第67話 ヤツらは仲間を見捨てない
「
「ああ、来てくれた」
「最高に心地いいわね。
立ち上がりかけた俺とミアも、もう一度崩れ落ちて壁に背を預けてしまった。
俺を挟んでミアと
力が抜けた体なのに、心には火が灯った。
【大声】に載せた【奮戦歌唱】。俺たちのバッファー、【騒術師】白石さんの声が届いている。
距離がありすぎて魔力は通っていないから魔術的な効果は無い。けれど心臓が高鳴るくらい、胸に届いているよ。
「ふふっ、
「無理して大声なんて出すから。酷い声ね」
もう一人のバッファー、【奮術師】
ミアと綿原さんがクスクスと笑っている。俺も笑いたいけど、あとで怒られるかな。
ゆっくりと、だけど確実に喧騒が近づいてきている。
かすかに声が聞こえる。
『こちらの魔獣は騎士団がやる。勇者たちは──』
『いいから先に行けって。ほら走れ──』
これはヒルロッドさんとジェブリーさんかな。
『おらおらおら! 騎士組、前に出るぞぉ』
『しゃっ!』
『あぁぁぁいっ!』
『術師はなんでもいいから、敵の邪魔をしててくれ』
『なんて数。この先の部屋なんだよね、
『間違ってたら、あとでシメるわ!』
『おいっ、俺はヒーラーなんだぞ。押すなよ』
『あうあう、カエルばっかり、カエルが』
『大丈夫?
『ああもう。なんで先生ばかり前に──』
最後のは
ダメだ。俺も笑えてきた。
どかんばかんと戦闘音も聞こえてくる。
近くでとまではいかなくても、叫びが聞こえるくらいのところにみんなが来てくれた。二部屋、もしかしたら隣の部屋の入口くらいの距離に、クラスメイトたちがいる。
もうちょっとだ。もうちょっとだけ粘れば、生き残りの目が出てくる。
召喚された最初の頃、俺は追放なんてものに怯えていた。今になってみればバカみたいだな。
今はもう確信できている。
ウチのクラスは、山士幌高校一年一組は仲間を見捨てたりしない。
◇◇◇
「なに笑ってるのかなぁ」
すぐそばで誰かの声がした。視界に入っていたはずなのに、気付かなかったぞ!?
「それにさ、なにこの状況。羨まし……、くないね」
「お前、どこから」
「お待たせ」
そこにいたのは【忍術士】の草間だった。
「ふふっ、
「だからさあ。そんな有様じゃ羨ましくないよ。大丈夫なんだよね? 上杉さん、寝てるだけだよね?」
綿原さんも勘弁してくれ。血まみれで腕をかばっている状態で言うことか。
草間が滅茶苦茶動揺しているぞ。
「ああ、上杉さんは気を失っているだけだ。
【聖盾師】の田村か【聖騎士】の委員長が来てくれれば上杉さんを助けられる。俺たちの怪我もあるし。
「もちろんだよ。ちゃんと全員。一年一組、十八人で勢ぞろい」
「ははっ、ウチのクラスはすごいなあ」
本当にとんでもないクラスメイトたちだ。
俺たちが落ちた段階で全員三階位だったはずだから、二層は厳しいだろう。よく騎士団が許してくれたな。
「
「あ、マズいな」
妙に和やかになってしまっていたけど、隣の部屋はカエルで溢れていたんだっけ。
ちょうどカエルが一体、扉の向こうで身体を屈ませた。ここまで来るのにジャンプが三回ってところかな。
「草間の階位って三のままか?」
「あ、ああ、そうだけど」
「じゃあ、綿原さんと上杉さんの傍にいてあげて」
「お、おい。どうする気なのさっ!?」
「ミア、やろうか。みんなが来るまで時間を稼ぐ」
「あったり前デス!」
そこそこ休憩できた気もするし、白石さんの歌も聴けた。
「草間は転ばせ方を見ててくれ。もしかしたらがあるから」
「わたしがコツを解説してあげるわ」
「あのねえ、三人ともなんなのさ」
口を挟むのもおっくうだろうに、それでも綿原さんまで会話に加わってきた。
「そういえば聞くの忘れてた。どうやってここまでこれたんだ?」
いきなり登場した時から気になってはいた。何かしらの技能なんだろうけど。たぶんアレかな。
「【気配遮断】だよ。忍者っぽいでしょ。ムリして取ったんだよ」
「おー、ニンジャデス!」
「魔獣の目をかいくぐれる技能なのね。羨ましい」
やっぱりだったか。【気配察知】で見つけてくれて【気配遮断】で駆けつけたと。まるっきり忍者だな。内魔力だってギリギリだろうに。
これはもう助けて来てくれたお礼に、お土産をあげないとな。
「ミア、トドメは草間に回すぞ」
「了解デス!」
部屋に入ってきたカエルがジャンプした時にはもう、俺とミアは着地点を見切って走りだしていた。
「キエェェィ!」
「らあぁぁ!」
カエルが床に着地する寸前、ミアのメイスがピンポイントで足首を叩き折る。いい音がしたな。
続けて俺は、バランスを崩したカエルの膝にバックラーの角を叩きつけた。
「ザックリデス!」
そのまま前のめりに倒れたカエルが、苦し紛れに背中から舌を伸ばす。それに対応するように、いつの間にか短剣にスイッチしていたミアが舌の根っこを胴体に縫い付けて、これで準備は完了だ。かなり無理やりな動き方たけど、ここまでくればミアも出し惜しみ無しだ。
ここまでの迷宮行でスイッチが入り切ったミアがとんでもないことは十分理解できている。しかも彼女は五階位だ。同時にリミッターが切れているとも言えるからな。
さっきまでの俺たちが詰みかけていたのは、敵の数とこちらの疲労と出血、そして動けなくなった綿原さんと上杉さんを守るためだ。
それでもここに草間が戦闘に加わることができれば。
「草間。ここだ、ここをまっすぐ刺せ!」
「え、えええ!?」
「すぐにおかわりが来るわよ。急いで、草間くん」
口だけは動かせる綿原さんも、草間を急かすのを手伝ってくれた。
もう扉のすぐ向こう側には、追加とばかりに二体のカエルがこちらを目指しているのが見えている。前衛系の草間が四階位になってくれれば勝機がやってくるはずだ。
一年一組が近くまで来てくれているんだ。絶対に生き残らなきゃ、みんなに怒られるぞ。
横で綿原さんが睨んでいるのはわかってるな?
「やってやるよぉ! うわぁぁぁぁ!」
短剣を引き抜いた草間が訓練でやった通り、腰だめに構えて真っすぐ突っ込んできた。そうだ、それでいい。
草間は【身体強化】を持っている。俺がやるよりよほど上手に倒してくれた。
「いいぞ草間。一旦壁際に戻って、四階位になるまで今のを繰り返してくれ」
「……八津くんたち、こんなことをしてたのかぁ」
「お陰でワタシは五階位デス!」
「マジかよ」
正気を疑うような目を向けないでくれ。
「舌と涎には気をつけてね。麻痺毒があるわ」
「先に言ってよ!」
「だからミアが舌を封じたの。『予習は大切』よ」
被害経験者たる綿原さんの言うとおりだぞ。俺もだけど。
それと悪い、援軍が来たものだから俺たちのテンション、かなりアがってると思う。かなり無茶を言うと思うけど、がんばってついてきてくれ。
◇◇◇
「やった……、四階位だよ。僕はやった!」
「見事デス」
「おめでとう」
ちょっと涙目の草間にミアと綿原さんが惜しみない祝福を送った。ご褒美だぞ、幸せ者め。
「けどさ……」
「ああ、マズいのはわかってる」
部屋の中には四体のカエルの死体と、生きているカエルが同じ数だけ残っていた。
一対一なら気合と根性でなんとかするかもしれないけれど、三対四はマズいよな。
「草間、最悪逃げてもいいぞ」
「やだよ。それに【気配遮断】は見られてると通用しないからさ」
「そっか、悪い」
男だもんな。
いやいや、ウチのクラスの場合は男女関係無しか。綿原さんまで無理して立ち上がろうとしているし。
「ふぅーふぅー」
「つっ、足止め、くらいなら」
荒い息を吐くミアと、膝をふらつかせている綿原さんが痛々しい。
援軍はもうすぐそこまで来ているのに、こういうギリギリ展開は要らな──。
「しゅえぁっ!」
妙に鋭い変な掛け声とともに、扉の一番近くにいたカエルがひっくり返った。
シャレで言ってるわけじゃない。事実だ。しかも文字通りの転倒、この場合は転頭か。
メイスの当たる音は小さかったのに、カエルが空中で真っ逆さまになっている。どういう理屈でそうなるのか、全くわからない。
黒いポニーテールをなびかせて扉から飛び込んできた女子が、返す刀でもう一体のカエルの膝を砕いてみせた。
「
「わかってる!」
名前のとおり、風のように駆け込んできた二人目も女の子だ。
両手で握りしめた短剣を、的確にカエルの急所に突き刺している。
「
セリフだけは苦情なのにミアは満面の笑顔だ。
ああ、待っていたぞ。よく来てくれた。
敵を吹き飛ばした一人目は、木刀剣術女子こと副委員長にして【豪剣士】の
トドメを刺してくれているのが陸上女子、【嵐剣士】の
持っている武器とのマッチングという意味で、ウチのクラス最高のアタッカーたちだ。
「良かったぁ、間に合ってくれた」
草間は完全に泣いていた。メガネが曇って真っ白になっているけど、それって前は見えているのか?
「中宮さん、春さん、来てくれてありがとう。助かったわ」
普段はもうちょっとつっけんどんな綿原さんが、本当に真摯にお礼を言った。それくらい余裕がなかったものな。
「ありがとう。危なかったんだ、ホントに」
もちろん俺もそれに続く。言っている自分でもまだ生きてるのが、ちょっと信じられないくらいだ。
「ちょっと
「
カエルをブチのめし終えた中宮さんと春さんが叫び声を上げた。この有様だし無理もない。
「邪魔になるだけだから先生には近づくな。ここは俺が守るから
「だけど先生だって傷だらけだぞ!?」
「治療が必要ならとっくに呼ばれてる。こっちには委員長もいる。いいから行け!」
「わかったから押すなって! 痛えぞっ」
扉のすぐ向こうからは
ああそうだ。田村は【聖盾師】だった。これで怪我人も治せるし、上杉さんを起こすことだってできる。
つまり俺たちは助かる。助かった? 生き残れたのか……。
意識が落ちていくのが、わかった。
◇◇◇
「おおい、八津よぉ。目を覚ませ」
痛いな。【痛覚軽減】はなにをしてる。あ、使っていなかったから痛いのか。
「起きてください。八津くん」
女神の声が聞こえた気がする。ここはまさか……。
じゃないよな。
目を開いて真っ先に見えたのは、上杉さんと田村の顔だった。
「起きてくれたか。もう大丈夫だ。【造血】も掛けたし、傷も治ってるからな」
田村の笑ってるところ、初めて見た気がするぞ。
さすがは医者を目指しているだけあるな。患者に対しては笑顔なのか。
「あ、上杉さん……。無事だった?」
「ええ、ええ。みんなのお陰です。わたしは元気ですよ」
だったら泣かないでくれ。
泣いていても慈愛っぽい表情に見えるあたりが上杉さんだな。
そういえば!
「綿原さんとミアは!?」
「無事ですよ。ほら、すぐ横に」
頬に涙をつたわせながら上杉さんが俺のすぐ横に視線を送った。
綿原さんとミアが横になっている。生きているんだよな。
【観察】を起動してじっと二人の様子を探る。
革鎧越しだから心臓の動きはわからない。けれど──。
「すぴー、すぴー」
「すぅ、すぅ」
普通に寝息だった。
微妙に間延びしている方は当然ミア。らしくて素晴らしい。
顔色は悪くない。傷もきれいさっぱり残っていない。誰かがやってくれたのか、顔についていた血も拭き取られている。よかった。本当によかった。
「ほら、あまり女子の寝顔を観察するのはよくないですよ」
そうだな。まったくもって上杉さんの言うとおりだ。
「なあ上杉さん、俺たち助かったんだよな」
「そうですね。わたしたちは生きてます」
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