第144話 音のあれこれ




あおいちゃん、【魔術強化】じゃなくていいの?」


「うん、そうだよ。孝則たかのりくん」


 なにかわかりあった風に下の名前で呼び合う野来のき白石しらいしさんを見守るクラスメイトたちは、イジる気もないようだった。というかここでからかいの言葉を投げたら負けという気すらする。


 大人しめで文系で、こちら側の小説にも強い野来農場の次男と白石農場の長女。そんな二人は白石農場を継ぐべく、本人たちの了承なく非公式婚約者として両家の親族一同が総出で堀を埋め固めている最中だと聞いている。歴女という面を持つ上杉うえすぎさん曰く、大坂城バリの埋め立て具合らしい。どの程度なのだろう、それは。



 いやいや、そういうのはいい。

 今考えるべきことは白石さんの決断についてだ。


 さっき白石さんは『右翼後衛ではなく中央後衛で構える』と言った。


「【遠隔化】、取ろうかなって」


 べつに悪いコトをしでかしてわけでもないのに恥ずかしそうな白石さんは、それでもみんなから目を逸らさない。彼女なりに覚悟みたいなモノがあるのだろう。


 クラス全員がそうではあるが、もちろん白石さんの今後についてもみんなで相談はしていた。

 そんな答えのひとつ。だから俺たちは彼女が続ける言葉を待つ。



「わたしも【魔術強化】が無難なのかなって思う」


「そうかもね」


 少しのあいだ黙ってしまった白石さんを励ますような意味を込めて、野来が相槌を打つ。


 白石さんが想いを口に出して、野来が答える展開だ。これはもう、割り込む余地はなさそうだな。

 野来に進めてもらいながらしゃべる白石さんの口調がたどたどしいのはいつものことだし、別に暗い雰囲気というわけでもない。


「わたしも六階位だし、右翼でもよかったんだけどね。だけど左が二人なのに、右側を四人にするのは勿体ないかなって」


 後衛の陣形は左が綿原わたはらさんと笹見ささみさん、右が夏樹なつき藤永ふじなが深山みやまさんで回している。中央は回復役の田村たむらと上杉さんだけど、もちろん二人を積極的に戦わせるつもりはない。そんなヒーラーの護衛は【忍術士】の草間くさまと【裂鞭士】のひきさんがメインになっている。


 そこからもう少しうしろに位置しているのが俺と白石さん、奉谷ほうたにさんというのが、一年一組の後衛陣形だ。

 もちろん状況次第で動かしもするし、綿原さんあたりは前線でアグレッシブに盾もやっているわけだが。



「もちろん【奮戦歌唱】は続けるけど、これからはもっと【音術】を使いたいかなって」


「それなら【魔術強化】や【魔術拡大】でもやれそうだよね。ちょうどいい機会だし、再確認ってことで詳しく教えてほしいかな」


「うん。そうだね──」


 魔術関連の派生技能は数が多くて、把握するのは大変だ。

 しかも王国の文献は、嘘、大袈裟、紛らわしいの三拍子が揃った伝記調が多い。調べ始めた段階でみんなが頭を抱えたのもムリはないだろう。

 そんな状況でも白石さんは調査の中心人物としてがんばってくれた。もちろん今も実際に取得した技能の検証を含めて、俺たちなりのマニュアルを作ろうと記録を残してくれている。


 そういう意味でもみんなからの信頼を集めている白石さんの判断だ、異論などあるわけがないし、これはむしろ良い機会かもしれない。


 シシルノ教授ならぬ白石先生の魔術技能講座だ。

 野来の合いの手もいい感じだし、滅多にない白石さんの長口舌が聞けそうだ。



「魔術系補助技能の違いはね、【魔術強化】は、えっと基本は効果が上がるの。全体的な強化」


 まずは【魔術強化】。術師系の基本にして補助技能筆頭になる。【熱術】や【水術】のようなベースになる魔術に【魔術強化】を乗せることで、単純に威力を上げる効果が現れる。

 発動速度、与えられるエネルギー、熱系なら温度変化の割合などなど……、術によって違いはあるが、全体的なパワーアップといえるだろう。前衛系の【身体強化】に相当する技能だ。


「【魔術拡大】は威力はそのままだけど、術の効く範囲が広くなるの」


「【熱術】とかと相性良さそうだよね」


「うん。雪乃ゆきのちゃんの【冷術】ともね」


 文系男女の会話が続く。二人の世界というわけでもないけれど、上手く回っているようだし、せっかくだからこのまま見守ろう。放置ともいう。


 術の効果範囲を大きくするのが【魔術拡大】だ。クラスメイトで持っているのは【氷術師】の深山さんだけだな。

 この技能のお陰で深山さんの得意技『凍結床』は面積が広がった。


 たぶんだけど【石術師】の夏樹ように石を飛ばすタイプの術とはそれほど相性は良くなさそうで、今のところ有力候補は【熱導師】の笹見さん、【水術】を使える【雷術師】の藤永、そして歌使いにして【騒術師】の白石さんとなる。

 綿原さんの【鮫術】もサメが大きくなる可能性があるが、順序としては後回しだろうな。



「夏樹くんの【多術化】は術の個数……、わたしたちは『発動点』って言ってるけど、それを増やす技能だね」


「碧ちゃんの【音術】と組み合わせるのもアリだよね」


「うん。いつかはそうしたいかな。じつは今回も迷ってたし」


 複数個所で同時にパンパンという音を鳴らす光景を想像すれば、たしかにアリだと思えてくる。

 俺個人としては白石さんが選ぶのは【魔術強化】からの【多術化】か、今回出てきた【遠隔化】の順番だと思っていた。


 そんな【多術化】は【石術師】の夏樹が持っている技能だ。今も体の周りを二個の石がフワフワ浮かんでいるあたり、熟練度上げに余念はない。



「ほかにも【魔術融合】とかもあるけど、これはちょっと……」


 言いよどむ白石さんには野来もツッコミ難いようだった。


 ほかの人と魔術を合体させて威力を上げる【魔術融合】は、正直微妙だ。謎が多くて取りにいく踏ん切りがつかないともいう。


 基本的な条件としては同じ魔術であることが必要とされている。ウチのクラスの場合、さっき取ったばかりだけど笹見さん、熟練してきた藤永、深山さんの三人が【水術】をダブらせているが、水球を巨大化させるくらいなら、三人バラバラで別の場所を狙った方がいいと思う。


「自分の魔術でも混ぜるのができるのとできないのがあるし」


「わたしの【鮫術】がイケてるということね」


「そうだね、さすがなぎちゃん」


 会話に割り込んで自慢げな綿原さんだが、ネタがサメ絡みにできそうだとすかさずぶっこんでくるのはいつものことだ。みんなの視線が生暖かい。


 綿原さんのいうように、本人の魔術は混ぜることができる。できないケースもあるけれど。

 典型的なのが【湯術師】のアーケラさんがよくやる【水術】と【熱術】の融合だな。ベスティさんの【水術】と【冷術】の組み合わせや、綿原さんの【鮫術】と【砂術】の合体もまたしかりだ。

 だけどなぜか藤永の【雷術】と【水術】の合わせ技は上手くいっていない。なにかしらの補助技能が足りていないのか、熟練度か、それとも術に相性があるのか。そのあたりは研究と調査を継続する必要があるだろう。

 だからといって【魔術融合】をここで取るのはギャンブルになる。まあこれは白石さんには関係ない話か。



「なら【遠隔化】は?」


「知ってるくせに……。【遠隔化】はね、発動点を遠くにできるの」


 野来が軽くおどけて質問すれば、とっくに答えを知っている二人ともが気弱な感じで笑い合う。


「真ん中に陣取って左右両方を手伝うってことでしょ? 大変そうだけど……」


「発動点を遠くにできれば左右だけじゃなくて前の方でも音を鳴らせるから、いろんな手伝い方ができると思うの。それなら一番いい場所は真ん中のちょっとうしろかなって」


「うん! いいと思う」


 白石さんの出した結論に、今度こそハッキリした笑顔を野来がみせた。



 この世界の魔術は射程距離が短い。

 熟練度や魔術の種類にもよるけれど、クラスの術師たちの最大射程は十メートルもないだろう。


 たとえば夏樹の【石術】は十メートル先までは石を自在に動かせて、『加速』させることもできる。

 ではそこから先、射程外になって術が解けたらどうなるか。


 答えは慣性に従ってそのまま飛び続ける、だ。結果として『ストーンバレット』だな。

 綿原さんのサメは形が複雑なせいか、それとも術の制限なのか、射程距離はもっと短い。結果として近接型術師の出来上がりだ。



 そんな魔術の射程距離を伸ばすのが【遠隔化】……、というのも少し違う。


 さっき白石さんが言ったとおりで、単純に術の範囲を広げるならば【魔術拡大】がむしろ有効になる。ではなぜ【遠隔化】なのかとなると、これもまた白石さんのセリフが答えだな。


【遠隔化】は魔術の『発動点』を遠くに置けるようになる技能だ。


 笹見さんの【熱術】にしても藤永の【雷術】でも術の起点を何処に置くか、視界内でという条件付きではあるが選択できる。その開始位置は、これまた十メートル以下というのが俺たちの現状だ。

 それを遠くにできるのが【遠隔化】ということになる。【魔術拡大】と【遠隔化】は似ているようで性質が違っているわけだな。こういう違いを調べるのが厄介だった。


『彼の放つ魔術は遥か遠方にて立ち昇り、その強大な──』


 こんな表現をされても、それが【魔術強化】なのか【魔術拡大】の効果なのか、はたまた【遠隔化】が効いていたのか、わけがわかるはずもない。



 それこそ白石さんや野来が中心になって資料漁りは続いている。ついでにシシルノさんへの聴取もだ。

 相談しているうちに話がどんどん別の方向に逸れていくのが特徴だな。シシルノさんの相手はもっぱら白石さんが担当しているけれど、なんだかんだで仲良くやっている二人だったりする。


 いつか俺たちが去ったあと、アウローニヤにはシライシレポートみたいな文献が残されているかもしれない。



「わたしの【音術】は相手をビックリさせるでしょ?」


「それがウリだもんね。デバフっていうのとは違うかもだけど」


「【魔術強化】とか【魔術拡大】だと、威力を出せてもみんながうるさいと思うの」


 そういうことだ。


 これこそ白石さんが【遠隔化】を取る最大の理由になるだろう。彼女は対象になる魔獣の耳元で音を鳴らすようにしている。どこに耳があるか定かではない魔獣も多いので、目や急所の近くでだけど。

 要するにうるさい音で魔獣をビビらせるというのが彼女の仕事だ。白石さんは伊達に【騒術師】を名乗っているわけではない。


 資料によれば【騒術師】は【音術師】の上位互換らしいのだけど、彼女は音の制御で苦しんでいる。

 熟練が甘いのか、それとも【音術】の特性なのかは不明だが、白石さんの音は結構響く。笹見さんの【熱術】は魔力でコーティングされているのか、魔術が通っている間は高温になる範囲が絞りこめているのに、白石さんの【音術】はあきらかに魔術の範囲外まで音は届くのだ。

 音なのだから当たり前だし我慢もできるのだけど、実戦でいきなりとなると、ちょっと。



 つまり白石さんが選択したのは【魔術強化】で全体の底上げをすることではなく、【多術化】で音源を増やすでもなく、【遠隔化】を使って遠くで音を鳴らすというカードだ。

 俺たちに迷惑をかけないで、最大の効果を得ようとする考え方だな。


 最適解とも思えるが、魔術で遠くを狙うというのは難しい。

 つまり【遠隔化】を選ぶということは、白石さんの努力が前提になるわけだ。だからこそ事前の話し合いでは【遠隔化】一択にはならなかった。

 今後も考えて、絶対に損にならないはずの【魔術強化】がどう考えても無難だから。


 彼女が決断した理由には、話が最初に戻るが位置取りの関係もあるのだろう。

 左を二枚で固定して、右を三枚から四枚にするという配置はいかにもバランスが悪い。俺たちが後衛に求めている自己防御を重視した戦闘力という意味では今のところ問題はないのだけど、数は力ともいうしな。右の藤永よ、期待しているからがんばってくれ。


 そこで白石さんは左と右の両方に〇・五枚を追加しようと提案したわけだ。

 二枚と四枚ではなく、二・五枚と三・五枚。



「最初は失敗するかもだけど、練習たくさんするから、いいよ、ね?」


「さんせー!」


「白石がいいなら、いいんじゃね」


「いいよー」


「うん」


 遠慮がちな白石さんの言葉に、すかさず疋さんや海藤かいとうあたりが賛成する。ほかの連中もそうだし、否定の声はひとつもなかった。


 ちゃんと考えて、しっかりと理屈を持って出した結論だ。そこには一年一組全体の中での自分の位置取りや役割までが考慮されている。もちろんほかの選択肢もあるけれど、これなら文句の出しようがないじゃないか。



「歌は続けるし、魔獣もビックリさせるから。がんばってみるね」


 小さな拳を胸元で軽く握ってゾイっとする白石さんは、可愛く気合の入った顔をしていた。


 彼女は歌に魔力を載せてみんなを励まして、魔術で鳴らした音で魔獣をビビらせる。そのうち指パッチンでも始めそうな白石さんは、大人し目なメガネおさげの文学少女で、なのに物騒な肩書の【騒術師】という神授職を持っている。アニソンが大好きで、歌う時だけは大声になってしまう。異世界転生モノまで嗜むなんでしまうような、まさに俺たち側の面白い子だ。オタクに理解がある女子はオタクだったというオチだな。


 こうやって俺たちは話し合いながらつぎに取る技能を決めている。これはそんな一幕だ。



 ◇◇◇



「最後は鳴子めいこちゃんだね」


「うん!」


 発表を終えた白石さんが最後にバトンを渡したのは、クラスのバッファーこと【奮術師】の奉谷ほうたにさんだった。


 さて彼女はどうするのだろう。



「えっとボクはね。結構迷ったんだけど、【身体補強】にしようかなって思ってる」


 ほんとうに悩んだのか怪しくなるような声が談話室に響いた。

 入れ替わりで席を立った奉谷さんは、おひさまみたいな笑顔をしている。朝から元気だな。


 そしてなるほど、そうくるか。


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