第141話 この国の人たちもいろいろ
「僕のコト、危険人物みたいに言ってるけどね」
「ひっ」
「ひぃぃっ!」
いきなり
最近ではクラスメイトも俺の【観察】に慣れてきたせいで、どうやら視界を見切っている気配を感じるのだ。いかに俺に気付かれないように近づけるのかとかで遊んでいる雰囲気がある。
「
「そうだったかしら?」
「そうだよ」
頬に指を当ててとぼける綿原さんに対し、委員長は苦笑いで結末を教えてくれた。
「僕たちは仕返しをしたかったんじゃなくて、普通でいたかった。そうだよね?」
「普通ねえ」
委員長が同意を求めているけれど、綿原さんは流すばかりだ。普通とはなんぞやといった感じだな。
「で、今回はどうするのかしら」
「もちろん普通にやるだけだよ。詳細な報告書を提出するだけさ。嘘も誇張も無しで」
じつに勇者らしい提案だとは思う。嘘を吐かずに正確に、か。
それが正義かどうかまでは知らないし、知ったことでもないな。
「追及はするのか?」
「八津はそうしたいのかい?」
念のために確認してみたけれど、委員長の返事は予想どおりだった。
ハシュテル副長たち教導騎士、逃げていった【聖術師】のパード、そしてハウーズたち。それぞれが俺たちに迷惑をかけてくれたことは間違いない。だけどなあ。
あちらでボソボソと雑炊を食べているハウーズたちを見ると、なんともいえない気持ちになってくる。
以前俺たちに突っかかってきた件ではだいぶ叱られたみたいだし、今回については不可抗力に近いからな。
「まさか」
だから俺の答えは簡単だった。
「だよね。あとでみんなにも確認はしておくけど、全員同じだと思うよ」
うん、ウチのクラスの連中なら短絡的な憂さ晴らしは求めないと思う。むしろそんなのに関わること自体が面倒だと言い出しそうだ。
「八津もわかってるだろうけど、僕たちから要望しない方がいいんだよ」
「黒いよな、委員長」
「心外だな。アウローニヤのやり方に首を突っ込まない方がいい。不満は残るかもしれないけど、それが安全だと思うんだ」
たしかに委員長の言うとおりだ。
俺たちの持つ日本の常識と、この国の当たり前が違うことは思い知っている。
委員長曰く日本ですら学生と大人で善悪や落としどころが変わるのだから、妥協のできないイザコザ以外はアヴェステラさんたちに任せてしまったほうが後腐れがなくていい、だとか。
この国と付き合ううちに、俺たち勇者の立場はなんとも微妙だというのが実感できるようになった。
『王家の客人』という立場は相手次第で受け取り方が変わってくる。アヴェステラさんたちの対応を見ているととても大事にして貰えていると感じるが、離宮から一歩出ればかなり怪しい。とくに訓練場でのアレコレだ。
『爵位を持たない』くせに王家の客人になった、勇者っぽい黒髪黒目の異邦人。
この国の貴族達がそんな俺たちをどう見ているのか。
自陣営なら都合の良い看板で、繋がりが持てないなら侮蔑の対象というのが、どうやら一般的な落としどころらしい。勝手なものだな。
トラブルが向こうからやってくる原因として、もうひとつ大きな要素がある。
この国は『アウローニヤ王国』だ。王様がいて、もちろん権力を持っている。
だけど俺たちが想像しているような全ては王様の思うがまま、みたいな国ではないらしい。いちおう王様の顔は立てているけれど、宰相や官僚貴族、近衛騎士総長やら軍のお偉いさんたち、それなりの権限を持った連中がやりたい放題だ。それがまかり通るのがアウローニヤの現状らしい。
少々のコトなら金と権力でどうとでもしてしまう。勇者関連ですら甘く見られているのがわかるくらいだ。
揉め事を起こしたら面子が潰れるとか派閥の中で居心地が悪くなるだとかはあるらしいけれど、俺の感覚ではその程度だ。度合いにもよるが刑務所に入ったりクビになったりしないという時点でおかしいと思う。
いや、この手のお話だと貴族というのは面子がとても大切らしいから、もしかしたら結構な罰なのかもしれない。ハシュテル副長とかパードとか、どうなるのだろう。
それに対してそういうのを気にしないですむ立場があれば問題にすらならないということになる。この間の近衛騎士総長の一件が典型的だな。
俺たちのバックについている第三王女がやり手で、これでもまだマシな状況らしいのが微妙なところだ。
もっとおおっぴらに俺たちを擁護していると表明してくれれば変わるのかもしれないけれど、裏でいろいろあるようだからな。
そういうのを全部考慮した上で、クラスの誰かがブチ切れるようなコトでも起きないかぎり、罰の判定は全部王国に丸投げしようと、委員長はそう言っている。
今回の件はハシュテル副長とパードにムカつくが、一年一組の誰かが致命的な被害を負ったわけでもないし、階位も上がった。俺たちは詳細な報告書を提出して、あとは王国に任せましょうというオチだ。
なんだかなあというのが正直な気持ちだな。
「そろそろ行こうか。ハウーズたちも大丈夫かい?」
「……ええ」
ヒルロッドさんのハウーズたちに対する口調は優しくなっている。
地上に戻ればどうなるかはわからないけれど、迷宮の中ではあくまで遭難者という扱いをするということなんだろう。せっかく必死になって助けた相手だ、ここまできて邪険にしても仕方がない。
ハウーズたちが見た目は神妙にしているのも大きい。さっきのパードと比較すると、どうしてもな。
ここまで来たルートを逆にたどればどこかで救助隊と落ち合えるだろう。
さあ、地上に戻ろう。
◇◇◇
「おまえらは迷宮に入るたびに問題起こさないと気が済まないのかよ」
「なわけない、す」
第五近衛騎士団『黄石』カリハ隊のジェブリーさんが
地上に戻る途中の大広間には救助隊の集結地点があって、いろいろな人たちが走り回っていた。
『黄石』だけじゃない。第四の『蒼雷』もいるし、王都軍の人たちもだ。
ざっと見渡しただけでも五十人以上がこの部屋にいる。ここを起点に捜索に出ていてまだ連絡がついていない部隊もあるだろうから、全部だとどれくらいになるのだろう。
なにせ勇者一行の集団失踪だ。俺が二層に落ちた時は四人だったのに対し、今回は全部で三十八人。大騒ぎにもなるか。
迷惑はかけたかもしれないけれど、そもそもハシュテル副長が悪いので、俺たちが責任を取るつもりは欠片もない。
「まあいい、ヒルロッド。あとは俺たちでやっとくから、勇者と遭難者を連れてお前らは戻れ」
「すまないね」
「なあに、お前はこのあとが大変なんだろ。報告がんばれや」
「ああ、そうだね……」
ガックリと肩を落とすヒルロッドさんの背中をバシバシと叩くジェブリーさんは、妙にいい笑顔をしていた。
「そうだハキオカ、階位はどうなった?」
「六、だ」
ふと思い出したようにジェブリーさんが佩丘に階位を訊ねた。俺たちの転落騒動の時にいろいろあって、佩丘や海藤はジェブリーさんを妙に尊敬しているらしい。崩れかけた語尾もそのあたりからかもしれないな。
「四回目の迷宮で六かよ。……あんまり無茶するなよ?」
「おう。だけど止まれねえ」
「そうか……」
笑い顔だけど少しだけ目つきを鋭くしたジェブリーさんに対しても、佩丘は引かない。俺なら口だけでハイハイと言って流すところを、アイツは真剣に返すのだ。ヤンキーっぽいのに真っすぐだよな。
「気を付けて戻れ。で、次に備えろ」
「おう」
それだけを言って手のひらを振ったジェブリーさんは、俺たちに背を向けて陣頭指揮に戻っていった。
デカい背中のカッコいいおじさんだと思う。全然似ていないのに、なぜか父さんを思い出させてくれるんだ。それがなんとも嬉しくて悲しい。
「八津よう」
「なんだよ佩丘」
「絶対に帰るぞ」
「当たり前だ」
こちらを向いた佩丘が妙に気合の入った物言いをしたものだから、俺も目を逸らさずに言い返した。どこに帰るかなんていうのは言わずもがなだ。コイツも俺と同じモノを見たのかな。
俺も決意を新たにする。必ず山士幌に戻って母さんと
海藤牧場に遊びに行ったり、
そして心尋を連れてサイコーマートに買い物に行こう。そのとき綿原さんはレジに立っているかな。
◇◇◇
「無事であったか、バスマン卿。いや、ハウーズよ!」
「で、殿下っ」
二日ぶりに地上に戻って最初に俺たちが見たモノは、第一王子の茶番だった。
両手で力いっぱいハウーズの手を握り、まったく涙は流れていないのに悲しげに目を細めながらチンピラ訓練生たちを労うその姿は、なんというかこう演劇じみているというか。
いやいや、茶番と言い切るのはマズかったのかもしれない。王子様は本気で彼らを心配していて、無事なのを喜んでいるだけなのかも。
そもそも俺はこういう穿ったモノの見方をするタイプだったか?
たしかに大人ぶって斜めっぽい考え方をする性格なのは自覚しているし、こちらに来てから他人を疑うようなコトばかりだったのは事実だ。
「茶番ね」
「そうなんだろうねえ」
隣から聞こえてきた綿原さんと
だけどどうしてそう判断できた?
「どうして茶番だなんて思ったんだ? いや、俺もそう思ったんだけど」
とりあえず綿原さんたちに確認してみる。
もしかしたら彼女たちもアウローニヤという毒に侵されている可能性が。
「八津くん……、本気で言っているの?」
「八津、アンタさあ」
返ってきたのは呆れた言葉だった。俺が気付いていないなにかがあるのか?
「【観察者】でしょう?」
綿原さんの一言で、その意味にやっと気づいた。
迷宮から地上への階段を登り切った場所、すなわち迷宮の出入り口になるのが『召喚の間』だ。
そこで王子とハウーズたちがお涙頂戴をやっているのだが、もちろんほかにも人はたくさんいる。アヴェステラさんはもちろんシシルノさんもいるし、文官たちや近衛騎士も合せれば二十人以上の人が俺たちを出迎えてくれた。
そして第三王女も、そこにいた。
それはいい。第一王子が来ているのだから、王女がいるのに不思議はない。
そんな人たちを見て、やっと王子のやり様を茶番だと感じた理由がわかった。
「ああ、みんなの顔か。なるほどこれは」
俺の【観察】は見えるだけで、得られた情報の判断を自分でしなければ意味がない。こんな場所で判断もなにもないと気を抜いていたが、無意識で感じていたわけだ。
「でしょ。ああいうのを死んだ目って言うのかしら」
「宿で二日酔いのお客さんがあんな顔をしてたかもねえ」
綿原さんの感想を温泉旅館の娘をしている笹見さんが変な例え方にしてくれた。
二日酔いときたか。あまり見たことがないから適切な例なのかはわからないけれど、言いたいことは理解できる。綿原さんの言うとおり目が死んでいるような人もいる。
ただそれだけではなく乾いた笑いになっている人や、冷たい無表情な人もいる。ハッキリしているのは王子様と一緒に喜びを共有している人間がほとんどいないということだ。
「ヒルロッドさんって、いつか胃が壊れるんじゃないかな」
「【聖術】って効くのかしら」
俺の心配に対する綿原さんの回答が酷い。もう少し気遣ってあげてもいいんじゃないだろうか。
この場でとくに酷いというか、いいかげん終わりにしてくれといった表情をしているのが、ヒルロッドさんをはじめとするミームス隊の面々だった。こういう『感動的な光景』を何度も見た経験があるのだろう。
やはり目の前のコレはそういうことだ。王子様の好感度上げイベントなのかどうかは知らないけれど、事情を知っている人がやられたら逆効果じゃないだろうか。
恋愛ゲーはあまりやったことがないけれど、あまりに白々しいのはどうかと思う。
「勇者様方もよくぞご無事で。ご活躍を聞き及びました」
いまだにグダグダやっている第一王子をしり目に、優雅に俺たちの傍にやってきた第三王女がニコリと微笑んで、俺たちのことを褒めてくれた。
「アウローニヤの臣民を救い出してくれたこと、感謝いたします」
そう言って軽く、ほんの少し顎を引くだけの会釈をした王女はその場で立ち止まり、一年一組を見渡す。
金髪碧眼美少女の視線だ、引き付けられるモノがあるな。美少女っぷりではミアも負けてはいないけれど、片や野生児、もう片方はホンモノだ。ミアが下とはいわないが、纏うオーラが違う。
自然に、本当にごく自然に俺たち全員とそれぞれ視線を合わせた王女様だが、俺の時だけ目が合う時間がほんの少し長かったのは気のせいではない。
『仕込みではない』
誰もが王女様の目に視線を引き付けられていたのだろう。
軽く開かれた王女の右手には、注意をすれば誰でも読めるような薄茶色で文字が書かれていた。
やることがいちいちワザとらしくないか、この人。
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