第143話 朝からはじまるフォースリザルト




「今日はどうするんだ?」


「ざっとしか聞いてないけど、訓練は俺たちの自由らしいぞ」


「それより報告だろ。どこまで細かい話になるんだか」


「めんどくさいね」


 朝の談話室に野郎どもの声が響く。

 迷宮から戻った翌朝、男子はすでに風呂を終え雑談タイムに耽っている。


 迷宮泊から離宮に戻って、二日ぶりのベッドはやはり寝心地が良いものだった。

 宿泊用マントの改良という方向性はあるが、これ以上荷物を増やすのもアレだろう。ただでさえキャンプセットでいろいろ持ち込んでいる俺たちだ、このあたりは今後も含めて要検討事項だな。



 寝る前に古韮ふるにらが恋バナを振ってきたが、当然それは無視。

 そちら系の話をするとボロを出してしまいそうな予感があるので、俺としては避けたい話題でもあるのだ。古韮には悪いけれど、ほかの誰かとやってくれ。



 昨日の就寝は遅くなってしまったが、それでも俺たちは三刻、朝の六時に起床した。【睡眠】は本気で神技能だと思う。俺たちは勇者補正で内魔力に余裕があるのはそのとおりだが、それでもこの世界の人々が持つべき技能なのではないだろうか。

 いやいや、眠れないからと睡眠薬を処方してもらうような感じで技能を使い込むのはよろしくないかもしれない。


「いやあ、やっぱし朝風呂だねえ」


玲子れいこちゃんさまさまだよ!」


「あがめ奉れー、ってね」


「へへー」


 談話室の扉が開いて女子たちが風呂から戻ってきた。朝から元気いっぱいで妙なやり取りをしているのは笹見ささみさんと奉谷ほうたにさんだな。


 最近俺たちは朝も風呂に入るようになった。


 これで朝、夕、夜と一日三回も風呂に入る習慣ができつつあるわけで、風呂文化がシッカリしている王国の人たちをしても、ここまでするかといった感じだ。

 建前としては笹見さんの【熱術】と、深山みやまさんと藤永ふじながの【水術】の練習ということになっている。ついでに綿原わたはらさんの【鮫術】も。



 朝風呂については完全に俺たちのワガママなので、赤毛メイドの【湯術師】アーケラさんには頼らない。風呂場にある水路から【水術】の助けを借りて湯舟を満たし、笹見さんが温めるという作業をしている。時間の節約と熟練度の絡みもあってぬるい湯ではあるが、朝風呂でそこまで贅沢はいえないだろう。


 風呂を使って術師たちの熟練稼ぎをしているのも嘘ではない。

 もちろん伝聞ではあるが、女子たちは【氷術師】の深山さんと【鮫術師】の綿原さんが一緒になって水球を浮かべたりサメを泳がせているらしい。それと【騒術師】の白石しらいしさんが【音術】で波紋を作ってみたりだとか。


 男子は男子で【石術師】の夏樹なつきが水中に石を潜らせて魚雷ゴッコなんかをやったりしている。もちろん【雷術師】の藤永も水球を飛ばしまくりだ。さすがに【雷術】は使っていない。危なすぎる。

 誰かが触ると魔力の干渉で術が解けるので、ちょっとした鬼ごっこ感覚を味わうことができる。空中の水球なんていういかにもな魔術が、触った瞬間崩れて落ちるわけだから面白くないわけがない。シャボン玉が弾けるヤツの派手なバージョンだな。これが新感覚で意外と楽しい。



「藤永、綺麗なもんだったよ。やるじゃない」


「昨日の夜にやっといたっすから。っぱお湯を使った【水術】掃除は楽でいいっす」


「あたしも今日からがんばるかあ」


 風呂掃除は温泉にうるさいアネゴ美化委員こと【熱導師】の笹見さんが管轄しているだけあって、完璧なローテーションが組まれている。


 今朝は男子のあとで女子の順番で入浴、昨日の夜は男子が最後だった。迷宮帰りで疲れてはいたのだけど、それでも藤永が頑張ってくれたおかげで、こうして笹見さんも納得のようだ。けっして藤永は几帳面でも真面目でもないのだが、どうもヤツは褒められるのが大好きで、怒られるのが滅茶苦茶苦手なタイプらしい。ものすごく下っ端感があるけれど、無茶を押し付けられているわけではないので、みんなは温かく見守るだけだ。



 ◇◇◇



「さてお待ちかねの技能の時間だ」


古韮ふるにらが仕切るのか。朝から元気だなぁ」


 椅子から立ち上がり、ワザとらしい仕草で握りこぶしを作る古韮に海藤かいとうがツッコむ。

 いつもの談話室ではなく食堂のイスに座っているのは、もう少しでメイドさんたちがやってくるからだ。現在時刻はだいたい七時。あと半刻、一時間ほどすればアーケラさんたちが朝食作りに現れるだろう。


 技能の取得は俺たちにとって一大イベントだ。

 もちろんこちらの人たちでもそうなのだろうけれど、日本から飛ばされてきてネットから隔離されてしまった現状では、俺たちにとって大切な娯楽のひとつみたいになっているのだ。ゲーム感覚は捨てようとお互いに戒め合ってはいるが、楽しむところは楽しまないとやっていられない。


「レベルアップもいいけどよ、なんてったって技能は選べるからな。そこがいいんだよ」


「熱弁してもよ。古韮お前、迷宮で取りおわってるんだよな?」


「なんでこの場にあんまし関係ない」


「完全に司会かよ」


 テンションの高い古韮にツッコミ会話を続けている海藤は付き合いのいいヤツだ。俺ならどこかで回避していそうな気がする。


【霧騎士】の古韮は昨日の迷宮で六階位になった直後に【反応向上】を取得した。これは同じ騎士系の【重騎士】佩丘はきおか、【岩騎士】馬那まな、【風騎士】野来のきも一緒だ。【聖騎士】の藍城あいしろ委員長が出遅れているが、騎士組はここまで同じビルドを突き進んでいる。

 訓練内容も一緒にできるので悪くはないが、今後は色を出していくことになるだろう。



「じゃあ綿原」


「わたし? なに?」


 なぜか古韮が綿原さんを指名した。なにを始める気だか。


「当面の目標だった【痛覚軽減】。今回の迷宮で取ったのは何人でしょう?」


「なんで敬語っぽいのかしら。……えっと、十五人よ」


「正解。だよな、八津?」


 なぜ俺に振る。しかも古韮、正解をわかってなかっただろ。


「……合ってるよ。そういうのは白石さんとか奉谷さんに聞けば完璧なのに」


 俺だって迷宮委員だ。心の中で指を折って綿原さんと同じ数字になったことに安堵してから、態度だけは堂々と返事をしておいた。


 今回の迷宮前までは騎士の五人と俺しか持っていなかった【痛覚軽減】だけど、まさかここまでいくとはな。階位もそうだけど、こちらも大収穫だったと思う。

 近衛騎士からしてみれば【平静】と一緒で『情けない技能』という扱いだけど、俺たちは見栄もへったくれも持ち合わせていない。むしろこういうのを積み重ねることこそが俺たち独自の強さになると信じてやっている。



「昨日綿原が言ってたけど、残ったのは上杉うえすぎだけだ」


「あらあら、ごめんなさい」


 少しだけ悔しそうな顔になった古韮がそこを指摘するも、口元に片手を当てた上杉さんは軽く笑うだけだ。強がりなのか余裕なのか、どちらかも判別させない程の自然体はさすが上杉さん。だけど俺たちは我慢ならないな。


「次回は真っ先に上杉を上げる。そういうことだ」


「おう!」


「ありがとうございます」


 誰に異論があるだろう。俺たちの聖女が【痛覚軽減】を持っていないなど許されない、というネタは置いたとしてもこれは一年一組の総意だ。上杉さんの六階位は絶対に達成する。まあ間違いなく次回で上がるだろうけど。



「んじゃあ俺からは終わり。あとは技能を取る連中でやってくれ」


「なんなんだよお前。結局上杉を上げるってことだけじゃねえか」


「そうだよ。それが言いたかった」


 最後まで海藤のツッコミが入る中、古韮は自分から出番を放棄した。ほんとに上杉さんの件だけだったのか。


「せめて名指ししろ」


「わかったよ。これから取るのは……、そいじゃ綿原にパス」


 海藤最後の指摘で古韮は綿原さんにバトンを投げた。

 なぜ綿原さんかといえば、迷宮ではなくこの場で技能を取得するメンツのひとりが彼女だからだ。



 ◇◇◇



「じゃあご指名があったのでわたしからね」


「いよっ」


 立ち上がった綿原さんと入れ替わりで椅子に座り直した古韮が囃し立てる。もちろん綿原さんは意にも介さず完全スルーだ。


「今から取るのは、わたしと玲子れいこあおい鳴子めいこと藤永くん、でいいわよね?」


「ああ、そのはずだけど」


 チラっと綿原さんが俺に確認の視線を送ってきたので肯定を返す。合ってるよな?

 訂正はないようだし、大丈夫そうだ。心の底からホッとする。こういうイベントまがいで誰かを見落としていたら、申し訳なさで俺の胃が死んでしまいそうだ。


 なぜ迷宮ですぐに技能を取らなかったのかといえば、思った以上にレベリングが捗ったことと、火急の取得が必要ない状況だったからだ。考える余裕を持てたということだな。



 地上に戻ってから技能を取得することにしたメンバーには共通点がある。

 ひとつは全員が六階位達成者。これはまあ当然か。

 もうひとつは全員が後衛の『術師』だということだ。


 この世界のシステムの再確認となるが、前衛神授職は階位が上がると『外魔力』が増えやすい。自動的に強くなるということだな。

 それに対して後衛系は『内魔力』が増えやすい傾向がある。


 六階位ともなると内魔力総量は前衛と後衛で二割くらい違ってくるらしい。あくまで個人の感想レベルではあるが、二十二人で確認し合った内容だし、そう外れてはいないと思う。

 この差がどういう意味を持つかといえば、コストが重ための技能、たとえば【身体強化】や【聖術】などの一個分くらいになる。六階位の後衛は前衛に比べて一個多く技能を持てて、運用できるということだ。


 ちなみに後衛が技能で優遇される分、前衛はレベルアップによるステータス上昇、つまり外魔力の効果が大きい。

 同じ六階位でも前衛職【風騎士】の野来と後衛職【雷術師】の藤永が技能無しで戦えば、間違いなく野来が勝つ。藤永の方が背が高くて、体格がしっかりしていてもだ。技能アリならもっと酷いことになるだろう。藤永がボコボコにされる未来しか見えない。

 後衛たる【鮫術師】の綿原さんなら野来に勝ってしまいそうな気がするけど、それは例外ということにしておこう。


 とにかくまあ、この世界は見た目で判断できないということだな。それと性別でも。



 話を戻して、そんな技能一個をこれから取るのが綿原さん、笹見さん、白石さん、奉谷さん、藤永だ。

 俺も六階位になりたかったよ。


「五階位の人たちは次で絶対よ。みんなもわかってるわよね?」


「おう!」


 綿原さんの気遣いが身に染みる。羨ましいことは間違いないけど、まあ仕方ない。今は五人を祝福するとしよう。


「わたしは【身体操作】にするわ」


「肉体系!?」


 思わず声にしてツッコむくらいには神妙になっていた気分がどこかに消え去った。綿原さんは何処に向かうつもりなのか。



 俺たちが技能を取る時のルールは簡単だ。

 最終的には自分で決める。ただし事前にみんなと相談しておいて、シッカリと理由を自覚すること。


 そう考えると二層に転落した時の綿原さんやミアのやったことは、事前相談ルール的にはかなりグレーだったのかもしれない。非常時だったし、お陰で助かったのでそれはいいのだけれど。


 そんな綿原さんは完全なる前衛系技能【身体操作】に手を出すという。


「さっき玲子とも相談したんだけど、ほら、左の後衛って二人だけでしょう?」


 笹見さんと綿原さんが風呂場で相談、……は置いておいて、彼女の言うとおり後衛の左翼はその二人だけだ。

 右翼後衛は夏樹、藤永、深山さんの三人。だけど左を薄いとは感じない。バリバリ体育会系の笹見さんと、陸上系綿原さんのコンビは後衛職と思えないくらい物理的に強いのだ。

 どれくらいかといえば、六階位になった白石さんをあえて右翼にまわして四人にしようかという案が出るくらいには強いのだ。


 ならば左右のバランスを取るために二人を分けるかとなると、それも微妙だ。術の相性の関係で【氷術師】の深山さんと【雷術師】藤永のペアは外せないだろう。同時に高温の【熱導師】笹見さんと低温の【氷術師】深山さんの組み合わせは、これはもう絶対にあり得ない。二人の仲が悪いわけではないので念のため。

 そうなるともう綿原さんと夏樹を入れ換えることになるが、それをすると今度は左翼が弱体化するのは明らかだ。これはナシ。


 結論としては、なにか状況が変わるまでは現状維持ということになる。



「右に碧が入れば安心だし、なら左側はわたしと玲子でがんばろうっていう話になったのよ」


「そういうこと。ちなみにあたしは【水術】だね」


「わたしが盾を鍛えて、サメと一緒に受け止めるから──」


「そこにあたしは熱湯をぶっかけるんだよ」


 笹見さんも立ち上がり、すごく嬉しそうに宣言した。戦隊ショーかなにかかだろうか。

 というか二人、仲いいな。【霧鮫】や【熱砂鮫】の時もこんな感じだったし、ここまできたらとことんコンビを任せるのもアリな気がしてくる。


 いつかは俺もカッコいい技能を取って綿原さんとペアを組んでみたいものだ。今の段階では俺が指示を出すだけになってしまうからな。おんぶだっこともいう。



「あ、俺も【身体操作】でいくっす。右にもちゃんとした盾が要るっすよね」


「おい。藤永、お前」


「すげぇよ藤永」


「藤永クン……」


 話の流れがあったとはいえ、藤永が発した突如の発言に場が騒然とした。目をキラキラさせた深山さんが眩しすぎるな。

 風呂掃除の件といい、これはもう藤永覚醒イベント発生といっていいのかもしれない。どうしたんだろう、チャラ系下っ端キャラなのにカッコよく見えるなんて。ちょっと妬ましい。


 場の雰囲気も前向きな三人を祝福するムードになっている。

 理屈もシッカリしているし、なにより全体を考えた上での結論なのが実にいい。聞いているこちらまで嬉しくなりそうな提案だ。これはもう文句なしだな。



「藤永くんも決まったみたいだし……、つぎは碧かしら」


「あ、あの、わたしは右よりも真ん中で、後衛がいいかな……、って」


 そんな空気の中、聞きようによってはうしろ向きとも捉えられるようなコトを言ったのは、白石さんだった。


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