第314話 あらゆる手段を使えばいい




「予想はしていたけれど、ちょっと嬉しくない事態よね」


 サメを低空飛行させている綿原わたはらさんがため息交じりに言ったセリフに、一年一組のみんなが頷いた。


「ジャガイモでも無理ならあとは、白菜、ダイコン、桃、レモンくらいかしら。ハトもやり方次第?」


「戦ってみないとだけど、ダイコンも難しいかもね。出現頻度なら本命は白菜として、桃とレモンはレアっぽいし」


 それでも綿原さんが希望を持たせ、魔獣の生態を調べていた文系男子な野来のきが補足する。

 魔獣談義のはずなのに、農作物関係の単語ばかりが登場するのがアレだが、これは真面目な会話なのだ。


 この事態は決して想定外ではない。

 後衛職のレベリングで問題になってくるのはトドメを刺せるかどうかだ。ベスティさんを含め、ウチの術師たちは水準以上に階位も上げたし、技能を取り、常に熟練を上げる努力を重ねることで魔術の強化を怠っていない。

 綿原さんのサメも、夏樹なつきの石も、笹見ささみさんの熱水も、魔獣の弱体化に成功するレベルに到達しているのだ。深山みやまさんの氷と藤永ふじながの電気、白石しらいしさんの音は方向性が違うのでそこは保留だな。


 けれども術師がトドメを刺すとなれば、やはり短剣を突き刺すしかない。夏樹の石が三層のミカンと衝突して倒しきった事例もあるが、あれはレア現象の領域で、狙ってすることではない。将来的にはできるようになるかもだけど。


 前衛系のメンバーのようにメイスや木刀、果ては拳で殴り殺すようなマネは、後衛組には不可能だ。

 それでも俺たち後衛メンバーは、三層ではミカンやヘビのように柔らかい魔獣を選び、ひたすら短剣を突き刺すこことで、ここまでやってきた。


 そう、やってこれたのだが。



「まさかここまで硬いなんてねえ」


 自身でジャガイモの硬さを体感した笹見さんがボヤくのだが、これこそ俺たちがしていた予想の中でも最悪の事態に近い。


 笹見さんは【身体強化】を持つ、物理戦闘ができる側の術師だ。

 そんな彼女が短剣を通せなかったという事実は重い。同じ立場の、つまり術師で【身体強化】持ちな【鮫術師】の綿原さん、【雷術師】の藤永、【聖盾師】の田村たむらでも似たようなことになる可能性が高い。


 ジャガイモは俺の好物であるとかは置いておいて、四層では比較的出現頻度が高く、そして後衛でも倒せるのではないかと目されていた魔獣なのだ。

 三層におけるヘビやリンゴみたいな扱いで、後衛に流して経験値の糧にしたいと考えていたのだが、これでは。


「うーんとね、【身体補強】はどうかな」


「まずはそれだろうね。たぶんヤレると思うよ。うん」


 ロリっ子【奮術師】の奉谷ほうたにさんが言うように【身体補強】を笹見さんに掛けて、【身体強化】と被せれば可能性は出てくるだろう。ジャガイモへの攻撃を体験した笹見さんはイケると判断したようだし。


「試すしかないわね。つぎは玲子れいこに【身体補強】をお願いね、鳴子めいこ


「うん、りょーかい! なぎちゃんもやってあげるよ」


「そ。ありがと。八津やづくんは大丈夫?」


 綿原さんがまとめるように話を進め、奉谷さんは元気にそれを了承した。


 奉谷さんはクラスの中でも後衛中の後衛だし、彼女の【身体補強】の対象は柔らかグループがメインだ。ここで一手、動ける術師たちに【身体補強】を掛けるというのは当然の考えなのだが、対象者を調整する必要はあるだろう。でなければ奉谷さんの負担が大きくなりすぎる。


「ああ。一回の戦闘で二人までってことで。奉谷さんが前に出るんじゃなく、対象者が受け取りに行くって形でどうかな」


「そうね。そうしましょう」


 俺からの提案は綿原さんによって即採決された。周りからも異論は出ない。



「問題なのは僕たちだよね、八津くん」


「だなあ、夏樹。でもまあ、手段はあるさ」


『新柔らかグループ』リーダーに就任した夏樹が懸念を示す。


 そうなんだよな、笹見さんがダメなら俺を含む柔らかグループなど論外だろう。今の段階ではチャレンジする気にすらなれない。王女様とベスティさん、シシルノさんもまたしかり。

【身体強化】と【身体補強】を比較すれば、自身に掛ける技能だけあって、前者の方が効きが良い。つまり【身体強化】を使った笹見さんがダメだったということは、俺や夏樹が【身体補強】をもらっても、ほぼ間違いなく失敗する未来しか見えないのだ。


 やっぱりこの世界のルールって、後衛に厳しすぎるだろう。

 そもそも【身体強化】を持っている術師自体がアウローニヤでは異常な存在なのだ。

 ほかの国ではどうしているんだろう。冒険者の聖地とか言われているペルメッダなんかでは、なにかしらのノウハウでもあったりするのかな。



「あの、わたくしの短剣を使うというのは、どうでしょう」


「いいんですか?」


 黙って会話を聞いていた王女様が、王家秘伝の短剣を前に差し出した。伸ばした手に握るのは、鞘はもちろん、鍔と柄にちょっと派手目な装飾が入っている、長さが三十センチくらいの宝剣だ。

 王女様ってこういう立ち姿が似合うよな。普段からポーズの練習でもしているのだろうか。


 とか思いつつ聞き返してしまったのだが、その威力を知ってしまった以上、実はこういう展開には期待していたのだ。

 そして視界の端では短剣マニアという属性を身につけた『切り裂き』の深山さん持つ褐色アイが光っている。どうしてそうなってしまったのか。


「手段を選ぶ場面でもありませんし、むしろこの剣も勇者様方に使われたならば、箔も付くというものでしょう」


「……助かります。使い回しになるので申し訳ないですけど」


「構いません。存分に」


 よっし。これで王女様承認の下で有効な武器を使うことができる。


 もちろん優先度は王女様を最上位に設定する。王女様を強化するのも大事だが、彼女を守れる者を強くするのは、それ以上に効果的なのも事実だ。本人が少々強くなったところで護衛が弱ければ話にならない。


「ならその、順番というか、最初の一回だけでいいので……、深山さんに使ってもらうのは、どうかな」


「いいの?」


「階位に関係なく、最初一回だけってことで、いい?」


「うん」


 王女様の快諾をもらい、さらには深山さんの圧に日和った俺だが、責める者は誰もいなかった。


 ぽややんとしたまま目を輝かせるという難しいマネをしてのけているアルビノ系見た目薄幸少女な深山さんは、言葉こそ短いものの即答という形で意志の強さを見せつける。

 そもそも深山さんは【鋭刃】を持っているから、柔らかグループの仲間とはいえ、参考記録にしかならないんだけどなあ。


 いいよな【鋭刃】。俺にも生えてくれないだろうか。基本的には封印している技能だけど、この期に及んでは対人で使わない、という条件付きでアリなんじゃないかという空気がクラスの中にはあるし、先生が深山さんに認めた段階で暗黙の了解みたいなものだ。

 前衛職連中には結構生えている技能なのに、残念なことに必要としている後衛組で候補にしているヤツはいないのがなあ。結果として深山さんだけのユニークスキル状態なのだ。がんばれよ『クラスチート』。こういう時に連鎖してこそだろうに。


「では、ミヤマ様、どうぞ」


「ありがとう、ございます」


 当たり前のように王家の宝剣を深山さんに手渡す王女様の潔さには感服させられる。

 素直に受け取る深山さんも大したタマだな。


「カッコいい」


 装飾過多な鞘から短剣を抜いてみせた深山さんは、ため息を吐くように呟いてから白い頬を赤らめた。


「いいっすね。カッコいいっすよ、深山っち」


「ありがと。藤永クン」


 新しい属性を身につけた深山さんを全肯定する藤永もすごい。これがデキる男というヤツなんだろうか。


 なんにせよ、深山さんは特殊装備を手に入れたのだ。短い期間だけどな。



 ◇◇◇



「お前ら、こんなことで時間掛けてていいのかよ」


 長引いている俺たちのやり取りに、しびれを切らしたのかヴァフターがツッコんできた。


 会話のきっかけになった形のシャルフォさんが困った顔になっているが、そこは気にしないでほしい。

 それに、これが俺たちのやり方だ。こういう場面ではキッチリと話し合ってから動いた方が結果が良くなる。初挑戦の迷宮四層の入り口だからこそ、試行錯誤を忘れてはいけない。


 けれどまあ、ヴァフターが焦る気持ちもわかる。クーデターの真っ最中にやることかと言われれば、たしかにそれもそうなんだよな。だから冷たい視線こそ何人かが送っているが、口に出してまで否定はしない。


 ヴァフターだって自分が疎まれているのをわかっていて、だからこそ言える意見があるという気概も伝わってくるし、腐っても騎士団長だっただけのことはあるよ。

 あんなコトをしでかさなければ、尊敬できる大人っていう扱いもできたんだけどな。


「いいんだよ、バークマット卿。これが彼らのやり方さ」


「なんでジェサル卿がそっち側なんだろうな」


 だけどそこで黙らないのがシシルノさんだった。


 王女様からの発言ならばヴァフターもただ黙っただろう。だが相手はシシルノさんだ、すっごく微妙な顔になっているぞ、ヴァフター。シシルノさんの方が爵位は下だけど、彼女には謎の説得力と迫力があるから。


「それはもちろん、わたしが『緑山』の一員だからだよ」


「そうだな。そうだった。アンタはそういうヤツだった」


 胸を張って勇者の味方をアピールするシシルノさんに対し、ヴァフターは肩を竦めるだけだ。

 言うべきことは言った、くらいの感覚かもしれない。


 それとだけど、四層対策の案はまだ残っているぞ。話は終わっていないのだ。



「そろそろいいんじゃねぇか」


 頃合いを図っていたのか、それとも『茹で具合』がいい加減になったのか、寸胴鍋を持ったヤンキーな佩丘はきおかが登場したのは、そんなタイミングだった。


 模擬店をする予定がなかったのに寸胴を持ち込んでいたのには理由がある。

 ひとつは単純に、ヴァフターたちも『緑山』に同行することになったため、食事を一気に作りたかったから。クーデターなんていう非常時ではあるが、だからといって非常食だけで行動するのは俺たちのスタイルではない。むしろ計画がおかしくなってから、そこではじめて食事に制限をかけるべきであって、イレギュラーが発生していない段階ならば、ちゃんと食べておきましょうという話だ。

 ついでに言えば、長丁場になった場合の迷宮泊まで想定している。


 さらにはそこにシャルフォさんたちヘピーニム隊の追加だ。備えあればなんとやらだな。

 俺たちの本音としては、美味しい食事が元気の源、くらいのノリではあるのだけど。


「じゃあ、深山さんから」


「ん」


 俺の勧めに深山さんが軽く頷き、王女様から預かった短剣を構える。


 これがもうひとつの理由、三層に引き続いての寸胴を使った実験だ。

 生きたヘビを煮殺したら経験値がどうなるかというのは、たぶん誰にも入らないという結論に落ち着いた。ならばそれはそうだと受け止めて、その事実を活用するのみ。


「えい」


 深山さんの小さな掛け声と共に振り下ろされた短剣は、見事鍋の中に詰め込まれていたジャガイモに突き刺さった。


 お見事。すっかりトドメを刺すのが上手くなった深山さんである。

 もちろん今回のケースは相手が死んでいるので『本番』とは状況が異なるのだが、予行演習としてはそれなりに意味があるだろう。俺もあとでやらせてもらうし、宝剣に触れるのはちょっと嬉しい。



「まあ、魔力が抜けてるんだから、柔らかくて当たり前なんだろうけどなぁ」


「生きてる内にやれるかどうか、か。足をちぎっても少しは動くだろうし。【魔力伝導】で魔力抜きも重ねるか」


 強面な佩丘とピッチャー海藤かいとうが物騒な会話をしているが、なるほど【魔力伝導】を平行して使うのはアリだな。


「でたらめだよ。野菜やイモを茹でたら柔らかくなるのは理屈だけど」


「なら、それを活用するだけでしょ」


 呆れ顔をする委員長と、それに対してシレっと返す副委員長の中宮なかみやさんのやり取りこそが、今回やろうとしている挑戦の真相だ。


 迷宮の魔獣は倒された後に、素材として活用されている。

 丸太ならそのまま木材として、ウサギや羊は肉や革として、そして野菜や果物ならそのまま食材として。


 ならば生きて人間に襲い掛かってくる状態の魔獣の体は、もっと突っ込んで言えば体組織はどうなっているのか。

 答えは単純、生きていても死んでからも、同じだ。違いといえば毒性が消滅するというくらいか。


 丸太は見たままの材質だし、果物からは果汁も出る。野菜にしても、本体の組成は野菜そのものとしか思えない。

 部位によっては別生物が混じっていたり謎の血液こそ流れているが、ジャガイモは生きているあいだもジャガイモなのだ。すごいフレーズだよな。


『どうせ魔力で動いているとかそういうのでしょうね』


 我らがサメ使いの綿原さんがそう断言していたが、俺も異論はない。

 要は全部、魔力が悪いという結論に至る。



 生きたままのヘビを茹でれば、死んでしまう前に固くなってしまったのは確認できている。死なない程度でゆっくりコトコト煮込むパターンは試していないが、可能であればたぶん柔らかくなるのだろう。


「温度と時間だな。アーケラさんが居ねぇのが残念だけど笹見、やれるか?」


「保温ならなんとかできると思うよ。だけどそのあいだは攻撃には出れないだろうけどねえ」


 どう見ても悪役な顔で佩丘が加熱時間を心配すれば、熱を操る【熱導師】たる笹見さんがニヒルに返す。やれそうなのかな。


 それを見る料理長の上杉うえすぎさんは、任せたとばかりに微笑むのみだ。

 それより自分にはやるべきことがあるといった具合に、深山さんから手渡された短剣を構えようとしている。俺の順番はいつになるのだろうか。


「『オペレーション・ソフト』。頑張ろうね、八津くん」


「本当に上手くいくかは試してみなきゃわからないけど、まあいいさ。やってやる」


「うん!」


 夏樹と俺は肘をぶつけ合って、作戦の成功を誓い合った。柔らかグループで二人だけな男子の友情は厚いのだ。


 生きたままのジャガイモを鍋に突っ込み茹でることで柔らかくし、そこに短剣でトドメを入れる。【魔力伝導】での魔力削りをトッピングしてもいい。

 それこそが後衛職でも四層の魔獣を倒せるようにするためにと考案された手法だ。


 作戦名については英語教師の滝沢たきざわ先生が微妙そうな顔をしていたが、そこはわかりやすさを追求した。ソフテンがどうとか言っていたが、そこは聞こえないフリである。


 もちろん生きている魔獣は魔力を纏っているから、今やっている練習よりは難易度が高いだろう。

 寸胴鍋を設置するのが前提になるので、乱戦では使いにくい戦法でもある。付け加えればシャルフォさんやヴァフターたちの呆れた視線に耐える必要もあるのだ。ハードモードだな。



「使える技能、武器、シチュエーション。なんでもやって階位を上げる」


 王家の短剣を振り下ろす上杉さんを見ながら、俺は呟いた。

 キマったな、これは。今の俺をサメは見届けてくれただろうか。


「あら」


「どうしたよ、上杉。怪我じゃ……、ねぇな」


 見事にジャガイモを突き刺した直後、上杉さんが驚いたようにして片手を口に当てた。

 それを見た佩丘が怪訝そうな顔で傷の有無を確認する。料理人的にはそういう想定になるんだな。


「【鋭刃】が出ました」


 なるほどそうきたか。さすがは上杉さんとしか言いようがない。

 ズルいぞ。


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