤレているのは奇策ありきだからな。表現を変えれば初見殺しみたいなものだ。

 この階層を接待で潜り抜けた人もいるかもしれないが、俺たちが欲しいのは純粋な力や経験であって、しかも今はクーデターの真っ最中だからなあ。


 それとほかにも気になることが──。



「ほら治った。戦闘中でも遠慮なく言ってくれていいんだぜ?」


「はい。ありがとうございます」


 ツンデレ小太りヒーラーの田村たむらがヘピーニム隊の治療をしてくれているのだけど、経緯がちょっと引っかかる。


 シャルフォさんたちヘピーニム隊は十階位の戦士と九階位の斥候だけで【聖術師】を連れてきていない。

 だからといって積極的に『緑山』からの治療を要求しないのは、こちらとしてもいただけない考え方だ。


 前回の共闘で向こうの【聖術師】は階位上げこそしていたものの、【聖術】の行使は戦闘終了後だったことを思い出す。

 アウローニヤの【聖術師】は大切にされている。当然ではあるのだが、後衛職となる【聖術師】は柔らかいし、技能の取得も治療に特化されていて、普通は戦闘に参加することはできない。動けなくなるくらいの大怪我や【解毒】は例外だとしても、戦闘中はうしろに下がって待つのが普通だ。

 だからこそ三層で宰相派の集団と戦った時に、先行して【聖術師】を襲うことで相手の動揺を誘えた。


 けれど『緑山』は違う。

 純ヒーラーな【聖導師】の上杉うえすぎさんやバッファー兼任である【奮術師】の奉谷ほうたにさんは、たしかに積極的には前に出せない。それでも彼女たちは歩法やバックラーの練習を欠かしていないし、上杉さんに至っては【身体操作】まで取得している。

 王国基準では、とてつもなく戦えるヒーラーといえるだろう。


 そして【聖騎士】の藍城あいしろ委員長と【聖盾師】の田村は、普通に前線で治療役ができてしまうのがウチの特徴……、どころか超ストロングポイントだな。

 メガネゾンビナイトな委員長には自己ヒール重視でやってもらっているが、後衛職なのに【身体強化】を使って前に出ることができる田村は心強い。同じく前線を張れる魔力タンクこと【雷術師】の藤永ふじながとの組み合わせがこれまたハマるのが最高だ。


 チャラ男な藤永って、最近雷方面であんまり目立ってないな。いや、魔力タンクとしてなら大活躍だけど。


 それはさておき、一年一組は当たり前のように治療をしながら戦闘を行える謎の集団、ということになる。

 なんなら前線で田村が応急処置をしてから当事者は自力で後方に下がり、そこで上杉さんと奉谷さんが完治させるなんていう運用も試しているくらいには。



「おい、八津やづよぉ」


「ああ。わかってる」


 治療から戻ってきた田村が俺の目を見ながら顎をしゃくった。同じようなことを考えていたんだろうな。


「すみません、シャルフォさん、ちょっと」


「なんでしょう」


 俺の声掛けにシャルフォさんはすぐに近くまできてくれた。


 ゲイヘン軍団長直々の命令で王女様と勇者に援軍として同行している立場なのはわかるのだけど、前に共闘した時よりむしろ固くなっているように見えるのは気のせいじゃないんだろうな。


「俺からも見るようにはしてますけど、鎧の下の怪我の具合まではちょっとなんです。動き方でなんとなく判断、くらいしか」


「はい……。すみません、遠慮があったようですね。事前に聞かされていたのに、申し訳ありません」


「いえ、こっちももっとハッキリしておけば」


 俺たちが戦闘中でも治療をしていることは、シャルフォさんも重々承知だ。今回の同行でもヘピーニム隊やヴァフター隊を同じく扱うことは伝えてあるのだけど、やっぱり普段のノリが出てしまうのだろう。


 それにしてもだ、俺より背が高くて倍くらいの年齢のお姉さんに申し訳なさそうな顔をさせるのは、高一男子の身としてはなかなかキツい。綿原さんか委員長に任せればよかったかも、くらいには思ってしまう。



「シャルフォさんさぁ、どんどん言ってくれた方が、俺たちも助かるんだよ」


「タムラさん」


「怪我して動きが悪くなったら、そのぶん八津の予定がズレるんだ。だから【聖術】を使わせてほしい」


 どこか気まずかった俺とシャルフォさんの会話に割り込んできた田村が、言いたいことを言って頭を下げた。こっちから治療をさせてほしいとお願いまでしてくれるのかよ、田村め。


「……理解していたつもりでしたが、まだまだでしたね。タムラさん、ありがとうございます。ヤヅさん、気になるコトがあれば、遠慮なく言ってください」


 そこまでした田村に背中を押されたのか、シャルフォさんは少しだけ笑みを深くしてくれた。なら俺も、もうちょっと押してみるかという気にもなる。


「あの、緊張してます?」


「そうですね。光栄であると同時に、やはり」


 王都軍の隊長とはいえ王女様直掩の部隊入りだ、騎士爵でしかないシャルフォさんには重たい任務なんだろう。


 対人戦があったとはいえ、戦力的に三層までは余裕もあったし、階段の途中では冗談交じりの会話だってできていた。

 だけど四層での戦いはシャルフォさんたちだって初の体験なのだ。


「階位を上げましょう。今の四層なら人もいないし、俺たちのやりたい放題です。ガンガンいきますよ」


 俺に言えるのなんてこんなものくらいでしかない。勇者という肩書をもった若造の空元気。


「十一ならあっという間です。やり方次第では十二だって目指せますし、俺たちはそこまでやる気ですよ」


「ヤヅさん……」


「ついでに王女様の階位も、十くらいまで持っていきましょう。前代未聞じゃないですか? シャルフォさんたちの名前まで歴史に残るかも」


「ぷっ、ふははっ、不敬ですよ、ヤヅさん」


 やったぞ。俺はシャルフォさんを笑わせるコトに成功したのだ。こっち方面だって、もしかした向いているのかもしれないな。


「自分自身のためにも肩の力を抜く努力をします」


「努力、するんですか」


「性分ですから。ですがそうですね、みなさんと一緒に王都軍最強でも目指しますか。王女殿下の覚えも目出度く、ですね」


 なんだか逆に俺が励まされているような会話になっている気がするけど、やっぱり相手は大人だってことなんだろう。

 それでも笑ってくれているシャルフォさんと、皮肉気な苦笑を浮かべる田村に挟まれるのは悪い気分じゃない。



「ねえ、コレってダイコンと違ったの?」


「違うよ!」


 まったりムードに心を温かくしていたその時、背後から妙なやり取りが聞こえてきた。



 ◇◇◇



 気軽な感じにダイコン発言をしたのは陸上女子のはるさんで、それに対する鋭い返しは、にわかには信じがたいが温厚男子の野来のきの声だ。


春姉はるねえ、マズいよ。スイッチだよこれ」


「だ、だね、なつ。やっちゃったかな」


 振り向いた俺の視界に入ってきたのは、焦る酒季さかき姉弟の姿だった。


 迷宮の床に転がるビートを挟んで双子と対峙しているのは、今さっき声を荒げた野来とメガネ文学少女の白石しらいしさんという非公式婚約者ペア。

 ダイコンというフレーズとメンバーで、なんとなくオチが見えてきたぞ。


 実家が小麦農家な野来と白石さんから謎のプレッシャーを感じたのか、親が警察官の酒季姉弟がビビっている。

 十年来の付き合いがある一年一組のメンバーだ、誰のどこに地雷が埋まっているのかだってわかっているわけで、この件についてはどうやらそういうことらしい。


「そもそもだよ春さん」


「な、なにかな、野来」


「ビートはね──」


 そこから交互に繰り出された野来と白石さんの説明は、なんというか熱かった。


 ビート、甜菜、またの名を砂糖大根。

 俺からしてみれば、太っちょな大根にしか見えないソレは、どうやら植物的には大根ではないらしい。



「砂糖って言ったらサトウキビの印象、あるよね」


「だ、だね」


 白石さんが押せば、春さんが後ずさる。動作ではなく、雰囲気がだ。バリバリの前衛な【嵐剣士】の春さんを口で圧すとは、さすがは【騒術師】の白石さんなだけのことはある。


「でもね、日本国内の砂糖生産量なら、実は北海道のビートが七割以上なの」


「へ、へぇ。そうなんだ」


「外国からの輸入を含めても流通している砂糖の二割以上が北海道産なの。しかも道東。春ちゃん、わかってる?」


 なんで俺たちは異世界の迷宮でこんなネタを聞かされているのだろう。


 それと白石さん、そこに転がっている大根ならぬビートの残骸は、たぶん北海道とは無関係だと思うぞ。魔獣だからな、それ。


「砂糖だけじゃないよ。米、小麦、小豆、その他もろもろ……。食料自給率二百パー超え、僕たちは自覚を持つべきなんだ」


 そして野来による謎の北海道マウントである。なにをどういう風に自覚すればいいのやら。


 繰り返すがここは異世界でアウローニヤでアラウド迷宮の四層で、しかも今はクーデターの真っ最中だ。北海道でもなければ日本でもない。そこが寂しくもあるが、それはこの際どうでもいいだろう。

 米騒動の時もそうだったけど、野来と白石さんは農産物が関わると、どうしてそうもヒートアップできるのだろうか。好きなアニメを語るオタみたいなものか?


「『ほっかいどー』とは素晴らしい国なのですね」


「姫殿下、わたしはいつか訪ねてみたいと考えているのですよ。勇者たちと共に」


「まあ、羨ましい」


 王女様とシシルノさんも悪乗りは止めてもらえないだろうか。付け加えると北海道は独立国じゃないぞ。


 けれどまあ。



「ふははっ、努力する前に肩の力が抜けました」


「そりゃよかったです」


 俺と一緒になってアホなやり取りを見届けたシャルフォさんがハッキリと笑みを浮かべてくれた。


 真面目になって力を抜きましょうみたいな会話が吹っ飛んだな。

 やってくれるじゃないか、オタクな非公式婚約者たちめ。


「でよ。俺の十階位は祝ってもらえないのかな。【遠視】取ったんだけど」


「か、海藤。助かったよ」


 農業アタックを受けてタジタジになっていた春さんを救ったのは、野球少年の海藤だった。


 苦しい四層の戦いだったが、それに勝利すれば明るい話題が待っている。今回の戦いでは全てが予定通りとまではいかなかったが、それでも海藤と委員長が階位を上げることに成功したのだ。

 お祝いムードになる前に俺と田村はシャルフォさんの対応で、こちらでは農産物談義が優先されただけなので、目出度くないというわけではないからな。


「僕は【解毒】だよ」


 やいのやいのとしていた春さんたちを遠巻きにしていた委員長は、この段階になってやっと会話の輪に加わることにしたようだ。


 同じくこの部屋にいる全員が階位が上がった二人の動向に注目するようになる。とはいえ結論は短い。

 王女様の護衛をしながら遠距離攻撃もするというロールを背負った海藤は【遠視】を取ったようだ。自然な流れだな。

 そしてヒーラーと騎士を兼務する委員長は【解毒】だ。こちらもまた、毒持ちが増える四層対策としては普通に重要な技能といえる。これまた自然だ。


 せっかく二人もレベルアップしたのだが、あっと驚くような展開はない。

 強いていえば、これでウチのヒーラー四人全員が【解毒】持ちとなったのが凄いんだぜ、くらいだろうか。



 そしてシャルフォさんたちヘピーニム隊の話題とはべつに、ネガティブな要素が残されている。


「それにしても参ったねえ。ビートはまだしも、ジャガイモすらなんてさ」


 腕を組んで苦笑を浮かべるアネゴな笹見さんだけど、悔しさは隠しきれていない。


 そう、笹見さんはジャガイモを倒すことができなかった。

 相手が速かったから捕まえられなかったわけではない。四層での初戦闘で緊張していたという状況であったとしても、トドメに至るまでの攻撃、すなわち短剣を突き通すことができなかったのだ。相手が硬かったから。


「十階位になってたらイケたかもしれないけどね」


 そのために三層に戻るというのがバカげているのは、笹見さんだってわかっているのだから、これは単なるグチだというのはわかる。


 だけど、意味するところは重大だ。


「後衛全員が難しいってことよね。わたしも含めて」


 綿原さんが全員の想いを代表するようにそう言って、彼女の脇に浮かんだサメがへんにょりと気落ちムードを表現していた。


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