第140話 彼らには彼らのやり方がある




「これは……、なんなのかな」


「カエル肉と各種野菜を入れた雑炊です」


「『ぞうすい』……」


 スプーンをもったハウーズが怪訝そうな顔をしている。手にしている大きめのカップに入っているのは、今まさに対峙している上杉うえすぎさんたちが作ってくれた雑炊だ。

 残念ながら味噌も醤油もない国なので、味付けが少しスパイシーなアウローニヤ風になっている。



 ハウーズたちを助けて広間の魔獣を殲滅した俺たちは、少しだけの休息を挟んでからこの部屋まで移動した。休むといってもさっきまで戦っていたあの場所は構造上行き止まりだったので、長居するのを躊躇われたのだ。

 そこで数部屋移動して四方向に扉があるこの部屋を本格的な休憩地としたわけだ。ここでも一時間くらい前に激闘が行われたわけだが、戻ってみれば綺麗サッパリと何もなくなっていた。いいかげんにしろよ、迷宮め。


 こんなこともあろうかと食べるための素材は最終決戦をした部屋から持ってきていたので料理には困らなかったわけだが、これはなあ。素直に勿体ないと思ってしまう。

 なるほどこれは宿泊迷宮の欠点になるだろうな。今はイレギュラーでこうなっているが、予定通りでも二日目に倒した魔獣はほとんど放棄になってしまったわけだし。



「美味い、ね」


「どういたしまして」


 さすがに助けられた側としては以前のような高飛車な態度には出れないのだろう、ハウーズの表情も口調も前に対峙した時とは違っている。柔らかいというよりは落ち込んでいる方向で。


 材料にした米は最後の持ち出しだ。

 地上に戻ることを考えればハウーズたちにはとっとと回復してもらいたい。介助しながらの迷宮行など勘弁だ。彼らには魔力的にではなく栄養的にも精神でも、とにかく復活してもらう必要があった。

 そこで迷宮泊最後の昼飯用に取っておいた米をここで全放出したのだ。肉だけよりは消化にも良さそうだしな。


 見張りもあって交代ではあるが、俺たちも一緒に食べている。


「これは君が作って──」


「俺もだよ」


 口に合ったかどうかはわからないが少しだけ頬を緩めたハウーズが、上杉さんに口を開きかけた。そこに横から登場したのはもちろん、一年一組きっての強面にして家事のデキる男こと佩丘はきおかだ。

 上杉さんと佩丘の並びはなかなかこう、ギャップというか緩急があって面白い。そう思うようになった俺もクラスに慣れたものだ。


「そ、そうか。君は……」


「佩丘だ。前は世話になったな。ええ?」


 佩丘が凄んだ相手はハウーズではない。ハウーズのうしろでコソコソと食事をしていたチンピラ貴族四人組のひとりだ。なるほどハウーズ騒動の時に佩丘と対戦した訓練生か。もちろん彼らもしっかり治療は終わっている。

 ちなみに【聖術師】のパードも回復していて、端の方で面白くなさそうな顔をして雑炊を食べている。遭難前後で態度が変わらないという点ならパードが一番頑ななのかもしれない。年長者の意地ってことだろうか。



「あ、あの、あの時は」


「いいって。済んだことだろ、なあ?」


 完全に裏返った声で訓練生が何かを言いかけたけれど、佩丘がそれを遮った。おい佩丘、完全に脅しモードになっているぞ、ソレ。


「そうそう。もう終わったことだし」


「勉強させてもらった」


「俺はまだちょっと根に持ってるかな」


 佩丘に続いて登場した三人はあの時に対戦した騎士組、すなわち野来のき馬那まな古韮ふるにらが、佩丘と並んで言いたい放題だ。


 今回の一件でハウーズたちは全員七階位を達成したらしい。

 つまり彼らは貴族騎士への条件を満たしたわけで、そのうち訓練場からいなくなることが確定した。ただし今回の一件が政治的にどうなるかはわからないので、別の意味でいなくなる可能性もあるかもしれない。その点についてはもちろん一年一組が気にすることではないな。



 救出に積極的に賛成していた滝沢たきざわ先生はといえば、コトが終わればいつもどおりに遠巻きにしてこちらを見ているようだ。もしかしたら確執のあるハウーズに気を使っているのかもしれない。そういうところがまさに先生だな。


「本気で怒っているわけじゃないです。もうすぐ帰れますから落ち着いてくださいね」


「ほら、いい加減にしなさい」


 委員長と副委員長の中宮なかみやさんが悪ふざけをしているウチの騎士組に注意をする。


「疲れているでしょうし、落ち込んでいるんですよ。そのくらいで」


「うぇーい」


 そしてトドメは上杉さんの一言だ。


 悪びれた様子もなく立ち去っていく騎士連中だが、本当に悪意が無いのはわかっている。

 ハウーズたちに恨みはもう残っていない。いい訓練にはなったし、馬那覚醒イベントにもなった。だからといって仲良くしたいわけでもないし、ここで釘を刺しておくのも悪くないだろう。


 なんていう考え方をしてしまうのはこっちに来てから身に付いたことかもしれない。こういうところで性格が悪くなった自分がちょっとだけ嫌になるけれど、事情が事情だけにな。

 異世界に飛ばされて大人たちの悪意と対決していればこうもなる。



「人だ。……七人、かな」


 草間くさまの少し弾んだ声でみんなが立ちあがった。待ちに待った救援だろう。

 広間に歓声とため息が入り混じる。ハシュテル副長に出会って救出作戦が始まってから、気が付けば三刻、六時間くらいが過ぎていた。地上はとっくに夜だろうな。


「やっと終わりにできるかな」


 そうこぼした委員長は、どちらかといえばため息側だ。

 多数決を提案した上に賛成した側だ、責任を感じていたんだろうな。お疲れ様だ。だけどそんな委員長を、俺はすごいと思っている。恥ずかしいから口には出さないけれどな。


「委員長、急いで食べよう」


「あははは、そうだね」


 俺たちはカップに残っていた自分のぶんの雑炊をかっ込むことにした。



 ◇◇◇



「こりゃあ、お手柄だ。無事なようでなによりだよ、嬢ちゃん。ワタハラ……だったか?」


「ミハットさん」


 俺たちが食事休憩をしていた部屋に飛び込んできた分隊の隊長をしていたのは、迷宮泊の初日に出会った王都軍のミハットさんだった。

 驚いている綿原わたはらさんを見て普通に笑っているし、言い方からしても随分打ち解けてくれたものだと思う。サメのイラストが娘さんに好評だったのかもしれない。


「一昨日はありがとうな。娘も喜んでたよ」


 そうか、アレがウケたのか。綿原さんによる異世界文化侵略が確実な一歩を踏み出した……、とかはこの際どうでもいいコトだけど、なんとなく俺まで嬉しくなってしまう。



「助かるよ。こちらは全員無事だ。もちろん彼らもね」


「聞いていたとおり六人だな」


 当然こちらの対応はヒルロッドさんになる。


 ミハットさんはハウーズたち六人に視線を送り、ため息を吐いた。彼からしてみれば遭難者はお貴族様だ。見つかっても見つからなくても厄介事という認識なのだろう。

 ハシュテル副長の態度を見れば、この国で貴族を名乗る連中に関わるとロクなことにならないのはわかっている。というか、ハシュテル副長を筆頭にハウーズしかり近衛騎士総長しかり、面倒臭さをわからされすぎた。


「じゃあしばらくはこのままで待機していてもらえるか。俺たちはいったん戻って、捜索本部に報告する」


「頼めるかな」


 来たばかりのミハットさんたちだが、もちろん捜索をしているのは目の前にいる七人だけじゃないだろう。一度戻って捜索隊全体に伝達する必要がある。


 迷宮では人づて以外の連絡手段がない。大声を使ってリレーをする方法もあるけれど、魔獣を呼び寄せることにもなりかねないから、今回はもちろん却下だ。


 やろうと思えば四十人以上に膨れ上がった人員だし、ここにいる人たちだけで地上まで戻るのも楽勝だろう。それでもしっかりとした捜索隊が結成されているはずだ。まずは合流を果たさなければいけない。



「ま、待てっ!」


「……あなたは?」


「近衛騎士団所属の【聖術師】パード・リンラ・エラスダだ。男爵だっ。私を優先して地上に戻してもらおう!」


 ツバを飛ばしながらそう言い放ったのは、さっきまで片隅でしょぼくれていた【聖術師】のパードだった。


「ねえ、あの人って前まで敬語だったよね?」


「だよねぇ、あっちが素なのかも。しかも『男爵だ』って、だっさぁ」


 脇からヒソヒソと聞こえてくる野来とひきさんのやり取りがトゲトゲしい。そういえばあの二人、パードの直接被害者だった。嫌味も言いたくなるというものか。

 もっと聞こえるように言ってやれ、という気持ちはあるのだけど、コトを荒立てるのすら馬鹿馬鹿しいな、これは。


「いや、しかしですな」


「なにが問題か! 私は【聖術】使いにして男爵だぞ。貴様のような──」


 顔をしかめるミハットさんにパードが詰め寄る。


 このおっさんは自殺願望でもあるのだろうか。

 ここで全員が口裏を合わせて見放せば、そこで終わりだぞ。まあそんなことはしないけれど、これがアウローニヤの貴族かと思うと頭が痛くなってくる。騎士爵より上でもアヴェステラさんみたいにいい人もいるのだけど。



「さあバスマン殿、あなたたちも一緒に」


 もはやそれが決定事項とばかりなパードは、あまつさえハウーズたちまで同行させようとした。まさかここにきて責任を分散させようというんじゃないだろうな。


「……」


 だけどハウーズは何も言わないまま俯いている。様子を伺う取り巻きたちもだ。


「どうしたんです。行きますよ、バスマン殿!」


「ミハットさん、パードさんを同行させてあげてください」


 そこで口を挟んだのは委員長だった。

 ものすごくいい笑顔だ。


「あ、ガチだ」


「あらら、スイッチ入ってるわね」


 近くからクラスメイトたちのヒソヒソとした声が聞こえてくるが、これはなかなか。

【観察】とは関係無しに委員長の周りに変なオーラがチラホラと見えてしまう。コレって近衛騎士総長がやらかしてくれたときの上杉さんレベルじゃないだろうか。

 だけど彼女の時のような謎の怖さは感じない。なんだろう、これは。



「……アイシロ?」


「いいじゃないですか、ヒルロッドさん。パードさんのご要望通りにしてあげれば、それで。僕たちに困ることがあるわけでもないですから。大丈夫ですよ、ハウーズさんたちは僕たちで護衛をしましょう。なにせこちらは三十二人もいるんです」


 委員長……、いつもより口数が倍くらいになっていないか?


「……わかったよ。ラウックス、同行して捜索隊に事情説明を頼む」


「了解しました」


 委員長から何かを感じたのか、渋々ではあるがヒルロッドさんも了承してくれた。パードのように規律を乱す輩は迷宮では魔獣と同じくらいの敵だな。

 ミームス隊からラウックスさんを付けて事情説明をしてもらうようだ。パードがあることないこと言いだすのをけん制するというのもあるのだろう。



「綿原さん。委員長のアレって」


「大丈夫よ」


 委員長なら滅多なことはしないだろうと思いながらも、いちおう綿原さんに確認はしておきたい。俺と先生以外のクラスメイトたちは十年来の付き合いだ。みんなの反応からしても、あのモードな委員長を知っているのだろう。


 ところで、なにが大丈夫なのかな。


「中一の時にね」


 あ、具体例まで出てくるのか。聞くのが少し怖い気もするのだけど。


「変な方向に厳しい先生がいて、態度が悪いからって佩丘くんにキツく当たったのよ。つられて海藤かいとうくんまでとばっちり」


「……キツくって、どういう風に?」


 なぜ俺はここまで聞いただけでムカっとしているのだろう。

 ここに来る前までなら、佩丘がそういう見方をされてしまうのは自業自得だろうと思ったかもしれない。人は見かけや態度だって大事な部分だというのは本当だろうし。


「数学の先生だったんだけど、露骨に問題を当てなくなったの。ほかにも海藤くんがわからなかったとこを質問したら、ホントに最小限しか返事をしてくれなかったのよね。ギリギリな意地悪ってところかしら」


 問題を当てないのというのは人によっては喜ぶかもしれない。俺なら嬉しい。

 海藤に対しても完全に無視したというわけではなさそうだし、グレーといったところだろうか。


 だけど佩丘だぞ。真面目に勉強して、努力家で、大学目指してる、いいヤツだぞ。

 いや、それでも態度は悪いか。いったいどっちの味方だ俺は。



「だけどソレって田村たむらとかが怒らないか?」


「クラス事情をわかってきたわね、八津くん。そうなんだけど、余計な口を出すなって佩丘くんが止めたのよ。そこで委員長がね」


 いよいよ核心か。


 委員長は町長の息子だ。まさかとは思うけれど、親の力を使った?


「八津くんはいろいろ考えてるみたいだけど、違うと思うわよ」


「心を見ないでくれ」


「わかりやすいのよ」


 それは最近自覚するようになった。綿原さん以外でも奉谷ほうたにさんや古韮あたりにはモロバレの気がしている。



「委員長が提案したのよ。ちょっと手伝ってほしいことがあるって。りんもそれに文句を付けなかったから、知ってたんでしょうね、委員長のやり方、というか考え方」


「やり方、考え方……」


「少ししてから学級日誌が分厚くなったの。どうしてだと思う?」


「い、いや、どうなんだろう」


 本気で意味がわからないのだけど。


「委員長は大人に頼らなかったわ。ただその日あったことを学級日誌に書いたの、全部。クラスのみんなでね」


「全部?」


「そうよ。具体的には全部の授業の詳細ね。授業の内容はもちろん、誰に何を質問したか、質問時間は何分か」


「まさか」


 どうしたらそういう方向になるのだろう。ものすごい手間じゃないか、それ。

 あ、だからクラスのみんななのか。



「数学だけじゃないわ。全部の教科で、それこそ体育まで。もう大変。全員で手分けしてがんばったわね、あの時は」


「そりゃまた、大変そうだ」


 でも少し面白そうだと、俺は思う。


「もうね、あおいと野来くんが大活躍で──」


 なるほどそういうことになれば白石しらいしさんと野来は外せない。というか綿原さんも得意なのはもう知っている。


 それと綿原さん、ネガティブっぽい話だったのに、なんでそんなに楽しそうな顔をしているのかなあ。


朝顔あさがおがグラフを描いたりしてたかしら」


「ははっ、自由研究か学祭の前みたいだ」


「そう、そんな感じ。しかもそんなことをしてたら成績上がった子までいてね」


 ああ、それは楽しそうだ。俺も混ざりたかったな。いや、今がまさにそうなのか。



「それで、どうなった?」


「いよいよ数学の先生がね、謝ろうとしたのよ。見る人が見れば一目瞭然だったから。だけど委員長が」


「委員長が?」


「これから二年以上も付き合うのだから、普通にしてくれていればそれでいい、って」


 落としてから戻したのか。そういうことだよな?


「先生たちはわかってたのか?」


「さあ。ほかの先生たちも緊張していたかもしれないわね」


 本当なら評価される生徒側が先生を採点したわけだ。誰かを糾弾したわけでもない。チクりもしなかった。

 しかも謝ろうとした先生を許すとかじゃなく、なにも無かったというオチに持ち込んだのか。お互いに小さな遺恨は残るかもしれないけれど向こうは大人だ、子供相手に逆恨みなど普通ならできないだろう。もしもゲスなら最悪の手段として委員長が町長の息子権限を発動したらどうなるか。

 委員長ならそこまでしそうな気がする。いざとなったら武器を選ばなさそうな。


 中学一年生のやることか?

 発案した委員長の発想というより度胸もすごいし、それにつきあう連中も大概だ。

 ついていけるのか、俺。いや楽しそうだし、むしろ進んで仲間になりたい気分になるか。


 気付けば俺も一年一組に染まっていたのかもしれない。



「じゃあ今回はどうするのかな」


「具体的にはどうかしら。間違いなくやるのは同じ方法ね。やたら詳細な資料作り。ほかにもなにかするかもしれないけれど」


 なるほど、今回の事件の最初から最後までを全部書き出して、突きつけてやるわけだ。あえて誰かを悪者にするでもなく、ただ事実だけを。

 あとの判断は王国に任せればそれでいい。この国がごまかしたところで俺たちが困ることでもないし、それにこれは立派な迷宮泊レポートになるだろう。絶対今後の役にも立つ。


 はたしてこの国の貴族と山士幌中学の先生、どっちがマトモなんだろうな。



「資料作りか。大変そうだ。はははっ」


「ものすごく細かい作業になるわよ。しかもわたしたちは──」


「迷宮委員だもんな」


「そういうことね」


 なんてことだ。これは忙しくなりそうだぞ。だけどとても楽しそうだから、俺は笑ってしまっていた。もちろん綿原さんも笑っている。


 とっくに俺も輪の中だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る