第64話 当たり前の行動:【重騎士】佩丘駿平
「
「ミア!
返ってくるわけがない。目の前にあるのは壁だけだから。
「落ち着け、サカキ」
「でもっ!」
「いいから落ち着け」
叫び続ける夏樹の肩に手を置いたジェブリーのおっさんは、怒鳴るでもなく、むしろ優しく語り掛けている。
他人事だから平気なんだろう、とは思えない。あのおっさんはこういう時だからこそ冷静になる大切さを知っている人間だ。
くそっ、消えてしまった八津たちのポカにもイライラするし、冷静でいられない自分にもイライラする。無性に腹が立つ。
「迷宮に致死性の罠はまずない。アレは『滑落罠』だ」
夏樹を振り向かせてジェブリーのおっさんは続けた。
「転落先はほぼ二層だろう。一層の可能性もあるにはあるが、そっちなら問題無い。わかるな?」
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
「もちろん探しに行く。王国の全部で探し出してみせる。だから安心しろ」
そう言い切ったおっさんはいつものいかつい顔じゃない、似合わない穏やかな笑顔になっていた。
これが男か。俺の知らない大人の男。
「……
「なんだ?」
腕組みをして考え込んでいた海藤が、鋭い目つきで返事をした。普段はとぼけているのにイザとなればこれだ。
「お前はどうすんだ」
「……
「そうじゃねえよ」
「なら最初っから聞くな」
ああそうだ。行くしかないだろ。
「騎士さんたちは渋るだろうなあ」
面倒くさそうに言う海藤の目はキマっているが、そういう部分には気が回るくらいの冷静さがあるように見えた。
俺も冷静にならないとだ。頭に血を登らせてばかりだとヘタを打ちかねない。目的を見失うな。
「俺は二層に行く。アイツらを見つける……、それの手助けをする」
三階位になったばかりの俺がデカいことを言っても始まらない。
『できることをできる範囲で、精一杯に』
クラスの標語が頭に浮かんでくる。わかっているさ。
「ケリーグ、ロブヘリト。それぞれ一班と三班に合流だ。経路は分かっているな?」
「はっ!」
「合流後はヒルロッドとヴェッツの指示に従え」
「了解しました!」
キビキビと指示が出されていく。こういう経験もあるということだ。
「マキェス、お前は地上に報告だ。勇者たちを連れていけ」
「はいっ」
「ちょっと待ってくれ!」
さすがにクチを挟んでしまった。俺たちが地上? 勘弁してくれ。
「ジェブリーさん、あんたはどうすんだ?」
助けに行くんだろう? 地上に報告なんて別の誰かでいいじゃないか。
「……ここからだと一番近いのは二番階段だな。残りの騎士全員で二層を目指す。シャーレアばあさんよ」
「はいはい、アタシもついていきましょうかね」
「感謝する」
「『運び屋』どももだ。あとで奢ってやるから諦めてついてこい」
だから俺らを置いて話を進めるな。無視しないでくれよ。頼むから。
「おい、おっさん」
「せめて名前で呼べ。これでも隊長だぞ」
「なら俺たちを無視すんな」
こっちはこっちで本気だ。
俺の心はもう決まっている。引かせるつもりなら、そっちも覚悟を決めてくれ。
「……わかったよ。ハキオカとカイトウは俺たちと一緒に二層だ。気合入ったか?」
くそう、いい年をしたおっさんが似合わない笑い方をしている。なにがそんなに楽しいのだか。
「ああ、十分だ」
「やれることだけをやれ。俺たちが助けてやる」
大人か。俺だっていつかは。
「サカキはダメだ。勇者側の人間も、最低ひとりは地上に行く必要がある」
「……それが僕の役割、なんですね」
「そうだ。勇気がいる行動だ」
「わかりました」
悔しそうに夏樹が頷いた。コイツだって苦しいだろうに、俺よりよっぽど大人じゃないか。
地上に戻って偉いさんに説明するということは、もしかしたら変な責任を負わされるかもしれないし、一年一組が不利になるような交渉をされるかもしれない。悪い、夏樹。この三人ならお前が適任だ。
下は任せろとまでは言い切れない。だけど全力を尽くすと約束するから、上を頼んだぞ。
「上がってすぐにラルドール事務官とジェサル事務官が控えているはずだ。素敵なお姉さんたちだよな。サカキだって仲良くなりたいんじゃないか?」
「お姉ちゃんキャラはタイプじゃないけど、がんばって交渉します!」
「『きゃら、たいぷ』? まあいい行動開始だ。マキェス、行け!」
「了解しました!」
マキュスと呼ばれた騎士は夏樹を小脇に抱えて走り出した。
同時に伝令の二人も。全員がすごい速さだ。これが階位の力というわけか。俺もいつかは。
◇◇◇
「ったく、俺は書類仕事が嫌いなんだよ」
「なんです?」
グチるようなセリフを呟くジェブリーのおっさんに海藤が声をかけた。
走る騎士たちは【聖術師】のシャーレアばあさんに足取りを合せてある。だから俺もついていけるが、それでもすごいスピードだ。階位の差ってのはここまでデカいのか。
「報告書だよ。騎士系とはいえ三階位の勇者さまを二層に連れてったなんて、どう書けばいいのやらだ」
「……証言はします。当然、全部本当の内容で」
「そいつは最高の援軍だ。頼むぜカイトウ」
ゴツイおっさんのクセに子供みたいな顔をするのはズルいよな。
「佩丘」
「ん?」
「カッコいいおじさんって、いいよな」
「ああ。いいな」
胡散臭いヒルロッドのおっさんより、こっちの方が分かりやすくて俺好みだ。
『二番階段』とやらが二層に通じているんだろう。俺たちはそこを目指して走り続ける。
「悪いがお前らに魔獣は回さんぞ。怪我も許さん」
「わかってる!」
途中に出てきた魔獣は騎士たちが通り抜けざまに切り裂いていって、脇を抜ければ振り向きもしない。
トドメを刺したかどうかの確認なんてする暇もないが、今は走る時だ。
◇◇◇
「いいか、ヤバくなったらすぐ一層に戻れ」
「うす」
二層に降りてすぐ、ジェブリーのおっさんが俺たちに指示を出す。海藤の返事がいかにも体育会系だ。ひねくれた言い方になる俺とは大違いだな。
「逃げる時だが、俺たちは手助けをしないからな。お前たちは自分の意思でここまで来た。なら意地を見せろ。わかるな」
「おう。すまないと思ってるよ」
「なあに気にするな、ハキオカ。仲間っていうのはそういうものだ」
そんなことを言ってても、その時になったらどうせ俺たちごと助ける気なんだろう? そういうのは伝わるんだよ。
「勇者が潜るからって、ほかを締め出したのがアダになったか。良し悪しだな」
「……どういうことすか?」
不穏なグチを言いだしたおっさんに海藤が聞き返した。口調がまるっきり部活みたいになっているぞ。
それにしても……、締め出した?
「知らなかったのか。……まあいい。お前さんたちとほかの連中がかち合うと、面倒があるかもしれないからだ。これでわかってくれ」
「……うす」
そういうことか。
訓練場で嘲笑っていたようなのが迷宮の中だったら、たしかにトラブルになりかねない。もしかしたら訓練騎士どころか、そこらのヤツらまで俺たちを煙たがってるのかもしれないな。
まったくめんどくさい国だ。こっちは連れてこられた側だっていうのに。
「よし。階段周りの部屋からしらみつぶしだ。時間からして痕跡もあるかもしれん。絶対に何も見落とすな」
騎士四人、ばあさん一人、学生二人の部隊というわけだ。
四人とも無事でいろ。
◇◇◇
『
高校に入って教室の中に一人だけ見かけないのがいると思えば、そういうことだった。
入学式当日とはいえ、この街に途中から入ってくる高校生は珍しい。
一番近くの大きな街といえば帯広だが、通学するにはちょっと離れている。特に冬場がキツい。ベッドタウンとかにはなりにくいこの街は農業と観光ありきで成り立っているわけだ。
だから出入する人間は長く住むか、ほんのちょっとの滞在になる。
しかもアイツ、八津っていうのは出戻りらしい。珍しいがまあどうでもいいことだと、その時は思っていた。
『アイツ、父親亡くして母親が
そんなことを教えてくれたのは海藤だったか。
あとで聞いたら父親の件に関係なく戻ってくる予定だったらしいが、そんな境遇が少しだけ引っかかったのを憶えている。
同情や同類の哀れみじゃない。似たような境遇のヤツがいるというだけの、ちょっとした切っ掛けだった。
俺には親父の記憶がほとんどない。
親父は俺が小学の途中の頃に出て行ってしまったそうだ。理由は知らないし、聞きたいとも思わない。
母ちゃんの話だけを聞いて親父を悪者にするのはおかしいと思ったからだ。仮に本当だったとしても自分の父親がクズだとは考えたくなかった。
ウチの母ちゃんは気が強いから、案外親父が逃げ出したのかもしれないな。
『食いっぱぐれない職につければそれでいいよ』
母ちゃんが俺の将来について言ったのはそれだけだ。その代わりに悪さをしたらとことん怒られたが。
『アンタはただでさえガラが悪いんだから』
顔がいかつくて体格がデカいのは遺伝のせいだろう。
そんなわけで俺はPT、理学療法士を目指している。
母ちゃんの仕事の関係で、そっち側の職種がわかりやすかったからだ。医者はムリそうだし、薬剤師もそうだ。看護師は……、実際にソレをやっている母ちゃんを見てるとな。
早く戻ってやらないと母ちゃん、心配してるだろうな。ウチは一人っ子だから。
八津だってそうだろ? 母親と妹だったか? 寂しがってると思うぞ。
だから無事で戻ってこい。
異世界の、しかもわけのわからん迷宮から、まずはしっかり帰ってこい。
◇◇◇
「佩丘君、海藤君!」
「せ、先生!?」
「二人は無事でしたか。詳しい状況を教えてください。手短に、すぐに」
階段を降りてから二つ目の部屋を捜索しているところで、先生たち一班の連中が騎士たちと一緒に現れた。やっぱりこっちに来たのか。
先生の剣幕に海藤が圧されている。鬼気迫る表情かなり怖い。
「ヒルロッド、なんでお前まで」
「俺には『王家の客人』に逆らう勇気はないよ」
横ではヒルロッドとジェブリーのおっさん同士がなにかを言い合っている。
「たぶんヴェッツの三班も来るだろうな」
おっさんたちの言う『王家の客人』。なるほど、そういうことにできるのか。
屁理屈でも建前でも、理由があるなら勝手ができるってわけだ。
「みんな! 先生っ!」
少し経ってから今度は委員長たちがなだれ込んできた。とうぜん三班の連中も一緒だ。
本当に全員集合じゃないか。
「三班は
「一班は
委員長と
地上に戻ったのは夏樹に藤永、疋か。そっちはそっちで頼むしかない。
「落ちたのはミア、上杉、綿原、八津です。間違いありません」
「俺も確認した。おっさんたちの話だと二層が一番ありえるらしい」
「そうですか。海藤君、佩丘君、辛かったでしょうに、よくここに来てくれました。知らせてくれてありがとう」
ズルいじゃないか、先生。
そんなに無理やり褒めなくてもいい。俺たちはあいつらが落ちるところを、見ているしかなかったんだ。
今度は見逃さない。絶対に手を掴んで、引きずり戻してやる。
はぐれたのは四人。地上に戻った三人と、ここにいる十五人でアイツらを助けだす。
そのために、なんだってやってやる──。
「騎士のみなさんよぉ。俺たちは『王家の客人』で『勇者様』だ。まさか言うこと聞かないとかはないよなあ!?」
ほら、おっさんたちには念を押してやる。いざとなったら俺たちが被ると言っているんだ。しつこいようだが、理屈はつけたぞ!
「ははっ、仰せのままにだよ」
珍しいじゃないか、ヒルロッドのおっさん。いい感じで目つきが変わっている。
「あの子たちはヤワではありません。向こうは自分たちで階段を目指すでしょう。わたしたちが迎えに行きますよ」
「はい!」
バリバリにキマった先生の声に、全員が一斉に返事をした。
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