第66話 魔獣がもたらす波の中で




「丸太が三体にカエルが二体か。難しいな」


「あっちはウサギが十体だったわ。ちょっと危なそう」


「困った」


「同士討ちしてくれないかしら」


 階段までの道のりを残り半分にしたくらいのところで、俺たちは躓いていた。

 綿原わたはらさんと意見を交換していて実感するのだが、どうにもこの辺りは魔獣の密度が高い気がする。

 ちなみに魔獣は同士討ちしない。正確にはそういう現象は確認されていない。


 残されたもうひとつの経路はミアと上杉うえすぎさんが偵察中なわけだが。



「竹が七体いました。話しになりまセン」


 ミアの報告は絶望だった。殴り殺される未来しか見えない。


「となると戻るか、ウサギを突っ切るか、だけど」


 地図を開いて【観察】と【集中力向上】をフル活用しながら、全速で修正ルートを検索する。


「戻ると一キロは遠回りになりそうだ」


「なにげにすごいわよね、八津くん」


「え?」


 なんでいきなり。


「ワタシも広志こうしはやるヤツだと思いマス」


「そうですね。同感です」


「あ、戻ってきてたのか」


 後ろにミアと上杉さんがいて、俺の頭越しに地図を覗き込んでいた。



「それで、あっちの部屋はどうだった?」


「隣は大丈夫でしたけどその先に足音が。たぶん丸太が五体以上は」


「そうか……」


 これは悩ましい。ん? なんの話だったっけ。


「変な顔しないでよ。八津くんがいなかったら、わたしたちは路頭に迷ってただろうって話」


 俺たちは学生だろ、綿原さんはなにを言ってる?

 ああ、地図のことか。


「技能で時間短縮してるだけだよ」


「そこがすごいんデス!」


 ミアまで。上杉さんも頷いているし。


「わたしなら線を引いて、やり直して、結局地図が真っ黒になりそうです」


「そうね。うん、わたしもなる。そして悩んでいる内に敵が来て、もう滅茶苦茶になる未来が見えるわ」


「デスデス」


 勝手に三人で盛り上がっているけれど、まあ悪い気はしない。

 ハズレジョブ持ちがこんな境遇で役に立つと言われたんだ。嬉しくないわけがないだろう。自然と頬が緩みかけるけど、今はまだダメだ。



「ありがとう。素直に嬉しいよ。けどそれより今はルートが先」


 本当はもっと褒めてもらえるタイムがほしいけど、それは地上に戻ってからでも間に合うことだ。


「ここで引いて遠回りしても、敵がいれば台無しだな。それに……」


「魔獣が増えているのが気になりますか」


「うん。俺もそう思っていたとこ」


 上杉さんがまさに俺の悩みを代弁してくれた。


 ここ数時間、あきらかに魔獣の数が多い。たまたまなのか理由があるかは知らないが、判別できる材料が無いので考えても仕方のないことだ。

 問題はどうするべきか。それともうひとつ。



 上杉さんが少し疲れているように見えるのも気になる。


 敵が増えているのに調子がいいからと、テンションを上げて大暴れをしすぎたかもしれない。いくら四階位になったとはいえ、俺と上杉さんは【身体操作】も【身体強化】も持っていないのだから。

 とくに避け一辺倒でやってもらっている上杉さんは、ストップアンドゴーが多い。疲労がたまっていてもおかしくないはずだ。


「あっちこっちで敵が出てくるから、走りづめだしな」


「五階位を見込んで、今から【疲労回復】を取るっていうのは?」


 綿原さんの提案もアリなんだけど、それをやると魔力管理がな。上杉さんにはもうひとつ取ってもらいたい技能があるわけだし。


「わたしとしては【造血】を先にしたいところですね。魔獣の数も多いですから」


 上杉さんの言う【造血】は【聖術師】の技能で、文字通り血を造りだす効果を持っている。【聖術】は怪我を治すが失った血は戻らないわけで、普通は自然回復を待つしかない。【造血】はそれを高速で補ってくれるのだ。

 造血幹細胞の働きを促進するとかどうとか言っていたのは田村たむらだったか。血液どころか人体に必要な体液、たとえばリンパ液なども一括で面倒をみてくれる技能らしい。もちろん材料としての食事が必要なのは【聖術】と一緒だ。



「ここまでかなりの頻度で怪我を治していますから、これ以上ムリをして出血が増えるのが心配です」


「なんとか五階位を狙うか……。魔獣には事欠かないし、全員のパワーアップも見込める」


 当たり前の話ではある。レベルを上げてスキルを取って、そして殴る。基本中の基本だ。


「だけどこの状況でトドメを刺しながら、か……。足を止めてまですることか」


 俺たちにそれができるのか、余力はあるのか、魔獣の波に押しつぶされるのではないか。不安材料はいくらでもある……。どうしよう。



「ワタシはウサギでいいと思いマス。階位のコトはあとで考えまショウ」


「賛成。前も後ろも敵だらけなら、一番柔らかいところを狙えばいいわ。都合がいいことに予定進路そのままなのよね」


「わたしもそう思います。突っ切るのが最優先でしょう」


「みんな……」


 俺が悩んでいるのを察してくれたのか。班長のクセをして決断することにビビってる俺の背中を三人で押そうと、いや、蹴っ飛ばしてくれようとしている。

 まったくコイツらときたら。


「行こう。ウサギだ。階位は後回しでいい」


 俺もしっかり意見を言おう。

 心に留めておくよ。これは俺も一緒になって、四人で決めた方針だ。



 ◇◇◇



「右の壁にある門を目指せ。とにかく顔だけは守って、ラストアタックとかはどうでもいい!」


 偵察のとおり、次の部屋では十体の無脚ウサギがうねっていた。突入した俺たちを認識した途端、こちらに向かってくる。


「イィィヤァァァ!」


 俺が行く先を指定して、ミアが道を切り開く。


「どぅらぁあぃ!」


「らあぁぁ!」


 そこに綿原さんと俺が一緒に割り込んで、上杉さんを守りながら前に出る。


 もはや魔獣を倒すとかそういう次元ではない。払いのけるといった感じで前に進むだけだ。

 必死に目を凝らして、俺と上杉さんの頭に飛びかかろうとするウサギだけを叩き落とす。綿原さんゴメン。見えているのに助けてあげられそうにない。

 ミアは……、なんかあんまり心配しなくていい気がする。今も元気な声が響いているし。



「よっし、抜けた。走るぞ!」


 何とかたどり着いた次の部屋には魔獣がいなかった。

 とはいえ扉につっかえながらもウサギは追ってくる。魔獣は階層を越えられなくても、部屋と部屋の間は普通に移動するからな。


「六体行動不能だ。残り四体。いざとなったらここで潰す!」


「いきマス!」


 俺の言葉を聞いた直後、ミアはもう振り返ってメイスを構えていた。速すぎるって。



「ゴメンなさい美野里みのり。譲る余裕がありませんでシタ」


「いえいえ」


 謎の謝罪をするミアだけど、その必要がないのは明らかだった。

 さすがの上杉さんもちょっと呆れているぞ。経験値とかラストアタックとか言っている場合じゃなかったから。



 ◇◇◇



「ちょっと酷いな。このあたりだけ魔獣が多すぎる」


「もしかして前半の戦闘が楽だったのも、まだ捜索隊に会えていないのも、これが原因だったんじゃないでしょうか」


 魔獣の群れが俺たちと階段の間にいたということか。もしかしたらこんな状態が階段までずっと続いている?

 それなら上杉さんの言うとおり、救助隊に会えないのも理屈が通る。


 そんな想像をしてしまうくらい、このあたりは魔獣の密度が高すぎる。



 魔獣に突っ込んで、なんとか切り抜けてを繰り返してどれくらい経っただろう。

 俺たちは今、さほど大きくはないけれど魔獣がいない部屋で短い休息をとっているところだ。


 この部屋には扉がひとつだけだし、あまり長居はしたくない。


「今さら戻るというのは、意味ないな」


「そうね。もう進むしかないと思うわ」


 前向きな発言をする綿原さんだけど、かなりキツそうだ。頼りない俺の代わりに上杉さんのカバーもしてくれているので、何度か攻撃をもらっている。

 そのたびに上杉さんが治しているけれど、痛みは精神にくるからな。綿原さんが【痛覚軽減】を持っていないのがここで問題になってくるとは。



「そんな顔をしなくていいわよ。魔力がキツいのは全員一緒でしょ?」


「そうだけど、さ」


「ずっと【観察】と【集中力向上】を使い続けてる八津くんよりマシよ。五階位になったら【痛覚軽減】ね」


 そんなフラグみたいな言い方をしないでくれよ。

 戦い続けている割にはあまりトドメを刺せていないので、誰も五階位になれていない。一番先は間違いなくミアなのだろうけど、もう誰でもいいから少しだけでも強くなれたら。



「これは……、マズいデス」


 野生の勘みたいなモノでここまで何度も警告をくれたミアが、見たこともないような険しい顔をしている。そんなにヤバい状況なのか。


「……ちょっと見てくる。動かないで休んでいてくれ」


「気を付けるデス。丸太だと思いマス」


 扉の向こうに丸太か。ミアは足音で判別できるところまできている。

 問題は数か。


 急いで扉に近寄り、ギリギリから隣の部屋を確認した。四体!? いつの間に。



「扉の大きさから考えれば入ってこられるのは一度に一体だ。胴体が半分突き出たところで抑えて、潰す」


「取り逃がして部屋に二体目が入ったら終わりね」


「ああそうかもな。だけどやるしかない」


「わたしと八津くんで抑えるから、ミアが横から刺して。状況次第で上杉さんも手伝ってもらうわ」


 苦笑ともなんともいえない乾いた笑い顔で、綿原さんが戦闘方針を示した。みんなもそれしかないのを理解している。


「倒したら、いよいよワタシも五階位デス。そんな気がしマス」


 開き直ったのか、もはやミアの笑顔に曇りは無い。


「あら、わたしの階位上げが先だったのでしょう」


 上杉さんも大丈夫。


 まだ一日ちょっとくらいなのに、みんなタフになったものだ。頼りになる仲間たちだよ、本当に。



「先につっかける。俺が前、ミアは横、綿原さんがうしろで、上杉さんはそのまたうしろ」


 黙って敵が来るのを待つことはできない。誘導して数を制限してやる。



 ◇◇◇



「上杉さん、上杉さんっ! くそっ」


「美野里……」


 床に寝かせた上杉さんは意識を失ったままだ。ミアが心配そうに頬を撫でている。

 左腕を捻ってしまった綿原さんは壁にもたれかかって、荒い呼吸を繰り返すだけだ。そうとう苦しいのだろう、額を流れる脂汗が痛々しい。

 俺とミアだって、丸太の枝にこすられて顔は切り傷だらけだ。もちろん上杉さんや綿原さんも。

 鎧の下の打撲なんて、数えたくもない。


 丸太を四体倒して、ミアは五階位になった。だけど事態は深刻だ。



 三体まではなんとかなった。一体ずつを着実に入り口の辺りでせき止めて、横合いからミアが襲い掛かる戦法はハマった。誰かが怪我をするたびに、上杉さんが治療に走ってサポートしてくれる。


 このまま行けるかと思った時、丸太の枝が綿原さんの顔に直撃して、そこから一気に崩れてしまった。

 ひるんだ瞬間を突かれるように綿原さんが跳ね飛ばされて、とっさに覆いかぶさった上杉さんに丸太が当たった。俺が最後の丸太をひとりで止めている間に、ミアがなにかを叫びながらトドメを刺してくれたけれど、四人はもうここから動けるような状態にない。



「まだだ。上杉さんが目を覚ませば──」


「広志、あっちの部屋にカエルが入ってきていマス。たぶんたくさん」


 この世の終わりを告げるようなミアの声は、苦さを隠せていない。


「そう、か。綿原さん、悪いけど上杉さんを守ってあげてて。俺とミアで前に出よう」


 怪我が重たい綿原さんを前には出せない。ただの捨て駒になるだけだ。

 だから屁理屈を使ってでもここに残ってもらう。


「八津くん、ミア……」


 震える声で、悲しそうな顔で、綿原さんはこっちを見上げていた。

 ああ、汗と血まみれで髪もボサボサなのに、綺麗な人だ。今は難しいかもしれないけれど、笑ってほしいかな。そんな泣き顔みたいなのは、ちょっと嫌だよ。


 俺、がんばるからさ、地上に戻ってみんなと笑おう。

 四人の冒険譚をクラスの連中に聞かせて、驚かせてやるんだ。


「ミア、いくぞ」


「おうデス!」


「八津、くん。わたしも──」



『──勇者よ、歩み続ける者よ。諦めるなんて、弱い心を打ち捨てた。勇気持つ人よ、挫けない者よ』


 遠くから歌が聴こえた。


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