第65話 四人の迷宮行




「ねえ」


「どうした?」


 ちょっと離れた離れた場所で体育座りをしている綿原わたはらさんが話しかけてくる。


「せっかくのキャンプなのに、なんで夜空じゃないのかしら」


「迷宮だからじゃないかな」


「風情が足りないわね」


 俺たちが二層に落ちてからけっこうな時間が過ぎた。

 手持ちの火時計は燃え尽きてしまったし、スマホも腕時計も無いとなれば、あとは腹時計と眠気くらいしか判断材料がなくなってしまっている。たぶんだけど十時間以上は経っているだろうから、地上はもう夜中のはずだ。


 そういうわけで俺たちは迷宮内キャンプをすることにした。

 とはいえテントも寝袋も無いのだけど、迷宮の中は気温が一定で寒くもないから、全く問題ない。

 天井がずっと光っているので、時間感覚がどこかにいってしまうのが気になるくらいだ。



「山士幌の夜空は綺麗よ」


「ああ、全国的にも有名だよね」


「そ」


「戻ったら、みんなで観に行くってどう?」


「いいわね、それ」


 さすがにここで二人で、とは言えない。

 そういうのは、なんかまだ違う気がするし。


「すごくいい目標。地上に戻ったらみんなと相談しないと」


 まるで噛みしめているみたいな言い方だった。

 そうだよな。綿原さんだって不安なんだ。


 二人の座っている場所はけっこう離れている。五メートルくらいはあるだろう。

 俺たちがいるのは少し大きめで扉がふたつある部屋だ。俺と彼女はそれぞれ扉の方を向いて警戒しているので、会話は背中越しになっている。


 寝ている二人、上杉うえすぎさんとミアは、部屋の真ん中で横になっている。

 これならもし魔獣が現われても即対応できるというわけだ。



「【睡眠】取ってあって良かったよ」


「そうね。どう考えても、眠れなさそうだもの」


 ヒップバッグを枕にして眠っている二人は、当然【睡眠】を使っている。綿原さんが言うように、こんなところでさあ寝ろとなっても眠れるわけがない。

 先生のお勧めで取った【睡眠】がこんなところで役立つとは、言った本人だって考えていなかっただろう。想定していないよな?


【睡眠】という技能は実に便利だ。

 今回の場合『三時間程度』を意識してから使っているのだが、本当に三時間で目が覚める。ちょっと残念なところは本人の体内時計で三時間なので、各人でバラつきがでるくらいだ。それも複数人数でこうしてキャンプを張れば大した問題にはならない。

 しかも大声を出したり揺すったりすれば、しっかり目が覚めれるという便利仕様。神スキル認定だな。



「四階位になってどうかしら?」


「そりゃ動くようにはなったよ。なったけどなあ」


 上杉さんが四階位になってから、俺たちは数の少ない魔獣だけを選んで戦った。結果、五回の戦闘で俺は四階位を達成している。次はもちろん綿原さんのレベリングだな。


 扉の脇から一瞬でも部屋を覗けば、俺の【観察】は全部を把握できる。数が多ければ脇道に逸れて別ルートを模索し、なんとか階段を目指している途中で時間が経過しすぎてしまった。それでも安全は譲れない。

 綿原さんが【身体強化】と【砂鮫】で盾役を立派にこなしている以上、俺にも役立つことがあって本当に助かったというのが正直なところだ。【観察者】は斥候が得意だぞ。


「いいじゃない。八津くんがいなかったらとっくに敵に囲まれていたでしょう? 役割分担よ」


「そう言ってもらえると助かる。なんで【身体強化】が出ないのかな」


「ウチのコンビニでバイトでもする? 力仕事ならいくらでもあるわよ」


 これは綿原さん、ニヤついているな。声でわかるんだぞ。



「綿原さんこそ【痛覚軽減】は要らないの?」


「要る要らないなら必要なんだけど、【多術化】も考えているしね。今は魔力の心配が、ね」


「そっか。五階位まで狙うのは、ちょっとムリがあるかな」


「それより救助が来る方が先じゃないかしら」


 ごもっとも。

 事故っている途中なのに階位が上がって調子が出てきたものだから、付け上がっていたかもしれない。まずは無事に戻ること。忘れちゃダメだな。



「──サメ映画は人生を豊かにしてくれるの」


「そこまで?」


 綿原さんとの会話はいつしかサメ映画を筆頭にした、ソッチ側の話題になっていた。

 変に甘かったり高尚だったりするよりは、ずっといい。俺だってオタ側の人間だ。B級の話題なんて最高じゃないか。


 二人で勝手にお互いの趣味を言い合うのは、意外と悪くなかった。


「山士幌に戻っても魔術が使えたら、星空の下でサメを見れるのね」


 それはどうなんだろう。



 ◇◇◇



「夢でサメが襲ってきまシタ」


「素敵な夢を見たのね」


 起きてきたミアのクレームは綿原さんに一蹴されていた。

 さて、今度は俺たちが休む番だ。



「じゃあおやすみなさい」


「ああ、おやすみ」


 まさか女子とこんなやり取りをするとは。

 とか思いつつ、俺と綿原さんの間には一メートルくらいの距離があるし、彼女はこちらに背中を向けて横になっている。

 これくらいのほうが落ち着けていい。こっちを向いていたら心臓に悪そうだ。


 俺は【睡眠】を使った。



 ◇◇◇



「──広志こうし、広志! 起きるデス」


「ん、んん?」


「起こしてごめんなサイ。両隣の部屋に魔獣デス」


 ミアの声で脳が急速に覚醒していく。両隣だって!?


「ほとんど同時で来やがりまシタ。左が『竹』で、右が『ウサギ』だと思いマス」


「わかった。確認する」


 二足歩行する竹と、ツチノコみたいに足のないウサギ。どちらが速いかといえばウサギの方だ。

 慌てて起き上がって、まずは右の部屋を確認する。



「ウサギで間違いない。三体」


「上杉さんと左を見てきたわ。竹が二体」


 素早いウサギと違って、竹の方は偵察だけなら危険は少ない。そっちを二人が確認してくれた。

 さてどうするか。この部屋にこもったままで挟み撃ちをもらうのはあり得ない。どちらの部屋を選んでもこの後のルートは大した変わらないのが、逆に悩ましいな。


 ここは多数決でもいいか。同数なら俺の選んだ方ということで。


「竹二体とウサギ三体、どっちがいい?」


「ウサギですね」


「ウサギデス」


「わたしもウサギで」


 上杉さんとミアが即答して、綿原さんもそれに続いた。俺も同感。


 竹は速度が遅いけれど横に伸びた枝が絶妙に邪魔くさくて、実は避けづらい。そんな枝を掃っているうちに、上から本体がぶつかってくるという敵だ。

 それに比べてウサギは──。



「どぉぉぉい! ミア!」


「ナイスデス、なぎ!」


 ウサギ、正確には【無脚四眼兎】は速いけれど、小さい故に重くない。

 足が無くてウネウネと蛇のような動きで飛びかかるウサギだが、綿原さんが堂々と盾で受け止めて、横合いからミアが殴れば無力化できる。トドメは後回しで問題無し。


「ウサギっていっても耳が長いのだけが特徴だなっ! よし、やってくれ、上杉さん」


「はい。えいっ!」


 口の周りに四つの目玉を貼り付けたウサギを、盾で下に受け流してそのまま抑えつけさえすれば、あとはメイスで殴り放題だ。


 俺と上杉さんが四階位になったお陰で、攻防ともに戦力になりつつあるのがいい感じだな。

 上杉さんには防御に徹してもらっている。ヒーラーに怪我をしてもらうわけにはいかない。

 四階位とはいえ『内魔力』は厳しめなせいで新しい技能は取っていないが、それでもすでに持っているモノは磨かれ続けている。

 とくにミアと綿原さんの【身体強化】の効きが著しいな。目に見えて動きが速くなっている。



「やっぱり迷宮で戦っている方が熟練度って上がりやすいのかしら」


「緊張感デス」


 ごもっともだ。

 そういう二人はすでに二体目のウサギに対応していた。



「これで二層最高の攻撃力なんだよな」


「資料ではそうなっていました。前歯が厄介とか」


「噛まれなければ問題無し、と」


 地べたに這いつくばるウサギにトドメを刺している綿原さんを眺めながら、俺は上杉さんと魔獣談義をしていた。


 上杉さんが調べた資料によれば、二層最強の存在は【無脚四眼兎】らしい。ただそれは、単に攻撃が悪質だという意味でだ。

 ツチノコウサギに攻撃パターンはひとつしかない。ターゲットの直前でジャンプをして、口の上下左右、八本ある前歯で首を狙ってくる。それだけだ。


 迷宮のウサギはいつでもクリティカルを狙ってくる。どの世界でも一緒だな。

 当たれば大惨事だが、当たらなければというヤツだ。


 俺たちの使っている革鎧は量産品ではあるものの、王国基準ではかなり上等らしい。こんなところに『王家の客人特権』が転がっていた。

 なので、ウサギの攻撃は俺たちの胴体を貫けない。バックラーで自分の顔さえ守れば、自重の軽いウサギは叩き落とせるのだ。さらに、脆い。ウサギは紙装甲なのか、メイスの一撃で動きを止めてくれるのがとても助かっている。


 結論として、装備が充実している俺たちからしてみれば、丸太や竹の方が倒しにくい相手ということになる。

 同時に相手をするウサギが四匹以上になれば、その時は……どうしよう。



「残念。階位、上がらなかったわ」


「まだまだ機会はあるよ。階段まで七キロ以上は残ってる」


 鎧を赤紫に染め上げた綿原さんが苦笑している姿は、なんとも形容し難いモノがあるな。


 慣れたというか、今回の転落で窮地に陥ってから、魔獣を殺すことへの忌避感が薄れているのがわかってしまう。もちろん【平静】が成長しているのもあるだろうけど、素でもたぶん……。

 この世界で生き延びるためにはいい傾向かもしれない。それが人生において良いことなのかどうかは、悩ましい。



 ◇◇◇



「おぅらぁ」


 盾で殴られた逆さ四本足のキャベツが、ぐしゃっと音を立てて宙に舞う。ワザと斜め上方向に流したのだから当然だ。と、自画自賛するくらいには俺の盾使いも上手になった気がする。


「ドンと落として、ズシャー、デス」


 そんなキャベツをメイスで叩き落としたミアが、いつの間にか持ち替えた短剣で、そのままぶっ刺した。


 キャンプ明けから半日くらいで俺たちは全員が四階位を達成し、階段を目指して迷宮を突き進んでいる。

 さすがのミアも四階位になった段階で【体力向上】を取得した。疲れで動きが鈍くなりました、なんていうのはシャレにならないからな。


「生野菜は大事ですし、何枚か持って行きましょう」


「わかったわ」


 などというやり取りをできるくらいには、みんなにも余裕が残されていた。

 強がりが混じっているのはわかっている。それでもまだまだやれるという気迫は、しっかり持っている。


 適度に休息と食事をすることで、迷宮に居続けるストレスや疲労よりも階位上昇と技能熟練が上がる方が効いているのだろう。



 身体系と集中を上げたミアは攻撃一辺倒で、メイスとナイフ、短剣を使い分けて自由自在な戦いを見せてくれる。もう弓とか要らないんじゃないだろうか。

 だけど【体力向上】を取ったことで魔力消費がキツくなってきた。当人は強化系を瞬発的に使うからイケると言っているが、どこまでやれるか。


 綿原さんは【鮫術】と【身体強化】を組み合わせて、目つぶしした魔獣を盾やメイスで殴って逸らすという見事な力業で術師なのにタンクをこなしてくれている。

 強いていえば、盾役なのに【痛覚軽減】を持っていないのが気になるところだ。


 ヒーラーの上杉さんは避けることに集中してもらいながらも、しっかり俺たちのダメージを管理してくれている。鎧越しなのによくもまあといった聖女っぷりだ。

 ミアや綿原さんと違って完全にジョブとマッチした技術だし、今後も頼らせてもらおう。


 そして俺は、マッパー兼斥候兼流しタンク兼班長をやっている。

 全部が全部、集中力を必要とされるものだから、【観察】よりもむしろ【集中力向上】の方が強化されているかもしれない。



 不安要素はまだまだ多いけれど、なんとかなっていると言ってもいいんじゃないか。


 だけど世間というか異世界はそう甘くなかった。階段までの行程をあと半分残したところで、順調だった俺たちの冒険は徐々に危機を迎えることになる。


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