第145話 彼女が選ぶ道




「なるほど、そっちにいくのか」


「いいんじゃないかな」


「うん。僕はアリだと思うな」


 六階位になって【身体補強】を取ると言い出した奉谷ほうたにさんの考えに、クラスのみんながそれぞれ反応を示す。とはいえ感想は肯定的なものばかりだった。


 奉谷さんは【奮術師】、つまりバッファーだ。【騒術師】白石しらいしさんのような【音術】と併用するような副次的なバフではなく、もうダイレクトにバフるタイプの、生粋で純粋なバッファーである。


 その事実があるとき、ちょっとした問題になりかけた。



 ◇◇◇



 神授職というシステムが存在するこの世界では、いろいろな観点からジョブカテゴリを見出すことができる。


 まず最初イメージできるものとして前衛と後衛という区分がスタンダードだが、前衛でも攻撃型と防御型、つまり中宮なかみやさんの【豪剣士】のような攻撃特化型から、【重騎士】の佩丘はきおかみたいな防御特化タイプにも分類は可能だ。【剛擲士】の海藤かいとうのような遠距離攻撃タイプも存在している。


 後衛といえば【熱導師】の笹見ささみさんに代表されるように攻撃的魔術を使うタイプか、【聖導師】上杉うえすぎさんのようなヒーラーに分けて語られることが多い。


 そしてそもそも『戦闘向き』ではないとされる神授職も。



 俺たちの知り合いで戦闘向きではない神授職持ちとしてはアヴェステラさんの【思術師】、シシルノさんの【瞳術師】が挙げられる。知り合いというと失礼になるかもしれないが、第三王女様が【導術師】だったな。

 術師ではあるが戦闘もできてしまうのがアーケラさんの【湯術師】、ベスティさんの【冷術師】だ。


 だがなにも戦闘向きのジョブだけで迷宮探索が成立するわけではない。先に挙げた【聖術師】系も戦闘には向いていないのは当然だが、それでも居てもらわなくては困る役割りを持っている。

 適材適所、役割り補完は大切だということだ。



 そんなこの世界の常識で捉えると、一年一組には困ったちゃんが四人いた。あくまで王国側の判断でだが。


 ひとりはもちろん【観察者】の俺。未知の神授職な上に『者』が付いていただけに王国は扱いに困ったらしい。同じく未知だったのが綿原わたはらさんの【鮫術師】だ。

 もちろん俺たちは引き離されるのを強固に拒んだので、出された結論は経過観察だった。


 結果として俺は戦闘指揮官という役目を授かり、綿原さんに至っては物理でブイブイと謎の成果を上げている。



 四人のうちの残り二人が誰かといえば、【騒術師】の白石さんと【奮術師】の奉谷さんだ。

 こちらは極めて稀な神授職ではあったが、前例がないわけではなかった。ただし伝承レベルの話で。


 この二人の扱いが問題になった理由は、王国の軍事マニュアルでは運用が難しいということだ。

 なにせ王国の基準では後衛職は回復役か遠距離攻撃役しか想定されていない。それでも【音術師】の上位になる白石さんは、魔獣のかく乱と全体補助というロールでなんとか納まった。


 そして奉谷さんだ。


 奉谷さんの【鼓舞】は精神系に属するが、アウローニヤ、とくに近衛騎士では戦闘弱者のための技能とされている。俺たちとしては大助かりなのだけど、この国の人たちからすれば戦闘時に大した意味のない神授職扱いだ。理由としてはそういうものだからそうなのだ、というレベルなのが泣けてくる。素直になれない意地っ張り共めが。


 つまり奉谷さんの【奮術師】という神授職は、珍しくはあるもののアヴェステラさんや王女様と同じような性質のものだと受け止められてしまったのだ。地上でこそ役に立つシーンはあるが、階位上げ以外の理由で迷宮に同行させるまではちょっと、と。



 もちろん奉谷さんはバッファーとしても魔力タンクとしても頑張ってくれているし、技能に頼らなくても副官としての役目を果たしている。もちろん精神的支柱としてもだ。

 一年一組という集団の中で、彼女は確実に必要な存在だと言い切ることができる。だが──。


『攻撃も治癒もできない術師』


『迷宮に入れてどうする』


『あれでも勇者というわけか』


『王家は──』


 要約すればそんな感じのセリフが訓練場で聞こえたことがある。それも何度も。


 最初こそ俺たち全員の容姿や待遇を揶揄するケースが多かったのだが、前衛組が階位を上げるにつれてそんな声は小さくなっていった。訓練中の動きを見れば一目瞭然だからな。

 対して今度は個人攻撃、というか個人への陰口だ。この場合の術師とはいったい誰のことだろう、となった。


 対象になりそうなのは俺、白石さん、奉谷さんだ。

 だけど俺は【観察】でわかってしまった。



 奉谷さんは背が低い。本人が気にしているかはわからないが、百五十はないだろう。この世界で、しかも近衛騎士になるための訓練場にいる人たちからすれば、彼女は飛び抜けて背が小さく幼くみえてしまう。

 普通なら庇護すべきだし、頑張っているのなら尊敬すべき存在だと俺などは思うのだけど、この国の一部連中は違った。


 加えていえば、アウローニヤの情報管理はザルだ。

 ツテと金があればどこからでも情報を引っ張れてしまうのが王城であり、本来なら最高機密レベルであるはずの勇者の情報でも、それこそ複数ルートから入手できてしまうのだろう。正確さについてはでたらめもいいところだが、こんなところで訓練をしている貴族子弟までもが俺たちの神授職をある程度は知っていた。

 間違いも多く不正確極まりない情報だったが、やつらはたぶん身内でも騙し合いをやっているのだろう。


 そこでメインターゲットになったのが俺と白石さん、奉谷さんだ。

 綿原さんは普通にサメを泳がせたり盾を振り回していたので、すぐに個人標的から外された。さすがといえよう。

 白石さんも【音術】を使うようになってからは陰口の対象ではなくなった。音というのはある意味とてもわかりやすい。フル装備でランニングをしながらそこかしこでパンパンと音を鳴らすのだ。変な意味でビビられていた。


 残ったのは俺と奉谷さんということになる。


 俺もいまだにグチグチ言われてはいるが聞こえないフリをしているし、これでも【観察】と【一点集中】のお陰で盾捌きはいっぱしだ。身長と合わせればそれほど見栄えが悪いわけではない。


 階位と技能がある世界だ。これで奉谷さんが前衛職ならまだ違ったのかもしれないが、訓練場での彼女を見ればそのあたりは見えてしまう。

 結果が心無い言葉の羅列だった。



 もちろんキレたこともある。佩丘はきおか古韮ふるにら、中宮さん、笹見さんあたりはブチキレたといってもいいだろう。

 みんなの性格を知るようになった今ならわかる。たぶん上杉さんや深山みやまさんなどは静かにキていたはずだ。


 だがそこで気に食わない連中をブチのめす展開にはならなかった。

 歯を食いしばりながらも藍城あいしろ委員長と滝沢たきざわ先生が俺たちを諫めてくれたから。

 腹が立つのはわかるけれど、外様の俺たちが騒ぎを起こすのはよろしくない。理屈はわかる。理屈だけならば。


 なにより悲しそうな顔をした奉谷さん本人が、喧嘩をしても一年一組に良いことなんかないと、そう言ったから。



 彼女は嬉しい時は笑い、悲しい時は涙目になり、怒った時は額にわかりやすい血管マークを浮かべるような女の子だ。

 そして必ず最後には元気な笑顔をみんなに振りまくような、そんな存在だ。


 俺は奉谷さんの不幸話を続けたいわけではない。

 むしろ彼女はここから大きな一歩を踏み出すから、だからこそあえての現状確認だ。



 ◇◇◇



「もちろん【聖術】でもよかったんだけどね」


 ニコニコ顔の奉谷さんにこちらまで温かくなってしまうのは朝風呂のせいか、それとも回想のせいだろうか。

 そんな俺の心境はどうでもいいが、彼女はここからの選択肢が多い。やれることが満載といってもいいだろう。


鳴子めいこってどんな予定があったんだっけ」


 こちらもニコニコしているはるさんが声を掛けた。春さんも奉谷さんの今後が楽しみで仕方がないといった感じだ。


「えっとね、バフ以外だと【聖術】【解毒】【思考強化】【視野拡大】【魔術強化】【魔力伝導】……、ほかにあったかな?」


「多いねえ。十階位でも足りないんじゃない?」


「かもね!」


 奉谷さんが指を折っていく姿を見た春さんが、苦笑いをしながら両手を上げてお手上げを表現する。

 そんなやり取りが楽しそうでクラスのみんなもほのぼのムードだ。奉谷さんが絡むとこうなるのだから面白い。



 繰り返しになるが彼女はここからやれることが多い。まあ奉谷さんに限った話ではないのだけれど、それは置いておこう。


「それにしたって鳴子に【解毒】が出るなんてね」


「だよね。カエルに触るのだって意味あったんだよ」


「鳴子だけでしょ」


「へへん」


 二人の会話は続く。【解毒】が出たことを褒められたというか、そこはなんでもいいのだろう、春さんが楽しそうに構うだけで奉谷さんは鼻を高くして胸を張っている。


 そう、俺たちが迷宮泊で試した『毒耐性』チャレンジだが、結果は失敗。上杉さんと田村たむらたちヒーラーの熟練が上がったからそれで良しとしたわけだが、ひとつだけ思わぬ副産物がもたらされた。


 奉谷さんの候補技能に【解毒】が生えたのだ。

 ほかの誰もが出せなかったことから、どうやら【解毒】の前提として【聖術】を候補に出しておく必要があるのだろうというのが俺たちの結論になる。

 まっとうな【聖術師】なら最初から候補に出てくる【解毒】だが、後付けヒーラーの奉谷さんというイレギュラーな存在のお陰で、またひとつ技能の謎が解明されたのだ。


「あとでシシルノさんに報告しないとね!」


「絡まれるぞー、鳴子」


「うへぇ」


 奉谷さんに【解毒】が生えたのは迷宮二日目のことで、まだシシルノさんには伝えていない。俺たちが調べた範囲ではこんな事例はなかったはずだが、はたしてシシルノさんはどう反応するのやら。



「でね、ボクってここのところ役立たずになりかけてたじゃない」


「鳴子……」


「いいんだよ、春ちゃん」


 一転、少しだけ影を帯びた奉谷さんがそう言えば、春さんは返す言葉に窮してしまう。


 誰もが気付いていた。とくに俺などは戦闘中すぐ横に奉谷さんがいるケースが多かったので、彼女の立ち回りを見て現状を思い知っている。


 現状で奉谷さんのメインスキルはふたつ。【鼓舞】と【魔力譲渡】だ。

 前者は彼女の代表的スキルで、俺たちの精神をアゲるのに役立っている。後者は術者への魔力の補給だが、こちらも大切だ。

 一年一組の中には低い階位で無理をして技能を取ってしまったメンバーがいるので、それだけ魔力枯渇に陥りやすい。代表例は二層転落事件で治癒系技能を先取りしてしまった上杉さんになるだろう。


 そんな面々をうしろから見ている奉谷さんは、俺の指示なしでも必要とあらば駆けずり回って【鼓舞】をしたり【魔力譲渡】を使ったりしていたのだ。



 だが今回の迷宮泊で状況が変わってきた。


 まず【鼓舞】を必要としないメンバーが増えてきたのだ。

 そもそもみんなの戦意高揚というか、戦えるように精神をアゲる目的で【鼓舞】は使われている。ところが最近は、とても嫌な表現だが、一年一組は迷宮で魔獣を倒すことに慣れてきてしまった。各人が自分で使っている【平静】の熟練も上がったお陰で尚更に。


 結果として【鼓舞】なしでも戦えるメンバーが大半になりつつある。未だに必要としているのは藤永ふじなが、深山さん、夏樹なつき、白石さん、かろうじて笹見さんくらいだろう。


 さらには魔力タンクとしての【魔力譲渡】も、みんなが階位を上げることで出番が少なくなってきている。奉谷さんがいるのだから少々無理をして技能を取ってもいいじゃないか、という考え方はあまりに危険だ。個人に頼りすぎの集団など、崩れる時はあっという間だろう。

 強さと同時に安定を求める俺たちは計画的に技能を取ることを徹底している。これもまた二層転落の一件が尾を引いた形になるな。


 言い方を変えれば、奉谷さんは今まで俺たちのワリを肩代わりしてくれていたのだ。



 そんな状況が改善されればどうなるか。これもまた良くない表現だが『死にスキル』の出現だ。

 本来は喜ばしい事態だが、奉谷さんにとってはどんな想いだっただろう。


「いいのいいの。まだまだ【鼓舞】だって【魔力譲渡】だって、絶対に出番があるんだから」


「だよね。そうに決まってる」


「だけどこっからのボクは一味違うよ。【身体補強】を取ったらさ、真っ先に春にかけてあげるから」


「うん! ありがと、鳴子」


 なんだか滅茶苦茶いい話になっていた。

 比較的陰の者側で生きてきた俺としては、彼女たちの友情が眩しすぎる。



 いろいろあったわけだが奉谷さんの未来は明るいし、誰も心配なんてしていない。もちろん良い意味で。


 彼女は【聖術】や【解毒】を取って、ヒーラー路線に行くことができる。

【視野拡大】で指揮官としての能力を伸ばすことも、【魔力伝導】や【魔術強化】を取れば、たとえばひきさんのように鞭みたいのを使った遠距離バフや魔力供給だってできるようになるはずだ。


「ボクはバッファーらしく【身体補強】を取ってみんな強くしてあげるからさ、期待しててね!」


「うーっす!」


 奉谷さんの言う【身体補強】は彼女が四階位になった頃に候補として出現した、とてもわかりやすいバフ技能だ。

 自分の魔力を使って他者を【身体強化】する。これぞまさにバフ中のバフだな。もちろん本人が【身体強化】をしたほうが圧倒的に効果は高いが、そんなのは当たり前だ。


 だけど俺のように【身体強化】を持たないヤツからしてみればどうだ。

 もはや神様仏様奉谷様である。そうさ、俺もついに疑似的にだが【身体強化】を体感できるのだ。



 祝福しよう。


 魔力や技能やそういう異世界的な部分だけじゃなく、心までを励ましてくれる一年一組最高のバッファーが、今まさにギアを上げたことを。


八津やづくん、涙ぐんでどうしたの?」


「なんでもないよ。大丈夫だ、綿原さん。これは青春の汗だから」


「……八津くん、本気で大丈夫?」


 俺は何度でも祝福するのだ。綿原さんも一緒に崇めてみないか?


 たとえこれが事前に相談されていたパターンのひとつで、とっくにクラスの全員が想定していたことだとしても、良いことは良いものなのだ。


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