第142話 お疲れさまでした




「王女様ってやることに外連味けれんみがあるっていうか、演劇くさいっていうか、やっぱりあの二人は兄妹なんだなって」


「言いたいことはわかるけど、八津やづくん?」


「ん、なに?」


 俺のボヤキに綿原わたはらさんが首を傾げて、それから妙な笑顔を浮かべた。



 地上に戻った俺たちは、王女と王子が退室してからアヴェステラさんたちに無事を喜ばれ、それから離宮に戻ってきた。ここまでくれば迷宮泊も無事終了といっていいだろう。


 風呂に入って、メイドさんたちと一緒に料理を作って、しかも今日は特別だからと一緒に食べた。地上に戻ってから費やしたのはだいたい二時間くらいだろうか、すでに日付は変わってしまっていた。


 そうして久しぶりの日本人タイムとなったわけだが、さすがにみんなも疲れたのだろう、眠そうにしているメンバーがそれなりにいる。

 奉谷ほうたにさんを筆頭に夏樹なつき草間くさまひきさんなんかはもうつらうつらだ。階位を上げて【体力向上】を取っていても一日走って戦っての連続だった。技能とは関係ない気疲れもあるだろう。

 かくいう俺も、かなり疲れている。



「あのお姫様と、仲良くないかしら?」


「そんなことは、……ないよ」


「そう? 野来のきくんやあおいに聞いたんだけどね」


「なにを?」


「この手のお話の主人公って、呼ばれた先のお姫様と仲良くなるんだって」


 野来、そして白石さんよ、綿原さんになんてことを吹き込んでいやがる。そもそもなんで俺が主人公扱いになっているんだ。綿原さん的にはそうなのか?

 そうなら微妙に嬉しい気もするけれど、これは違うな。綿原さんは最初の頃にハズレジョブで悩んでいた俺を知っている。そしてそういうのが主人公っぽいのだと、同じく野来や白石さんに吹き込まれていたはずだ。もしかしたら古韮ふるにらや疋さんあたりからも。


「それにさっきお姫様が八津くんを見ている時間、ちょっとだけ長かった気がしたのよね」


 観察力あるな。俺より【観察者】に向いているんじゃないだろうか。これだから天才は。

 それは置いておいて、大いなる勘違いを放置したままにはできない。

 王女様からのメッセージをみんなに伝えれば、すぐに誤解は解けると思うのだが。


 だがしかし、すぐにそれを説明するのも誤魔化したみたいで、なんかもにょるな。

 ならば真っ当に反撃にするか。



「いいかい綿原さん。このパターンのお姫様は勇者と良い仲になるんだ」


「勇者って、全員じゃない」


「この場合の勇者は委員長だな」


「なん……、ですって」


 俺は嘘を吐いていない。


 大抵の場合は追放されるのが俺で、勇者ポジの藍城あいしろ委員長がお姫様と仲良くなる。これが王道だ。

 そこから勇者たる委員長が誑かされるか、付け上がるかして俺と敵対することになるのだけど、ウチの委員長に限っては……、無いな。うん、無い。



「わたし、ちょっとりんと話してくる」


「ちょっと待った」


「なに?」


中宮なかみやさんになんて説明するつもり?」


「そのままだけど」


 その場合、今の話を綿原さんに教えたのは俺ということになるのか?

 大変よろしくないのではないだろうか、それは。


「それは、どうなんだろう」


「凛には結構からかわれたりしてるから、ちょっと仕返し、かしら」


「からかう? 中宮さんが?」


「そ」


 まったくイメージができない。あの中宮さんが綿原さんをからかう?


 たしかにお互い、というか中宮さんが綿原さんのことを意識しているのは知っている。

 白く美しい花が咲くような話ではなく、中宮さんはたぶん綿原さんの天才性を理解していて、思うところがあるのではないだろうか。ミアに対してもそういう態度が出る時があるし。


 負けず嫌いな中宮さんのことだ、ライバル的発言を綿原さんにしたのを綿原さんがからかいだと捉えたのかもしれない。綿原さんには綿原さんの受け止め方があるからな。



「そっとしておいてあげたほうがいいんじゃないか?」


「あっちがそうしてくれてたらね」


 なんともいえないみょちょっとした顔をした綿原さんが、俺の顔を覗き込むようにしていた。相変わらず顔芸が達者な綿原さんにほっこりするが、それにしたって言葉の意味がわからない。

 女子の会話は理解不能な時があるから困る。それが女子同士ともなるともはや外国語だ。しかも翻訳家が希少なレベルの。とても高一男子で対応できるものではない。


 よって話題を修正する。しかもワザとらしくない程度で。どちらにしても日本人だけになってから話すつもりだったコトではあるし。



「あ、あー、それでだよ、綿原さん」


「八津くん、大丈夫?」


 自分でも挙動不審なのは自覚している。大丈夫、綿原さんの心配には及ばない。


「第三王女の話。実は視線が合ったのは理由があって」


「……どういうことかしら」


 王女絡みを維持しつつ方向を変える。自爆的な持っていき方な気もするが、綿原さんの気を引くことはできたらしい。聡明な綿原さんのことだ、第三王女のヤバさについては理解できているはずだろう。

 事実、彼女の目に剣呑な光が宿った。


「みんなに伝えておいたほうがいいと思う」


「みんなにも?」


 綿原さんが拍子抜けしたような顔をしているが、この件についてはとっとと報告して、話自体を終わりにした方がいい。

 なにかこう王女絡みの案件は危険な香りが漂うのだ。綿原さんの反応も過剰気味に思えるし、せっかく迷宮から無事に戻って迷宮委員としての務めを果たし終えたのだ。どうせならそれを祝うムードに持っていきたい。



「ちょっとゴメン。いいかな」


 俺は立ちあがり、適当に座っているみんなの視界に入りやすい場所に移動した。


「一年一組だけになってからと思って黙ってたんだけど──」


 説明自体は簡単だ。


 迷宮から戻ってきてすぐ、『召喚の間』で王子の茶番を見せられていた時に第三王女と視線が合った。そのとき王女様の手のひらに薄く書かれていた文章、というかフィルド語の単語の羅列を【観察】できました、と。


「『仕込みではない』とだけ書いてあった」


 随分と回りくどいやり方ではあるけれど、意味はそのままなんだろうと思う。


「俺としては言葉のとおりで、今回の遭難は本当に事故なんだと、王女様はそれを伝えておきたかったんだと考えたけど、みんなはどうかな」


「まあ、そうなんじゃないか」


 絨毯の上に座ったままの古韮が、微妙に楽しそうな顔で俺の意見を肯定してくれた。だけどな。


「遭難とそうなんを掛けて、上手いこと言ったとか思ってないだろうな」


「それもあるけど、言葉通りだ」


 あるのかよ。



「今回の一件を仕込むのはムリがあるだろ。俺たちは予定外のルートで動いていたし、なによりハシュテル副長があのタイミングであそこに来なかったら、なあ」


「だよね。普通にすれ違って、地上に帰ってきてたと思う」


 したり顔をした古韮の説明に続いて、野来も頷いている。

 だよな。俺もそう思ったから急いで報告しなかったわけだし。


「わたしからもいいですか」


「先生」


 女子の座る輪の中にいた滝沢たきざわ先生が軽く手を挙げた。なにか気付いたことでもあるのだろうか。


「わたしも古韮君たちと同じ意見です。気になったのはもうひとつですね」


 ほかになにか気付いたのか。


「やり口が八津君の【観察】を前提にしています」


「ああ、そういえば、たしかに」


「第三王女はアヴェステラさんたちからの報告をしっかりと読んでいて、八津君の『性能』を知っているのだと、そうアピールしたかったのかもしれません」


 なるほど、そういう見方もあるのか。

 さすがは先生、横にいる中宮さんもうんうんと頷いているし、これが以前言っていた武術家的発想なのかもしれない。先日の左ジャブの時もそうだったけど、見せる情報と見せない情報を選ぶことで相手を誘導する、だったか。


 なら今回のケースはどうなるのだろう。



「わたしの見解ですが、王女はみなさんのことをシッカリと気に掛けている、という意思表示をしたのだと思います。第一王子と比較できるような場で、あえて」


「うわあ」


 思わず声が出てしまったが、先生の言うとおりならたしかに効果的だと思う。

 実際俺も好き嫌いじゃなく王女のコトを気に掛けざるを得ないでいるわけで、あちらとしてはそれだけで十分なのかもしれない。


「あくまで私見ですが、これまでのやり様と合わせて考えれば、話の通じる相手であると印象付けたいのだと、わたしは思います」


 先生の言葉にみんなが同意するように頷いている。


 それこそ今回も関わってきた【聖術師】パード事件からこちら、いやそれ以前、綿原さんの【霧鮫】披露からずっと、あの王女様はなにかにつけて存在をアピールしてきたと思う。



「気に掛けておくだけでいいんじゃないかな」


 立ちあがった委員長は、少しだけ疲れた顔で笑っていた。


「そのうち向こうからもっとハッキリしたアクションがあると思うよ。たぶん騎士団設立あたりで」


 そういえば騎士団の件も王女様絡みだったな。

 考えてみると王女は俺たちを気に掛けながらも、嫌われないように立ちまわっている気がする。味方に引きずり込みたいのか、それとも手駒にしたいのか。……どっちもかもしれないな。


「つまりは『いまさら』ってことだよ。気にしても仕方がない」


「たしかに」


 委員長の苦笑いにつられたように、古韮も笑って同意した。俺もそうだしみんなもだろう。



「それよりそろそろ締めにしよう。みんなも疲れただろうし。僕もだよ」


 こういう時に自分も含めるところが委員長らしい言い方だ。

 ところで締めってどうするんだ?


「八津でもいいんだけど、綿原さんかな? 迷宮委員からのご挨拶だ」


 おどけた拍子の委員長は、目に見えないマイクを綿原さんにブン投げた。



 ◇◇◇



「まずはみなさん、二泊三日の宿泊迷宮、おつかれさまでした」


「でしたー!」


 立ち上がった綿原さんが挨拶をして、それに対してみんなが揃って返事をする。


「敬語似合わないよ」


はるはうるさい」


 そこに混じった春さんのヤジに律儀にツッコミを入れる綿原さんは堂々としたものだ。


「敬語は最初だけ。みんなも疲れているだろうから手短にするわ」


「よっ、綿原校長先生!」


 今度は笹見ささみさんの男前な合いの手か。さすがは温泉旅館の娘さん。……関係ないな。


 さりげに綿原さんもスルーしているし、こういうのも楽しいから良しとしよう。



「最後は予定外の行動になったけど、戦闘でも食事でもお風呂でも、みんなでがんばったと思う」


 物騒な単語のうしろに日常が並ぶのだから、ここは本当に異世界だ。


「明日からは報告書作りになるので、みんなもよろしくお願いするわね」


「うぇーい」


 微妙に嫌そうな返事もまた一年一組らしい。これでいてやるコトはしっかりやるのは、もう知っているから心配は無用だ。


「『迷宮のしおり』も今回の経験を基にして作り直しね。バージョンツーよ」


 アレをまた作るのか。これはまた、楽しそうじゃないか。



「じゃあ結果発表。まず最初の目標、全員の五階位達成。これは完全にクリアね」


「おぅう!」


 離宮の談話室に歓声が上がる。最低限の設定とはいえ、俺たちは全員成し遂げた。


「さらに六階位がなんと十六人! これはもう予想以上」


「おぉぉう!」


 逆に五階位で終わった六人を挙げた方が早いだろう。

 委員長、上杉うえすぎさん、ひきさん、夏樹なつき深山みやまさん、そして俺だ。


「五階位の人たちも次の迷宮ですぐに上がるのよね。でしょ? 鳴子めいこ


「途中で大混乱になっちゃったから、数えてないけどね」


「あらら」


 奉谷ほうたにさんを指名した綿原さんだけど、返ってきた答えは不確定だった。それでもわかっていたとばかりに綿原さんはワザとらしく笑い、もちろんみんなもそれに釣られる。



「順番が予定外だったのよね。本当なら先生たちアタッカーと、ヒーラー、バッファー優先だったはずなのに」


 トータルとしては予定以上の成果だけど、少しだけ残念だったのは上杉さんが五階位止まりという点だ。彼女については【痛覚軽減】が目標になっていただけに、そこがちょっと惜しい。欲張りすぎなのはわかっているつもりだけど。


「次回はとにかく美野里みのりを優先。といっても全員六階位を目指すのだけど。……その前にミアが七階位になりそうな気がするのよね」


なぎは酷いデス!」


「それじゃあ凛が先かしら」


「まさか。先生が先よ」


「ハルもいい線いきそうなんだけど?」


 喧々囂々だけど、アタッカーのレベリング競争で名前が上がるのが全員女子というのはなんなのか。海藤かいとう草間くさま、がんばってくれ。

 ひきさんもここから伸びる気もするし、アタッカー連中は元気でよろしい。



 ◇◇◇



「盛り上がるのはいいけど、そろそろ終わりにしましょう」


「はーい」


 なんだかんだで盛り上がってしまい話があっちこっちに行ってしまったが、そこは綿原さん。締めるところは締めるようだ。


「じゃあみんな、二泊三日の迷宮泊はこれでおしまい。おつかれさま!」


「おつかれっしたー!」


 いろいろなコトがあった四回目の迷宮行、二泊三日の宿泊迷宮はこうして幕を下ろした。


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