第68話 先生
「まったく、心配したぞ」
「ホントだよっ。僕はねぇ」
起き上がった俺の両脇で
「無事ならいい。無事ならいいんだ」
そして正面の
俺たちがトラップに掛かって二層に落ちた時に、残されてしまった二班のメンバーだ。
憤慨してしまうのもわかるし、こうやっていろいろ言いたくなる気持ちもよく理解できる。だけどそろそろ終わりにしてくれないかな。
心配したんだぞというのは伝わってきているから。
「ほらほら、四人が大丈夫ならまずは整列だろ。みんなも並んで!」
「まずは騎士のみなさんにお礼よ。ここまで来れたのは全部あの人たちのお陰」
不思議がる俺たちに
クラスの内輪で盛り上がったりするのはあとでもできる。今はそっちが優先だな。
委員長の軽い指示で俺たちは横に長い列を作った。
前の列は委員長、俺、
のこりの十六人がうしろの方で適当に二列になる。
「この度は『山士幌高校一年一組』の生徒、四名の救出に尽力してくださり、本当にありがとうございました」
「ありがとうございました!」
委員長の号令で全員が唱和しながら、ほとんど九十度で頭を下げた。
正面に並んでいるのは第五騎士団『黄石』のジェブリーさんとヴェッツさん、第六騎士団『灰羽』からお馴染みのヒルロッドさん。それに騎士がたくさんだ。たぶん二十人くらい。
【聖術師】のシャーレアさんたちもいる。
あとで聞いた話だけど、この段階でまだ近くの魔獣を狩っていた人たちや、ほかの階段の周りを探していた騎士たちも併せると、二百人近くが動員されていたらしい。とんでもない数だ。
「あ、ああ。君たちが無事でなによりだ。我々こそ君たちを見て、学ばせてもらうモノがあったよ」
俺たちの勢いのせいか、妙に引きつった感じのヒルロッドさんがソレっぽい返礼をしてくれた。
そんな騎士たちが揃って驚いていたのは、どうやら俺たちがやたら礼儀正しかったところらしい。
最初から同行していた人たちは知っていても、急に呼び出された騎士は俺たちのことを『王家の客人』と認識していたから、どうせいけ好かない若造連中がやらかした、と思っていたわけだ。
とくに『黄石』の人たちは平民上がりがほとんどだから、仕方ない部分もあるんだろう。
「いやあ、お前たちが無事でいてくれて本当に良かった。あやうく俺たちの首が無くなるところだったぜ」
いちおうの儀式が終わったあとで、ジェブリーさんが近づいてきてそんなことを話してくれた。
本人は冗談めかしているけれど、ちょっと考えれば俺でもわかる。任務を外されるとか隊長を辞めさせられるどころか、物理的に首が飛んでいた可能性だ。
俺たちは『王家の客人』で『勇者』だ。護衛担当で平民上がりの『黄石』カリハ隊なんて、真っ先に責任を取らされる立場だろう。
「お互い無事でなによりです。本当にご心配をおかけして」
「なあに、迷宮事故なんてよくある話だ。今回は悪質な罠で、いろいろ不運もあったけどな」
豪快に笑いながらジェブリーさんは俺の髪をぐしゃりとかきまわした。父さんみたいなこと、しないでほしいな。
「それと『運び屋』の連中も全員無事だ。お前らのトコの【聖騎士】様が全部治しちまった」
ジェブリーさんが声を二段階くらい落として、こっそりと教えてくれた。
いくら平民だからといって、俺たち絡みで怪我をされるのはちょっとな。この国の【聖術師】は平民を放り出しそうだし。
それにしても委員長もやるな。そういうとこ、カッコいいじゃないか。
「では帰還しよう。勇者たちは全員無事で地上へ戻る。最後まで警戒を怠らないようにね」
最後にヒルロッドさんが宣言して、俺たちは地上へと戻ることになった。
◇◇◇
「上杉、体調は大丈夫か?」
「ええ。万全です」
「それで上杉よ。【治癒識別】ってどうだ? やっぱり要るかな」
「そうですねえ」
「おい
「
「あらあら」
上杉さんに絡んでいるのは田村と古韮。同じ聖術系の田村はわかるけど、なんで古韮まで。
それにしても上杉さん、簡単にあしらうな。
迷宮内とはいえ一層の帰り道にそうそう危険はない。
護衛も万全。班分けも解消されたので、隊列を崩さなければ会話は自由になっている。
「そこでワタシはびゅっとして、ばばっとメイス叩きつけマシた」
別のところではミアの武勇伝が炸裂していた。
聞いているのは中宮さん、
「ちゃんと聴こえていたわよ、
「えへへ」
「なにさー。ボクだって頑張って歌ったよ!」
「そうね。ありがとう」
綿原さんの両脇には白石さんと奉谷さんが並んで、あの時の歌声についてやいのやいのとやっている。
デコボコ感の強い並びだな。
そんな風に帰り道の今は元気なみんなだけど、ミアや綿原さんが目を覚ました時は大騒ぎだった。
もうなんと擬音をつけたらいいか、びえんびえん? うぇんうぇん? とにかく大泣きする女子が大多数。気丈な中宮さんまでもうボロッボロに泣いていた。
引っ張られたのか男子連中でも、夏樹や
そういえば先生はそうでもなかったかも。
ふと視線を送れば、ボロボロになって赤紫に染まりきった革鎧を着た先生の後ろ姿があった。
どれだけ戦えばああなってしまうのか、ちょっと想像もできないくらいだ。罠にはまった俺たちより酷い格好じゃないか。
だけどなぜか、先生の背中はいつもより小さく見えた。
◇◇◇
「諸君が無事に戻ったことを嬉しく思っているぞ」
疲れた体で地上への長い階段を登り切ったオチは、第一王子のお言葉だった。
俺たちが最初に呼ばれた場所、一説では迷宮の一部たる『召喚の間』。そこで待っていたのはアヴェステラさんやシシルノさんだけではなかった。
アウローニヤ王国、第一王子と第三王女がもはや定位置となったひな壇の一番上に登場したのは、俺たちが広間に到着してから十分以上経ってからだ。なので厳密には『待っていた』わけではない。向こうに言わせると待っていたらしいけれど、それは作法の問題なのかそれとも心根なのか。
「此度の事故に怯えず、これからも励むことを期待しているよ」
怯えずだの励むだの、あちらの都合だけを言いたい放題してから王子様は退出していった。
「皆様の無事に安堵しています」
王女様の方はこの一言だけ。
裏でいろいろ動いてくれているようだし、言葉にできないことも多いのだろうけど、こっちはこっちでちょっと白々しくも感じてしまうな。
「ではここで解散としよう。明日以降、報告と検証の場を設けたいと考えているので、君たちも心に留めておいてほしい」
ヒルロッドさんの締めの言葉でやっと俺たちは公式に解放された。
お世話になったヒルロッドさんたち部隊の偉い人には、これから書類の山脈が待ち構えているらしい。迷宮でシャキっとしていたお顔がいつものお疲れモードに逆戻りしていた。
離宮まではアヴェステラさんとシシルノさんがついてきたし、戻ってみればメイド三人衆が当然待っていたわけで、私的な解放まではさらに一時間以上かかってしまったわけだが。
◇◇◇
「上杉さん、ミアさん、八津君、それに綿原さん……」
談話室が日本人だけになってから、先生がやっと俺たちに語り掛けてきた。
二層で救出してくれた時も、帰り道でも会話が無かったわけじゃない。ただ、事務的というかお堅いやり取りだったのが気になっていた。もしかしたら怒っているのかもしれない。
俺以外の三人もそう思ったのか、四人で黙って整列して、同時に頭を下げた。
「心配かけてすみませんでした!」
打ち合わせをしていたわけでもないので微妙に言葉は違ったけれど、言いたいことはごめんなさいだ。
周りの連中も静かになってこっちを見ている。
「……」
先生は黙ってこっちを見つめたままだった。
口をへの字にして……、ぶら下げた拳が震えている? 目尻が光っている?
「無事で……、よかった」
震える声でいつもとちょっと違う口調で、振り絞るように言葉が吐き出された。
「……ほんとうに、よかった」
端にいた上杉さんから順に、首に腕を絡みつかせるようにして先生は俺たちをひと塊にしていく。
すぐに四人全員が先生の両腕に捕らえられた。そのまま、力が込められる。
苦しくない。痛くなんてない。
自然と両肩にくっついてしまったミアと綿原さんの体温を感じるけれど、気恥ずかしくもならない。
ただただ先生の抱擁は、温かかった。
裸足でもいいようにと敷かれた毛足の長い絨毯に、ぼたぼたと水跡が増えていく。
最初の発生源は先生で、すぐに俺たち四人も続いた。泣けて泣けてどうしようもなかった。
先生が泣いている理由、俺たちの無事を喜んでくれているそのワケ。
学校の教師と生徒という立場を考えれば、仕事としての責任がのしかかる。
もし山士幌に戻れたとして、その時に俺たち四人が欠けていたとしたら、その時先生に浴びせられる言葉はどうなるのだろう。
先生は責任を感じて潰れそうな心が救われたから、泣いている。
違う。そんなわけがない。
この人は、先生は、ただひたすら俺たちの無事に安堵してくれている。
一人の大人が子供たちを心配をして、言葉にしなくても絶対に守ってやるんだぞと、無事でよかったと、抱きしめてくれているだけだ。
俺はこの感触を知っているからわかる。
半年前、父さんがいなくなってしまった時、母さんはこうして俺と妹の
だからわかってしまうんだ。
打算も世間体も関係ない、無償の慈愛があるってことを。
「先生は教師を辞めるって言いましたよね。最初の日の夜」
「……ええ、ええ」
なんとなく口から言葉がこぼれた。先生がえずくように返事を繰り返す。
俺もダラダラ涙を流しながらだけど、止まれない。
「ありがとうございます」
「八津、君……っ!?」
先生の呼吸が止まったような気がした。
違う。先生がいま想像したような、そういうことを言いたいんじゃない。ああもう、自分でも支離滅裂なのはわかっているんだ。だけど口が止まってくれない。
「先生は先生じゃないのに、こうやって心配してくれてるじゃないですか。先頭に立って助けに来てくれたんですよね」
「……っ」
だってなあ、首に回された先生の腕が、熱くて、優しくて、こんなの信じる以外の言葉なんか出てくるわけ、ないじゃないか。
思い知った。
先生という単語はどういう意味なんだろうって思ったことがある。
先に生まれたから、偉いから、尊敬されているから、資格があるから。
先生は責任を感じて泣いているんじゃない。叱責されることから解放されたかどうかなんて、欠片も考えていない。
ひとりだけ大人という立場で、こんな理不尽な状況の中で、自分にできる最善はなにかと考えて、必死にがんばってくれた立派な人だ。大人だ。
どれだけ苦しんで悩んで、それでも折れないでいてくれたんだろう。
こういう人を『先生』って呼ぶのかもしれない。
「先生は仲間ですから」
「そうね。大切な仲間、素敵な大人……、ひぐっ」
「頼もしいお姉さんデス。ずびっ」
となりの三人も俺と同じ気持ちみたいだ。
「先生が先生じゃなくても、先生は先生です」
「……ふぐぅっ」
俺たちを抱きしめる先生の力が、ちょっと強まった気がする。その嗚咽も。
「
台無しだよ、ミア。
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